アキトの代名詞
リーシャと二人で出かけた。
リベックを出て、列車を使わず荒野を歩く。
おれの一歩後ろについてくるリーシャに話しかける。
「おれが留守にしてた間に何かあったか?」
「大丈夫でした。みんなご主人様の方針通り動きました。国民がふえましたし、邪神の軍勢が何回か襲撃してきたけど、親衛隊とカザンの民が撃退しました」
「そうか」
頷くおれ。
戦艦リーシャを有するマイヤの親衛隊と、子供まで戦士である戦闘民族カザンの民の活躍は目に浮かぶようだ。
リラの巣作りに協力してる間も、国は問題なく回ってたみたいだな。
いいことだ。
「……」
一方で、リーシャはチラチラとおれをみた。
何か言いたげで、落ち着かない様子。
「どうした」
「え?」
「何かいいたいことがあるのか?」
リーシャは少し迷ってから、意を決した様子で答えた。
「ご主人様がいない間ずっと落ち着きませんでした。こんなに長い間ご主人様と離れたの初めてですから」
「落ち着かない?」
不安とか寂しいとかじゃなくて?
「はい。その……ご主人様の新しい命令がなくて、朝起きるときとかそわそわして落ち着かなくて」
「なるほど」
そりゃまた……リーシャらしいな。
エターナルスレイブはそういう種族。ご主人様大好きで、命令をほしがる健気な生き物。
今までもそれを知ってたけど、それの強さを再認識した。
長く留守にしたお詫びに何かしてやろうと思った、具体的には何かプレゼントしてやろうと。
そう思ったが、思いとどまった。
「戻ってきたから、ますます働いてもらうぞ」
「はい!」
代わりにそう言うと、リーシャは微笑み、リーシャの首輪についてる宝石がきらりとひかった。
☆
歩いて、アキトの街が見える所にやってきた。
「アキトの街ですか? ご主人様」
「ああ」
「どうして列車じゃなくて、歩いてきたんですか?」
「大事な用があるんだ。列車じゃちょっとまずい」
「大事な……わかりました。マドウェイさんに連絡してきます」
「まて」
駆け出すリーシャを呼び止める。
「どうしたんですか?」
不思議そうに首をかしげるリーシャ。
彼女を尻目に、おれは二枚目のカード、魔法を使えるカードを取り出した。
コモンからレアカードに進化したそれは、新しい魔法が使える様になってる。
魔力2を消費して、その中の一つをおれとリーシャの両方にかけた。
二人は変身した。
リーシャは顔そのままで、髪は金色から黒になった。
尖った耳もなくなって、首輪も見えない。
草色のドレスも普通のワンピースになった。
ぱっと見、いいところのお嬢様って感じで、まさに変身! ってレベルの変わり様だ。
「ご主人様、お姿が変わってます!」
「リーシャもな」
「あっ、本当です……」
自分の手を見て、顔をベタベタ触って、驚くリーシャ。
「すごい、こんなこともできるんですねご主人様」
「新しい魔法、見た目を変えるものだ。元に戻るときは『ボズベット』って唱えればいい――ああ!」
うっかりやってしまった。
呪文を唱えたおれは元の姿にもどった。
変身した姿から、元のアキトに。
苦笑いしつつ、もう一度レアカードの魔法で変身する。
うっかりやらかして魔力を1無駄にしたが、実演できたと考えればいいだろ。
「こうなる。わかったな」
「はい! ……でも、どうして姿を変えるんですか?」
「これからアキトの街の住民になる。設定はシュレービジュから戻されて、街の事を聞いた若夫婦だ」
「若夫婦、わたしとご主人様が?」
「ああ」
「そそそそそそそそそんな恐れ多い!」
リーシャは大いに慌てだした。
エターナルスレイブとして、ご主人様と夫婦という設定はそれほどパニックになるもののようだ。
おれは落ち着かせるために言った。
「演技だ、街作りに必要だから従え」
