手作りの戦艦
荒野を一人で歩いていた。
マントを頭からすっぽりかぶったおれは子供の姿になってる。
途中でバレると意味がまったくなくなるから、出発前に若返り薬を飲んだ。
それが失敗だった。
「子供の足で歩くと全然進まないんだな」
思わず言葉に出してぼやくほど進まなかった。ビックリするくらい進まなかった。
純粋に歩く歩幅が普段の半分近くになってしまってるから、当然といえば当然だ。
(あの、ご主人様)
頭の中でリーシャの声が聞こえてきた。
奴隷の四人は剣の中に入ってる。これもバレたら意味がなくなるから、剣の中に最初から取り込んでる。
その剣はマントの下に隠してる。
そのため今のおれはマントをかぶってる子供だ。この姿をみて誰もアキトだとは思わない。
その、取り込んで連れ歩いてるリーシャに返事した。
「なんだ?」
(なにかお役に立てる事はありませんか?)
「ない」
(ですが……)
「気にするな、じっとしてろ。働いてもらう時が来るからその時まで待ってろ」
(はい……)
リーシャはそれでも何か言いたげだったが、ガマンした。
おれの命令って事もある、本人が現状を理解してるって事もある。
だからリーシャは引き下がった。
おれは歩いた。
あらかじめマイヤらに探ってもらった、マクシム軍の居場所、マクシム本人がいるところまではまだ距離がある。
おれの感覚はずれてるから、その辺の事を把握してるユーリアに現状を聞こうとおもった。
「ユーリア、あと大体どれくらいだ?」
(……)
「ユーリア?」
(……)
二回呼びかけたが、返事はなかった。
ユーリアにしては珍しい。普段の彼女なら何か質問すれば即返事が帰ってくる。
声の抑揚はあまりないけど、しっかりした内容で返事が返ってくる。
それが今はない。
立ち止まって、意識してユーリアの気配を探った。
(なんかぼうっとしてますの)
ユーリアの代わりにリリヤが答えた。
リリヤの言うとおり、ユーリアはなんかぼうっとしてる。
「ユーリア」
(……はわ)
はわ?
(ごめん。ボーとしてた)
「いいけど、どうかしたのか?」
(ご主人様と一緒にいた)
おれは首をかしげた。
「そりゃ一緒にいるけど」
物理的に言えば、奴隷は全員おれの腰の横にいる。
(ご主人様が近い、気持ちいい。溶けそう……)
「えっ? いや待て待て待て」
おれは慌てた、なんかちょっとまずい状況になってたっぽい。
急いで四人の奴隷を剣から出した。
元の姿、首輪に緑色のドレスを着た四人の奴隷。
ユーリアはぐったりとして、顔が赤くなって目も潤んでいる。
分かりやすく言うと発情顔だ。
そしてそれはミラも同じだった。
同じように発情顔で、ぼんやりと上の空って感じだ。
いつの間にこうなった。
「これってもしかして、なんかまずい状況だったんじゃないのか?」
二人の姿を見て、おれは背中にいやな汗をかいてしまった。
☆
その場で進むのをやめて、まわりに即席で木をぐるりと囲むように作って、その中に身を潜んだ。
ミラ、ユーリア、リリヤの三人は木の下に寝かせている。
真・エターナルスレイブからリーシャを戻した。
もどったリーシャはぐったりとして、発情顔になってる。
さっきのミラとユーリアと同じ姿だ。
「どうだ?」
「光が見えました……あの光はご主人様の光」
目の焦点が微妙にあわず、いってる事も結構やばい。
ミラにユーリア。そしてさっきにためしたリリヤと今のリーシャ。
全員が同じような発言をした。
最初の二人のあと、リリヤとリーシャにも実験に付き合ってもらった。
それでわかったことは、どうやら奴隷達は長く剣の中に取り込んでると「ご主人様と一つになる」という感覚になるようだ。
それはちょっと怖い。
実際、すでに剣の中に取り込んでる状況で、おれの頭の中で直接会話ができてる。
そこで更に「ご主人様と一つになる」と言われたら、今度は剣じゃなくておれが彼女達を取り込んでしまうかもしれない。
それって……やっぱりやばいよな。
「ご主人様」
考え事してると、ミラが話しかけてきた。
どうやら回復したようだ。
「どうした」
「ごめんなさい、ご主人様に迷惑かけちゃった」
「いい、これくらい迷惑の内にはいらん。それより何がどうだったのかもっとよく説明してくれ」
「えっと、光があって」
それはリーシャも話した。
「ご主人様が光で」
ユーリアと話してる事が一緒だな。
「溶けてご主人様の一部になったらすごく気持ちが良いんだろうなって」
「はいアウトー」
確信はないけどこれはアウトって気がした。
溶けておれの一部になるのはNGだ、絶対にNGだ。
それで戻れるのなら別にいい、だけどもどれない匂いがプンプンする。
そんな事をしたら愛でる事ができなくなる、絶対にNGだ。
おれはため息ついて、ミラに聞く。
「ミラ、お前は回復したか?」
「うん、結構回復したと思う」
「だったら手伝え」
「何をすれば良いの?」
「もう一回剣に入れ、それでおれと話してろ」
「それだけでいいの? わかった」
頷くミラ、おれは彼女をまた剣に取り込んだ。
氷の刀身の奴隷剣に話しかける。
「どうだ、聞こえるか?」
(うん、聞こえてるよ)
「一足す一は?」
(二?)
