荒野にモンスターがでるわけがない
次の日の昼過ぎ、おれ達は川沿いに足を止めた。
まわりは何も生えてない不毛の地だが、川があるのは大きい。
その川の水は意外と綺麗で、どこからともなく飛んできた小鳥が川岸をぴょんぴょん跳ねてから、またどこへともなく飛んで行った。
心和む光景を見てから、ネストルに振り向き、きいてみた。
「ここら辺はどうだ?」
「いいと思います」
ネストルは即答した。
視線は小鳥が飛んでいった方角を追ってる、それが決め手だったようだ。
「よし、じゃあココにしよう。オリガ」
昨日からずっと家を担いで来た子供奴隷を呼んだ。
オリガは家を地面に置いて、おれの所にやってきた。
「疲れは?」
「全然大丈夫、だよ」
言葉通り疲れた様子はない、むしろ目をきらきらさせてる。
「よし、なら奴隷カードを出せ。まずは住む所を確保だ」
「木の家でいいの、かな?」
「ああ」
頷くと、オリガは奴隷カードを取り出して、魔法陣を貼った。
魔法陣は早速素材に向けて矢印を飛ばした。
「そういえば、これの素材はなんだっけな」
記憶を探る、最近はユーリアあたりに任せっきりだし、状況によっては魔力十倍を払っての緊急生産をする事が多いから、すっかり覚えてない。
「アブノイ草50個、木片300個、ブッシノ石10個。だよ」
オリガが横からおれに教えてくれた。
久しぶりに聞くそれ、最初の頃に戻ったみたいでちょっと新鮮だ。
「ああ、そうだったな」
「それらを集めてくればいいのですね」
反対側からネストルがきいてきた。
「ああ」
「わかりました」
「オリガ、道具を出せ」
「何が必要、なの?」
「斧と鎌って所だな」
オリガが頷き、さっき置いた家に駆け寄っていった。
中に入って、束になった斧を持ちだしてくる。
自分の体とほぼ同じサイズになった斧の束。
おれはネストル、そして集まってきた男達に説明する。
「木片・木材は腐ったものでも枯れたものでも使える。枯れてる木とかをその斧でぶったたいてもってくるといい」
「わかった」
「奴隷ちゃん、一本こっちにくれ」
「よーしお兄ちゃんいいところ見せるぞ――って重たっ!」
男が何人か早速動きだそうとしたが、うち一人が斧を取り落としそうになった。
DORECAで作った斧は見た目以上にずっしりする上に、直前に子供奴隷のオリガが軽々と持ってたから油断したんだろう。
男達は「流石奴隷ちゃん」と口々に言い合って、半数が木材探しに出かけて行った。
「草は鎌を使って刈ってくるといい、石もついでに拾ってくるといい」
残った半数の男達は鎌を受け取って、反対側に向かって出発していった。
「さて、おれもやるか」
「国王陛下」
動き出そうとしたその時、ネストルがおれを呼び止めた。
ものすごく申し訳なさそうで、言い出しにくそうな顔をしてる。
「どうした?」
「ここはわたし達に任せてもらえないでしょうか。わたし達だけに」
だけ、って言うのを強調するネストル。
「うん?」
「その……国王陛下だと、一瞬のうちに出来てしまうから」
ああ、そういうことか。
そういえばゆっくりやりたいんだっけ。
おれが参戦すると一瞬のうちにやってしまうから、それを遠慮してくれと。
「本当に申し訳ないのですが、国王陛下の能力が高すぎますので――」
「わかった、そう言う話だったしな、元から」
ネストルはほっとした。
「そのかわりオリガは働かせるぞ。経験積ませたい、子供だし」
「あっ、はい」
ネストルが頷く。
子供奴隷なら大丈夫だと思ったんだろう。
実際、働き始めたオリガは子供相応の一言に尽きた。
男達が持ち帰った木材を受け取って、あわや押しつぶされそうになったりした。
DORECA由来のものを扱う時以外は年相応の幼女だ。
働くと言うよりはむしろ足手まといって位なもんだが。
「無理するな奴隷ちゃん」
「こっちなら持てるか? なら持ってって」