命令口調で言うと、リーシャは一瞬で落ち着いた。
「わかりました」
ご主人様の命令で落ち着くのもエターナルスレイブらしい。
一方で、おちつきはしたが、彼女はおれを見つめてきた。
疑問に満ちた眼差し、無言で「どうして?」と目で訴えてる。
それに答えてやる。
「国はそこそこ発展してきた。人口は一万人を越えたが、国民の大半はおれの顔を知ってる。王様としてあっちこっち見回しても、本当の事が見えない可能性がある。愛想笑いしか見えない可能性がある」
「それならわたしが」
「お前達も一緒だ。国王のもっとも忠実な奴隷。おれに言えない本音は、そのままお前達にも言えないだろう」
「たしかに」
頷くリーシャ。
ユーリアと一緒で、なにやらアイドルで信者がついてるからますます本音は聞けない――というのは今は言わないでおいた。
「だからこうして変装して、お忍びで街の住人として潜入して、街のありのままの姿が知りたい」
「そうだったんですか――あっ!」
リーシャははっとした。
「街が六つあるから、みんなとも?」
微笑むおれ。察しがいいな。
アキトの町。
ビースクの町
マガタンの町。
カザンの町。
ブラガダリューの町。
ペルミの町。
王都リベック以外、国内にある街はこの六つ。
第一奴隷リーシャ。
第二奴隷ミラ。
第三奴隷ユーリア。
第四奴隷リリヤ。
第五奴隷ライサ。
第六奴隷スベトラーナ。
大人の奴隷はこの六人。
その数と街の数は一緒だ。
アキトの街にはリーシャと一緒に来た。
他の街にも、他の奴隷と変装してお忍びで入り込むつもりだ。
「よし、じゃあ行こうか」
「はい!」
歩き出すおれたち。
リーシャは相変わらず、奴隷らしくおれの一歩後ろを歩く。
恭しくついてくるその姿はいつものリーシャそのものだが――これはよくない。
ぶっちゃけ、その仕草で感づく人はいるかも知れない。
「リーシャ」
「なんですかご主人様」
「設定は若夫婦だ」
「はあ」
それが? っていうような顔をする。
「リーシャの態度は奴隷のままだ。それはだめだ。もっと夫婦らしくしろ」
「夫婦らしく……ど、どうすればいいんですか?」
「そうだな、腕でも組もう」
「う、腕を!」
「ああ」
うなずくおれ、リーシャはあわわわわわとうろたえ出した。
「そんな! ご主人様と腕を組むなんて」
「リーシャ」
真顔で見る。
「命令だ」
「は、はい」
リーシャはつっかえながらも従った。
おずおずとおれに腕を組んでくる。
「こ、これでいいですか?」
「ああ」
腕を組んで、アキトの街の中に入った。
命令であっても、腕組みにちょっとあわあわしてるリーシャはちょっと可愛かった。
……おっぱいも柔らかかった。
☆
久しぶりに来たアキトの街。
かつての荒野にぽつんと佇んでいたマドウェイの小屋一つだったころから想像出来ないくらい発展していた。
真新しい建物が建ち並び、人々は舗装された道路で行き交い、様々な物資がって商売が活発にされてる。
人口で言えば1000倍以上に成長した、もっとも発展した町の一つ。
街の入り口に警備隊らしき男がいた。
おれはその男に近づき、声をかけた。
「あの」
「なんだ?」
「サル? から人間にもどったんだけど。ここに来たらいいって言われたんだけど」
ちょっと演技をして、前もって考えてきた設定を告げた。
「ああ、はいはい」
警備の男はしきりに頷く。
なれた様子で懐から一枚の紙を取り出して、おれに渡した。
それは地図だった。みた感じアキトの街の地図だろう。
「ここ、この役所にいって今の話をもう一回するといい。そうしたら当面の食糧と服、あと家をくれるから」
「本当に家をくれるのか!?」
おれはわざとらしく驚いた。
