新たな境地
夜、帰ってきたミラは血まみれだった。
「ご主人様ぁ」
「……ご苦労」
そこだけ見ればまるっきり惨劇の現場だが、何があったのかは何となく想像できる。
おれはニーナのところにミラを派遣した。
ニーナは興奮するとクジラの潮吹き並みに鼻血をふく。
ミラの惨状はどう考えてもそのせいだ。
「ご主人様ぁ、あの子なんなんですか? 怖いですよ! あたしがいったらいきなり首輪とドレスにほおずりして、そのまま鼻血をふいたんですよ」
「おれの時もさんざんふいてた」
「だったら先に言ってくださいよ。それに鼻血以外も怖かったですよ。あたしの事をじっと見つめて『王様の奴隷様、第二奴隷様……』とかぶつぶつ言って。あれは怖かったです……」
「わるかったな。でも必要だったんだ」
「それはわかりますけど……」
不承不承な様子で唇を尖らせるミラ。
その様子だとおれがニーナのところに行かせた理由をわかって、その上でなにか収穫があったんだろう。
いかせて良かった。
「話は後で聞く。とりあえずその格好をなんとかしよう」
おれはミラを風呂に連れて行った。
宮殿を建てたときに作っといた、おれと奴隷専用の風呂だ。
民衆はまだ銭湯を使ってる。専用の風呂を持ってるのはおれだけだ。
そこにミラを連れ込んで、血まみれのドレスを脱がした。
まずは頭から流してやった。
お湯をかぶると、溶けていく赤い血。ちょっとしたホラーだ。
「あのご主人様、自分でやるから」
「いいからいいから」
「でも……ご主人様にそんな事をしてもらうなんて」
「ご主人様からのご褒美だ。ホラーな現場をよくガマンしてくれたな」
そう言ってやると、ミラは抵抗することをやめて、そっとうつむいた。
――魔力を10,000チャージしました。
しおらしくなった裸のミラを洗った。
綺麗な髪と尖った耳、それに白い肌。
彼女にべっとりついた血を洗い流していく。
実はこんなことをする必要なんてない。
血まみれになったミラだが、そういう類の汚れはエターナルスレイブに取り込んで、解放するの手順を踏むと綺麗になることが確認されてる。
剣の中から出たときに奴隷達はそうなるのだ。
だから洗ってやる必要はない。
ないが、おれはあえてそうした。
せっかくの機会、奴隷をめでる事ができる機会だ!
これを活かさない手はない。
だからミラを言いくるめて、彼女を洗った。
髪から耳、肩に腕。
さっきから洗うパーツを変えるごとに数千単位で魔力がチャージされてる。
やりがいがある。
どう洗えばもっと喜ぶのか、おれはそれを考えながら洗い続けた。
「今日は本当にこまったですよ。まさか奴隷様って言われるなんて」
「いやなのか?」
「当たり前だよ!」
ミラはぱっと起き上がって、体ごとおれにむく。
「様はご主人様だけ! 奴隷が様なんてありえないの」
「お、おう」
「それなのに奴隷様なんて」
ミラはぶつぶついう。エターナルスレイブらしい愚痴だ。
「わかったから、とりあえず前隠せ?」
「え? なんで?」
「なんでって。恥ずかしいだろ、裸は」
そういうが、ミラは至って普通な顔をする。
「ご主人様だから恥ずかしくないよ?」
当たり前のように答えた。
そういうもんか? ……そうかもしれないな。
「わかった。しかしそれじゃおれが洗いにくい」
「あっ、ごめんなさい」
ミラは慌ててさっきの体勢に戻った。
その体勢のままじっとして、おれが洗いやすい様に頑張った。
エターナルスレイブ、相変わらず可愛がり甲斐のある種族だ。
☆
風呂から出た後、おれの私室にミラを連れ込んで、改めて聞く。
「で、詳しく報告してくれ」
「うん。えっと、まずご主人様の命令通り、今まで作ってなかったものを教えたの」
「そうか」
「で、色々見せてると、魔法陣の中に違う素材を入れたらどうなるのかって聞かれたんだ」
「へえ」
おれはちょっと感心した、いきなりそこにたどりついたのか。
そしてあることを思い出す。
「そういえば……あの時のもお前だったな。アクセルシューターができたときも」
あれはミラがおれの奴隷になった直後くらいの話だ。
リーシャとミラの二人に武器の弓を作ろうとしたとき、ミラがずっこけて、魔法陣の中に要求されたのとは違う素材を入れた。
それが違う弓を産み出した。
その失敗から、巡り巡って産み出されたのが彼女達が着てる草色のドレスだ。
ベースの魔法陣をカスタムしたら違うものができる。
それがあったけど、あれ以来忙しくて、なかなか試す機会がない。
「うん。それを答えたけど……」
いいよね? っていう上目遣いをする。
頭を撫でてやる。笑顔になって、魔力がチャージされた。
「それでね、色々実験させられたんだ。元の魔法陣にあれこれ混ぜて」
「へえ、でもあれ大抵失敗するだろ」
「うん、失敗した。……いろいろ失敗した」
ミラがガクブルしだした。
「どうした?」
「うわーん。こわかったよご主人様」
ミラはいきなり泣き出して、おれに抱きついた。
「どうしたどうした」
「怖がったの! あの子やっぱり怖いよ。失敗するたんびに『また失敗よ、失敗したわうふふふふふ』って笑うの」
「キレてるのか?」
「違うよ!」
上目遣いのミラ、涙目だ。
「うっとりしてたの! 失敗を普通に嬉しそうにうっとりしてたよ」
「まじか」
それはちょっと想像がつかなかった。
失敗でぶち切れて、一周回って笑いがでるのはわかるけど、失敗そのものを喜ぶってのはどうなんだ?
「それに話も通じないの! なんで喜んでんのって聞いたら、『なんで喜ばないの? だって失敗だよ?』って聞き返されたんだよ」
なんじゃそりゃ。
「それは……怖かったな」
更に気持ちを込めてミラの頭を撫でてやった。
というか、ミラは今日相当怖い目にあったんじゃなかろうか。
「よくガマンしたな。偉いぞ。なんかご褒美をやるよ」
「本当に!」
「ああ、本当だ。何が欲しい?」
「じゃあメダル!」
「メダル?」
「そう、リーシャがもらったあのメダル」
「……ああ」
ミラが言ったのは、折り紙で作ったメダルだ。
かつてリーシャにご褒美で与えて、集めたら良いことをしてやるぞって言ったやつだ。
これも同じで、あれ以来忙しくなって、すっかり忘れてた。
「あれが欲しい」
「そうか」
魔法陣で折り紙を作って、それを折ってミラにあげた。
受け取ったミラは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうご主人様!」
――魔力を10,000チャージしました。
「それをしっかりもっとけ。数を集めたら良いものをくれてやる」
「うん!」
「で、魔法陣のカスタムは全部失敗したのか?」
「あっ、ううん。一個だけ成功したのがあるんだ」
「へえ、なんだそれは」
「えっとね……レール」
「レール? レールってまさか」
DORECAを取り出して、リストを確認する。
昨日までにはなかったレールという物がふえていた。
ゴールドカードからついた動画機能だと、列車が走ってるレールがうつっていた。
それはおれがずっと欲しかったもの。
街を本格的に作るときにやろうとしてた二つの事のうちのもう一つ。
それぞれの街をつなぐ交通網。
レールの出現によって、それができる可能性が出てきた。




