炎の国王
「はい、ご主人――」
ユーリアの口をとっさに塞いだ。
手で口を覆ったまま、ヴェラを見る。
「……?」
ヴェラは小首を傾げておれとユーリアを見る。
特にヴェラをじっと見つめる。すごく不思議そうな表情をしてる。
まずい。ヴェラはユーリアの娘だ。いくらユーリアが魔法で変身してるとは言え、このまま見つめられたらばれるかもしれない。
ユーリアに目配せした、ユーリアは静かにうなずいた。
手を離す。
「ねえん、あなたあん」
人が変わったかのように、体をクネクネさせて、粘っこい口調で話しかけてきた。
普段のユーリアとは百八十度違う……どころか斜め上の演技だった。
「???」
不思議がってたヴェラはますます不思議がった、というか困った顔になりだした。
「家が大変なのよん。あなたの力が必要だからあ、今すぐきてん」
「ああ」
ユーリアと一緒に、その場から逃げるように歩き出した。
このユーリアならバレはしないだろうが、万が一ばれた時のダメージは倍増どころじゃない。
だからそそくさと逃げ出した。
幸いヴェラが追いかけてくることはない、ばれた様子はないみたいだった。
☆
マガタンの自宅の魔法の扉を一緒にくくって、リベックの宮殿にやってきた。
そこで魔法を解いて、元の姿に戻ったユーリアに聞く。
「報告、いいかな」
元の口調に戻ったユーリア、おれは密かにほっとした。
あの……間違った方向に全開の媚び媚びギャル版ユーリアはぶっちゃけちょっと気持ち悪かったからだ。
が、ホッとしたのもつかの間。
「敵襲をうけて、街が占拠された」
「むっ。誰にだ」
「生存者情報だと、邪神らしい」
「ヤツか……」
邪神。
二代目邪神とも言うべきか。
最初の邪神はこの世界を滅ぼしかけて、勇者に倒された。
二代目の邪神は、おれと一緒に転移してきた聖夜という男。
最初は同じようにDORECAをつかって世界再生してたが、事情があってやむなく殺したら、邪神の力を手に入れて復活した。
「そうか、やつか。リーシャは?」
「メンテナンス中。DORECAで作った『一つのもの』じゃなくて『多くのパーツを組み合わせたもの』だから、メンテナンスに時間がかかる」
「意外な弱点だな。確かに普通は修復を一回かければいいけど、ああいう複合タイプのものは時間がかかるな。そこを狙われたのか」
ユーリアが静かにうなずく。
メンテナンスに手間取るのもそうだけど、そもそも一隻の運用はどこかで破綻してたはずだ。
今回はそうじゃないけど、おれなら陽動をしかけて戦艦を遠ざけてからの本命を狙う戦法をとる。
そのうち二番艦・ミラの建造着手しないとな。
「で、現状は」
「メンテナンスを切り上げて、リーシャを急行させた、けど」
「けど?」
「邪神の力で占拠された街に結界を張られた。主砲を撃ったけど、びくともしなかった」
「むっ……それは相当まずいな」
「うん」
静かにうなずくユーリア、おれをじっと見る。
だから呼びにいった、という顔をした。
確かに、これはおれを呼び戻さないとどうしようもない案件だ。
「そもそも結界か、どういうものなんだ?」
「わからない。調べさせてる」
「そうか」
おれは考えた。
リーシャの主砲でもびくともしない結界か。
「純粋にパワーが足りないのか。ユーリア、奴隷全員集めろ」
「ご主人様がやるの?」
「真・エターナルスレイブに十二人つれて行けば戦艦の主砲を何段階か上回る出力になるはずだ」
「わかった。線路の修復をしてるスベトラーナも呼び戻す」
「線路も壊されたのか。用意周到だな」
聖夜……やってくれる。
「急げ。結界を張ったって事はすぐに完全破壊ってことはないだろうが、それよりもまずい事が起きるかも知れない。できるかわからんが、全員をシモベ化とかそういうのをもくろんでたらかなり面倒臭いことになる」
「うん」
緊張した顔で頷き、駆け出そうとするユーリア。
「待て」
「うん」
立ち止まり、振り向く。
どうしたの? って目でおれを見る。
「そういえば聞いてなかった。占拠されたのはどこの街だ?」
「あっ……」
しまった、って顔をするユーリア。
ちょっとだけ顔が赤くなった。
うかつなユーリア、ちょっと可愛い。
彼女は咳払いして、答えた。
「アキト」
「うん?」
おれ?
「アキトの街」
そういうことか――って、アキトの街!?
☆
街の外れ、男達は追い詰められていた。
いきなり襲ってきたモンスターの大群に、武器を持って抵抗したが、徐々に追い詰められて、袋小路に追い込まれた。
「町長! どうするんですか!」
男の一人が叫ぶように聞く。
まわりの人間が一斉に注目する。
視線を集めたのはこの街の町長、マドウェイ。
彼が今、町民を率いて抵抗しているが、逆に追い詰められた。
「すまない、みんなを巻き込んでしまって」
戦艦リーシャの砲撃を確認した彼は、救援が来たものと判断して、内応してモンスター挟み撃ちにしようとした。
戦艦リーシャの力を信じてるからの判断である。
が、戦艦の砲撃は阻まれ、街に届かない。
それ故反攻したマドウェイ達が突出して、孤立してしまった。
「町長の責任じゃありませんよ」
「あれを見て逆襲だ、って思ったのはみんな一緒です」
「そうですよ。戦艦の砲撃がきかないってだれが想像出来ますか」
町民達が次々とマドウェイを慰めた。
それは彼も同感だが、だからといって申し訳なさが消える訳じゃない。
なんとかして、この状況を打破しなければ、と彼は思った。
どごーん。
壁が崩れて、そこからモンスターがあらわれた。
豪腕のモンスター、トローイ。
そいつはマドウェイの胴体をつかみあげた。
「てめえ、町長を離――くわっ!」
「やめろ……ぐふっ!」
つかまったマドウェイを助ける為にトローイに挑みかかった町民達だが、次々と返り討ちに遭ってしまう。
「く、そ……」
マドウェイの意識が遠ざかっていく。
捕まれた体、強く巨大な巨人の手に捕まれた彼は、徐々に意識が遠ざかっていった。
視界が真っ白に染まる。
もはやこれまで……。
ドサッ。
体全体に衝撃がはしる。
違う意味で目の前がちかちかする。
地面に放り出された、と理解したのは口の中に土が入ったのを感じたからだ。
一体どうしたんだ、と顔をあげると。
そこに救世主がした。
赤く煌めく宝石と炎の刀身の剣を握り締め、豪腕の巨人を一刀両断する救世主。
「アキトさん!」
かれが、駆けつけてきたのだった。




