先制攻撃
プシニーをゲラシムの町・マガタンに運んだ。
「ご主人様……」
リーシャがおれの服の裾をぎゅっと掴んだ。
気持ちはわかる。
マガタンはビースクと違う意味でひどかった。
ビースクはモンスターに、あのサソリに襲われて壊滅した。破壊されての壊滅だ。
このマガタンはそうではなく、自然に、貧しさに負けて寂れていく感じだ。
町に入った瞬間目に映った何人かの住民はほとんど身なりがみすぼらしくて、建物もぼろぼろだ。
「マドウェイの最初の頃みたい」
おれもそれを思っていた。
マドウェイ、おれがこの世界に来てはじめてあった、荒野のど真ん中で一人暮らししていた男の名前。
マガタンの住民は全員そいつと同じレベルでひどい事になっていた。
「来てくれたんですね!」
ゲラシムが小走りでやってきた。
顔に隠しきれないほどの喜びの色が見える。
「ああ、食べ物を運んで来た」
「こんなに……ありがとうございます!」
「いっとくがまずいぞ。腹がふくれるだけの代物だ」
「それでも、ありがとうございます! 早速皆さんに配ってもいいですか」
「好きにしてくれ。アガフォン、お前も手伝ってやれ」
「わかった」
ビースクの町から一緒にきたアガフォン達が、マガタンの住民にプシニーを配っていった。
住民が集まってくる、配られたものを食べる。
腹がふくれるだけのものを、みんなが笑顔で食べていった。
「……なにかやっとくか」
つぶやき、町の方を向くおれ。
そこに、リーシャとミラが一緒に話しかけてきた。
「家を建て直しましょう」
「服をいっぱいつくろう」
二人は意見が違った。だがどっちでも正しい意見だ。
「ごめんなさいご主人様」
「ごめんなさい……」
意見が分かれた事でもうしわけなさそうにする二人。
おれは二人の頭を同時になれて、笑顔で言う。
「魔法陣を片っ端からかけていく。数が多いから、お前達二人はきりきり働け?」
「――はい!」
「わかりました!」
二人は笑顔になって、DORECAに少量の魔力がチャージされた。
おれは宣言通り魔法陣を片っ端から作っていった。
まずはぼろぼろになった家や建造物に修復の魔法陣をかけて、それから町の住民の人数を聞いて、それの倍になる服の魔法陣を作った。
衣食住、新しい町に来た時にやるべき事を、丁寧にやっていった。
☆
「ありがとうございます、本当になんといってお礼を言えば」
ゲラシムがおれに頭を下げていた。
その横で、町の人々が未だに動き回ってる。
腹が膨らんで、素材を集めてくるだけで家が新しくなったり、服ができたりする事を知って、みんなで動き出してるのだ。
「あとで武器も作ってやる。こう言っちゃなんだが、あのプシニーを喜んで食べられるのは今のうちだけだ。あれは普通の暮らしをしてたらまずく感じる代物、最低限の暮らしを確保したら自力で狩りなりなんなりしろ」
「はい、もちろんです! 本当にありがとうございます、アキトさんのおかげで、この町もなんとか……」
ゲラシムは涙ぐんだ。感謝されるのは悪い気はしないが、男に、更に涙で感謝されるのはちょっと気持ち悪い。
やる事はやったし、これ以上気持ち悪いことになる前に引き上げようと思ったその時。
「あーら、なんなのかしら、これぇ」
町の入り口から更に気持ち悪い声が聞こえてきた。
見ると、二足歩行の馬に乗ってる筋肉ハゲが何人もの部下を引き連れて、我が物顔で町に入ってきた。
手に鋼の鞭をもって、それをビシバシ音を立てている。
「なーんかリッチになってるわねえ。この前もう出せるものがない、とかいってなかったかしらん?」
オカマかお前は――って位の気持ち悪い口調で喋る筋肉ハゲ。
そいつはゲラシムの前に立って、彼をにらみつけた。
「これえ、どういうことなのお?」
「マルコヴィチ様……いえこれは」
