召喚
気がついたら雲の上にいた。
おれがいるところだけが白くてふかふかした雲で、まわりは黒く、雷がごろごろ鳴ってる雷雲だ。
それ以外なにもない空き地のような雲。
そこに、おれともう一人の男がいた。
「なんだここは!」
おれより遅く目が覚めた男はいきなりわめきだした。
まわりを見回して、おれの事を見つけて、こっちに向かって怒鳴ってきた。
「おいお前、ここはどこだ! おれをどうするつもりだ」
「知らん、おれも気づいたらここにいたんだ」
「ああん?」
男はおれをジロジロみた、まるで品定めするかのように。
しばらくし、見下す様な顔をしていった。
「は、それもそうか。その間抜け面でこんなことが出来るとはおもえん」
さんざんな言われようだった。
おれは男をまじまじと見た。
顔は整ってる、イケメンって言ってもいい。だけどわめき散らしたり人を見下す様な目と表情をしたりと、正直残念な感じ――小物感がする。
『二人とも目が覚めましたね』
急に女の声が聞こえた。
どこからともなく聞こえてくる声に、おれと男はまわりを見回して声の主をさがす。
しかし誰もいなかった。雲の上はおれと男の二人っきりだ。
『秋人、そして聖夜』
秋人というのはおれの名前だ。って事はこの男が聖夜か。
「お前はだれだ!」
『わたしはイリヤ、この世界の女神です』
「女神だと? ふざけんな姿を見せろ」
聖夜が吠えた、さっきから見えない自称女神に向かって吠え続けた。
「……その女神がおれ達になんのようだ?」
聖夜に睨まれた、無視した。
わめくよりも、話をして現状を知りたい。
『あなた達を召喚しました。この世界を再生するため、あなた達がいた世界から召喚したのです』
『あなた達を召喚したのは他でもない、この世界を再生してほしいので』
「召喚? 再生?」
『ご覧なさい』
イリヤが言った次の瞬間、足元の雲が一部透明になって下が見える様になった。
地面が遠い、ものすごく高い。
タワーの展望台にある透明のガラスの上に立ってるみたいで、キンタマが縮み上がった。
そこから見える景色は……一面の荒野。
荒れ果てた大地そのものだ。
「なんだここは!」
聖夜が更にわめく
『ここはラスカースという世界。邪神に滅ぼされかけた世界』
「なにいってんのかわからねえよ、いいから出てこい!」
「……剣と魔法のある世界、なのか?」
「はあ? お前何言ってんだ? マンガとリアルの区別もつかないのか――」
『その通りです。ここはあなた達がいた世界とは違う、剣と魔法の異世界』
……。
『かつてこの世界は豊かで、幸せと笑顔に満ちた世界でした。しかし邪神によって滅ぼされかけたのです』
「……」
『そこでわたしはあなた達の世界から勇者を召喚しました。勇者は見事邪神を討ち滅ぼしてくれましたが、攻撃しか知らない男で、人間を一切守ってくれませんでした。そのため邪神を打ち倒せたのですが、世界はご覧の有様になってしまいました』
「で、おれたちに何をしろと」
「何普通に会話してるんだお前は!」
更に吠え続ける聖夜。当然無視。
『この世界を再生してほしいのです』
「何をどうやって?」
『今からあなた達に魔法を授けます。様々な材料から、様々なものを作り出す魔法です。材料と魔力次第で、紙飛行機からきらびやかなお城まで、なんでも作り出す事ができる魔法です』
「その魔法で世界を再生しろ、って事か」
『はい』
イリヤの声がちょっと優しくなった。
「はっ、ばかばかしい。そんな戯れ言に付き合ってられるか。大体今までの話が本当だったとしてもおれたちになんのメリットがある」
『作ったものはあなた達の好きにしてください』
「好きに?」
『はい。ものを作り、町を作り、国を作る。作りあげたものはあなた達の好きにしてください。それがこの世界が提示する事ができる、最後のメリットです』
「国? なんだ、国をつくって王になっていいってことか」
ここに来てはじめて、聖夜がわめき声じゃない声口調で喋った。
国と王、それに食いついたみたいだ。
『はい』
「それならやってやってもいいかな」
『秋人はどうでした』
「ダメだと言ったら?」
聞き返した、受けてもいいけど、断ったときの事も知っておきたい。
『別のものを召喚するため、あなた達を元の世界に送り返すだけです。しかし送り返した時点で、おそらくあなた達は死ぬでしょう』
「なんで?」
