戦利品
王都リベック、王の宮殿。
戻ってきたおれをミラが出迎えた。
「お帰りなさい、ご主人様!」
「ただいま。留守の間国の運営はどうだった?」
「えっと……そっちは順調です。ユーリアが色々やってくれたから、いつも通りって感じだよ」
「そうか、よくやった」
そう言って、あらかじめ用意してあった紙のメダルを取り出す。
三つ用意してあって、そのうちの一つをミラに渡す。
「ご褒美だ」
「ありがとうございます!」
――魔力が10,000チャージされました。
「ユーリアとリリヤは?」
「ユーリアはベルミ、リリヤはビースクに行ってるよ」
「そうか。じゃあ帰ってきてからこれをやろう」
折り紙のメダルをしまった。
「ねえ、ご主人様」
「うん?」
ミラを見る。うってかわってなんか深刻そうな顔をしてる。
「どうした」
「あのね……例の子の事なんだけど」
「例の子?」
「もう一人のエターナルスレイブの子」
「ああ、聖夜の奴隷か。彼女がどうした」
「病気になっちゃったの」
「……なんだって?」
☆
リベックの外れ、物静かな区画。
そこに屋敷があった。かつておれが使ってた領主の舘と同じ作りの屋敷だ。
ここに聖夜の奴隷が住んでいた。
エターナルスレイブ、聖夜の奴隷。
他人の奴隷って事で、客として扱う事を決めたから、こうして屋敷に住まわせていた。
屋敷の中に入って、廊下を進む。
一直線に寝室にやってきて、中に入った。
「……」
そこに彼女がいた。ベッドの上に寝て、窓の外をぼうっと見つめている。
正直驚いた、ミラから聞いた話よりも大分悪い状況だったからだ。
彼女はまるで寝たきりの病人のようだ。
頬がこけて、瞳に生気がない。
蝋人形に見間違えるほど微動だにしないで、窓の外をただ見つめていた。
「……よう」
声をかけたあとこっちに振り向いて、ようやく彼女が生きてると感じる事ができた。
正直、病気ところの騒ぎじゃない。
彼女のそばに来て、話しかけた。
「調子はどうだ?」
「大丈夫……」
ちょっといらっとした、何が大丈夫だというんだ?
どこからどう見ても大丈夫なんかじゃない。
いらっとしたが、こらえた。
「そうか。これ、おみやげだ」
おれは海から持ち帰った貝殻を彼女に差し出した。
こっちは彼女用に持ってきたのだ。
奴隷達には折り紙での手作りメダル、客人には海で拾った貝殻。
そういう区別をした。
「……ありがとう」
蚊のなるような声でお礼を言われた。
感情がまったくこもってない。聞いてていらいらする「ありがとう」だ。
貝殻も受け取らなかった。
それをベッドの横の台に置いた。
「ミラから聞いてびっくりしたぞ。どうしたんだ一体」
「別に、大丈夫だから」
「……聖夜はまだ見つかってない」
彼女はびくっとなった。
「探してもらってるが、見つかってない。それでも探し続けてもらってる」
「そう……」
彼女は顔を背けてしまった。
やたらと痛々しかった。
なんというか……生きようという意欲が感じられない。
ふと、貝殻が目に入った。
おれが持ってきたお土産、客に渡すためのお土産。
奴隷じゃなくて、客に渡すためのもの。
「おれが間違ってたのかもな」
「……えっ?」
彼女がこっちを向いた。
相変わらずの無表情だ。
そんな彼女の手を引いて、無理矢理立たせた。
「きゃっ」
ベッドから引きずり出された彼女は床にへたり込んだ。
衰弱してて、まともにたてない様子だ。
それでも立たせた、無理矢理手を引いて立たせた。
「な、なにを……」
「おれが間違ってた」
同じ言葉をもう一回言う。
しっくりきた。
そう、おれが間違ってた。
「お前の扱いを間違ってた」
「わたし、の?」
「そうだ。お前はエターナルスレイブ、奴隷になるために生まれてきた人種だ。こんな風に扱っちゃいけなかったんだな」
「……」
「って事で、働いてもらうぞ――今から」
「い、今から?」
彼女は驚いた。おれの豹変に驚いてるって感じだ。
「そうだ。なんか文句あるのか?」
「文句は――」
「あっても知らん」
言葉を途中で遮った。
なんというかもう、こうした方がいいと思った。
エターナルスレイブ。
奴隷は奴隷らしく扱うべきだったんだ。
「でもわたし……聖夜様の奴隷だから」
「それも知らん」
「えええ?」
「というかよく考えたら遠慮することなんてなかった。おれはあいつに勝った、お前は戦利品だ。返すなんてことを考えないでおれの奴隷にしときゃよかったんだ」
「……」
彼女は呆然となった。
言葉を失って、おれをぼけーっと見つめる。
「ほ、本当に?」
「ん?」
「働いて……いいの?」
「……」
おれは無言で彼女のほっぺたをつねって、引っ張った。
「い、いひゃいいひゃい」
「ぐずぐず言ってないで――」
引っ張ったまま、まっすぐ目を見つめて、言い放つ。
「――働け」
しばらくして、彼女は笑った。
出会ってからはじめて見る、彼女の笑顔。
――魔力を900チャージされました。
まだぎこちないけど、紛れもない笑顔だった。