「万能薬の素材は?」
(アブノイ草五個)
ちゃんと受け答えができるミラと話をした。
適当にクイズ出したり、ものを作る話をしたり、奴隷カード持ってからそれでやったことの報告を受けたり。
とにかく色々と話をした。
最初は普通に会話できていたのが、一時間位を越えた辺りからあやしくなってくる。
(……)
「ミラ? 寝てるのかミラ?」
(……)
「ミラ?」
(ご主人様の光……温かい光……あれは至高の光)
「だー、終了だ終了!」
危ない事を言い出してきたから、おれは慌ててミラを剣からだした。
目の前の地面に、ミラがぐったりと横たわった状態になってる。
そんな彼女をしっかりと横たわらせて、考えをまとめる。
なるほど、大体一時間ってところか?
その後もユーリア、リリヤ、リーシャと次々に回復してきて、その順番で同じようにテストした。
すると大体全員の正気がやばくなるまで一時間前後だとわかった。
さすがにそれ以上のは怖くて確認できなかった。
全員がおれと「溶け合って一つ」になるといって、リリヤがそれをうれしがった直後嫌がった。
それでおれは決めた、デッドラインは越えないようにしよう。
剣に取り込んだ状態で大体一時間。とりあえずそれをタイムリミットにする事にした。
……まあ、問題はないはずだ。
☆
夜、奴隷達を休ませたまま、おれは一人起きていた。
たき火を起こして、その横の地面に木の枝でお絵かきをした。
「ご主人様」
後ろから声を掛けられた、リーシャの声だ。
「リーシャか、そこに座れ」
「はい」
リーシャは応じて、おれから少し離れたところに座った。
ご主人様と奴隷との距離だ。
「もう起きてて良いのか?」
「はい、ご主人様に頂いた万能薬のおかげで」
「そうか」
「でも……良かったんですか、貴重なストックを頂いてしまって」
「問題ない」
ストックは確かに減るが、それよりも奴隷の方が大事だ。
万能薬くらい普通に使う。
「何を書いてたんですか?」
リーシャはおれが地面にかき込んでるものをのぞき込んで、聞いてきた。
「うん? ああ戦艦だ」
「センカン?」
「ここに台を作って、左右にニートカを六門ずつ並べて、正面はまだ素材が見つかってないニートカの改良型を主砲にして。中はある程度の居住空間を確保……領主の舘をそのまま乗せてもいい。問題はどうやって動かすかなんだよな」
「動かすんですか? こんなに大きなものを?」
リーシャは驚く。絵の中に書かれてる領主の舘から全体の大きさを推測して、それで驚いていた。
「動かない戦艦はなあ……」
対空砲台じゃあるまいし。
「ご主人様は……これを作るんですか?
「そのうちな。多分あった方がいい」
戦略兵器として。
リーシャはそれをまじまじと見つめて、それから行った。
「あの、これは全部ご主人様が作るのですよね」
「ああ」
「わたしが持って歩く……というのはダメですか」
「……ぷっ」
おれは吹き出した、ちょっとおかしかった。
確かにそれは可能だ。DORECAで作ったものを組み合わせた戦艦なら、おれか奴隷の誰かなら持って歩ける。
ポータブル戦艦、字面にするとちょっと面白い。
「ご主人様、紙とペンありませんか」
「うん? 作れるけど……なんでだ?」
「これを書き留めようかなって思って……」
「これを?」
こくりと頷くリーシャ。なんか恥ずかしそうにしてる。
なんでそうしたいのかわからないけど、珍しくリーシャがおねだりをしてきた。
それも仕事・命令以外でのおねだりだ。
おれは魔法陣を出して、素材なしの魔力だけで生産して、リーシャに渡した。
「ありがとうございます!」
――魔力を10,000チャージしました。
なんでなのかはわからないが、リーシャが喜んでるし、別にいっか、と思うのだった。




