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最後の障害

「というわけで、ご主人様をつけようと思う」


 ホルキナを呼び出して、おれの考えを話した。


 リグレットは後悔、エターナルスレイブとして生まれたのに、ご主人様を持てなかった、奴隷になれなかった後悔。

 その後悔をひきずって、今こうなっている。


「ご主人様をつけようって、あたし達に?」

「ああ、そうだ」

「あははは、いいよそれは。もう今更だし、エターナルスレイブじゃないんだし」

「本当か?」

「うん、いいの」


 ホルキナが頷いて断った。

 ま、断るのも想定内だ。


「本当にいいのか?」

「うん」

「最後にもう一回聞く、本当にそれでいいのか?」

「いいっていってるじゃん」

「そうか。この手は使いたくなかったんだがな」


 うそだ。

 ホルキナが断るのは想定内だ。

 他のリグレットは絶対断るだろうけど、ホルキナは受けるかどうか五分と五分だと思ってた。

 だから彼女にまず話をきいた。


 後悔する人間にありがちな強情ばり。

 それが、ホルキナにもあった。


「この手って……何をするつもりなのアキトちゃん」

「こうするんだ」


 おれは手を振り上げて、合図を送った。

 ホルキナを呼び出す前に、本国に連絡して手はずを整えておいた。


「なによそれ……なにも起こらないじゃない」

「着弾まで時間がかかるんだよ、これ」

「着弾? ――きゃ!」


 聞き返された直後に地面が揺れた。

 轟音と共に地面が揺れて、ホルキナはバランスを崩した。


「な、何をするのアキトちゃん」

「リーシャ級地上戦艦一番艦、リーシャ。その主砲だ」

「戦艦の主砲!?」

「それと――」


 言った直後に足音が聞こえた。

 戦艦の主砲を打ち込んで出来た道に兵がなだれ込んできた。


「陛下!」

「早かったなスベトラーナ」

「はっ」

「スベっち! あんた何を!?」

「すまない。ご主人様の命令だ」

「くっ」


 呻くホルキナ。

 いろいろ言いたい事はあるみたいだけど、元エターナルスレイブとして、エターナルスレイブがいう「ご主人様の命令」の重さは知っているようだ。


 エターナルスレイブにとってのご主人様の命令はそれほどに重い。

 親兄弟を殺せって命令してもその通りにするだろう。

 それに比べれば、元いた里を制圧して、親友の前に現われるなんて大した事じゃない。


「スベトラーナ、里を制圧しろ」

「はっ」

「命令は全員の捕縛、最優先命令は女王の捕縛だ」

「承知」


 そのスベトラーナは兵を率いて、里に攻め込んでいった。

 悲鳴とか怒号とか――というのはほとんど聞かれなかった。

 もうちょっと抵抗はあるものかとおもったか、それすらなかった。


 まあ、ないんならないでも、まったく問題ない。

 おれは唖然となったホルキナにDORECAで作った手錠をかけた。


「さあ、行こうか」

「行くって、どこに?」

「敗戦国の女の運命なんて、この世界でも大して変わらないだろ」


 おれはにっこりと、そう言い放ったのだった。


     ☆


 里の中心、広場に全員集められた。

 ほとんど抵抗しなかったリグレットは全員捕縛され、集められている。


 その中心にホルキナと、女王・ジェーニャの姿がある。


「何をするつもりなの?」

「国が国に兵を送って落とした、戦争だな。一瞬で終わったから戦争かどうかは歴史学者が頭を抱えるだろうけど」

「それで何をするつもりなの?」

「戦争をやったことがないから、やってみた」

「……」


 ジェーニャは冷ややかな目でおれをみた。

 もちろんそんなの本気ではないが、それもジェーニャには届いてない。

 それすら含めてどうでもいい、って顔をされてる。


「さて、リグレットのみんなは捕虜になった。戦争で負けて捕虜になった」

「だからなに」

「戦敗国の捕虜の女は、まあ奴隷になるのがお約束だな」

「そんなものにはならない」

