神の使者と地下帝国
一晩明けて、この日もネストルらの開拓が続いていた。
全員分の家も建ておわってない、素材そのものはどこにでもある草とか木とか石とかだけど、要求量が微妙に多くて、すぐに揃ってない感じ。
「ネストルさん、木材を探してたらこんなのを見つけました」
「木の実じゃないか。しかも新鮮。なってるのを取ってきたのかな」
「ええ、そっちに何本か木の実がなってる木がありました」
「その木は残そう。この木の実も食べたら種をその近くにまきに行こう」
なのにネストルと男達はかなり気長にやってる。
そのペースは始まりの町『アキト』よりも更にゆっくりしたもの。
進捗とか気にしないで、みんながのんびりとやってる感じだ。
それをメイド服姿のオリガが混じってバタバタやってる。
「奴隷ちゃん気をつけて、怪我しないようにね」
「可愛らしいなあ、こういう服も奴隷ちゃんによく似合う」
その愛らしさがみんなののんびりさを悪化させてるような気がする。
……ヒマだ。
ここまでついてきて、初日はよかったけど、早くもおれは飽きてきた。
「……散歩でもするか」
みんなが動き回ってる所から離れる。
当てもなく歩き回る。
内心ちょっと期待してる、モンスターが出る事を。
モンスター掃討も今はいい暇つぶしになりそうだ。
歩く。
歩く。
きょろきょろしながら歩く。
30分近く、町になる予定のそこを大きくぐるっと回ってみたが、モンスターは一体も現われなかった。
「……こういう時に限って出ないってどういう事だよ」
ちょっとがっくりきた。
モンスターすら出ないとは。
倒しすぎたかな。
ネストルらのスローライフを陰から支えるために近寄ってきたのを片っ端から倒したのがよくなかったのかもしれない。
あそこに近づいたら危険、って感じがモンスターの間に広まってたりしてな。
流石にこれはちょっとなあ。
「メニューオープン」
レアカードを取り出して、エンカウントアップを使った。
そしてまたさまよう。
歩いて歩いて……ふらふらさまよう。
「エンカウントアップ」
更に歩く。
あてもなくふらつく。
「……エンカウントアップ」
ちょっと泣きそう、幽霊でもお化けでも、何でもいいから出てきてって気分だ。
魔法を重ねがけして歩いてると……エルーカーが現われた!
エルーカーはおれをみてぎょっとした。
得意じゃない旋回をして、逃げ出そうとする。
「わるいがにがさん」
おれは嬉々として逃げようとするエルーカーに追いついて、素手で倒した。
「ふぅ」
一匹だったけど、気晴らしにはなった。
出てきた白い毛を摘まんで、ポケットに突っ込む。
「しかし魔法使ってもこのレベルかよ。重ねがけまでしたのにな」
どんだけ恐れられてるんだよ、自業自得って言われればそうだけど。
仕方ない、ネストル達の元に戻るか。
こうなったらオリガを愛でよう。
ネストルらからエターナルスレイブの補佐を取り上げる形にあるが、向こうもスローライフしたいからwin-winだろ。
そう思って、帰路につくが。
急に体全体が浮遊感に包まれ、景色が急速に上に流れて行く。
体が下に向かって落ちて行ってる!
