パラジウム
聖夜が膝をついたのとほぼ同時に、空からそいつが降りてきた。
ポーズは、さっきの聖夜とほぼ一緒。しかし威圧感は桁違いだった。
中世的な端麗な顔、体のまわりを取り巻く赤黒い稲妻。
聖夜以上にまがまがしくも、神々しさすらある姿。
何も知らない、初めて見る。
だけど……なにもかも分かってしまった。
「邪神か」
「そうよ」
男とも女とも、大人とも子供ともつかない不思議な声。
なのに、底冷えするぞっとする声。
「じゃ、邪神だと、バカな――うわっ!」
邪神が手をかざした――と思ったら、聖夜の体が縦に真っ二つにされた。
目を見張って、信じられないって顔をして体が崩れ落ちる。
一撃。
一撃であの聖夜が倒された。
かち割られた聖夜の体から白い光が粒子になって漏れ出す、それを邪神が更に手をかざして、取り込もうとした。
「させるか!」
DORECAをかざす、邪神の体を中心に百の剣を緊急生産!
シーン。
何も起きなかった。
「お兄ちゃん!?」
「なんだ? 何で生産されない!」
「少し待っていてね」
邪神はそういい、更に光を取り込もうとする。
「あ、ああ……」
尻餅をついたままの、記憶を無くしている女神が頭を抱えて震えだした。
彼女の反応がおれの想像の裏付けになった。
「くっ、まずい! ええい、直接打ち込むのがダメなら!」
DORECAのメニューを開く、地面に石の家を緊急生産!
作ったものを持ち上げて投げつける……つもりだったが。
「なんでだ、なんで出来ない」
「だから待ってて、って言ったのよ」
「待っていられませんの!」
「パパ様の敵だの!」
母娘奴隷がグラディックを取り出した。
矢をつがえて邪神に向かって放つ。
放った矢は途中で分裂して、何本もの光の矢になった。
散弾弓グラディック。DORECAで作ったエターナルスレイブの武器は作動した。
「ふふ」
邪神は避けなかった。体で矢を受けた。
矢が当たった瞬間、何事もなかったかのようにすぅって消えた。
「うそ……」
「まだまだだの!」
呆然とするリリヤ、更に撃ち続けるアリサ。
だが効かない、矢は全然邪神に効かない。
「……ならば!」
DORECAをしまって、リリヤが持ってる矢を一本ひったくって、地を蹴って邪神に肉薄する。
「あら、早い」
「はああ!」
折れないように根元ギリギリを握って、矢尻で邪神をえぐるようにたたきつける。
インパクト、しかし手応えはない。
「そんなものは効かないわよ」
「ならば!」
矢を手放して、今度は徒手で。
勢いをつけて肘を叩き込む。
「邪魔をしないでっていったね?」
「――くっ!」
肘をわしづかみにされて止められた。そのまま手に力を込められて握り締められる。
みしみしと肘の関節が悲鳴をあげる。
「お兄ちゃん!」
リリヤが飛んで来た。グラディックを構えての至近距離射撃。
「来るなリリヤ!」
「ええい!」
「いけない子ね。そんなオモチャで遊ぶなんて」
邪神が手をかざす、体に纏う赤黒い稲妻が勢いを増す。
手がかざす先は、リリヤ。
「お仕置よ!」
「――させるか!」
邪神の手を振り払った。返す刀でリリヤを狙う手に全力のパンチを叩き込んだ。
今度は手応えあった、邪神の手が払いのけられた。
直後、その手から黒い玉が打ち出された。
ビー玉サイズの弾、雷を纏う不吉な色の弾。
それが地面に着弾して――直径三メートルものクレーターを作った!
「ひぃ!」
「下がってろリリヤ!」
「でもお兄ちゃん!」
「良いから下がってろ! 命令だ!」
命令って言葉を耳にして、ようやく邪神から距離を取るリリヤ。途中でアリサと合流して、一緒に離れてくれた。
それを確認して、邪神と対峙する。
「もうかかってこないの?」
「おまえ……女神の力を取り込んでるのか」
「質問で質問を返すなんて悪い子」
「実は生きてたかようやく復活したかわからないけど、聖夜を利用したんだな? 自分の力じゃどうあっても女神にたどり着けないから、女神とゆかりのある聖夜を利用して、そこにたどり着くようにした」
「頭の良い子はすきよ」
「そして女神の力を奪ってきた聖夜を殺して、その力を取り込む。全部計算通りってわけだな」
「ええ、そう」
聖夜の体から立ちこめる光が途絶えた。
光を全部吸い込んだ邪神は手を下ろして、こっちに体ごと向き直った。
心なしか、その顔は満足げに見える。
「坊やはよくやってくれた。あなたへの執着で大分やきもきさせられたけど、それも良い暇つぶしになった」
「おれと聖夜の争いが暇つぶしか」
「あなたの国作りも楽しませてもらったわ。人間があれほどの勢いで復興していくなんて本来あり得ないことよ。奇跡の見出しがつく見世物としては最高級の娯楽」
「お前を楽しませる為にやった訳じゃない」
「じゃあなんの為に?」
「え?」
「不思議な子、何のために一生懸命働いて、世界を再生しようとしてるの?」
「それは……」
何のために?
