瞬間移動
リベックの宮殿、ユーリアが小首を傾げて、おれをみる。
「ご主人様?」
「アキトの街って言ったな」
「うん」
「わかった任せろ。お前はマイヤに連絡、砲撃を続けろって。効かなくてもとにかくうち続けろ」
「ご主人様は?」
「おれはアキトの街に行く。リーシャと一緒にな」
「リーシャを呼んでくる」
「アキトの街で待ってるって伝えろ」
「……わかった」
ユーリアが頷き、部屋から出て行った。
アキトの街、不幸中の幸いって所か。
確信にちかい何かがあった。
この世界に転移してきて、今日に至る出来事の数々から確信めいたものをかんじた。
DORECAで作ったものはこの世界のカーストで最上位だ。
例えばこの宮殿に取り付けた絶対結界。
これは外部からどれだけ攻撃されようと決して壊れない。
おれがやっても一緒だ、エターナルスレイブ十二人を剣に取り込んで、大量の魔力を注ぎ込んでたたきつけてもびくともしない。
それと同じことが、邪神聖夜の結界にも適用される。
聖夜の結界は侵入を塞いだり、戦艦リーシャの主砲すらはじいているが。
DORECAを使った移動は防げないはずだ。
……はず、はとってもいいかもしれない。おれの中じゃほぼ確信に変わってるんだから。
宮殿の中に設置した魔法の扉に向かう。
造作なく歩いて、魔法の扉に足を踏み入れる。
障害とか何も感じる事なく、目の前が一瞬だけ光に包まれて、移動が完了した。
アキトの街にある木の家、支給された家だ。
やっぱり、DORECAは邪神の力の上位にある。
移動一つとっても、邪神よりも上に存在する力だ。
「ご主人様」
背後からリーシャの声がした。
「来たか」
「はい」
「話はきいてるか」
「はい、ユーリアから説明を受けました」
「ならわかると思うが、今回は二人きりだ」
「はい!」
魔法の扉を通ってここに侵入できたのはおれとリーシャだけ。そして今更新しいゲートを作ってるヒマはないし――そもそもこっちに他の奴隷を運べる手段はない。
リーシャと二人っきりなのだ。
「頼りにしてるぞ」
「はい!」
――魔力を50,000チャージしました。
リーシャは大きく頷いた。
一瞬だけ笑顔になったが、直後に表情を変えた。
「ご主人様、窓の外」
「むっ?」
リーシャに言われて窓の外を見た。
窓の外は妙な色になってる。
まるで街全体が色のついた水の中にあるような、毒々しい色になってる。
「なるほど、聖夜の力が街を支配してるって事か。結界だけじゃなかったんだな。いや、これ自体が結界の一部なのかもな」
「なるほど――あっ、ご主人様」
「どうした」
「悲鳴と、争いの音が」
「むっ」
耳を澄ませる。確かに戦闘の音がする。
結界の中にある街、そこにある戦闘音。
「町の人が襲われてるのかも知れません!」
「というかそれしかないな。行くぞリーシャ」
「はい!」
真・エターナルスレイブを抜き放つ。宝石に触れて、リーシャを剣に取り込む。
赤い宝石が光りだして、炎の刀身に姿を変える。
剣を持ったままドアを開け放って、外に飛び出した。
「むっ」
毒々しい色の空気が肌にまとわりつく。水の中にいるような(それよりだいぶ楽だが)動きにくさを感じる。
(大丈夫ですかご主人様)
「問題ない」
多少動きにくいけど問題になるほどじゃない。
それよりも急いだ。
街はあっちこっち壊されてて、火の手が上がってる。
モンスターもいた。
途中でエルーカーの集団がいたから、リーシャでまとめて切り払って、焼き尽くした。
音の場所にたどりつく。
数人の町民がいて、豪腕の巨人トローイに襲われてる。
(ご主人様! マドウェイさんです!)
叫ぶリーシャ。トローイの腕にマドウェイが捕まれてる。
「うおおおお!」
剣を振りかぶって、背後からトローイを真っ二つにした。
巨人が音を立てて倒れていく。
それよりも先に腕を切りおとしてマドウェイを解放した。
「マドウェイ! 大丈夫か!」
「アキト……さん」
「万能薬だ、飲め!」
常備の万能薬をマドウェイの口に流し込む。
(ご主人様!)
「アキトさん!」
二人同時に叫ぶのが聞こえた。背後からよどんだ風が迫る。
ガキーン!
