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奴隷のシモベに

 マガタンの街。


 シュレービジュ対策の支給家。


 魔法カードで一緒に変身したユーリアと二人でいた。アキトの街でリーシャとやったのと同じやつだ。


 リベックの宮殿につなぐ魔法の扉も作った。


 これでおれとユーリアはリベックとマガタンを自由に行き来できる。


 この町にも住民としての潜入が完了した。


 ユーリアをそばに控えさせて、窓の外を見て、言う。


 最低限の事をやったおれは窓の外を見て、言った。


「これはちょっと驚いたな」


「なにが?」


 いつもの様に、物静かな口調で聞き返してくる第三奴隷ユーリア。


 物静か系、というくくりではリーシャと同じだが、リーシャが基本丁寧口調なのに対して、ユーリアはぶっきらぼうなところがある。


 そんな彼女に感じた事を説明する。


「支給される家だからもっと街外れかと思ったら、ここ、ほぼ街のど真ん中じゃないか」


「たしかに、ほぼ中心」


「普通こういう所って地価が高くなったりして、繁華街とかになってるものなんじゃないのか? みた感じまわりはほとんど開発されてない……なんか知らないか?」


 ユーリアに聞く。


 街つくり、そして開発。


 実働はおれもよくやってるが、途中から管理とかはユーリアに丸投げだ。


 だから彼女に聞いたが、ユーリアは静かに首を振った。


「ごめんなさい、わからない」


「そうか。いや別にいい」


 ユーリアは知らない事は素直に知らないという。


 その気質はとても貴重なものだから、それでいいと思った。


 同時に、むしろ「わからない」のがいいと思った。


 ほとんど丸投げしてるから、ユーリアはおれ以上に国の事を把握している。


 そんな彼女ですら知らない事を実際に住民目線で知るために潜入したのだ、なんか不思議だけど知らない事、と言うのをすぐに見つかったというのはむしろ嬉しいことだ。


 さい先いいスタートだ。


「それじゃおれは街をぶらついてくる。ユーリアはリベックで仕事があったな?」


「うん」


「だったらおれに構わずそっちに行ってこい。おれは夕方くらいに戻るから、緊急以外はお前が処理していい」


「わかった」


 頷き、魔法の扉をくぐるユーリア。


「あっ、ちょっとまて」


「どうしたの、ご主人様」


「……なにかお土産を買って帰る。なにがいい?」


 ちょっと考えて、聞いてみた。


 ユーリアもちょっと考えて、答える。


「なんでもいい」


「そうか」


「うん。それじゃ」


 静かにうなずき、魔法の扉をくぐる。


 うーん、流石に上手く行かないか。


 喜んでもらおうと思って聞いてみたんだが、ユーリアの反応は薄い。


 六人の奴隷の中で一番感情の起伏が薄くて、よほど嬉しいことがない限り、笑顔を中々見せてくれない。


 今回もそう、リーシャがものすごく喜んだ「夫婦設定」も、ユーリアは特に反応しなかった。


『その設定は効率的、さすがご主人様』


 とだけ言われた。


 持ち上げてほしいわけじゃないんだ、喜んで、笑って欲しいんだ。


 まあいい。


 気を取り直して、家の外に出た。


「やあ、キミが新しく引っ越して来た人だね」


 ドアを開けるなり、待ち構えていたかのように、若い男が話しかけてきた。


 線の細い、中性的な男。


 服とポーズ次第じゃ女に見えるんじゃないだろうか。


「わたしはスベアロフ、キミは?」


「サキモリだ」


「サキモリさんですね。よろしく」


 スベアロフと握手を交わした。


 見た目とおり、人当たりがよくて、物腰も柔らかい。


「お前はこの近くに住んでるのか?」


「あそこの」


 スベアロフは三軒離れた所にある木の家をさした。


「ちょっと古い家がわたしの家です」


「近いな、ご近所だな」


「はい、これからよろしくお願いしますね。ところで、サキモリさんはどういう経緯でここに?」


「あー、なんかサル? から戻ったとか何とか」


 用意していた答えを言う。


「そのパターンなんですね。前世――前世ってわたしたちは呼んでるんですけど、前世の記憶はありますか?」


「すごくぼんやりしてる、ほとんど思い出せない」


「それは大変ですね。でもそういうこともありますから、気を落とさないでくださいね」


 おれの嘘っぱちに、親身になって励ましてくる。


 ちょっとだけ胸が痛い。


「今日引っ越してきたって事は、お仕事とかはまだ見つけてないんですよね」


「あー」


 おれは考えた振りをして、答えた。


「この国って、働かなくても生きていけるんだよな。だったら適当にやって、たまに日雇いの仕事とかすればいいかな、って」


 この答えも前もって用意したもので、アキトの街でもそう言った。


 ぶっちゃけ、定職についてるヒマはない。もっと正しく言えばサラリーマン的なのは無理だ。


 本業(国王)をやらないといけないし、最終的に六つの街全部に潜入しないといけない。


 定職についてる余裕なんてないから、こういうことにすることにした。


「そうなんですね。いいと思いますよ、そういう事ができる国ですから。あっ、仕事が欲しいときはいつでも言ってくださいね。紹介しますから。その時ちょっとした約束事を守ってもらいますけど」


「約束事?」


「はい。その時になったら説明しますけど、仕事するときはこれをつけてもらうことになります」


 スベアロフはそう言ってバッチを取り出した。


「それは?」


「ユーリア様のバッチです。わたしが所属している組合はユーリア様を応援してますので――あっ、ユーリア様って言うのはこの国の偉い奴隷様のことで、えっと、奴隷様っていうのは――」


 スベアロフはこの国の事と、国王と六人の奴隷の事を説明した。


 国王の下に六人の奴隷がいて、その六人は国王に次いで偉い身分だって事を。


 奴隷は十二人なんだが――って突っ込もうとしたのをぐっとこらえた。


「奴隷が上にいるのが気にくわない時代とか国から生まれ変わってきた人もいますけど、多分、すぐになれると思いますよ」


「そうか」


「それで仕事、特になにか成果がでるような仕事をするときってこのバッチをつけて、アピールする様にしてるんです」


「なるほどね」


 相づちを打つおれ、実の所ちょっとびっくりしてた。


 なんだ、下じゃそんな事になってたのか。


 これも実際に来なきゃわからなかったかもあ、なんかバッチをつけてるのはそのうちわかるんだろうが。


「もちろん無理にとは言いません、人それぞれ都合があるわけですしね」


「……」


 おれは考えた。


 これはむしろ……チャンスなんじゃないのか?


 おれはさっき別れたユーリアの事を思い出した。


 中々笑顔を見せない、魔力チャージの下限が恐ろしく高い奴隷。


 今まであの手この手でやってきたけど、効果が薄くて、正直マンネリになってるんじゃないか、って思う時もある。


 だがこれなら? スベアロフが話したそれなら?


 一人の住民としてユーリアを盛り上げるのなら?


 ご主人様が奴隷を可愛がるのじゃなくて、奴隷のシモベとして喜ばせる。


 更にそれを利用して、ご主人様としてもやれる事は増えないか?


 いろいろと考えてみた、出来る事が結構増えそうだ。


「わかった、組合に入る」


「そうですか。歓迎しますよ」


 おれの返事に気をよくしたスベアロフは満面の笑顔を浮かべた。


 いやお前じゃない。お前の笑顔はどうでもいい。


 笑顔は、奴隷のものに限る。

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