奴隷セール
リベックの宮殿。
執務机の上に魔法陣が一つあった。
DORECAから出した魔法陣で、完成待ちの一品だ。
「どうしたんですのお兄ちゃん、ぼうっとして」
「リリヤか。いやこれをな」
「魔法陣ですの? あれ? この魔法陣おかしいですの」
リリヤは首を傾げた。
「気づいたか」
「気づきますの。お兄ちゃんと一緒にいっぱいいっぱい物を作ってきましたけど、矢印のない魔法陣は初めてですの」
リリヤの言うとおりである。
この魔法陣は今までのどの魔法陣とも違っていた。
完成に必要な素材を示す光の矢印が出ていなくて、シンプルに、魔法陣としてそこに存在する。
「素材は必要ないんですの?」
「いや、もう入れた。必要分を全部」
「だったら完成してもいいはずですの」
「そうだな」
おれは魔法陣をじっと見つめた。
「お兄ちゃん……何かを待ってるんですの?」
「なんだ、そんな事までわかるのか」
「お兄ちゃんの奴隷ですの。お兄ちゃんのことをいつもいつも見てますの。これくらいのことわかって当然ですの」
自信たっぷりに――という訳でもなく、純粋に当たり前の事のように言い放つリリヤ。
そこに奴隷としての生き様と自負が感じられる。
愛いやつじゃ。
「こっちは完成してるけど、向こうの完成待ちなんだよ」
「向こうの?」
「こっちの魔法陣と向こうの魔法陣、両方そろって完成するものなんだ」
「そういうのがあったんですの?」
「昨日できた」
「そうなんですの……」
リリヤはジロジロ魔法陣をみた、興味津々って感じだ。
無理もない、今までは魔法陣単体で完結してたんだ。複数の物を組み合わせて作る――例えば戦艦でも、いったん出来てから加工したり組み合わせたりするのが一般的。
魔法陣のまま他の魔法陣と連携する、ってのは初めてのことだ、興味をもって当たり前だ。
「これって作るの難しいんですの?」
「いや? 魔力消費は1000。素材は石系のものが合計で二十個くらいだ」
「木の家よりも安いんですの?」
「そうなるな」
「へえ……ですの」
またまじまじと見つめだすリリヤ、すると。
「お兄ちゃん、魔法陣が光りだしたんですの」
「来たか」
魔法陣が光りだしたかと思えば、すぐ収束していく。
「出来ましたの……これは何ですの――ひゃあ」
驚くリリヤ、彼女がツンツンと指先で突っつこうとした物が鳴ったからだ。
リリリリリリ。ベル音が執務室内に鳴り響く。
おれは受話器をとって、耳に当てた。
『ご主人様?』
リーシャのおずおずとした音が聞こえた。
「おーもしもし、リーシャか」
『はい! リーシャです。あの、もしもしって?』
「電話をつかう時の挨拶みたいなもんだ」
そう、出来たのは電話。
遠く離れた所と音声のやりとりをする便利道具だ。
「それよりもリーシャ、妙に声が遠いな。編み目になってる二つを耳と口に当てるんだ」
『こ……で……か?』
「ますます遠くなった、多分耳と口の向きが逆だ」
『これでいいです?』
「ああよく聞こえる」
『よかったです』
リーシャはほっとした。
「ご苦労さん。いったん切って――受話器を元に戻してくれ、こっちからもテストにかけてみる」
『わかりました』
ぷつって音がして、おれも受話器を置いた。
「お兄ちゃん、今のって……?」
「リーシャだ、今アキトの街にいる。こっちの魔法陣と向こうの魔法陣、両方揃って完成するのがこの電話だ。リーシャのカードが進化した直後に出てきたヤツだ。ちなみにおれのカードとリーシャのカード、それぞれ電話に電話ってはいってる。おれはアキトの街で作れないし、向こうもリベックでは作れないって訳だ」
「知らないうちに進化してるですの」
「まあな」
「それに羨ましいですの」
「うん? なにが?」
「お兄ちゃんとはじめての共同作業をした彼女が羨ましいですの」
……そういうことになるのか。
子供まで作ってるのに、そういう風に感じるリリヤのことが面白くてたまらなかった。
☆
夕方、アキトの街。
電話の完成で街に何か変化はあったのかと気になって、魔法で変装して潜入してきたおれ。
とりあえず電話を設置したマドウェイの所(町長だから)に行こうと街を歩いてたら、町中がやけに盛り上がってることに気づいた。
「いらっしゃいらっしゃい! 本日限りの半額セールだよ!」
「おつまみ全品無料! 酒もサービスタイムで全部半額!」
「名前にリーシャ様と同じ文字が入った人は全額無料の食べ放題飲み放題! 一文字でもあってたら九割引き!」
町中がお祭りさわりで、どこぞの球団が優勝したときのようなセールがあっちこっちで展開されてる。
というか、リーシャ?
リーシャの名前を口にした客引きに近づき、話しかけた。
「なあ」
「お、いらっしゃい!」
「今リーシャって言ったけど、どういう事だ?」
「様って付けよお客様野郎!」
「お、おう。リーシャ……様がどうしたんだ?」
自分の奴隷を様付けで呼ぶのはちょっと新鮮だ。
「なんだ知らないのか? リーシャ様のカードの色が変わったんだ」
「ばーか、それだけじゃねえ」
近くで呼び込みしてた別の客引きが会話に割り込んできた。
「そのカードでリーシャ様は新しい物を作って下さったんだ。デンワって名前の超アイテムをな」
「重要なのはね」
おばさんも会話に参加してきた。
「リーシャ様のカード。色もそうだけど、奴隷様の中でたった一人あの色になったのが重要なのさ」
「そうだな!」
「ちがいない!」
全員がおばさんの意見に同意した。
そして全員が客引きにもどった。
しかし……これはすごいな。
リーシャが、というか奴隷様が慕われてるのは聞いてたけど、この騒乱は聞いてた以上だ。
奴隷がそうなってるのは、自分の事の様に嬉しかった。