振り向き、リーシャで受け止る。
「秋人ぉぉぉ!」
「聖夜!」
襲ってきたのは聖夜だった。
邪神の力をより一層より込んだのか引き出したのか、姿が前に比べて更にまがまがしくなってる。
「どうやって入った秋人ぉ!」
「話す義務はない!」
聖夜と撃ち合う衝撃波で町民が吹っ飛ばされそうになったから、思いっきり聖夜を押し出して距離をとった。
そして更に撃ち合う。
「弱いぞ秋人! 弱くなったなああ!」
(……っ)
リーシャの切ない感情が伝わってきた。
奴隷が自分一人=弱いって受け取ったんだ。
「お前程度これで十分だ!」
「見くびるなあ!」
「たんなる事実だ」
リーシャを慰めるために、力不足じゃないって事を証明するために全力で聖夜と撃ち合った。
事実、充分だと思った。
確かに奴隷を複数取り込む場合に比べてパワーも多様性も落ちる、が聖夜が相手なら今のままで充分だ。
徐々に優勢に立つ。
このまま撃ち合ってれば数分もしないうちに倒せる。
「秋人ぉおお、お前今! このままやったら倒せるって思ったなああ?」
撃ち合って、勢いで飛び下がった聖夜が叫んだ。
「……だったら?」
「その油断が命取りだあああ!」
手をかざす聖夜。
瞬間、おれのまわりを何かが取り囲んだ。
町中を覆ってる毒々しいオーラをさらに濃くしたもの。それが半円のドーム状になった。
(これって――)
「結界か!」
「その通りぃいい!」
真・エターナルスレイブで結界をたたきつけた。
鈍い音がして、攻撃がはじかれる。
「無駄むだムダァァァァア! それはこの街を覆う結界と一緒。中にいる相手が消滅しない限りは消えないものだぁああ!」
「そんな代物だったのか」
「そしてこっちからはこんなことが出来るぅう!」
手をかざす聖夜。
結界の縁から毒々しい色の光の矢が飛んできた。
剣を振って打ち払う。
「よく防いだなぁあ、だがこれならどうだぁあ!」
さらに手を振る、さっき以上の矢が飛んでくる。
数が多くて、はじくのが精一杯だった。
それを聖夜は見抜いた。
「防ぐので精一杯かあ? 年貢の納め時だなぁあ秋人」
(ご主人様!)
「ふっ」
500万の魔力を込めて、渾身の一撃を結界にたたき込む。
鈍い手応え、結界はびくりともしない。
「くくく……くはーはははは!」
高笑いする聖夜。
「もっとやってみろよ秋人ぉお! やってみろよ秋人ぉおおお!」
攻撃の手を止めて、絶叫、そして哄笑する聖夜。
「そしてぇ――絶望しろよぉおおおお!」
「……」
おれはリーシャを戻した。
剣から出して、人の姿――奴隷の姿に戻した。
「ご主人様!?」
「観念したかぁああ!」
「……」
無言のまま、DORECAを取り出す。
魔法陣を張って、リーシャに微笑む。
「リーシャ」
「は、はい!」
「髪を一本くれ」
「わ、わかりました」
リーシャはこくこく頷いて、綺麗な髪を一本引き抜いて、おれに手渡した。
おれも自分の髪の毛を一本抜いた。
「無駄むだムダァァァァ! 何をやっても無駄だ秋人ぉおおお!」
聖夜を無視して、髪の毛をそれぞれの魔法陣に投入。
魔法陣が姿を変える――魔法の扉二つになった。
一メートルも離れてない、左右の魔法の扉。
「行くぞ」
「――はい!」
おれが落ち着いてるからか、リーシャも落ち着いて、力強く頷いた。
そして、一緒になって魔法陣に踏み込む。
一瞬光りに包まれて、視界がもどる。
元の場所に戻った。
厳密に言えば、左の魔法の扉に入って、右の魔法の扉から出てきた。
一メートルも離れていない距離での瞬間移動。
すると。
「ば、ばかな、結界が消えただと!? 何をした秋人ぉおおお!」
「行くぞリーシャ」
「はい!」
こたえずに、リーシャを剣に再び取り込んだ。
瞬間移動で一瞬だけその空間から消えたから結界が消えた――。
上手くいったそれを聖夜に話す義理はない。
ますます発狂しかけた聖夜に話す義理はなかった。




