ハイスピードスローライフ
執務室の中、新しいカード・レアカードの魔法リストをチェックしていたら、ユーリアが入ってきた。
「ご主人様」
「どうした」
「ご主人様に、相談したいことがあるって人が」
「相談?」
思わず首をかしげた。
ユーリアの口から初めて聞く表現だ。
国民から「お願い」とか「依頼」とか、そう言う系の陳情は毎日のように来るけど、相談、というのははじめてだ。
「ご主人様に直接あって、話をしたいって」
「なるほど」
ユーリアもいつも通り表情が乏しいけど、どうすればいいのかわからないでいるみたいだ。
普通の「お願い」なら彼女が処理して、やる事をまとめておれの所に持ってくる。
そうしないでおれに「会うか」って聞いて来るのは彼女も困ってる証拠だ。
「わかった、会おう。どこにいるんだ?」
「ここの外」
「もう来てるのか。ならここに通せ、名前は?」
「ネストル」
ユーリアから名前を聞いて、絶対結界の中に入れるように許可を出した。
しばらくして、いったん出て行ったユーリアが一人の男を連れてくる。
四十代くらいの中年男。
四角に手入れされたヒゲを蓄えてる、紳士的なイメージのする男だ。
「ありがとうございます、国王陛下」
部屋の中に入るなり、ぺこりと一礼してきた。
「ネストルだな? そこにすわれ」
執務机の向こうにある椅子に座らせた。
机を挟んで、向き合うおれ達。
おれは机の上に手を組んであごをのせて、彼に聞いた。
「相談ってなんだ」
「実は……リベックを離れたいのです」
「む?」
これまた予想外の話だ。
「リベックを離れたいって……どういう事だ?」
「わたしは昔からリベックに住んでいました」
「昔からっていうと、マラートに支配されてた頃からか」
「はい。それよりも以前に」
「へえ」
「わたしが生まれた頃、このリベックはしがない農村でした。それから少しずつ発展していったあと、マラートに目をつけられて占拠されました。その後に国王陛下がやってきて、飛躍的な発展を遂げて今にいたります」
「へえ。ここが農村だったなんて、想像できないな」
興味深い話だった。リベックの歴史をまともに知らないおれはそんな認識はない。
なにせマラートがいたころは既に商業の町という雰囲気だったからだ。
農村の面影も名残もまったくない。
「陛下のおかげでリベックは発展を遂げました、それは喜ばしいことです。今やみなが幸せに暮らしています……が」
「が?」
「私のようなものにとって、今のリベックは少々賑やかすぎて……生活のリズムが速すぎます」
「……つまり都会よりも田舎の方が性に合ってると?」
「端的に言えばそうなります」
「なるほど……」
椅子に深く背をもたせかけて、天井を見あげた。
つまり都会を離れて田舎に行きたい――Iターンみたいな事をしたいって事か。
おれは今まで、DORECAで国を発展させてきた。
世界を再生するために、奴隷達を愛でて得た無限に等しい魔力で国を急ペースで発展させてきた。
それが順調にすすみ、次々と現われて外敵も追い払って、国民人口は今や一万を優に超えて、ますます豊かさに拍車がかかってる。
それでいいって思ってきたが、ネストルの様な人間がいるって頭になかった。
今までにないけど、まあ、理解はできる。
「お前の話はわかった」
「では」
「ああ」
おれは頷く。
「それも……作ってやる」
☆
三日後、リベックの外。
ネストルを中心に、十人くらい集まってきた。
全員が若い男で、家族つれがいなく、独り身ばかりみたいだ。
「希望者はこれが全員か」
「はい」
ネストルから話を聞いた直後にお触れを出した。
新しい農村を作るから、そこに移住したいという希望者を募った。
それでやってきたのがこの十人だ。
「そうか」
「あの……国王陛下」
「なんだ?」
「国王陛下もいらっしゃるのですか」
「ああ。行くぞ、作ってやるって言っただろ?」
「その……非常に申し上げにくい事なのですが――」
「――言いたい事はわかる」
ネストルの言葉を遮る。
「おれがいるとまたリズムが速くなって生きづらいっていいたいんだろ」
「え、ええ……あっ、申し訳ありません」
「謝らなくていい。言いたい事はわかる。そういう認識がおれにもある」
ネストル、それに今集まってきた人間はのんびりした生活、スローライフを送りたいんだろ。
都会から離れ、のんびり暮らしたい。そういう希望者達だ
そこにおれが加わってしまったら、新天地はハイスピードスローライフになりかねない。
それがいやなんだろう。
それをちゃんと理解してる。
「だから安心しろ」
「え?」
「おれのカードはおいてきた。連れてくのはノーマルカードを持ったこの子だけだ」
「よろしく」
おれの後ろからひょいと顔をだすオリガ。
スベトラーナの娘、十二番目の奴隷。
つれて行くのはこの子だけだ。
「のんびりリズムの生活、おれも興味がある」
そう話すと、ネストル達はちょっとだけほっとしたのだった。




