ホルキナ
「お久しぶりだねアキトちゃん」
「あ、ああ」
出迎えてくれたホルキナのテンションに戸惑うおれ。
相変わらずの陽気と距離感のなさ。二、三回しかあったことがないはずなのに、彼女のそれでものすごい親友になった、と錯覚を受ける。
この世界でおれの事をアキト「ちゃん」って呼ぶのは彼女一人だ。
「相変わらずだな、お前は」
「アキトちゃんも相変わらずかっこいいよ」
そう返事したホルキナだったが、ふと黙り込んでしまって、ジロジロとおれを見つめてきた。
顔をのぞき込んで、首を左右にかしげながら見つめてくる。
「どうした」
「相変わらずじゃなくて、前よりすっごく格好良くなってるじゃん。なんかあったの?」
「まあ、それなり――」
「あったわ」
おれの代わりに返事して、横に並び立つ邪神。
不思議なもんで、力を失っても雰囲気とかオーラ? とかそういうのは変わってない気がする。
むしろ前よりすごい、ってのは気のせいだろうか。
「あったんだー。ってアキトちゃん、誰この人」
「哀れな子、過去にしがみついても得るものは何もないのに」
「??? なんの事?」
小首を傾げて、さも「訳が分からない」って顔をするホルキナ。
「なんでもない、気にしないでくれ。それよりも案内してくれ」
「うん、ついてきて」
ホルキナがそう言って、先導して歩き出した。
彼女の後ろについていって、森の中に足を踏み入れる。
魔王城を建てた島にある森に似てて、どこかどんよりとしてる感じだ。
「アキトちゃん気をつけて、あたしの背中が見えなくなったら迷子になっちゃうからね」
「みえなくなったら?」
「うん、みえなくなったら」
「なんかあるのかこの森」
「ひっみつー」
「そうか」
苦笑いして、頷く。
何かあるんだろうが、話せない。ってところか。
まあ、ホルキナの事だ、ウソはついてないだろ。
とりあえず二メートルくらいの距離でくっついていけば大丈夫だろう。
それよりも、と、おれは横にいる邪神に問いかけた。
声を押し殺して、ホルキナに聞こえない様に。
「さっきの『哀れな子』ってのはどういう意味なんだ?」
「どういう意味だと思う?」
「質問を質問で返さないでくれ。そうだな……」
あごを摘まんで考える。
「お前は意味深なことを言うけど、まったく根拠のないことは言わない」
「賢しい子。だから今のあなたがあるのね」
「そして過去にしがみついてるともいった。過去。エターナルスレイブ時代?」
「そう」
「過去に何があったんだ?」
「女の過去を別の女から聞く?」
「あなたは彼女達の神なんでしょう? ただの女じゃない」
「狡い子。いつかバチが当たればいいんだわ」
バチ、あたるのかな。
バチが当たるってのをおれは「神罰が下る」ってのと同じだと思ってる。
でも今この世界には神はいない。
あの女神は「せっかくだから」といって、おれが作った街に住人として潜入して、人間の生活を堪能してる。
つまり、バチなんか当たらない――とおれは思ってる。
「神にお願いするのならそれなりの代償を差し出しなさい」
おれは歩きながら横を向いて、パンパン、と手をうった。
ついでに軽く頭も下げてみた。
「なにそれ」
「おれの世界で神にする事です。『二拝二拍手一拝』っていうんだ」
「安いわね」
「土地神レベルならこういうお供えってのもあるけどな」
DORECAを取り出して、魔力で甘いものを生産。
つぶつぶの入った豆大福を邪神に渡す。
「少しは高くなったわ」
「教えてくれるようになった?」
「愚かな子。神は気まぐれなのよ」
「ただ食いして働かないのか」
「それが神というもの」
「覚えておく」
何も教えてもらえなかったが、豆大福を頬張る彼女の姿が、意外にもハムスターとかそういう小動物チックで、そのギャップが妙に可愛かったから、とりあえず良しとした。
☆
エターナルスレイブは見た目がおれの知っているところのエルフっぽい。
しかし彼女達からは、見た目以外のエルフ要素を感じたことはない。
種族名がエターナルスレイブで、奴隷になりたがる習性があって。
命令されると嬉しくなって、母娘揃って同じご主人様の奴隷になりたがって。
正直エルフ以外の要素の方がおおくて、エルフっぽさはなかった。
リグレット。
その種族はおれが知っているところのダークエルフっぽい。
銀色の髪に褐色の肌、大半が目つき鋭くて、敵意を振りまいている。
話をきくと、どうやらご主人様をもたないまま一定の年齢に達すると、エターナルスレイブからリグレットに変化するらしい。
そのリグレットからエルフっぽさを感じた。
ホルキナに先導されたまま、森を抜けた。
そこに里があった。
森の中にひっそりと佇む隠れ里、おれが持ってるエルフのステレオなイメージと合致していた。
それはいいけど……って感じでホルキナに聞いた。
「ここは?」
「あたしらの国」
「国? 街じゃないのか」
「うん、国。ここが全部だよ」
ここが全部……。
「予想よりだいぶ少ないな。国国っていわれてたから、てっきりもっといるのかと」
「援助した食糧で逆算できるじゃん?」
「……ユーリアに任せっきりだった」
第三奴隷、ユーリア。
落ち着いた性格で、内政に関する数字を全部任せている。
ユーリアが把握してるからおれがサボれてるって説もあるが……それはともかく。
そうか、これくらいしかいないのか。
森の中にあるから目測がずれるけど、パッと見た感じ百人ちょっと、ってところだ。
それに……。
「空気がどんよりしてるな」
目のつくところに何人かリグレットがいた。
ホルキナと同じ銀髪褐色肌の彼女達は全員怒っているか、落ち込んでるかのどっちかだ。
そのせいで、里全体に重い空気が漂っている。
「こんなだったのか」
「これはちょっとねー」
「お前とスベトラーナから受けたイメージと全然違う」
「そりゃね。使者として、明るい子のツートップを送り出したんだもん」
「トップツー!?」
びっくりした。
「お前はともかく、スベトラーナが?」
スベトラーナ、おれの第六奴隷。
一度リグレットになって、その後邪神聖夜との絡みでエターナルスレイブに再生した異色の経歴の持ち主。
そんな彼女は一言で言うと――無骨な武人。
喋り方がそうで、まんまそういうイメージだ。
暗くはない、ここにいるリグレットの様な怨嗟渦巻くような感じでない。
だが明るいかって聞かれる全力で否定せざるをえない。
そういう性格だ、スベトラーナは。
「うん、ツートップだよ」
「ワントップとトップ下に言い換えてくれせめて」
「それでもいいよー」
明るく笑うホルキナ。
まえからちょっと思ってたけど、今のでよりわかった。
彼女は異色だ、リグレットの中で。
同時に思い出す、邪神の言葉。
ホルキナに何か過去が隠されてる。
あの底抜けの明るさの下に何が隠されているんだろう。
おれはそれが気になった。




