全てをささげる
炎の剣で聖夜と撃ち合う。
さすが邪神の力を手に入れただけあって、聖夜のパワーは相当のものだった。
つばぜり合いして、叫ぶ。
「この結界をとけ、そして出て行け!」
「調子にのるなよぉおお秋人! これは! おれの! 怨念だ!」
横から鼻をつく、よどんだ風がふいてきた。
とっさによける、聖夜の蹴りがまがまがしいオーラを纏って顔の前を通過する。
「貴様の作ったこの国を! 町を! 破壊し尽くすまで消えることはなぁいいい!」
「そんなにおれが憎いか!」
「当然だろうがあ! 貴様さえいなければ!」
「自分のやったことを省みろ! お前が突っかかってこなければおれは何もしていない!」
「その見下し方が気にくわんのだぁあああ!」
「子供か!」
炎の剣を真横に振って、聖夜の右腕を切りおとす。
放物線を描いてすっとぶ腕を、更に剣を振って炎で焼き払う。
「まだまだぁああ!」
叫びと共に、聖夜の腕が再生する。
「うぷっ」
(大丈夫ですかご主人様)
「大丈夫だ」
リーシャを安心させるため、平然を装った言葉を返す。
聖夜が何かをするたびに鼻につく腐った空気がおれに迫る。
むわーんとした熱気を伴った、腐った魚の様な匂い。
瘴気。
そんな言葉がおれの頭をよぎった。
多分それか、それと同じようなものなんだろう。
「うおぉおおおお!」
「はっ!」
考える余裕もなく、聖夜が更に襲いかかってくる。
受け止めて、反撃する。
袈裟懸けに切って、体をほとんど真っ二つにする。
ぺろんと皮一枚の状態で繋がった聖夜の体は、しかしすぐに再生する。
「秋人ぉおおおお!」
「体力が無限かよ」
「積年の恨みぃいいい! 思い知れぇええ!」
戦いが続く。
途中、建物を巻き込んで壊してしまう。
それを壊す度、聖夜の目に昏い光りが輝く。
「どうだあ秋人ぉおお。このままじゃ貴様が作った街がぱぁああ、だぞ」
「街は作り直せばいい。聖夜、お前はわかっていない」
「なにぃいい!?」
「お前がいくら壊したところで、この街を破壊し尽くしたところで。それは笑顔一つにも及ばないんだ」
「――!」
「おれの奴隷、エターナルスレイブの笑顔一つにも及ばないんだ」
「どこまでも……コケにしてぇええええ!」
ぷちん、って音が聞こえた。ヒクヒクしてた青筋の血管が切れて、鮮血が迸った。
コケにしたわけじゃない、それは純然たる事実だ。
例えこのあたり一帯の街並みを消滅させても、魔力に換算すれば数百万レベルでしかない。
更に換算すれば、奴隷の笑顔一回分だ。
今おれが手をやく戦闘はともかく、聖夜の破壊はその程度のものでしかない。
「知ってるか聖夜。リーシャとライサ。二人の笑顔で、この街を余裕で立て直せるんだ」
「だれだぁあああ! そいつらはぁああ!」
「リーシャはともかく、ライサの名前くらい覚えてろ!」
怒りが太刀筋を鋭くした。
横一文字に薙いだ奴隷剣が聖夜の首をすっ飛ばし、返す刀でその首を更に真っ二つにした。
怒りが燃え盛った。
炎が両断した頭を焼き尽くし、体をも飲み込んだ。
聖夜の体がもがく、両膝を地面につけて、苦しそうにもがいている。
が、炎はもえ続けた。
聖夜の体を灰に返すまでもえ続けた。
完全に殺したとはおもえんが、ひとまずは終わったのだろう。
「……」
「ご主人様」
灰になった聖夜を見下ろしてると、剣から戻ったリーシャが背後から話しかけてきた。
「ありがとうございます」
「何を……ってのはヤボだな」
「はい、ライサのために怒ってくださって、ありがとうございます」
「……情はなかったんだろうか。ライサはライサで、捨てられるまでずっと聖夜に尽くしてきたはずだ。むしろお前よりも過酷な環境で尽くしてきたはずだ」
「はい……」
「情の一つでも芽生えなかったのが不思議だ」
「でも、それでよかったんだと思います」
「うん?」
「彼がそういう人だったから、ライサはいまご主人様の奴隷になってるんです」
そういって、まっすぐおれを見つめるリーシャ。
「エターナルスレイブの歴史の中で、わたし達が……ご主人様の奴隷になれたエターナルスレイブが一番幸せなんですから」
そういって、にこりと微笑んだ。
「そうか。なら、よしとするか」
「はい!」
「さて……聖夜も倒したし……ん?」
「大変だ!」
遠くから町民の切羽詰まった声が聞こえた。
リーシャと視線を交換して、駆け出して声の方に向かって行く。
