奴隷の笑顔
領主の舘の中、できあがったフードプリンターの前に立った。
プリンターの見た目は一メートル四方の立方体で、真ん中がぽっかり空いて台のようになってる。
「これをどうするのですか」
隣に立つユーリアが聞いてきた。
「これを使うらしい」
おれはそういって、ユーリアにそれを見せた。
手のひらにのる大きさの、立方体のブロック。ルービックキューブ程度の大きさのブロックだ。
「これは?」
「フードプリンターができあがった後に解禁されたフードキューブってやつだ。素材の関係上二つしか作れなかった」
「レアものなの?」
「そうでもない。消費魔力は50程度だし、素材も集めればどうにかなる。ストックがなくて今は二つしか作れなかったってだけだ」
「それを使ってものを作るの?」
「そうだ……見てろ」
ユーリアにそう言って、おれはキューブをプリンタの台の上に置き、操作した。
必要な条件を入力して、スタートを押す。
するとプリンターがカシャンとしまった。
中で何かが動く音がして、しばらくしてまた開いた。
そこに、完成品があった。
「これはなに?」
「カステラってヤツだ。しっとりしてもちもちして、甘くてうまいぞ」
「……」
「さて、もう一個も作ろうか」
残ったもう一つのキューブも入れて、同じように操作した。
「今度のは?」
「バームクーヘンだ。これも甘くて美味しいぞ。まとめてかぶりついても良いし、一枚ずつ剥がして食べるのも乙なもんだ」
「どうして真ん中に穴が? これは必要なの?」
「どうかな」
そういえばなんでバームクーヘンに穴が開いてるんだろ。
「まあそれはどうでもいい」
カステラとバームクーヘン。できた二つのデザートを手に取った。
同時にDORECAのメニューを開いて、二つとも作成リストの中にあることを確認する。
カステラが魔力20,000、バームクーヘンが15,000だ。どっちもショートケーキよりも遙かに魔力を要求される。
それが、どっちも50の魔力で作れた。
フードプリンター自体は10万近い魔力を要求された。
それをまず作る必要があるし、手間もかかるけど。いったん作ってしまえば後は安く作れる。十個もデザートを作ればその初期投資もペイする感じだ。
これでスイーツ、嗜好品を量産出来る様になる。
近いうちにこれを量産しよう。
「ご主人様」
「うん?」
「それは食べるの?」
「うん? ああせっかく二つあるし、二人で――」
おれは言いかけて、手の中にあるカステラとバームクーヘンを交互に見つめた。
「ご主人様?」
言いかけたおれを不思議そうな顔で見つめてくるユーリア。
「……ユーリア、手伝え」
「はい、ご主人様」
直前まで不思議そうな顔をしていたが、おれが手伝えと言った瞬間、ユーリアは顔から迷いを完全に消した。
いい奴隷だ。
☆
始まりの町・アキト。
夜になっても、そこは明かりがついてて、人々が動き回っていた。
「リーシャさん、木の家の場所どうにかならないもんですかね」
「わかりました、ちょっと動かします」
「リーシャさん、服が10人分足りないです」
「服が? わかりましたいま魔法陣出します」
「リーシャさん! 大変です料理下手な人がアキトさんの作った調理場の天井こわしました!」
「あわわ、修復はわたしじゃ無理です。コンロを外に出しますので、今日はそれで使ってください」
代理として派遣されてきたリーシャは奴隷カード(ノーマル)を持って働いていた。
急激に増えた町の住民のために家を作って、服を作って、食を調達して。
主のそばで見てきたやり方を真似て、汗だくになって働いている。
そんな彼女におれは声を掛けた。
「リーシャ」
「はーい、今度はなに――ご主人様!」
いきなり現われたおれに驚くリーシャ。
もってる奴隷カードを取り落としそうになって、慌ててキャッチする。
「どうしたんですかご主人様、大事なお仕事があったんじゃ……」
「そっちは何とかなった。それよりもリーシャ」
「は、はい」
おれは真顔で聞く、リーシャはちょっとたじろいだ。
「長方形と丸いのと、どっちが好きだ?」
「……はい?」
「だから、長方形と丸いのと、リーシャはどっちが好きなんだ?」
「えっと、それって……」
聞きかけて、リーシャは首を振る。
奴隷は無駄な質問をしない、と思ったみたいだ。
「その二つなら丸いのです」
「理由は?」
一応聞いてみた。
「その……首輪と、似てて」
「なるほど」
本音みたいだな。
「じゃあ……ユーリア」
「はい」
一緒についてきたユーリアは二つの箱のうち片方を差し出してきた。
それをそのままリーシャに渡した。
「これは?」
「開けてみろ」
「はい……こ、これは」
「バームクーヘンという甘いデザートだ。丸い輪っかがすきなんだろ」
「こ、これをわたしに?」
「働いたご褒美だ」
「で、でも……」
「いいから受け取れ。これからミラのところにも届けてくるから」
「ミラのところにも?」
「ああ、あいつも働いてるはずだからな」
「そうですか……」
バームクーヘンを見つめて、口元に笑みを浮かべるリーシャ。
――魔力を10,000チャージしました。
受け取った直後じゃなくて、ミラにも渡すと知った後に魔力がチャージされた。
「お前らしいよ」
リーシャの頭を撫でてやり、ユーリアと一緒に町を後にした。
☆
リベックに戻る道中。ユーリアと二人で一緒になって、ゆっくり歩く。
「ミラも喜んでたな」
「はい」
「リーシャと一緒で、リーシャに渡したとってきいたら魔力がチャージされたな」
ミラにカステラを渡した時の事を思い出す。
ミラもちょっとためらったけど、既にリーシャに渡した後、って聞いたら喜んで受け取った。
そして、魔力を20,000チャージした。
久しぶりに魔力がチャージされて、奴隷を愛でることができたことで、おれも嬉しかった。
……そういえば。
「ユーリア」
「はい」
「お前はどういうのが好きだ?」
「……」
ユーリアはちょっとためらって、それから答えた。
「味も、形もこだわりはありません」
「ふむ、なんでも良いって事か――」
「ただ、ご主人様のお役に立てたときにいただければ嬉しいです」
「そうか」
そう言うタイプか。
いやユーリアはそういうタイプだな。
しばらく歩く、どういう形が一番ユーリアという奴隷を愛でる形になるのか考える。
「ユーリア」
「はい」
「あしたからもっとビシバシ働いてもらうぞ」
「はい」
ユーリアは即答して、頷く。
ちょっとだけ、クスッと笑ったように見えた。
魔力チャージはなかった、でも確信は持てた。
近いうちにドカーンと――百万単位でのチャージが来るだろうって事を。