その微妙な足手まとい具合と、奴隷として働きたいという健気さが相まって、一気に男達のアイドルになった。
手助けされつつ働くその姿は見てて楽しい。
回し車を走るハムスターを見てるような感覚だ。
一方でおれはすっかり手持ちぶさただ。
ネストルと男達はのんびり素材集めをした。
それに混ざってオリガがちょこまかと動き回る。
のんびりやる大人達、てくてく走り回る子供奴隷。
意外と、それは同じペースでかみ合っていた。
いい感じなのかも知れない、何よりオリガは充実そうだ。
奴隷が満足した顔で働いてるんなら、文句はない。
文句は、ないが。
「なんか手伝おうか」
「あっ、大丈夫です」
「王様はでーんとかまえてていいから」
みんな警戒してるのか、おれが何かをやろうといい出せば慌てて止めようとしてくる。
ものすごくヒマだ。
暇すぎる、こんなヒマなのは久しぶりだ。
まわりが動いてるのにおれはやる事がない、バカンスで行った手作りリゾートの時以上に落ち着かない。
開き直って食っちゃ寝でもすればいいのか――と思ったその時。
視界の隅っこに、みんなが動き回ってる反対側にモンスターの姿をとらえた。
全身真っ白な、毛むくじゃらな毛虫。
エルーカーだ。
そいつの口が動いた、天を仰いだ。
まずい、叫ぶ。
理解した瞬間おれは走り出した。
モンスターに向かって突進してって、口を手でつかんだ。
「――っ!」
「黙ってろ」
がっぷり四つでくんで、口を押さえながら低い声で恫喝する。
エルーカーはじたばたする。
それを押さえつけて、一気に押す。
直進力が特徴のエルーカーを一気に押し出した。
ずざざざ。
押して押して、とにかく押しまくった。
現場から――みんなから遠ざける溜めに。
ざっと一キロ以上押してから、エルーカーを蹴って離れる。
そいつは血走った目でおれを睨む。
何するんじゃてめえ、って目だ。
「悪いな、アレを邪魔される訳にはいかない」
のんびりスローライフなら、敵はいらない。
モンスターなんていらないんだ。
モンスターが出るような牧場な話もあるけど、ネストル達にそれはいらない。
つーかおれがガマンしてるのに、モンスターに邪魔されるのは腹立つ。
「だから、黙っててもらうぞ」
エルーカーはおれに向かって突進してきた。
真っ向からぶつかって、受け止めて、首をねじ切った。
白毛虫はけいれんして、やがて動かなくなった。
モンスターの死亡を確認してから、建設現場に戻る。
「あれ? どこに行ってたのですが国王陛下」
「ションベンだ」
「は、はあ」
「むっ」
また視界の隅にモンスターをとらえた。今度はトローイだ。
おれは駆け出した。
「国王陛下?」
「残尿だ、きにするな」
ダッシュして、豪腕の巨人をはっ倒して、担いで遠ざけた。
遠く離れてから首をねじ切って、また戻ってくる。
「ご主人様」
「おう、どうしたオリガ」
「トイレ作った方がいい、かな?」
「トイレ? いやいらないだろ。まずは家だ」
「でもご主人さ――」
「――むっ、ちょっと野ぐそしてくる」
「えええ?」
「ここは全部任せる、おれの代理だ」
「――わかった、なの!」
――魔力を3,000チャージしました。
なんか聞こえたが気にせず走り出した。
ちらっと確認できたサソリをひったくるようにサソリを拾い上げて、真っ二つに引きちぎって、思いっきり空の彼方に向かって放り投げた。
「意外とモンスター多いな」
現場から遠く離れた荒野で独りごちるおれ。
最初はヒマを持て余してどうしたもんかなと思ったが、どうやらそんな事はないようだ。
「スローライフがしたいか、いいだろう」
おれはにやりと笑う。
かなえてやろうじゃないか、そういう生活が望みなら、それもかなえてやろう。
この日、おれはエア便意をかかえて、予定地の半径数キロをくまなく回っていった。
オリガとネストル達に、のんびりと村作りに励ませてやることができた。




