奴隷の名誉
領主の舘の中、リーシャが報告に戻ってきた。
「ご主人様、森から戻ってきました」
「ご苦労。状況は」
「動物がますます増えてました。今はまだ大丈夫ですけど、いずれ森そのものを広げた方がいいとおもいます」
「わかった。それとは別件で――ユーリア」
横を向き、秘書になってるユーリアに説明しろと指示を出す。
「アキトの町の住民がまた30人増えました。その分の基礎建築が必要です」
「ってことだ。それとニートカの場所を調整してほしいって要望もきた。あの町はお前に任せる、向こうにいったら良い感じにやってくれ」
「わかりました!」
リーシャが仕事のために出発しかける。
そこにミラが入ってきた。
「ご主人様!」
「どうした」
「マイヤさんから連絡です。食糧がそこをつきそうだから補給お願いしますって」
「やべえ、忘れてた」
ミラの報告でそれを思い出した。
マイヤ達は兵としてあっちこっちに行ってもらってるから、その都度補給が必要なのだ。
それをちょっと前に頼まれてたけど、うっかり忘れてた。
「マイヤ達はいまどこだ?」
「アキトの町の近くらしいです」
「そうか」
頷き、出発しかけたリーシャの方を向く。
「じゃあそれも任せる。人数分のプシニーを木の家に持って、それごと運んでいってくれ」
「わかりました」
頷くリーシャ。
奴隷カードが使える様になった彼女はおれ同様、作ったものを持ち上げられる力をもった。
プシニーを木の家――倉庫ごと持ち上げて運送する事が可能になったのだ。
「それでは行ってきます」
「ああ」
頷き、リーシャを見送る。
ふと思った、もしかして仕事を振り分け過ぎたんじゃないかって。
アキトの町の件が続き、その担当のリーシャに何も考えずに振り分けたけど、よく考えたら結構な重労働だ。
やれるのか? リーシャ。
「ご主人様」
「どうしたユーリア」
「カザンから連絡がありました。近く別の集落の長と引き合わせたいって」
「ふむ、また援助か? それともただの挨拶か。とにかくわかった、会うって返事しといてくれ」
「はい、それと町の商業活動が盛んになって、お金の数が足りなくなってます」
「もうか。わかった、ドラゴンをまた狩ってくる」
ユーリアから色々言われて、おれも忙しくなった。
忙しくなって、リーシャの事をすっかり忘れてしまったのだった。
☆
「リーシャ!」
町から領主の舘に戻ってくるなり、リーシャが倒れたって聞いて、彼女の部屋に駆け込んだ。
普段お淑やかな奴隷はベッドの上に寝てて、苦しそうな顔をして、額に大粒の汗をかいている。
「ユーリア。どうしたんだリーシャは」
一緒に入ってきたユーリアに聞く。
「過労」
「過労?」
「そう、仕事が忙しくて、戻ってきたらふらふら倒れた」
「過労……」
リーシャを見た。
確かに顔色は良くない、過労で倒れた人間特有の症状が出てる。
というか。
「やっぱり仕事多すぎたんだ……」
おれは反省した。
奴隷とは愛でるものだと思ってるのに、考えなしに次々と仕事をふった事を反省した。
もうちょっとなんか考えよう。
「う……ん」
リーシャがゆっくりと目を覚ました。
瞳の焦点があわず、部屋の中を見回す。
やがて、はっとして体を起こす。
「わ、わたしどうして――」
起こしたが、すぐにめまいを起こしてまた倒れた。
過労からくる貧血だな。
おれはリーシャをベッドに押し戻して、言った。
「無理するな、しばらく休んでろ」
「わたし……どうして?」
弱々しい声で聞いてくる。
「過労で倒れたらしい。悪いな、考えなしに仕事を――」
「過労!」
リーシャが大声をだした。おれがビックリするくらいの大声だ。
顔はまだ青ざめてるのに、目がみるみるうちに輝きだした。
その目は知ってる、おれから首輪をもらったときと同じ目だ。
そして。
――魔力を5,000,000チャージしました。
「えっ?」
思わず声にでるくらいビックリした。
きょとんとした。脳内に聞こえてきたのは魔力チャージを告げるいつもの声。
そして、今までに最高の数字。
奴隷からチャージした魔力の中で群を抜いて最高の数字だ。
「わたしが、過労……」
「ちょっとまって、なんだその反応は。過労で倒れたんだぞお前」
「奴隷にとって」
ユーリアが口を開く。
「倒れるくらいの仕事をご主人様から与えられるのはとても名誉なこと。信頼されてる証だから」
「は?」
一瞬何を言ってるのかわからなかった。
倒れるくらいの仕事が名誉? いやそんな馬鹿な。
「冗談だよな」
「いえ、本当で――」
ユーリアが言いかけたところに、ドアがパン! と壁にたたきつけられる勢いで開かれた。
そこにいたのはミラ。リーシャとユーリアと同じ奴隷の一人だ。
「リーシャさん!? リーシャさんが過労で倒れたって本当?」
もともと喜怒哀楽が激しいミラはリーシャ以上のキラキラした瞳になっていた。
「本当みたい」
「すごい! いいな! リーシャさんいいな!」
ミラは子供の様にぴょんぴょんジャンプしながら羨ましがった。
本気でリーシャの事をうらやましがってる……過労をうらやましがってるみたいだ。
……マジなのか、この話は。
「ご主人様!」
「お、おう。なんだ」
「わたしにももっと仕事させてください!」
と詰め寄ってきた。
もっと仕事っていうが、これは「倒れるくらいの仕事をくれ」って意味なんだろうな。
おれが戸惑ってると、ユーリアがまた口を開く。
「ミラセンパイ。それはいけない」
「え?」
「わたしたちから仕事をせがむのは奴隷失格です。行動で信頼を勝ち取って、自然と仕事を任せられる様にしないとだめ。そうじゃないとそれは名誉じゃない」
「そ、そっか!」
がーん、って感じでミラがうなだれた。
両手両足を地面につけて、がっくりとなった。
……そんなにか。
「うん……わたしが間違ってた」
「一応いう。ここで罰を望むのも奴隷失格」
「わかってるよ。行動で示す!」
そういって、ミラは部屋から飛び出していった。
行動で示すって言ってるから、割り当てた仕事に戻ったんだろう。
「ご主人様、わたしも失礼します」
といって、ユーリアも出て行った。
こっちはわかりにくいけど、会話の内容からミラと同じはずだ。
そうして、部屋の中はおれとリーシャの二人っきりになる。
なんというか、まだちょっとついてけない。
奴隷の名誉か。
リーシャを見た。彼女は青ざめた顔のまま愛しげに首輪を撫でている。
「あの、ご主人様」
「なんだ」
「わたし、ご主人様の奴隷で良かったです。ご主人様は世界で一番のご主人様です」
「……はあ」
なんかもう、信じるしかないようだ。
それを信じた上で、おれは。
「……リーシャ」
「はい」
「命令だ、今日は休め」
「……わかりました」
リーシャはちょっと残念な顔をした。
「ここに万能薬をおいていく。今日はゆっくり休んで、明日の朝飲め」
「明日の朝ですか?」
驚くリーシャ。
「ああそうだ。明日の朝飲め、今夜は休め。明日になったらまた働いてもらう」
「――はい!」
一瞬の間の後に、おれの気遣いを理解したリーシャは笑顔になった。
――魔力を10,000チャージしました。
今度はいつものレベルでチャージされた。
奴隷を愛でる事が、奴隷の名誉より大分低かったけど、まあよしとした。




