微笑みの爆弾
リグレットの女王、ジェーニャは世の全てを憎んでいた。
自分より恵まれてる者が憎い。
自分より恵まれてない者が憎い。
自分と同じくらいの者が憎い。
自分が――憎い。
主を得ることが出来なかったエターナルスレイブのなれの果て、リグレットはみな大なり小なり後悔と不満を抱えて生きているのだが、ジェーニャはその中でも一際抜けていた。
彼女が君臨していこう、リグレットのほとんどから笑顔が消えた。
☆
「やっほー、ジェニャニャ元気~?」
部屋の中に入ってきたリグレット・ホルキナ。
女王の部屋、ベッドの上に気だるげに寝そべっていたジェーニャ首を微かに動かした。
相手がホルキナだと分かると顔があきらかに不愉快そうにゆがんだ。
「なに……」
「アキトちゃんのところから食べ物もらってきたよー」
「そう……」
「とりあえず全国民の三ヶ月分。これでみんな食いっぱぐれなくてすむよ。やったね!」
親指を立ててウインクするホルキナ。
ノリの軽さはまるで「お菓子をもらってきたよ」程度のものだ。
それでジェーニャがますますいらっとした。
「たのしそうね。羨ましいわ」
「うん、たのしいよ。アキトちゃんってすっごいかっこいいんだもん。スベっちもメロメロってくらい。あのスベっちがだよ? 想像出来ないでしょ」
ジェーニャが放ったジャブ、皮肉を意にも介さず話し続けた。
まるで自分の事を自慢するかのように。
ジェーニャの眉が静かに跳ねた。ベッドの上で、気だるげに。
うつぶせのまま、眉が跳ねた。
それに気づいているか、いないのか。ホルキナは「自慢」を続ける。
「そうだ、重要な報告があったんだった」
「なに、重要な報告って」
「アキトちゃんがくるって」
「……なんですって」
「アキトちゃんがくるんだよー」
「聞いてない」
「今聞いてきたからね。」
ジェーニャは起き上がって、ホルキナを睨んだ。
憎しみしかない女の、憎しみの籠もった視線。
普通なら身の毛もよだつほどの恐ろしさを覚えるのだろうが、ホルキナはけろっとして、「?」って感じで小首をかしげた。
「そうそう、それとね、スベっちが国境沿いまで来るらしいよー」
「スベトラーナが?」
「そそそそ。スベっちってばエターナルスレイブに戻ったじゃん。で、この国はエターナルスレイブ立ち入り禁止じゃん? だから国境ギリギリまでアキトちゃんを送ってくるってさ。いいよね、そこまでなら」
「……」
ジェーニャは答えなかった。
どうせホルキナがもう決めてきたことだ。
「もうちょっとで国境沿いにつくから、一応ね。あっ、大丈夫大丈夫、ちゃんと外で止めとくからさ。じゃ、そういうことで~」
ホルキナが部屋から出て行った。入って来た時と同じ軽やかな足取りで、明るい表情で。
ジェーニャはしばらくホルキナがいなくなった空間を見つめていたが、やがて手を真横に伸ばして、空中に円を描くように指を這わせた。
そこにあるのが壁紙かのように、指が通った空間が切り裂かれて、向こう側を映し出す。
映し出したのは見慣れぬ荒野。そこに一人の男がいて、一人のエターナルスレイブを連れていた。
エターナルスレイブの顔は知っている。肌と髪の色が変わったが、顔つきは前のまま。
リグレットだった、アキトの元に何回も使者として使わしたスベトラーナだ。
となると男はアキト王か、とジェーニャは思った。
まわりに大勢のリグレットがいて、全員が憎しみの視線でスベトラーナをにらみつけている。
ジェーニャほどのものではないが、他のリグレットも憎しみにほぼ囚われている。
そのリグレットたちを前に、アキトはスベトラーナに何かを話した。
瞬間、スベトラーナは笑顔になった。
満面の笑み、この世の全てが天国だと思っているような笑顔だ。
ジェーニャは世の全てを憎んでいる。
自分と同じくらいの者が憎い。
自分より恵まれてない者が憎い。
自分より恵まれてる者が憎い。
だから、主人を得て、そんな風に笑顔になれるスベトラーナが憎い。
だが、全てが憎くても。
その笑顔に、彼女は心の底で何か感じるものがあった。
それは他のリグレット――アキトとスベトラーナの笑顔を目撃したリグレットと同じもの。
羨望。
うらやましいのだ、要するに。
彼女は、彼女達はスベトラーナの現状が羨ましくて仕方がなかった。
こうして、元リグレットのエターナルスレイブはUターンして去っていったが。
彼女が残して行った爪痕は、リグレットの国を大きく変えるきっかけになったのだった。




