矛盾
宮殿の執務室。鳴った電話をユーリアが取った。
「もしもし。うん、うん……わかった。指示するのを待って」
頷きながらメモを取って、電話を切った後、黒板のマガタンの衣食住メーターを書き換える。
衣と住が一つずつ増えた。
「何があった」
「子供が生まれた家族が、11。新居に引っ越したい家庭が、4。最近、そういうの多い」
「へえ。最近多いってことは……」
指折って数える。逆算すると大体……。
「ご主人様がマガタンに入った直後、の、子」
「なるほど。高度成長期のちょっとしたベビーブームってところか」
なんにせよいいことだ。
「どうする?」
「任せる」
ユーリアは無表情で頷いて、電話を取った。
「もしもし。お母さんに伝えて、そこが終わったらマガタンに向かって、って」
話の内容を聞くに、子供奴隷の五人の内の誰かと喋ってるんだろう。
ユーリアの子ならそういう指示にはならないから、それ以外の五人の誰かだ。
彼女が指示を出すのを眺めていた。
電話が出来て、街作りがますます加速していった感がある。
前は連絡に短くても一往復半日かかっていたのが、今はほぼ一瞬だ。
それで要望をすぐにこたえられるようになって、緊急事態もすぐに対応出来る様になった。
「ご主人様、ビースクで大規模の火事発生」
「一番近くにいるのは?」
「スベトラーナ母娘」
「二人に行かせろ。遠慮しないで延焼防ぐためにどんどん壊せって」
「わかった」
電話を取って連絡するユーリア。
こんな風に、おれはリベックにいたままあれこれ指示だけだしてた。
これなら、いなくてもいいな、と思った。
☆
再生されてない荒野を、リリヤとアリサの母娘と一緒に歩いていた。
街から街に移動する為の列車じゃなくて徒歩だ。
「お兄ちゃん」
「うん?」
「そろそろ教えてくれてもいいと思いますの。一体どこに行くんですの?」
リリヤが聞いてきた。
「決まってない」
「決まってないんですの?」
「ああ、とにかくリベック、というか今までの街から離れる」
「はなれてどうするんだの?」
アリサが首をかしげて聞いてきた。
エターナルスレイブの特徴で、赤ん坊の時期は短くて、幼女の時期は長い。
話を聞くと大体十数年は幼女のままで、その後また一気に成長して大人になる。
幼女時代は体が成長しないが、精神はゆっくり成長する。
リリヤの娘であるアリサも、幼女の姿のまま、大分母親に似てきた。
「そうだな、城を作る」
「宮殿と言うことですの?」
「と言うより……魔王城だな」
「まおーじょーって、どういうじょーなんだの?」
聞き返されかたがちょっと面白かった。
クスッと笑ってから、母娘の奴隷に答える。
「魔王城ってのはイメージだ。王の城であると同時に、ダンジョンでもあるようなものをつくりたいんだ。それを便宜的に魔王城って表現しただけ。ああ、この世界だと邪神城って言った方がわかりやすいか」
「どうしてそんな事をするんですの?」
「おれの城が街中にあると住民を巻き込むからな」
苦笑いする。
これまで何回か同じことがあった。
今や最大の敵になった邪神・聖夜。
こいつは何かとおれの事を狙ってきて、その度に街がまきこまれて被害が出る。
それでどうしたらいいのかを考えてたら、リラのことを思い出した。
地下に迷宮を作ってやった、下半身ヘビの女王。
侵入者を防ぐために作ったあの迷宮を、おれ用――聖夜対策用にも作ればいいんだって思った。
魔王城って表現をしたのも、王の城だけど、そっちは「住民」がいないっていうおれの中の認識から来るものだ。
更に言えば、実行に移したのは電話と魔法の扉を作れるようになったから。
思いっきり離れた場所に居城を作っても、電話と魔法の扉さえあれば何が起きても対処出来る。
そう思ったのだ。
聖夜を何回も撃退してるけど、完全に消滅させる方法を見つけていない現状、おれが離れた方がいいと思った。
「なるほど、それでお城を作るんですの。本格的な城になりそうでわくわくするですの」
「アリサも奴隷王の城にわくわくなんだの」
「奴隷王の城?」
こくこくと頷くアリサ。
成程奴隷王の城か。
語感的にメダルを集めてるおっさんのと同じだけど、悪くない。
「奴隷王の城か。よし採用」
「わーい、なんだの」
――魔力を30,000チャージしました。
手をあげてくるくる回るアリサ。ちょっとかわいい。
「いいんですのお兄ちゃん? そんな軽々しく決めて」
「いいじゃん奴隷王の城、おれの城にふさわしい名前だ。よく思いついてくれたな」
アリサの頭を撫でてやる。幼い奴隷はますます顔をほころばせた。
「お兄ちゃんがそれでいいのならいいんですの」
「さて、名前はそれでいいんだけど。城作りには協力してもらうぞ」
「はい、頑張ってお城を建てますの」
「建てる以外も協力してもらう。攻略をな」
「攻略ですの?」
「そうだ。建てたものをおれ自身、お前達二人と一緒に攻略する。コンセプトは魔王城だからな。おれでも攻略できない様なダンジョンにするのが望ましい」
「それは無理なんですの、世界一強いお兄ちゃんが攻略出来ないのを作るなんて無茶にも程がありますの」
「大丈夫だの、それを作るのはパパ様本人なんだの」
「でも攻略するのもお兄ちゃん本人なんですの」
「そういえばそうなんだの」
首をかしげあう、リリヤとアリサの母娘。
言ってるうちに自分達でも分からなくなってきて、こんがらがってきたようだ。
「矛盾だな」
そんな風にかわいい姿を見せる二人を連れて、奴隷王の城を建てるのにふさわしい場所を探して、荒野をさらに練り歩いたのだった。