途中でモンスターを遭遇するが、聖夜がいなくなったのか、それらは苦しみもがいて、体が崩壊していった。
だから無視して先を急いだ。
たどりついたのは街の外れ。光りのドーム状になってる結界の端っこだ。
「どうした」
「王様! みてくれこれを!」
町民の一人が叫ぶようにいう。
言われたとおり、結界を見た。
「結界が動いてる……? いや収縮してるのか!」
正面だけじゃなくて、横も、上も、遠く離れてる背後も見た。
ドーム状でアキトの街を囲んでる結界は、徐々に小さくなっている。
収縮する結界、それが街の一番外――街壁と触れた。
「溶けた……」
息を飲んだ。
結界と触れた街壁――DORECAで作った街壁が一瞬にして溶けてなくなった。
そして、更に迫ってくる結界。
「うわあああ!」
「に、にげろおお!」
町民達は逃げた、街の奥に向かって逃げ出した。
結界は更に小さくなる、途中にある建造物を――街を飲み込んで徐々に狭くなる。
「うおおおお!」
真・エターナルスレイブで結界を叩いた。
手応えはない、分厚い空気の層を叩いたかのような感触。
「ご主人様! 剣が!」
「むっ」
叫ぶリーシャ。
みると、剣の一部が溶けてしまっていた。
「真・エターナルスレイブが……」
「逃げましょうご主人様。魔法の扉でリベックに戻りましょう」
「ダメだ」
「え?」
「アキトの街を見捨てることになる」
「で、でも」
「……」
おれは考えた。
迫ってくる結界から徐々に下がりながら、何か出来ない物かと考えた。
結界の向こうに戦艦・リーシャが見えた。
主砲を撃たれた。抜群の破壊力を持った砲弾は結界にはじかれた。
戦艦の主砲もダメ、真・エターナルスレイブもダメ。
聖夜が張った結界、残して行った置き土産。
「それほどの怨念か」
思わず感心した。
「ご主人様の作ったものがよっぽどきらいなんですね」
「ああ。……うん?」
「え?」
「今なんていった」
きょとんとするリーシャ。
「えっと……ご主人様の作ったものがよっぽどきらい……ですか? さっきの戦闘中もそんな事をいってました」
確かに……いってた。
――貴様の作ったこの国を! 町を! 破壊し尽くすまで消えることはなぁいいい!
聖夜はそんな事をいってた、憎悪丸出しの顔で言ってた。
「……リーシャ、カードは持ってるか」
「え? あっ、はい」
リーシャはきょとんとしながらも奴隷カードを取り出した。
「『解体』をつかえ」
「はい、何を壊せばいいんでしょうか」
「全部だ」
「え?」
「おれが作ったもの、DORECAで作ったものを全部だ」
「全部ですか?」
「そうだ。何から何まで全部、みんなが着てる服とかも含めてDORECAで作ったもの全部だ――急げ」
「は、はい!」
リーシャは慌てて走り出した。
結界が少しずつ狭まって、中央に町民が集まっていた。
説明するヒマはなく、おれとリーシャは手分けして、片っ端から『解体』した。
抵抗があった、王様ご乱心とさわぐもの達がほとんどだ。
それらも無視して、更に解体。
「ご主人様! 全部終わりました」
やがて建物が全部なくなって、町民も全部真っ裸になった。
「結界が止りません」
街全体を覆っていたドームが、既に野球場一つ程度になった。
避難してきて、かたまってる町民を飲み込むまでほとんど時間がない。
「そりゃそうだ」
おれはリーシャを見つめて、いった。
「まだこれらがあるからな」
DORECAを使って、『解体』をかけた。
真・エターナルスレイブが消えてなくなった。
「あっ……」
「リーシャ」
「はい」
「悪いな、それも……壊させてもらうぞ」
おれがそういったのは、リーシャの首輪。
エターナルスレイブに与えた奴隷の証、彼女達が一番笑顔を見せてくれた首輪。
それもおれがDORECAでつくったもの、だから壊さないことには結界は止らない。
流石に申し訳ない気分になった。
が。
「わかりました」
リーシャは特に気にする様子なく、あごをあげて、首輪を突き出した。
「いいのか?」
「奴隷の全てがご主人様のものですから。お役にたてるのならどうぞ」
「そうか。ありがとう」
DORECAをつかって、彼女のドレスと、奴隷カードと、そして首輪を消していった。
町民同様何も身につけてない、真っ裸になったリーシャ。
そうして、結界の中から「おれが作ったもの」が全部消えた瞬間。
結界もまた、音を立てることなく、静かに消えていったのだった。