「ああ、感謝しろよ。王様の徳政だからな。他にも色々あって過ごしやすい街だけど、大半が王様のおかげだから、落ち着いたらちゃんと感謝するんだぞ」
「わかった」
「それと……そうだな、役所じゃ説明されないだろうが教えてやる。最近は変な宗教が流行りだしてる。王様に不満を持つ連中が集まって出来たヤツだ。この町じゃ鼻つまみ者だから関わらない方がいいぞ」
「わかったありがとう」
「じゃあな。アキトの街にようこそ」
最後にRPGの入り口に立つキャラっぽいセリフを言った男に別れを告げて、地図をしまって、役所に向かって歩き出した。
「早速いいことが聞けたな」
「え?」
さっきからずっと腕を組んでるリーシャが首をかしげる。
「鼻つまみ者のへんな宗教の事だ。リーシャはこの事を知ってたか? ユーリアから何か聞いてる?」
「いいえ、知りません」
「そうか。こういう細かい情報、国民の生の声が欲しかったんだ。リーシャもこれから注意深く探ってくれ。こういうのと、生活に関する細かいこととかだ」
「わかりました。ごしゅ――じゃなくて、あ、あなた」
「……」
立ち止まって、リーシャをみた。
リーシャは慌てた。
「ご、ごめんなさい。失礼ですよね」
「いや、失礼じゃない。むしろ――」
よくやった。と耳元でささやく。
「おれたちは夫婦なんだから、それでいい。なんなら名前で呼んでもいいぞ」
「あ、あなたがいい……です」
消え入りそうな声で言う。
恥ずかしがるリーシャは健気で可愛かった。
☆
役人に案内されて、住宅街の中にある空き家にやって来た。
普通の木の家で、中に布団とか、布の服とかがあらかじめ置かれてる。
「今日からここがお前達の家だ。えっと……名前なんだっけ」
「サキモリ」
「そうだったそうだった。珍しい名前だな。どこの出身なんだ?」
「よくわからない。実はサル? になる前の事とかよく覚えてないんだ」
「あー、たまにいるよなそういうの。よほどショックな死に方をしたんだろう。まあ気を落とすな、この国は国王のおかげでだいぶ過ごしやすい、ユートピアのような国だ。ここでのんびり新しい人生を送るといい」
「ありがとう」
「腹が減ったらあっちこっちにある配給所にいってプシニーってのをもらうといい。まずいがいくらでももらえる。場所は隣近所に聞くといい」
役人は色々と説明してくれた。
基本、おれが立てた方針そのままだ。
衣食住を保証して、それ以上の事は働いて手に入れる。
街の入り口にある警備隊もそうだったが、役人レベルだとちゃんとしてるって感じだな。
あとは街に溶け込んで、生の声を仕入れるとしよう。
説明を終えた役人が立ち去って、パタンとドアがしまる。
木の家の中におれとリーシャの二人が残った。
さて、お忍びの仕上げにアレを作っとくか。
「あ、あなた。今日はもう出かけないの?」
リーシャが聞いてきた。
あなたと呼ぶ口調がまだたどたどしい。
やっぱり呼び方はいいなとおもいつつ、少し考えて、答えた。
「ああ、今日はもう出かけないな」
「あなたと二人っきり?」
「ああ」
頷くおれ。
本当にリーシャの「あなた」は結構聞いてて気持ちいい。
新鮮なのもそうだけど、黒髪ロングの今の彼女は、貞淑な妻のようだ。
悪くない、うん悪くない。すこぶるいい感じだ
それに「あなたと二人っきり」というのも、色々妄想を掻きたてていい。
奴隷ではなく、本当に妻になったような、そんな感じでつい色々妄想した。
「『ボズベット』――ご主人様」
そんなおれをよそに、リーシャはあっさり呪文を唱えて、元の姿に戻った。
「ご主人様……ご主人様!」
かみしめるように「ご主人様」を連呼する。
何をしてるんだ――と思ってたら。
――魔力を100,000チャージしました。
「……ぷっ」
おれは思わず吹き出したのだった。




