ユーリア
元王都リベック、王宮の執政室。
第三奴隷ユーリアの元に、ひっきりなしに人が訪れている。
「奴隷様、配達終わりました。西ブロック、全部おれ一人でやってきました」
「ユーリア様、これ、戻ってきた途中で見つけた花ですの。リベックの南西の草原に花が大量に咲いてましたわ」
「わしにももっと仕事を、こう見えてまだまだ働けますじゃ」
いろんな人が彼女の元を訪ねて、色々話していく。
老若男女で様々、言ってる事もそれぞれ違う。
が、共通点は一つある。
彼女に心酔し、彼女のために働きたいと思っているところだ。
ユーリアは一人一人に指示を出す。
神がまだ王であった頃から、彼女はその頭脳を見込まれて国政のほとんどを任せられている。
それは今も変わってなくて、再生した世界を運営していくために。
ユーリアは静かに指示を出し続ける。
そんな彼女に喜んでほしくて、信奉者達が彼女の元で一生懸命で働き続ける。
それが、再生された世界での、ユーリアの日常である。
☆
草木も眠る丑三つ時、ずっと執務机で書類を処理していたユーリアは最後の決裁を下した。
明日の昼までの分を処理して、これで少しは休めると立ち上がる。
肩を揉みしだきながら、ソファーにむかう。
少し仮眠をしようと思った。
ソファーに座った瞬間、ガチャリ、とドアが静かに開いた。
深夜を意識した静かな開き方で、そこから一人の女がおそるおそる顔をのぞかせる。
ユーリアはソファーの上に座ったまま彼女に目を向ける。
ジアーナ。ユーリア本人そうしている訳ではないが、半ば押しかけ女房的にやってきた彼女は今やユーリアの秘書的なポジションに収まっている。
無論、ユーリアを強烈に慕っている一人であるのはいうまでもないことだ。
「わわわ、すいませんお姉様。もしかして起こしちゃいました?」
「……なに?」
ユーリアは特に不快になった様子なく、いつも通りの淡々とした口調できいた。
ジアーナはホッとした表情で執務室に入って来て、ユーリアの前に立った。
「調べた事を書類にして持ってきたんですけど、このまま報告しちゃった方がいいですか?」
「言って」
「わかりました。えっと、最近変なものが出回ってます」
「変なもの?」
「その……男女の交わりを描いた絵や物語や……じ」
ジアーナは赤面しつつ、何とか続けた。
「実際に、行為で使う道具などが」
「……そう」
「風俗の乱れに繋がりますので、取り締まった方がいいと思います。それでお姉様に許可をもらいたくて」
「……いい」
「え?」
「放っておいて、いい」
ユーリアはほとんど間をおかず、即答で言った。
「ほ、放っておくんですか!?」
「そういうものは暇だから出来る。世の中平和だから、そっちの余裕ができる」
「それは……そうかもしれません」
「平和が続くとそっちも進化する」
「し、進化!? 今以上にですか!?」
驚愕するジアーナ、小首を傾げるユーリア。
ユーリアは詳しい内容は知らない、だから首をかしげた。
が、内容を知らなくても彼女は持論を信じてるので、静かにうなずいた。
「そう、今はしらないけど、平和が続くと今以上になる」
「うぅ……」
「でも――」
「分かってます、放っておきます」
「うん。他には?」
「もう大丈夫です」
「そう……」
ユーリアは頷き、ふう、と息を吐いた。
丸一日の公務で身も心も消耗して、ここにきて気が抜けたのだ。
ジアーナの目にはあきらかに、彼女が疲れ切っているように見える。
「お姉様、そろそろお休みになった方が」
「……うん」
「そうだ、温かいミルクとか用意させますね。それ飲んで休むと疲労バッチリとれます」
そういって執務室から出ようとするジアーナ。
敬愛するユーリアのために、彼女は少しでも疲労をとれるようにしてあげたいと思う。
あえて言わないが、寝室のベッドメイキングもすんでて、疲労回復にきく香も焚かせてある。
それ以外でも色々やろうとして執務室から出ようとしたら、ふと、ユーリアの静かな瞳が窓の外に向けられている事にきづく。
「……」
「お姉様?」
何をみてるんだろうか?
なにかあれば手伝わなきゃ、そうおもってジアーナも窓の外を見ようとした。
が、その時。
窓の外、王宮の庭が光った。
いや庭が光ったのではない、何か光が空から降りてきた、そんな光景だ。
「な、なんの光? あっ、お姉様どこにいくのですか?」
身を翻して駆け出すユーリアに手を伸ばしたのはほんの一瞬だけ。
ジアーナはすねた、唇を尖らせた。
が、すぐにため息をついた。
「やっぱりそうなのね。しょうがないっか」
あきらめのため息をつくジアーナ。
光――降臨した主人の元に駆けていくユーリアは、疲労など最初からまるでなかったかのように、笑っていた。




