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笑顔の誓い

 魔王城から少し離れた丘の上。

 もともと平地だったそこも、DORECAを使った地形造成で丘にした。

 城を建てられるほどのものじゃなくて、一軒家程度の面積。

 そこに一つの墓を建てた。

 平らにならした広い空間にぽつんと佇む一つの墓。

 聖夜の墓。

 降臨した(本物の)邪神の一撃で死んだ聖夜を葬った墓だ。

 おれはそこで、しばらく墓石を見つめていた。

 一人ぼっちの墓園に足音が響く。


「秋人さん」

「……あんたか」


 やってきたのは女神だった。

 力を失ったままだが、記憶を取り戻した女神。

 彼女は転移した時の、最初にあった時の姿格好のまま、おれの横に立って同じように聖夜の墓を見つめた。


「ここにいたんですね」

「ああ」

「終わりましたね」

「ああ。もう復活することはないだろ」

「ありません。聖夜さんは……ここまでです。わたしに力が残っていれば、元の世界に返してあげられたのですが」

「やめた方がいい。今の聖夜じゃ、元の世界に戻ってもなじめないだろう。憎しみに支配されすぎてる。おれへの憎しみに」

「聖夜さんの事、後悔してるのですか」

「後悔とかそういうのはない。こうなることは見えていた。聖夜とは完全に敵同士になった、情けもない」

「情けも……ないのですか?」

「ライサをあんな風に扱った時点でな」


 むしろ、おれも憎しみに囚われていると言ってもいい。

 ライサはかつて、この女神が聖夜にあてがった奴隷だ。

 おれのところにきたリーシャと同じエターナルスレイブ、ご主人様に仕える事を人生で一番の幸せだと感じる健気な種族の一人、それがライサだ。

 彼女は横暴な聖夜に従って、長い間いたぶられ続けた。

 それでもライサは恨み言一つ言わなかった。

 なぜなら聖夜がご主人様で、ライサが奴隷だから。

 健気に、暴力的なご主人様に仕え続けた。


「そのライサをこいつは捨てた。『おれのために死ね』っていう命令すら与えてやらなかった」

「もし、それがあったら……許したのですか?」

「ああ」


 即答した。はっきり頷いて、迷いなく答えた。

 エターナルスレイブはご主人様の命令ならなんでも従う、命令があること自体を喜ぶ。

 おれの元にいる12人のエターナルスレイブと接して、それを良く理解した。

 例え使い捨てにするにしても、「おれの為に死ね」さえあれば、エターナルスレイブは幸せの中で喜んで死ににいく。

 聖夜はそれをしなかった、ただ自分だけの為に逃げた。

 それが、おれには許せない。


「秋人さんの価値観がよく分かりません」

「普通だろ、こんなの」

「普通の人は自分を普通だといいません。酔っ払いと同じです」

「むっ」

「よく分かりませんけど、最初の頃から変わってないと思います」

「ああ、変わってないよ。おれは変わらない」

「ですから、信用出来ると思います、任せられると思います」

「そうか?」

「はい。これからもこの世界の再生をお願いしていいですか」

「まかせろ」


 改めて言われるまでもない。

 ここまで来たらとことんやってやる。

 奴隷たちを笑顔にして、町をつくって国を繁栄させていく。

 そして、世界を再生させる。

 今までやってきたこと、これからもやっていくことだ。

 そんな事よりも。おれは女神をみつめて、聞いた。


「あんたはどうするんだ?」

「わたし?」

「あっちに戻れるのか? あんたが元いたあの空間に」

「どうしましょう、力を取り戻す事は難しいみたいです。このまま地上で生きていく事になりそうです」

「生きていけるのか? 人間と同じように」

「わかりません。まだ」

「そうか」


 まだ、か。

 まだ力を失って数日しか経ってないからな。


「でもなんとかなると思います」


 それは自分に言い聞かせるように聞こえた。

 先が見えないけど、それでも大丈夫。

 という風に聞こえた。

 だからおれはいった。女神のそれを否定した。


「違うな」

「え?」

「なんとかなるじゃない。おれがなんとかする」

「秋人さんが?」

「元に戻れないんならおれが暮らせる環境を作ってやる。この地上に。あんたも笑顔で暮らせるような」

「わたしも、笑顔で」

「ああ」


 おれを見つめる女神。その目は、本気なのかどうかを値踏みするような目だ。

 おれは見つめ返した。嘘はいってない、本気だ。


「あんたには借りがある。一生かかっても返しきれない程の借りが」

「国王になった?」

「エターナルスレイブのいる世界につれて来てくれた」


 王になる事なんかよりもそっちの方が大きい。

 エターナルスレイブと出会えた事の方が、ずっと。


「その借りは返す、返せるだけ返していく。どんなことをしても」

「……一つだけお願いできますか?」

「なんだ?」


 おずおずといって、うつむき、やがて決意した顔をあげて、おれを見つめる。


「シストラーも、笑顔にしてあげて」

「シストラー?」

「あの子の事」

「……邪神か」


 こくりと頷く女神。

 なにがあったか分からない、彼女と邪神の間に。

 言葉の端々から古なじみだってのは分かるが、詳細は知らない。

 しらないけど。


「わかった。彼女も笑顔にする。今のようなシニカルなのじゃなくて、心の底から笑うような」

「ありがとう」


 おれの宣言に女神は笑顔になった。

 まだ弱い。

 この笑顔も、心の底から出てくるような、そんな笑顔にしようとおれは決意した。

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