『あなた達はこの世界に召喚される直前にトラックにひかれました。元の世界――元の場所に戻った時点で即死でしょう』
「――あ! そういえばおれトラックにひかれてる!」
大声をだす聖夜。今になって思い出したみたいだ。
「選択肢なんてないってことか」
『……』
女神は答えなかった。そういうことなんだろう。
「おれはやるぜ、街を作って王になっていいんだろ」
「わかった、やろう」
『では、あなた達に魔法を授けます。その魔法を使うための道具を二つ授けます。まずはこれを』
イリヤが言った直後、おれの手が光った。
光が収束して、一枚のカードになった。
電車に乗る時に使うICカードと似てる。
「これは?」
『DORECAというものです、魔法を使うときはそれを持って、メニューオープンと唱えてください』
DORECA……名前までそれっぽいな。
「もう一つの道具はなんだ」
聖夜が質問した。
『こちらです』
今度は何もないところが光った。
ぱっと光って、光が収束した。
そこに二人の女が現われた。
どっちも金色のロングヘアーの美女で、耳が横に尖っている。
エルフ、という名前がおれの頭の中に浮かんだが、どういうわけか二人ともねずみ色の奴隷服を着ている。
二人とも弱気な顔で、チラチラとおれと聖夜の顔色をうかがってる。
「彼女達は?」
『この世界の生き物で、エターナルスレイブと呼ばれる種族です』
「エターナルスレイブ」
『はい、奴隷として生まれ、死んでいく種族です。聖夜はどちらを選びますか』
「おれか? じゃあこいつだ!」
聖夜は左の女を選んだ。女はびくってなった。
『では、これが今からあなたの奴隷になります。あなたは最初の奴隷を持ちました、この奴隷をどう扱いますか』
最初の、って言葉に引っかかりを覚えた。
「奴隷か、何をしてもいいのか?」
『あなたの奴隷です』
「よし、だったら靴を舐めろ」
聖夜はいきなりハードな命令をした。
女は悲しそうな顔をで跪き、言われた通り聖夜の靴を舐めた。
涙を流しながら靴を舐める、それをさせた聖夜は満足げだ。
直後、聖夜のDORECAが光った。
「おっ? ほうほう、魔力100がチャージされたか」
「なんだそれは?」
おれは聞いた、聖夜は得意げな顔で答えた。
「頭の中に浮かんできた。魔力を100チャージしました。だと」
「頭のなかか」
『奴隷に何かをするとそれに合わせた魔力がDORECAにたまります。それを使ってものをつくって、地上を再生してください』
「くくく、奴隷か……くくく」
いやな笑い方をする聖夜。
最初はわめいてたけど、奴隷を手に入れてからはこういう笑顔をする様になった。
『では、あなたを最初の場所に送ります』
イリヤがそう言うと、聖夜とその奴隷の体が光に包まれ、雲の上からいなくなった。
『次はあなたです、あなたは自分の奴隷をどうしますか?』
イリヤが聞いてきて、おれは残ったもう一人の女を見た。
ぱっと見てエルフっぽい女、エターナルスレイブと呼ばれる種族。
聖夜の奴隷とは違って、健気な表情をしてる。
命令を全て受け入れる、そんな顔だ。
「じゃあ、笑って」
「え?」
女が驚く。
「わら……って?」
「ああ、笑ってくれ」
「その……笑うって、あの笑うですか。にこっとか、にやっとか、そういう……」
「にやっはいらないな。にこっと笑えばいい」
「ど、どうして」
「……」
おれは答えなかった。ちょっと恥ずかしいから。
ネット小説を中心にいろんな物語の中に出てくる奴隷を見てきた。
主の命令を忠実に従う奴隷は、この世で一番健気な生き物だと思う。
その健気な生き物を、聖夜のようにひどく扱う事をおれは出来ない。
奴隷は愛でるべき、とおもうのだ。
『いいのですか? 奴隷ですよ』
イリヤが聞いてきた。
「ああ」
おれは即答した、迷いなく即答した。
『……』
「これから仲良くやろう」
そういって、手を出して握手を求めた。
女は戸惑いつつも、手を握り返してくれた。
「よ、よろしく」
「おれの名前は秋人、季節の秋に人で秋人。お前は?」
「リ、リーシャっていいます」
「リーシャか。よろしくな」
「――はい」
微笑みかけると、リーシャははにかんだ様子で微笑み返してくれた。
うん、やっぱり奴隷は愛でたほうがいい。例えそれが奴隷の扱いとして邪道だとしても。
そうおれが思った直後。頭の中で声がした。
――魔力を10000チャージしました。