神と邪神
コモンカードを取り出して、エンカウントアップの魔法を使った。
角張った魔法陣が足元に展開、それからちょっとして、豪腕の巨人が現われた。
トローイ、かつては苦戦したこともあった強力なモンスター。
「ぐおおおおお!」
雄叫びを上げて豪腕で殴りつけてくる。
「スベトラーナ、オリガ」
左半身を前に突き出して、二人の名前を呼ぶ。
頭の中で母娘奴隷が応じた。
風の鎧が移動する、肩の前につむじ風の盾が出来た。
それが拳をはじく。
「よくはじいた。……衝撃も来てないな」
吸収したのか受け流したのか。とにかくおれにはダメージ所か衝撃も来てない。
今まで通り剣で撃ち合ったら衝撃はある。何かがどうなるようなものじゃないけど衝撃自体はある。
それがない。
「いい感じだ」
真・エターナルスレイブでトローイを一刀両断する。
手応え的に攻撃面は今までとさほど変わらない。
母娘を取り込んだことで生まれた風の鎧が一番の変化だ。
それで充分ではある。
これからは母娘セットでの運用がベストだな。
次のトローイが現われた。
(ご主人様、試したいことがあり――)
「やってみろ」
最後まで聞かず、即座に許可をくれてやった。
スベトラーナが何をしたいのかわからないが、おれの奴隷がおれに不利益な事をするわけがない。
(魔力を使う)
「ああ」
(オリガ)
(わかった)
おれの頭の中で無骨な喋り方をする似たもの母娘。
直後、おれの足元に魔法陣が出来た。
DORECAの特徴である、曲線的な魔法陣だ。
そして、頭上に木の家が出てきた。
風の鎧が更に変形、まるで腕のように、木の家を放り投げた。
放物線を描いて飛んで行く大質量。木の家がトローイに向かって飛んで行き――そいつを吹っ飛ばした。
「今のが試したい事だったのか?」
(そうだ。なんとなく、剣の中にいても奴隷カードが使えそうだったから)
(持ち上げるのも出来た。無重量)
母娘が答えた。なるほど、剣の中にいてもそれが出来る様になったのか。
オリガを剣からもどした。
真・エターナルスレイブにスベトラーナだけ。
「これだとどうだ? やってみろスベトラーナ」
命令して、しばらくして。
(……無理だ)
奴隷が音を上げた。
しばらく試したがダメだったって感じだ。
それを聞いて、またオリガを剣の中に取り込む。母娘が同時に剣の中に存在する状況になる。
風の剣と、風の鎧。
命令することなく、足元に魔法陣が出来た。
今度は万能薬が生産された。
「なるほど、二人じゃないとダメなのか」
(わからないけど多分)
おれの能力がまた一つ増えた。
その場に立ち止まって整理する。
DORECAで奴隷を愛でて、ものを作れる能力。
コモンカードで現象を操る魔法。
真・エターナルスレイブで魔力をたたき込む技。
今まではこれで、そこに母娘奴隷を同時に取り込んだら奴隷カードが使える能力。
戦いの最中DORECAを使える力がなんの役に立つのかわからないけど、覚えとこう。
「よし、テストはここまでだ。素材をゲットするぞ」
コモンカードを取り出して、エンカウントアップを唱える。
今度は黒いトローイが出てきた。
魔法陣の矢印がそいつをさした。黒いからだが光ってる。
「出たか」
またコモンカードを使う。今度は運アップを十回重ねがけ。
一発で、素材が出るように祈った。
☆
帰り道、光る矢印に沿って、焼却炉ケンセツ予定地に向かっていく。
おれの横で奴隷母娘が歩いている。
スベトラーナは娘の頭を撫でつつ、もう片方の手で自分の首輪を撫でた。
どっちも、大事な宝物にするかのような優しい手つきで。
「ご主人様にあえてよかった」
「そうか」
