二人の扉
翌朝、起きてきたおれ。
「おはようございます、ご主人様」
リーシャは笑顔でタオルを差し出してきた。
ほどよく絞って水気を切ったタオルを受け取って、顔を拭く。
使ったタオルをかえそうとして、彼女がやたらと上機嫌になってる事に気づく。
「どうした、そんなにニコニコして」
「ちょっとだけ、昔の事を思い出してました」
「昔?」
「街作りをはじめた頃、こうやってご主人様と同じ部屋でいたときの事です」
「ああ。自分の家を作ってやったのに、こっちの方がいいって言ってきたっけ」
「はい……」
はにかむリーシャ、相変わらず可愛い。
にしても、そういえばそんな事もあったなあ。
タオルを彼女に返して、立ち上がって伸びをする。
「ご主人様。今日は何からはじめますか?」
「もう決めてある。一番重要な物を作る」
「一番重要な物?」
「そうだ」
ブラックカードのDORECAを取り出して、家の隅っこに魔法陣を張った。
必要魔力は三百万、今まで作ってきた中で、単品だと一番魔力が必要なものなのかもな。
余談だが、トータルだと戦艦リーシャになる。
家の隅っこにはった魔法陣からやじるしが出た。
矢印はまっすぐリーシャを指して、彼女の髪が光り出した。
いつぞやにも見た光景、愛剣・エターナルスレイブを作った時と一緒だ。
その時もリーシャだった。
――魔力を50,000チャージしました。
リーシャは満面の笑顔を浮かべた。
まだ何もいってないのに、彼女の喜びが伝わってきた。
ご主人様のお役に立てて嬉しい、と言うのがはっきりと伝わってくる。
「お待ちくださいご主人様、刃物を取ってきます」
「いやいい。今回は一本だけでいい」
「一本だけ?」
「ああ、一本だけ」
「そうなんですか……」
ちょっとだけ気落ちするリーシャ。
何故そうなったのかも手に取るようにわかる。
だからフォローした――奴隷の笑顔が見たいから。
「必要なのは一本だけど、お前のじゃないとだめなんだ」
「わたしのじゃないと?」
「そうだ。忠誠の証としてな」
「――はい!」
――魔力を100,000チャージしました。
リーシャが浮かべる満面の笑み、見てるだけでこっちまで幸せになってくる。
おっと、見とれてる場合じゃない。
彼女から髪の毛を一本受け取って、魔法陣の中に入れる。
素材を得て、魔法陣が変化する。
しばらくして、そこに光る渦が出現した。
テレビの天気予報で見るような台風の渦のようなものが、明滅を繰り返している不思議なもの。
「これは何ですかご主人様?」
「来ればわかる」
「来る?」
不思議がるリーシャを置いて、おれは先に光る渦に足を踏み入れた。
目の前が一瞬真っ白になって、次の瞬間、景色ががらと変わった。
慎ましく狭い木の家の中じゃなくて、豪華な内装と窓の外に広がる発展した街並み。
首都リベック、王宮の執務室だ。
「こ、ここは……ご主人様の部屋?」
おれを追いかけて、光る渦から出てきたリーシャ。笑顔じゃなくて、ものすごくびっくりしてる。
「そうだ、おれの部屋だ。リベックにあるおれの部屋だな」
「ど、どういう事ですか?」
いきなりの事でリーシャが軽くパニックを起こした。
落ち着かせるために、説明をしてやる。
「あそこに設置した魔法の扉――形は扉に見えないけど、DORECAだと魔法の扉って名前になってるから魔法の扉って呼ぶぞ。その魔法の扉がここと繋がってるんだ。効果は見ての通り、離れた二つの場所を一瞬で行き来出来る事」
そういって、おれはもう一度渦の中にたった。
景色がまた変わって、木の家の中に戻ってきた。
追いついてくるリーシャ、二度目の事で、今度はそこまで驚かなかった。
更にもう一回くぐって、リベックに戻る。
「って感じで、リベックにいながら、あっちにも実質いると言うことが出来る。あっちに住民として潜入するからには、普通に行き来してたんじゃ家を空ける期間がどうしても長くなるからな」
「あっ、それはそうですね」
「と言うわけで、リーシャは毎日ゲートを通って向こうでちょこっと住民を演じて来い。おれも隙見てやっとくから」
「わかりました」
頷くリーシャ、その後魔法の扉をまじまじ見つめる。
「こんな便利な物も作れるなんて、流石ご主人様。あっ」
「どうした」
「これを使えば、たくさんの荷物を一瞬であっちこっちの街に運べますよね。それに人間の輸送も。列車が必要なくなりますね」
リーシャはわくわく顔でいった。
よくそこに気づいた――と言いたいところだが。
「残念だがそれは無理だ」
「どうしてですか?」
リーシャはきょとんと首をかしげる。どこまでも純粋なエターナルスレイブはそういう仕草がよく似合う。
「実際にやって見せた方がいいな。だれか? だれかいないか?」
大声で部屋の外に向かって呼んだ。
「はいですのー」
リリヤが入ってきた。
「どうしたんですのおにいさん」
「リリヤか。そこに立ってみてくれ」
「そこって、この変なのですの?」
「ああ」
頷く。リリヤは不思議そうにしながらも、言われた通り魔法の扉の中にたった。
たったが、何も起きなかった。
何も起きなくて、首をかしげるリリヤ。
おれはリーシャに言う。
「こうなる。これを使えるのは髪を提供したお前と、ご主人様のおれだけだ」
「そうだったんですね!」
説明と実際にリリヤが通れないのを見て、納得するリーシャ。
彼女は更におれを見て、魔法の扉をみて。
――魔力を100,000チャージしました。
はにかんだ笑顔を浮かべた。
やっぱり、奴隷には笑顔がもっともよく似合う。




