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邪神は殺さない

「修復」


 DORECA・パラジウムカードを使って、半壊の魔王城を元に戻した。


 邪神の力で撃ち抜かれて崩壊した城は、女神の力で一瞬にして修復される。


 元通りの、千人単位の兵に攻められても簡単には落ちない堅牢な城に。


「すごいですね、ここまで成長、いいえ力を使いこなせるようになるなんて」


 女神の雰囲気が変わっていた。


 ちょっと前までの怯えた小動物のようなそれじゃなくて、最初にあったときの知的な雰囲気に戻った。


 ただし、神々しさはない。


 力に裏付けされたオーラは感じられない。


 その力は邪神の中にあるままだから。


「そうか?」


「しかも、わたしが意図しないカードまで」


「ブラックカードまでがそっちの上限ってことか」


「それが人の限界、だったはず」


 このカードには限界がない、ってことか。


「そもそも、あなたの存在が最初からイレギュラーだった」


 女神は自嘲ぎみに笑った。


「ん?」


「奴隷と聞いて、笑ってくれ、愛でたい、なんていう人がいるなんて想像も出来なかった。聖夜の方がよっぽど普通だった」


「そうか? あんなにいじらしくて健気な存在、そこにいるだけでもっと可愛がりたいと思わないのか?」


「普通はそうならないものよ」


「それが理解できない」


「普通はそっちの方が理解できないものよ」


「ふーん」


 ま、そんなのはどうでもいい。


 女神から邪神の方に視線を移す。


 さっきから百面相をしている邪神。


 彼女にも雰囲気、オーラが感じられなくなった。


 そこに佇むだけの中性的な美女、ただ、それだけの存在に見えた。


 その力は……邪神の力と女神の力は、両方パラジウムカードが封じているから。


 やがて、邪神も自嘲気味に笑う。


「どうやら、なにをやっても無駄なようね」


「なんかやってたのか」


「ええ。一万通りの方法を思いついては試したけど。どれも」


「今の一瞬でか」


「ひどい子。人の生きがいを奪うなんて」


「そっちはいろんな人の人生そのもの奪っただろ?」


「わたしの人生も奪っていく?」


 邪神は薄い笑顔のまま聞いてきた。


 いや、挑戦状を突きつけてきた、と言った方がいい。


 すくなくともおれはそう感じた。


「お兄ちゃん」


 リリヤが隣にやってきた。


「リリヤは殺した方がいいと思いますので。今のお兄ちゃんなら跡形もなく消し去ることが出来ますの。それで世界が完全に救われますの」


「アリサもそう思うだの」


 アリサもやってきた、母娘の奴隷が並んで立って、おれに訴える。


「確かに、その方が手っ取り早くて、後腐れがない」


 この世界がこうなった元凶は邪神だ。


 彼女さえ消滅させれば、あとはハッピーエンド一直線だ。


 だから、リリヤとアリサの提案は正しい。


 おれは再び邪神に向き直った。


「聡い子、それが正しい選択よ。今ならね」


「人の心を勝手に決めないでもらおうか」


「……どういう事?」


「お前は殺さない」


「「「え!?」」」


 リリヤ、アリサ、そして女神。


 三人の声が綺麗にハモった。


 しかし一番驚いたのは邪神だった。


 薄い笑顔を相変わらずはり付けたままだが、瞳にあきらかな動揺が見えている。


「正気なの」


「殺す必要はないはずだ。力を封じ込めてるんだ、それで充分」


「不思議な子。何故そんな事を」


「おれは、笑顔が好きだ。奴隷の笑顔が一番だが、他の人間の笑顔もそれなりに好きだ。不幸よりも笑ってる方がいい。そう思ってる」


「わたしにも笑えと?」


「そうだ。この世界の人間全員に笑って欲しい」


 ああ、そうだ。


 おれは分かった。


 途中で王の地位を楽しもうとしたこともあったけど、結局国作りに戻って馬車馬の様にはたいてるのは。


 笑顔が見たかったからだ。


 全員を笑顔にしたくて、おれは動いてる。


 そしておれにはそれが出来る! この世界、ラスカースと呼ばれる世界にすむ人間全員を笑顔に出来る。


 このDORECAを、奴隷達がいれば。


「悲しい子。まるで笑顔の奴隷ね」


「そうさ、奴隷王と呼ばれている位だからな」


「わたしはそうはならない。わたしの喜びは破壊とともにある」


「人は変わる」


「わたしは変わらない。あなたが死んで、解放されたら同じ事を繰り返す」


「その時はおれの負けだ。お前を一緒に連れて行く」


「……」


「……」


 邪神とにらみあった、いや見つめ合った。


 空気さえも停滞する程、見つめ合ったあと。


「ぷっ!」


 横にいる女神が吹き出した。


「あなたの負けね」


「楽しそうね」


「素敵な笑顔でしょう」


「つまらないだけの女が良く笑うようになったわ」


「彼のおかげよ。ずっと彼を見守ってたから」


 そうなのか。


 まあ女神だし、おれを召喚したんだから。


 見守ってたっていうか、監視しててもおかしくないだろ。


「彼は楽しい。知ってるシストラー? わたしはね、彼のファンになったのよ」


 はい?


「その彼があなたを活かして笑顔にするって宣言したの、それがどういう事なのかわかる?」


「……どういうこと」


「ざまあみろ、ってことよ」


 女神は楽しそうな、悪戯っぽい笑顔を浮かべていった。


 邪神の笑顔が崩れた。


 それまで何をいっても薄い笑みを顔に張り付かせていたのが崩れた。


 まるでガラスの仮面のように、崩れていく音が聞こえるかのように。


「恐ろしい子」


 睨まれた。ちょっと怖かった。


 けど、悪くなかった。


「リリヤ、アリサ」


 母娘の奴隷に向かって、いった。


「ちょっと大仕事になる、邪神を改心させる仕事だ。力を貸してくれ」


「邪神を……」


「……改心」


 一度驚き、顔を見合わせる母娘。


 やがて二人は笑顔になって、尊敬の目を向けてきて。


「お任せですの! リリヤはなんでもやりますの」


「アリサも全力でパパ様のお役に立つんだの」


 奴隷の笑顔、無限に生まれる魔力。


 世界は破壊者さえも幸せにする。


 そう、確信をもったおれだった。

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