「ご主人様はわたしの神だ。新しい人生をくれただけじゃない、最高の幸せの人生をくれた。主であるとともに、神に等しい存在なのだ」
「やりたいようにやってるだけなんだがな」
肩をすくめた。
健気な奴隷を好き勝手に愛でる、本当にそれだけだ。
エターナルスレイブが母娘で同じご主人様の奴隷になりたいってのも、おれにはデメリットがない。
むしろそれで喜ぶから、メリットしかない。
だからやった。それだけだ。
それでも、スベトラーナはおれの事を神だという。
「神か。この世界の神ってつくものはまともなもんじゃないけどな」
おれが知ってるところだと女神と邪神だ。
うん、どっちもまともじゃない。
出来ればなりたくないが――まあ、スベトラーナがそう思うのはいいことだ。
喜んで、満足してるって事だから。
奴隷が喜ぶのなら、神になるのも悪くない。
そんな風に考えながら、荒野を引き戻していく。
ふと、目の前にシュレービジュが現われた。
「ご主人様」
「ああ」
頷き、奴隷剣を抜き放つ。
「倒して人間に戻す。服とプシニーと水を用意しろ」
「わかった。オリガ」
「うん!」
奴隷カードを取り出し、準備を進めようとする奴隷母娘。
おれは剣を握って進み出る、サルをたおして――と思ったその時。
目の前でサルが真っ二つにされた。真上からすっ飛んできた黒い何かによって、真っ二つに引き裂かれた。
驚くおれ、母娘を見る。
二人は首をふった。
二人じゃない、おれでもない。
じゃあだれだ?
「あっ!」
上を見あげようとした瞬間、スベトラーナが声をあげた。
「どうした」
「ホルキナ」
「なに?」
驚くスベトラーナの視線をおいかける。
サルが人間にもどっていた。
銀色の髪に黒い肌、尖った耳のダークエルフ的な外見。
スベトラーナの知りあい、リグレット・ホルキナだ。
どういう事だ?
「くくく、はーはははは」
頭上から笑い声が聞こえた。
見あげる――黒いもやが降りてきた。
おぞましさ全開の黒いもやは、やがて人の姿をとった。
それは――見覚えるのある姿だった。
「聖夜……」
「久しぶりだなあ、秋人ぉ!」
「おまえ……なんだその姿は。それにお前死んだはずじゃ……」
そう、聖夜は死んだはずだ。マイヤはおれにそう報告した。
自分がやったと、おれに言った。
マイヤは信頼してる、その彼女が自ら手を下したという。
だから、聖夜は確実に死んだはずだ。
なのにこうしてここにいる。
それよりも……その姿。
まがまがしい、その一言に尽きる。
おれの前に立ってるそいつは上半身が裸で、顔から体にかけて奇妙な黒い紋様が走ってる。
意味はわからない、だがまともじゃない。
それだけは確かだ。
「そう警戒するな、今日はなあ、お前にお礼を言いに来たんだよ」
「お礼?」
「そうさ。お前がおれを殺してくれたおかげで、こうして邪神の力を手に入れられたんだからなあ」
「邪神の力だと!?」
驚愕した、まさかの邪神の力。
そんなおれに、聖夜は手をかざした。
黒い紋様がうごめき、指先に集まってくる。
まずい――そう思った瞬間、攻撃が飛んできた。
黒いもやが塊になって飛ばされてきた。
とっさに母娘を真・エターナルスレイブに取り込む。
剣を建てて、鎧を変化させて。
二つの力で防ぐ。
体に衝撃がきた。
分厚い布団越しに思いっきり殴られたような、痛みはないが衝撃だけは感じる、そんな感じだ。
あたり一体に土ほこりが舞い上がる。
やがて、それが晴れた後。
見えたのは、地面が思いっきりえぐれていた。
おれが防いだ所だけ無事で、クレーターの上に浮かぶ孤島、そんな感じになってた。
一撃で……。思わず固唾をのんだ。
そして聖夜を見る、聖夜は満足げに口の端をゆがめていた。