「おいアガフォン、そいつは誰だ」
聞こえない様に、アガフォンに小声で聞く。
「マルコヴィチ、マラートの腹心の一人で――最強の男だ。その力は山を裂き、速さは音を追い越すと言う」
アガフォンは怯えた顔でこたえた。
なるほど、またマラートの部下か。
マルコヴィチはまわりを見回した。
住民もそれに気づいて、手を止めて、近づいてきて遠巻きに事態の成り行きを見守る。
「まあねえ、あんたたちがどういうなにで町を綺麗にするのは、あたしのしったこっちゃないわ。人間、いい暮らしができるのがいちばんだものね」
「あ、ありがとうござ――」
「で・も」
マルコヴィチはゲラシムの言葉を遮った。
「綺麗な町というのは、それだけ価値があると言うこと」
「え?」
「つ・ま・り、守るための料金も高くなる、そう思わない?」
「……そんな」
ゲラシムが絶望の顔をした、その顔が他の町人にも伝染していく。
働けば暮らしが良くなるという喜びを味わった直後に、そのせいで守り料が高くなると言う絶望を突きつけられた。
「次回から、今までの倍ね」
「そんな! そんなに払えません!」
「い・い・わ・ね」
「そ、そんな……」
ゲラシムがますます絶望した。
……見てられん。
「おいオカマ野郎」
「あああん?」
おれは前にでた。マルコヴィチはドスの効いた声を出しておれの方を向いた。
「あら、いいおとこじゃない。あなた、名前は?」
今度は猫なで声になった。全身が粟立った。
「町はおれが直した」
「あらん?」
マルコヴィチの目の色が変わった。
今度は違う意味で、値踏みするような目でおれをみる。
こっちはそんなに気持ち悪くなかった。
「あなた、名前は?」
「アキト」
「そう。で、これはどういうつもりなのかしら?」
「どういうつもりか」
おれは考えた、そしてまわりの住民をみた。
ここまで関わった以上、見捨てるのもなんだかなとおもった。
それに、もともと町を大きくして、いずれ王になるのが目的だ。
ならば。
「このマガタン、それに隣のビースク。おれがもらうことにした」
「なんですってぇ」
マルコヴィチがおれを睨む。
「あなた……自分が何を言ってるのかわかってるの?」
「ああ」
「マラート様の恐ろしさを知った上で言ってるのよね」
「……」
「そう、いいわ。あたしがどうこうできる話じゃないから、マラート様のところに持ち帰ってあげる」
マルコヴィチは馬を引いて、来た道を引き返した。
この場はいったんこれで――。
「なーんてね!」
マルコヴィチが急反転した! 馬に乗ったままこっちを急に向いて鋼の鞭をふってきた。
しなって風を引き裂く鋼の鞭。
「ふっ!」
エターナルスレイブ改を抜きはなって、切り払った。
「ミラ!」
「はい!」
同時に青い宝石に触れ、ミラを取り込む。
返す刀で切り上げ――瞬間、マルコヴィチの右腕が空を飛んだ。
「なっ――」
驚愕するマルコヴィチ、更に返す刀で首を飛ばした。
リーダーがやられたのを見て、部下達が蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出した。
「おおおお!」
「あのマルコヴィチを」
「すげえ!」
住民から歓声が上がった。
わらわらとおれのところに集まってきて、おれの強さを称賛する。
それを聞いてる気分じゃなかった。
ビースクの時に続き、これで二度目だ。
「リーシャ、ついて来い」
「はい!」
「ミラはしばらくこのままだ」
(わかりました)
奴隷の二人を引き連れ、おれは町を飛び出した。
逃げていくマルコヴィチの部下を追いかけていく。
目指すはマラートのいる場所。
二度もヤツの部下を切った以上。こっちから乗り込んで話をつけなきゃそのうち犠牲者がでる、そんな気がしたからだ。