「ふっ!」
いきなりの事だが、おれは落ち着いて空中で体勢を立て直して、うまく着地する。
「なんなんだ一体」
そうして状況を確認する。
上が枯れ草とかツタに覆われてた穴に落ちたようだ。
直径二メートルくらいの穴で、みた感じ昨日今日できたものじゃない。
年単位……いや十年とかそういうレベルの穴だ。
ずっと前からあった穴で、偶然踏み抜いて落ちてしまったみたいだ。
ま、こんな野外だしな。
「それよりも戻るか――うん?」
壁をよじ登って上に戻ろうとしたが、穴が横に広がってることに気づく。
縦にストンって落ちる井戸みたいな穴が、横に通路のように伸びてるのだ。
「おー」
思わず声がでた、自分でも笑ってるのがわかった。
退屈してた所にこれだ、何があるのかわからないけどこれは変化だ。
今はその変化をものすごく歓迎したい気分だ。
「鬼が出るか蛇が出るか。どっちもでも全然いいぞ」
そうつぶやきながら横穴に入る。
横穴は天井が低くて、身をかがめないと入れない。
腰を低くして、穴を通っていく。
そうして進んでいくと、また踏み抜いて落下した。
「甘い!」
二回目はもっと早く対処できた。空中であえて一回転するくらいの余裕があった。
そうして着地しようとしたが。
「きゃあああ!」
「え?」
下から女の悲鳴が聞こえてきた。
急な事で対処する間もなく、どんがらがっしゃん! な勢いでぶつかった。
「あいてててて……はっ。おい大丈夫か!」
慌てて起き上がる。
おれの下にいる、ぶつかった若い女は気絶していた。
気絶してるだけじゃない、頭から血が出てる。
常備してる万能薬を取り出して、女の口の中に流し込んでやった。
血がすぐに止まったから、ほっとした。
それはいいんだが……女の姿に戸惑った。
今までに見たことのない女だ、有り体に言えば見た目が人間とはかなり違う。
上半身は綺麗な女だが、下半身がヘビだった!
☆
「おれの名前は秋人」
「リラ……っていいます」
気がついた下半身ヘビの女はそう名乗りつつ、おれから思いっきり距離をとって警戒してきた。
いや、警戒というよりは怯えられてるって言った方がいいかもしれない。
距離をとって、小動物の様な目でおれを見てる。
「なんでそんなに怖がってるんだ」
「だって、人間だから」
「うん?」
「人間はわたし達を捕まえてひどいことするから……」
「ふむ」
よく分からないが、この世界ではそういうことが行われてきたって事か?
リラのような下半身がヘビの獣人を人間が虐げてきた、ってことか。
なんとなく理解できる話だ。
「安心しろ、おれはそんな事しない」
「でも……」
「リラが知ってる人間とはちょっと違うからな」
「え?」
驚くリラ、安心させるための証拠を見せてやる。
DORECAを取り出して、メニューをひらく。
作成リストとリラを交互に見比べて、ちょっと考えて、それから魔法陣をだした。
さっきたおしたエルーカーの毛を入れて――リボンを作った。
「えっ?」
驚くリラ、そんな彼女に近づき、リボンをしっぽに結んでやった。
飾りっ気のないヘビのしっぽに赤いリボンを蝶々結びする。
「うん、結構似合うな」
「どうやったのそれ?」
「おれの特殊能力、魔法みたいなもんだ。こういうの、人間には出来ないだろ」
リラはこくこく頷いた。
さっきまで怯えてた目が急に輝きだした。
「こんなことが出来るなんて――もしかして神様なの?」
「違う……ああでも、神の使者ではあるな」
今までそういう考え方をしたことはないけど、女神に言われて世界の再生をしてるんだから、神の使者なのはある意味正しい。
それをいうと、リラは更に目を輝かせた。
「すごい!」
警戒を解かせるためににしたことが、予想以上の結果で満足だ。
打ち解けたリラから話を聞いた。
どうやら彼女のような亜人、見た目が半分モンスターな種族は地下で暮らしてるらしい。
大昔に色々あって、人間に追われた地下深く潜ったらしいのだ。
「百年くらい人間が地下にくる事はなかったから驚いたけど、神様の使いなら納得」
百年も人間と交流を絶ってたのか……じゃあなんでおれがここに来れたんだ?
……ああ、エンカウントアップか。
多分重ねがけしたそれのせいだろう、それで穴に立て続けに落ちて、リラと出会ったんだ。
「あ、あの……使者様」
「うん?」
「使者様は……他のものも作れますか?」
おずおず聞いて来る、その目に期待の色がある。
「生き物以外なら全部作れる」
ちょっと盛ってみたが、まあそこまで間違いではない。
「じゃ、じゃあ……家とか建物とか……」
「地下帝国を作ってやる」
言い終える前に宣言してやった。
そんなもの、おれが一番得意なことだ。
すると、リラは更に目を輝かせ出したのだった。




