奴隷カード
ユーリアを舘の中につれて戻った。
戻ってくる途中、彼女はずっと首元に手を添えている。
愛おしげに、割れ物を触れるようにそっと。
「ユーリア、それみせろ」
「はい」
向き合って命令口調でいうと、ユーリアはためらいなく手をどかした。
命令されるのは当たり前、拒むのなどあり得ない、といわんばかりの反応。
おれはよく観察した。ユーリアの首輪を。
前は宝石のついた革製の首輪だった。高級感があるが、普通の首輪だった。
しかし今は――。
「くっついてる、いやこれは――」
手を伸ばして触れてみる。首と首輪の間に隙間がない。異物だったのが皮膚と一体化している。
同化、という言葉が頭をよぎった。
「これ大丈夫なのか? つらさとかは」
「ありません」
ユーリアは即答した。
「取るにはどうしたらいいんだこれ」
「とれないと、思います」
「なんでそう思う?」
「永遠にご主人様の奴隷だから」
「そうか」
改めていわれて、そういうことかと納得する。
つまりおれが宣言して、それを偶然聞いたユーリアが嬉しくなって、首輪がこうして進化したってことだろう。
進化、そう進化だ。
二百万の魔力チャージといい、首輪の同化といい。
進化という言葉が一番しっくりくる。
しかし、疑問もある。
「ずっとおれの奴隷でいろってのはこれまでもよく言ってる。リーシャ達にもいってる。なんで今回だけ」
「……」
ユーリアは目をそらした。
顔が微かに赤い、恥じらってるように見える。
これは……心当たりがあるな。
「ユーリア」
「はい」
「何があった、答えろ」
「はい」
ユーリアは首輪に手を添えながら、答える。
「聖夜と言う男が、彼の奴隷に話したことを聞きました」
「聖夜? 何をいった」
「『間抜けな奴隷だ、次も役立たずだったら本当に捨てるぞ』って」
「あいつらしいな」
その場にはいないが、どういう口調にどういう行動をつけていったのか簡単に想像できた。
おそらくまた、自分の奴隷を殴ったり蹴ったりしながらいったんだろう。
それをユーリアが聞いたという。
「ご主人様が奴隷を捨てるのは当たり前。ご主人様と奴隷だから。捨てられたら、奴隷はちゃんと捨てられなきゃだめ」
「ふむ」
「でも、捨てられたら奴隷じゃなくなる。ずっと仕えてられるのなら、それが一番いい。エターナルスレイブだから」
そういって更に首輪に触れる。
なるほどな。
「話は全部わかった」
「はい」
頷くユーリア、首輪に触れる手がますます愛おしげになる。
「ご主人様」
「お帰りなさい」
館の中から声を聞きつけて、リーシャとミラが出てきた。
奴隷の二人、同じエターナルスレイブの二人。
そのうち、リーシャがめざとくユーリアの首輪を見つけた。
「ユーリア、それって?」
「……うん」
「それ? ――あっ、くっついてる! なんで? ご主人様に何かしてもらったの?」
「奴隷は、永遠に奴隷っていってもらった」
大分省略したな、それで伝わるのか?
「まあ」
「羨ましい!」
伝わったみたいだ。
「永遠に奴隷にしてくれるなんて、ご主人様はすごい」
「うん! すごい! さすがご主人様!」
全力で持ち上げてから、リーシャはチラチラとおれをみて、ミラはストレートにすがるような目をおれに向けてきた。
無言でおねだりしてきてる。
前に罰って名目で没収した首輪を返してほしいのだ。
別に返しても良いけど……ちょっと悪戯したくなった。
おれは首輪を取り出して、二人の目の前にだす。
「返すのはいいけど、もしユーリアのようにならなかったらまた没収だからな」
と言った。
ちょっとした意地悪で、可愛い奴隷どもを困らせてやりたいってだけの台詞。
さあどうする――と思ってると。
二人はためらいなく首輪を受け取って、自分の首に巻いた。
巻き終わって、一緒におれを見る。
「ご主人様」
「ずっと奴隷にしてください」
と言った。
次の瞬間、二人の首輪が光った。
ユーリアと同じ光。
首輪が肌と同化していく光。
光が収まると、ユーリアとまったく同じように、首輪が体の一部になった。
「わあぁ……」
「やた!」
――魔力を80,000チャージしました。
――魔力を120,000チャージしました。
首輪をさわりながら喜ぶ二人、これまでで一番喜んでるな。数字にも出てるし。
それを見守るユーリアもちょっと微笑んでる。こっちはかなりの喜びじゃないと数字に出ないけど、多分間違いない。
次の瞬間、ポケットの中でDORECAが光った。
また新しいカードに……ゴールドの次はプラチナ辺りに進化するのかなと思って見つめた。
「……うん?」
光が収まる、ゴールドのまま変わらなかった。
「かわりませんね」
リーシャがつぶやく。
三人のうち唯一ノーマルカード時代から知ってるから、おれと同じ事を考えてたんだろう。
なんで光ったんだろうな、今の。
「メニューオープン」
カードを持ったままメニューを開き、色々確認する。
カードの種別はゴールドのまま、魔力もチャージされた分はしっかり入ってるし、奴隷の数も変わってない。
ただ光っただけなのか?
更に色々見て――見つけた。
作成リストの中に、エターナルスレイブのすぐ上に新しいものがあった。
奴隷カード(ノーマル)ってやつだ。
奴隷カード……ノーマル。
これって、クレジットカードの家族カードのようなものか?
「よし、作ってみようか」
「何を作るんですか、ご主人様」
「なんでもお申し付けください!」
「なんでもする」
身を乗り出す三人。
おれは魔法陣を地面に張った。奴隷カード(ノーマル)を三つ分。
素材は、「奴隷のDNA」。
魔法陣の矢印がそれぞれ三人を指した。三人は全身が光る。
「わたし達ですか? どうすればいいですか、ご主人様」
「……髪の毛だな、一本で良いから、入れてみろ」
DNAという文字で、おれはそう推測する。
三人は自分の髪の毛を引き抜いて、魔法陣に入れた。
正解だった。魔法陣の光が髪の毛を包み込んで、カードにした。
まるっきりDORECAで、最初の頃のノーマルカードだった。
「め、メニューオープン」
やっぱり一番カードとつきあいの長いリーシャがおそるおそるいった。
「ぬ、布の服でいきます」
といって、地面に魔法陣を張った。
まるっきりおれのDORECAと同じ機能だ。
そして今張った魔法陣で、おれのDORECAから魔力が減っていた。
まるっきりクレカの家族カードだ。
「ご主人様の力……」
リーシャは奴隷カードを大事そうに抱えた。ミラもユーリアもそうした。
☆
あたらしい力を手に入れた。
奴隷カード(ノーマル)。
ブロンズ以上がなくて、作れるものは最初のおれと変わらないが。
それでも、信頼する奴隷が使えるのは間違いなく新しい力だった。




