奴隷の王
翌朝。領主の舘、執務室。
起きてきた聖夜の奴隷がおれの前に立っていた。
「体はもう大丈夫か?」
「……」
無言でこくりと頷かれた。
それっきり奴隷は何も話さない。
おれを見てるけど、何も言わない。
「聖夜がどこに行ったかわからないか?」
「……」
無言のまま、今度は敵意を強めてきた。
「勘違いするな、追うわけじゃない」
「じゃあ……どうして?」
「居場所を聞かないとお前を帰すこともできないだろ?」
めいっぱい驚かれた。
全くの予想外だって顔だ。
「帰してくれるの?」
「当然だ」
おれは椅子に深く座って、背もたれに寄りかかって天井を見あげた。。
「ご主人様は奴隷がいてはじめてご主人様だ。それは奴隷も同じ。ご主人様がいない奴隷は奴隷じゃない。そうだろ?」
奴隷は静かに頷く。
「お前達の主従の関係に立ち入るつもりはない。今までもそうだったしこれからもそう。ただ、お前はあいつの元に返したい。あいつはどうでもいいけど、奴隷がご主人様を失ったままでいるのを見過ごすのは気持ちが悪い」
視線を戻し、まっすぐ目を見つめて、いう。
「お前達はエターナルスレイブだ、その分ご主人様が必要だろ?」
「……」
もう一回頷かれた。
「居場所がわかるのならそれでもいい。食糧と水……薬もやるから、自力で聖夜の元に戻って頑丈な奴隷でいろ。もう一度聞く、居場所を知ってるのか? 知らないのか?」
「…………ごめんなさい」
長い沈黙のあと謝られた。
本当に知らないんだろうな、これは。
「わかった。じゃあとりあえずお前はおれが預かる。他人の奴隷をおれが命令して仕事させる訳にはいかないから、客として何もさせないで食って寝るの生活を過ごしてもらうが、それでガマンしてくれ」
「はい……」
奴隷はうつむいた。
「あなたの奴隷なら……よかった」
はじめて聞く彼女の弱音。
どんなに暴力を振るわれても決してでなかった弱音が、置き去りにされてはじめて漏れた。
いたたまれなくて、おれは執務室から逃げる様に立ち去った。
彼女の事を、いつか解決するようにと願いながら。
☆
数日後。
リベックの町は大賑わいだった。
それはリベックだけじゃなくて、まわりの町を全部巻き込んでのお祭り騒ぎだ。
領主の舘、自分の部屋の中でおれは着替えていた。
奴隷四人に手伝ってもらいながら、新しい服に着替えた。
「ミラ、そっちをもうちょっとピンって引っ張って」
「こう?」
「そうそう。ユーリア、王冠を」
「うん」
「リーシャお姉様、マントはどうするですの?」
「それは最後」
奴隷達が身支度してくれるのを任せっきりにした。
この世界に転移してきてから初めての事かもしれない、DORECAで作ったものじゃないものに袖を通すのは。
国王即位の式典、そのための衣装は奴隷達が用意してくれた。
DORECAの中にはなかったものだ。それをリーシャの指揮の下、四人で作ってくれた。
着せた後、四人がおれから距離をとって、全身を眺める。
全員が満足げな顔をする。
「いかがですかご主人様」
「いい出来だ、よくやった」
四人が喜んだ。普段無表情なユーリアも笑顔気味だ。
「さて、行くか」
「「「「はい!」」」」
四人が声を揃えた。
彼女達を連れて、舘から出た。
外には大勢の人々が待ち構えていた。
おれが姿を見せたことで、地響きがするほどの歓声が上がった。
「アキト様!」
「領主様!」
「王様!」
様々な声がおれを呼ぶ。
手を振って歓声に応じながら歩いて行く。
モーセの海の様に道が開く。
よく見ればマイヤ達が親衛隊が総出で、群衆を整理して道を空けてくれていた。
「ありがとう、助かった」
「礼はよしとくれ。どうしてもっていうんなら、あたいらを全員孕ましてくれる約束を早くかなえとくれ」
「考えとく」
「期待してるよ」
マイヤ達が作ってくれた道を進む。
大勢の人々が詰めかけていた。
リベックの住民だけじゃない、ちらほら見た事のある顔があっちこっちの町から集まってきてる。
それらの歓声を浴びて、先に進む。
後ろに奴隷達四人がついてくる。
四人は歓声にまったく反応しないで、粛々とすすむ。
ミラとリリヤでさえかなりのおすまし顔だ。
あくまでおれの奴隷として、っていう立場を貫くようだ。
しばらく進むと、広場が見えてきた。
広場の真ん中に高い台が作られている。それに登るための階段のところに長達がいた。
マドウェイら、それぞれの町の長たちだ。
「アキトさん」
マドウェイが一歩前に進んだ。
なんだか感慨深い。
「この世界にやってきて初めて会ったのがあんただったな」
「命を救ってもらったことは今でも忘れない。これからもできる限り働くよ」
「頼む」
次はアガフォンとゲラシムが進み出た。
「アキトさん」
「アガフォンさん、もう王様って呼ばないとダメですよ」
「人前じゃなかったらどっちでもいい。むしろ今まで通りで頼む」
「はい」
次はマルタだ。
「アキト、式典が終わったら話があるの」
「話?」
「そう。国には軍隊が必要でしょ。それの話」
自薦する、ってことか。
「相変わらずの戦闘民族だな」
「わるい?」
「悪くない」
マルタと微笑み合う。
「わかった、相談に乗らせてもらう」
「うん!」
最後にザハールだ。
「えっと、アキト様……王様?」
「さっきも言ったが、どっちでもいい」
「じゃあ王様で。王様、おれ、こんなところにいていいんですかね」
「いいんじゃないか? どうしてもだめなら町長を他の人に譲ってもいい。そいつがもっと町を良くできるって判断したらいつでもそうしろ。ただし」
「ただし?」
「これからも国作りは続くし、なんだかんだでお前には働いてもらう。お前の積極さが必要だ」
「……わかりました。いけるところまでやらせてもらいます」
「ああ、頼む」
全員と話した後、台に上がる。
式典の台は広場の真ん中にある、三階くらいの高さにある台だ。
そこから見下ろす、群衆。
これが民、おれの国の民。
ゼロから始まった異世界の再生。それが今は七千人を超える領民がおれの元に集ってる。
高まる歓声と、群衆のボルテージ。
そんな中、背後から足音が聞こえた。
奴隷がついてきたが……階段の真ん中で止まった。
全員がおれをみている。
毎日見ている、ご主人様を尊敬してますって目だ。
そこで尊敬の目を向けられるのも良いが、それは違う。
今までの事を考えたら、彼女らはそこにいるべきではない。
おれは腰の剣を抜いた。
真・エターナルスレイブ。
四つの宝石に触れ、いきなりのことで驚く奴隷達を取り込む。
氷炎の刀身、光と闇のオーラ。
真なる奴隷の剣。
それを掲げて、群衆と向き直る。
そうだ、彼女達はここにいるべきだ。おれと共にいるべきだ。
彼女達がいなかったら、この国はできなかった。
そしてなにより、ご主人様と奴隷は両方がいて、はじめて成立する関係だ。
こんな大事な日に一緒にいないでいい道理はない。
気持ちを伝えた。
気持ちが伝わってきた。
ご主人様と奴隷、五人の思いは一つだった。
――エターナルスレイブ。
奴隷の笑顔でできた国は、ますます発展していくと確信した。




