奴隷との初体験
次の日、アキトの街。
街は急激な速さで元に戻っていった。
聖夜の結界を消すためにおれが作ったものを全部一度消した。
結界が消えた直後はまるでかつての荒野の様な光景が広がっていたが、いまはだいぶ戻っている。
おれがDORECAを使って、片っ端から魔力で緊急生産をしてるからだ。
奴隷達総出でどこに何を作るのかの目印をおいていって、それをおれがつくって回るってやり方だ。
目印を見つけて、緊急生産で木の家を作る。
目印を見つけて、緊急生産で木の家を作る。
目印を見つけて、緊急生産で木の家を作る。
それをひたすら繰り返した。
二千人を越える住民がいて、建物だけでも千は超えるアキトの街だけど、午前中だけで半分近く元に戻ってきた。
食料庫とそれを満たす山ほどのプシニーを生産して、一息ついたその時。
「アキトさん」
マドウェイがいつの間にかやってきて、話しかけてきた。
大半の国民がおれの事を様付けで呼んだり国王って呼ぶ中、(リーシャを除く)一番古い付き合いのマドウェイはさん付けで呼んでくる。
「マドウェイか。怪我はもう平気なのか?」
「アキトさんの薬のおかげでもうすっかり。それよりもいいんですか?」
「なにが?」
「このやり方、アキトさんはかなり大変なんじゃないですか?」
「このやり方って、緊急生産のことか?」
頷くマドウェイ。
「……多少はな。魔力の消費量が普段の十倍だからな」
「ならいつものやり方に戻すのはどうですか? 住民全員総出で働かせれば。アキトさんが一人で全部やる必要はないと思う」
「それも考えた、ユーリアに計算させた」
おれは苦笑いした。
「確かに魔力の消費を抑えられるけど、それでやったらまず素材が足りない、運んで作る為の人手も足りない。魔法陣だけ張ってあとはお任せってやり方だと、完全に復旧するまでに最低でも三日かかる」
「三日くらい――」
「おれがやれば遅くても今日中に終わる」
「……」
目を見開かせるマドウェイ。
最低で三日と、最長で一日。
どちらが優れてて、どっちをえらぶのかは訊くまでもないことだ。
「……知ってはいたけど」
「うん?」
首を傾げつつ歩き出す。
マドウェイを引き連れて、目印にものを作りつつ、歩いて行く。
その度に住民にお礼を言われ、褒め称えられる。
「アキトさんって本当すごい人だ。二千人の住民が三日でやる事を、一人で一日でやってしまうのだから」
「その事か」
「すごすぎて、もはや言葉もない」
「なかったらないで構わない」
「アキトさん」
「なんだ、改まって」
思わず立ち止まった。
マドウェイの語気が変わったのに気づいたからだ。
彼も立ち止まって、まっすぐおれを見つめてくる。
ものすごく真剣な目つきだ。
「世界を一つにして下さい。アキトさんの力で」
女神に言われたような事をマドウェイにもいわれた。
多分……この世界の住民に言われたのははじめてだった。
☆
夜、アキトの街の自宅。
サキモリの姿で、リーシャと一緒に戻ってきた。
「ふー、食った食った」
「お疲れ様ですごしゅ――あなた」
言いかけて、改めるリーシャ。
まだなれてないのか、この姿の時でも時々ご主人様って言ってしまう。
それも健気でいいので、ちょっとからかうことにした。
「どうせならこの姿でもご主人様って呼ぶか? そういう夫婦設定にすればありだろ」
「えと……その……」
「うん?」
「あなた、って、呼ばせて……下さい。この姿のときだけ」
消え入りそうな声のリーシャ。
嫌がってるとかそういうのじゃなくて、単に恥ずかしいってだけの感じだ。
あなたって呼びたいけどでも恥ずかしい、という気持ちが手に取るようにわかる。
「わかった、それでいいぞ」
「あっ、でも元に戻った時はちゃんとご主人様って呼びます!」
慌てて、食って掛かるような感じで宣言するリーシャ。
一番はやっぱり「ご主人様」って呼びたい、ってことか。
その慌てる姿もまたかわいかった。
「ふう……」
落ち着いて、息を吐く。
家の外から声が聞こえてくる。
一日で街が復興したことを祝って、街をあげての大宴会が繰り広げられてる。
街の至る所で飲めや歌えの大騒ぎだ。
実は酒を始めとする嗜好品は丸々残った。
聖夜の結界に対抗するためにやったのが「おれが作ったものを消す」だった、そしておれはもともと嗜好品はほとんど作ってない。
そう言うものは、増えてきた民が経済を回すために色々作ってて、いつの間にかかなり増えた。
それが丸々残ってから、復興祝いにみんな持ち出して宴会を開いたってわけだ。
『王様にかんぱーい』
家の外を男が通しすぎていった。
みると二人組の男で、肩を組んで歩いている。
千鳥足で、かなり飲んでるようだ。
「あなたのことを言ってますね」
『リーシャ様にもかんぱーい』
『ナイス奴隷様!』
「お前のことも言ってるぞ」
「うぅ……」
リーシャは赤面した。こういうのになれてないらしい。
「しかし……流石に疲れた。それに――」
DORECAを取り出して、メニューを開く。
「魔力もほとんどすっからかんだ」
ちょっと前から天井に張り付いてカンストしてた魔力が一気に減った。
残りが30000、昨日までのことを考えればゼロに近い。
まあ、そのうちまた増えるだろ。
「あ、あの……あなた」
「うん?」
「残った魔力、わたしが使ってもいいですか?」
「うん? ああいいぞ。それくらい聞かなくても好きにしていいぞ」
魔力30000だし。
リーシャ達には奴隷カードを渡してある、ある程度までの魔力消費は彼女達の裁量に任せてある。
というかそうじゃないと、いちいちおれに聞いてきたんじゃ街作りがはかどらない。
魔力30000なんて、普段から聞かないで勝手に使えってレベルの数字だ。
ま、聞いてきた理由もわかる。たかが30000でも、今は残った最後の魔力だ。
わかるが、どっちにしろ適当に使っていい。
「ちょっと待ってくださいね」
おれの許可を得たリーシャは奴隷カードを取り出した。
メニューを開いて、作るものを選んでいく。
何を作るんだろうか、って思ってみてると。
魔法陣を張って、すぐにものになっていく。素材を使わない、魔力のみの緊急生産だ。
「お疲れ様です、あなた」
そういってリーシャが差し出してきたのはショートケーキだった。
「ケーキ?」
「はい、疲れた時はあまいものがいいって」
「……なるほど」
ちょっと驚いた、まさかリーシャがこんなことをしてくるとは。
ショートケーキの魔力消費は3000、緊急生産で十倍の30000。
つまり、残った魔力を全部使ってこのケーキを作った。
「……」
「あの……気分を害しましたか……」
「いや、驚いただけだ」
まさかリーシャにケーキを作ってもらうとは予想もしなかった。
「ありがとう」
ポッ、と頬を染めるリーシャ。
「せっかく作ってもらったんだ、ついでに食べさせてくれるか?」
おれはそういって、口を開けて突き出す。
「あっ、はい!」
リーシャは大慌てで、しかし大喜びでケーキをおれに食べさせた。
あーんの要求を、リーシャは応えてくれた。
はじめて奴隷からもらったケーキは格別の味だった。
それだけで今回の一件、魔力を使い果たして街を復旧させた甲斐があったように思えた。
そして、ケーキを完食した瞬間。
――魔力が0になりました。
初めて聞くアナウンスとともに、リーシャの奴隷カードが光りを放って、銀色のカードに進化したのだった。