そういえば、おれは何のために世界再生しようとしてるんだ?
女神に言われたのは、世界を再生して王になったらいい思いが出来る、ってことだ。
おれは王になった。国民は万を超えて、奴隷も12人ついた。
いい思いなんて、もうとっくに出来る様になった。
でもおれはしてない、ほとんど「いい思い」をしてない。
すすんで、それを求めてない。
おれは、なんの為に世界再生をしてる?
「こらー、その物言いなんですの?」
「パパ様を侮辱する言い方は許さないんだの!」
背後からリリヤとアリサの声が聞こえた。母娘の奴隷はご主人様のおれが侮辱されたと受け取って、大声を上げて抗議した。
……ふっ。
「不思議な子たち」
「そのセリフ好きだなあんた」
「あなたが一番不思議。エターナルスレイブ、永遠の奴隷。なのにまったく奴隷扱いされていない。日々を笑顔で過ごす奴隷なんてはじめてよ?」
「そうか? 奴隷は笑っててなんぼだろ。ご主人様に一生懸命つくす、自分のことよりも優先する。そんな健気な生き物をどうして可愛がらずにいられる」
「それが理解できないの。不思議な子。理解の埒外にある子」
「不思議か」
「理解できないものは恐怖の対象。そう。わたしはあなたに恐怖してる」
邪神はそう言ったが、語気はまったく恐怖してるように聞こえない。
むしろ「まんじゅう怖い」に聞こえるくらいのノリだ。
だが、なんとなく。
本当になんとなくだけど。
それは、本当なんじゃないかって思った。
「だからおれの力を封じたのか」
DORECAを取り出し、ちらつかせながら効く。
「そう、干渉した。その力を使えないように」
「邪神ともあろうものが慎重なことを」
「恐怖しているから」
……多分人間で言うところの「恐怖」と微妙に違うけど、邪神がおれを特別視しているのは分かった。
だからDORECAに干渉――ジャミングした。
まったく使えないように。
「そして女神の力を完全に手に入れた」
「こんどこそ世界を破壊できる。勇者はもういない、人間はまだ抵抗出来るほど復興出来ていない。あなたの力は完全にふうじた」
「……」
「今度こそ」
これはまずい。
さっきからDORECAでものを作ろうとしてるが、一向に反応してくれない。
おれの力の9割以上がDORECAだ、それが使えないとほとんどただの人間になってしまう。
これは……ものすごくまずい。
「もう、死のう? 禍根は残さない。ここでしっかり消していく」
「……」
「じゃあ」
手をかざす邪神。
瞬間、目の前に二つの人影が。
手を広げて、おれの前に立つ二人の奴隷。
リリヤとアリサ、母娘の奴隷はおれをかばうようにして前にでた。
「お兄ちゃんはやらせませんの」
「アリサたちが死んでもお守りするだの」
「健気な子」
邪神は迷わず黒い玉を放った。
さっきと同じ玉、稲妻を纏う玉。
地面をえぐるほどの力をもった玉が飛んでくるのに、リリヤもアリサも逃げようとはしない。
ただただ、おれをかばう。
「……ふん!」
二人のドレスをつかんで、全力で後ろに放り投げた。
「お兄ちゃん?」
「パパ様?」
「誰がかばえと言った。おれより先に死ぬな。命令だ」
「お兄ちゃん!」
「パパ様!」
絶叫する二人、目の前に迫る黒い玉。
目の前に記憶が流れた。
女神の召喚、モンスターとの戦闘、国作り。
そして、奴隷達との出会い。
あぁ……走馬燈かこれ。
死ぬのか、おれ。
永遠に思えた一瞬、しかし永遠などではなく、やがて黒い玉がおれの体にあたった。
全身を貫く衝撃、体をばらばらに引き裂くかのような感覚。
「頑丈な子。いいえ、こっちがなれてないだけね。わたしの力と女神の力、まだ完全に融合できてないんだわ」
独りごちる邪神、何を言ってるのかもわからない。
「いいわ。女神の力はあとで消化するとして。今はわたしの力だけで充分」
更に手をかざして、次が来る。
反射的にDORECAをかざした。今までにもあったピンチをしのいだ時と同じように、頼みの綱のDORECAをかざした。
それは沈黙したままだった。
「無駄よ、干渉してるもの」
「……」
そうか、無駄か。
なら、しょうがないか。
おれは観念した。DORECAが使えないのなら仕方ない。
心残りはすくない、あるとすれば……せめて奴隷全員がいるときに……。
どん!
体に衝撃が走る。
黒い玉に比べたら蚊に刺される程度の、弱い衝撃。
なんだ? と思ってみたら、女神がおれに抱きついていた。
「あんた……なんで」
おれにしがみついて、ぷるぷる首を振る女神。
「一緒に死になさい」
邪神が更に手をかざす、女神を突き飛ばそうとする。
次の瞬間、異変が起きる。
女神の懐が光った、続いておれのDORECAが光った。
女神の懐で光ったのは……聖夜のものだったカード。
光り出す二枚のカード。
光が強くなって、やがて溶け合って一つになる。
光が収まった後、二枚は一枚のカードになった。
パラジウム。
その名前が頭の中に浮かび上がった。




