「足りる」から「豊か」へ
領主の舘でおれはマルタと対面した。
二人の間のテーブルに紅茶とケーキをだした。
相手は一つの町を統べる長だ、これくらいはしないとと思って魔力一万をかけて作った。
作ったのだが。
「お前がマルタか?」
「……」
目の前にいたのは小さな女の子だった。
小学校の中学年くらいだろう。
そいつはケーキを食い入るようにみつめている。
「おーい」
「……はっ」
目の前で手を振った。それでようやく我に返った。
「な、なによ」
「いや別に」
おれは気を取り直して、きいた。
「お前がマルタか」
「そうよ、何か文句ある?」
やたら威勢が良かった。
「あたしがマルタ、由緒正しいカザンの一族を率いるマルタ」
「へえ」
「へえってなによへえって。お前カザンの一族をバカにしてるの?」
顔を真っ赤にして怒ってきた。
「いや別にバカにしてるわけじゃない」
「じゃあなんなのよその『へえ』ってのは」
「いやあ……」
そもそもカザンの一族ってなんなのか知らないし。
なんてのはいえないから黙っといた。
「やっぱりバカにしてるじゃないの! いい? カザンの一族は邪神を倒した勇者とともに戦った偉大な戦士ルスランの一族なのよ」
「へえ」
「また『へえ』っていった」
またプンプン怒った。
「ああ、今のは悪かった」
謝りつつ、おれはヴァレリヤをみた。
ヴァレリヤは申し訳なさそうな顔をした。
何となくわかった。
子供が領主で、彼女はお守りみたいな事をしてるんだ。
「本題に入ろう。おれに会いに来たのは?」
「そうだそうだ。お前が変な事を言い出すから話がそれじゃったじゃないか」
おれは何もいってない。
瞬間、マルタの表情が変わった。
大人びた表情になって、おれを見つめた。
「食糧の援助本当にありがとう、あんたのおかげでカザンの一族、500人が飢えずにすんだ。本当にありがとう」
言葉遣いは変わらないけど、表情と目つきは変わった。
ちゃんとお礼をいってる、心から感謝してるのが伝わってくる感じだ。
「……」
おれはヴァレリヤを見た。
ヴァレリヤは微笑んだ。
なるほど、だから連れてきたのか。
できる女のイメージがするヴァレリヤがなんでマルタを連れてきたのかわからなかったけど、大丈夫だって信じてたからなんだな。
おれはマルタの方をみた。
「そのありがとう、確かに受け取った」
マルタは微笑んだ。ちょっと可愛かった。
「それより茶が冷める、ケーキも良かったら食べてくれ」
「こ、これって食べ物なの?」
「うん?」
「見た事ないけど、ちゃんと食べ物なのこれ?」
ケーキを見た事ないのか。
「ああ食べ物だ、甘くて美味しいぞ」
「甘いの!?」
マルタは目をきらきらさせだした。
ケーキを食べた。
「おいしい!」
「そうか」
あっという間にケーキを平らげた。
「お代わり、いるか?」
「いいの?」
「ああ」
DORECAをだして、ケーキを選んで、魔法陣を作る。
これまでずっとおれの背後で控えていたユーリアが動き出して、素材を持ってきた。
魔法陣が素材を取り込んで、光の中からケーキが現われる。
おれがDORECAを取り出す瞬間にはもう動いてる。リーシャもミラもわりそんなところがあって、おれが何か作りたいときはすぐに動き出す。
そういう能力があるんじゃないかって思う位の素早さだ。
「ご苦労、ユーリア」
「……」
奴隷をねぎらった。ユーリアは何も言わずまたおれの背後に下がって控えるように立った。
改めてマルタを見た。
マルタはケーキとおれを交互に見比べている。
ものすごく驚いてる顔をした。
「い、いまのってなに?」
「そういう魔法だ」
そういってケーキすすめた。
「ふあ……」
マルタはそれを食べて、また幸せそうな顔をした。
小学生くらいの女の子だ、生意気なのよりも大人びてお礼を言うのよりも、こっちの方が合ってる。
「ね、ねえ。お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「このケーキっていうの……もっとくれないかな」
「もっと?」
「うん、カザンのみんなにも食べさせてあげたい」
「そういうことか。悪いけど、それはちょっと無理だ」
「どうして」
「簡単な話だ」
DORECAを持って、二つの魔法陣をつくった。
相変わらずの先読みで素材を持ってくるユーリア。テーブルの上に現われたのは同じケーキと――そしてプシニーだった。
「これは……あんたがくれた」
「そう、プシニーだ。そしてこっちがさっきおまえが食べたケーキ。詳しい話は省くけど、このケーキ一個でプシニーを三千個作れる」
「さ――」
マルタの顔が青ざめた。
「二つ食べたから六千個分だな。嗜好品だからな、作るのが大変なんだ。そういうわけだから、大量にあげるのはおれでも無理だ」
「いい! そんなのいらない。六千って……あの一瞬であたし、みんなの四日分のご飯を食べたって事……」
そういう計算になるが……頷くと刺激を与えそうなのでやめておいた。
やめておいたが、マルタが泣き出した。
ぼろぼろと大粒の涙を流し出した。
「お、おい。泣くなよ」
「な、泣いてない!」
マルタは強がった。手の甲で涙を拭きながら強がった。
「偉大なるカザンの長であるあたしが人前でそんな事をするはずがない!」
キッ、とおれをにらみつけた。
「ケーキとやら、美味しかった。まああたしも長だし? みんなの四日分のものくらい食べて当然よね」
強がりだした。
わかりやすい強がりで、おれがぷっ、と吹き出した。
「なにがおかしいの!?」
「いやいや、ごめんごめん」
おれはゴホンと、咳払いして、マルタを見た。
次の瞬間、言葉が口から飛び出した。
「ケーキ、大量に作れる方法を探しとく」
「え?」
「そうだな、プシニー程度のコストで大量に量産して、みんなが簡単に食べられる程度のものにしとく」
「そ、そんな事出来る訳ないじゃん。五百人の四日分のものなんだよ、それを――」
「可能です」
背後からユーリアが口を開く。
これまで黙っていたユーリアはっきりとした口調で言い切った。
「ご主人様なら可能です」
おれの事を信じて疑わない口ぶり、それにマルタは驚いた。
「そうですね、アキト様なら可能でしょう」
マルタは更に驚く、自分の部下、ヴァレリヤまでそう言い出したのだ。
「アキト様のまつわる様々な噂と、この街の発展した様子、何よりも今見せて下さった魔法。アキト様ならきっと可能にすると思います」
ヴァレリヤも言い切った。
驚くマルタ、やがて期待に目を輝かせるようになって、その目でおれを見つめた。
「本当にできるの?」
「ああ」
おれはユーリアとヴァレリヤを見習って、力強く言いきった。
新しい目標ができた。
嗜好品の量産という目標が。