「お前のおかげだ、秋人よ。お前のおかげでおれはこうして強大な力を手に入れられたんだからなあ」
「聖夜……力だけじゃ前の二の舞だぞ」
「力だけだと思うか?」
「なに?」
「あれを見ろ」
聖夜が指した方角をみた。
そこにはホルキナがいた。首があり得ない方向に曲がってて――見るからに致命傷だ。
人間に戻ったばかりのホルキナが今の一撃に巻き込まれた――なんと、シュレービジュに変身した。
殺されて、サルに変身。
今まで証言でそれを聞いてきたが、実際に見たのは初めてだ。
「パワーだけじゃない、こうして邪神に連なる力を全部手にいれたのだ。どおだああああ秋人! これでおれもものが作れるようになったぜえ?」
興奮する聖夜、逃げ出そうとするサルを後ろから真っ二つにする。
そして――サルがまたリグレット・ホルキナに戻る。
そのホルキナをまた殺して――シュレービジュにする。
「くくく、あーはっははは」
「人間をもてあそぶな!」
逆上して、奴隷剣で聖夜に斬りかかっていった。
腕で受け止められ、その場で反撃が飛んできた。
鋭く黒いもや――闇の刃。
「その程度で!」
(やらせん!)
(守る)
奴隷の母娘が風の鎧を流動的に動かし、闇の刃をはじいた。
おれは奴隷剣をふるって、聖夜の腕を切った。
したからかちあげる奴隷剣、聖夜の右腕が飛んだ。
「くっ!」
すっ飛ぶ腕、一瞬だけ苦悶の表情を浮かべる聖夜。
一歩、二歩後ずさりしつつ、腕を再生する。
効いてないようだが。
「もうやめろ聖夜! その力がなんなのかわからん、だが世界を滅ぼした邪神の力だ、まともなものじゃないはずだ」
聖夜は笑った。
「おれが怖くなったか秋人よ」
「ちがう! おれが言ってるのは」
「怯えてるのか? んん? なら一ついいことを教えてやろう」
聖夜の体が徐々に薄くなった。
向こう側が見えるくらい薄くなっていく。どこかに消えるのか?
「おれは邪神と融合して間もないから、まだ力の一割も発揮できてない。何を言いたいのかわかるな?」
「……」
眉をひそめた。何が言いたいのかよく分かる。
本当なら……かなりの大事だ。
「くくく。また会おう秋人。今度あった時はおれの全力を見せてやる」
そういって、聖夜は大気中に溶け込むかのように消えた。
……まさかこんなことになるなんて。
聖夜が復活するなんて、しかもよりによって邪神の力を手に入れるなんて。
「おれが何とかしないといけないよな」
おれはそう思い、母娘を戻した。
「ホルキナ!」
元の姿に戻ったスベトラーナはすぐさまシュレービジュにかけていった。
サルは目覚めてる。鋭い爪をふり回してスベトラーナを攻撃する。
が、あたらない。
最弱のモンスターシュレービジュ。スベトラーナはそれをかいくぐって腕をつかむ。
エターナルスレイブの細腕でがっちり拘束された。
「スベトラーナ、捕まえてろ。せめてリグレットに戻してやる」
「お願いっ」
懇願するかのように頷くスベトラーナはがっちり親友を拘束した。
おれはホルキナに謝った。
「……すまなかったな、おれとあいつのごたごたに巻き込んで」
そしてサルの首を刎ねた。
剣をおさめる。
さて、聖夜が邪神として復活したんなら、色々考えなきゃならん。
まずは――。
「ご主人様!」
スベトラーナの驚愕する声が聞こえた。
どうしたんだ、と思ってみるとおれも驚いた。
サルから戻ったのは白い肌に金色の髪――エルフ的な外見。
エターナルスレイブ・ホルキナだ。
って、どういうことだ?」
「ご主人様だから?」
オリガがぼそっという。
娘の指摘に、スベトラーナははっとして。
「わたしの時もそうだった」
と、かつての自分の事を思い出したのだった。