「「「そうだ、今更人間の奴隷になんかならないぞ!」」」


 ジェーニャの声に触発されたのか、それまで無気力だったリグレット達が一斉に反発した。


 やはりリグレット。後悔と意地っ張りはセットみたいだ。

 ま、それもやっぱり想定済みだ。


「そろそろ来るかな」

「来るかなって……アキトちゃん何を企んでるの?」

「それは――」


 答えようとした瞬間、地面がボコっと穴が開いた。


 そこから一人の女が顔をだした。

 下半身がヘビの女、地底の国の女王、リラだ。


「遅くなりました使者様」

「久しぶりだなリラ。元気だったか?」

「はい。子供達も何(にん)か生まれました。今度また来て下さい」

「わかった」

「それで、使者様がわたしを呼んだのは?」


 リラはキョトンと首をかしげた。


「お前に労働力を上げようと思ってな」

「労働力?」

「巣がいい加減手狭になっただろ? それに兵士もそろそろ必要になった頃なんじゃないのか?」

「そうだけど、でも……使者様、わたし人間は……」

「ああしってる」


 おれは頷く。


「人間はお前達を乱獲するから、いやなんだろ」

「はい」

「だから人間じゃないのを用意した」


 そういって、捕縛しているリグレット達をさした。


「あれだ」

「あれは……?」

「元エターナルスレイブ、リグレットという」

「あっ、人間じゃない……」

「こいつらを全部お前にやる。うまく使って巣を発展させるといい」

「本当にいいの?」

「ああ」

「ありがとう使者様!」


 リラは穴から飛び出してきて、おれにしがみついた。

 前に卵を産ませてやったときと同じようにしがみついてきた。


 彼女を優しくおろしながら、リグレット達……ジェーニャとホルキナに振り向く。


「ってことだ、お前達は今日から全員リラの奴隷だ」

「そんなの! わたし達は――」

「リラは見ての通り人間じゃない。それにお前達に拒否権はない。戦争で負けたんだからな」


 ほとんど茶番だけどな。

 茶番だけど、意外と効いた。


 ジェーニャは最初にあったときの冷たい顔がどこへやらだ、他のリグレット達も熱に浮かされた瞳をしている。


「奴隷……奴隷になれる?」

「奴隷になるしかない……」

「奴隷……」


 みんなが口々につぶやいた。

 そこに共通しているのは、奴隷になれるという――喜び。


 エターナルスレイブの頃に憧れていたはずの喜びだ。


 氷が溶ける。

 張っていた意地が女王ジェーニャを中心に、綺麗さっぱり消えていく。


 リグレットは全員、熱に浮かされた視線でリラを見つめていた。


 おれはそっとそこを離れた。

 攻め込んできたスベトラーナを連れて、そっと里を離れた。


 待ち構えていたかのように、邪神がそこにいた。


「凄まじい子、こんな手で解決してしまうなんて」

「上手くいってよかったよ。ダメだったらおれが大量に奴隷を引き受けるところだった」


 それでもいいんだけど、リグレット側がうまくいかなさそうだから、最終手段にした。


「幸運な子」

「うん?」

「おめでとう、といってあげるわ」

「どういう事だ?」

「あなたは全部の障害をクリアした。この世界の再生でぶつかるであろう全部の障害にね」

「全部の……」

「リグレットはわたしが残した最後の障害、そしてわたしはあなたに力を封じられた」

「……つまり」

「可愛い子。怯えなくてもいいわ。後は作業だから頑張りなさい、って意味よ」

「……」


 おれは言葉を失った。


 ちょっとだけ予想はしていた。

 世界再生の障害は最初から最後まで邪神だった。

 邪神の力を封じた後、彼女が残したものを全部片付ければおわる、とは思っていた。


 リグレットが最後、ってのは予想外だったけど、全体としては予想内だ。


「つまり……」


 ちょっと気が早いけど。

 世界は――再生されるのだ。

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