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はじまりの町(5)

 迫る黒の刃。

 オオガワラによる卑怯至極な一撃。

 カイはその場から一歩も動こうとはしなかった。

 空を斬って彼の胴体を狙う太刀は――


「止まって見える」


 カイにとってはあまりに緩慢に映った。

 ステータス、俊敏5500の効果らしい。

 本気を出したカイにとって、並の戦士の動きなどナマケモノの昼寝に等しいのだ。


 襲い来る刃を2本の指で造作もなく掴み、その軌道を下方へと逸らす。

 オオガワラはバランスを崩して転倒しかかり、太刀はずっぷりと床を貫いた。


 カイは言い放つ。


「死ぬほど苦しむぞ。俺の攻撃力6000をモロに食らったら」


 オオガワラはたたらを踏んで姿勢を制御し、アイテムボックスから取り出したらしい新たな武器――黄金の手斧で打ちかかってくる。

 カイは引き続き微動だにせず、言葉を続ける。


「あんたは俺を殺そうとしたな。俺は自分を殺そうとした人間に手加減できるほど、余裕のある聖人じゃないんだ。すまんな」


 斧を小指で弾き飛ばす。

 オオガワラの手を離れた斧は黄金の軌道を描いて、天井に突き刺さった。


「全力で攻撃させてもらう。運が良ければ痛みでショック死する前に、現実世界の医者に麻酔をかけてもらえるかもな。それがあんたの助かる唯一の道だ」


 オオガワラの顔が恐怖でひきつった。

 彼我の圧倒的実力差をやっと理解したのだ。

 カイはナイフを右手に握り、無慈悲な動作で冷たく光る刃をオオガワラの分厚い鎧の隙間、わき腹に滑り込ませた。


「ガッ……!」


 恐怖から苦痛へと色を変えたオオガワラの顔面は、けいれんをはじめる。

 攻撃力6000の効果だろうか、ナイフの柄がコツンと当たった鎧はひび割れ、やがて粉々に砕けた。

 鎧の下に身につけていた絹のシャツが、みるみるうちに血に染まる。

 カイの右腕はオオガワラの腹を貫き、ついには背中を突き抜けた。

 

「あんたの現実世界での幸運を祈るぜ」


 カイが腕を胴体から引き抜くと、崩れるようにしてオオガワラは床に伏した。

 ぴくりとも動かなくなる。

 そして多量の血で床を汚してから、フェードアウトするかのように消えた。

 『死亡』だ。

 血液も一緒に消え去った。カイの右腕も清められた。


  *


 ログアウト不可となってから、24時間が経過した。

 1日のうちに、カイは新たな2つの事実を知った。


 1つ、はじまりの町の人口の8割は、嫌々ながら《ケルゲテューナ大陸》に参加させられたプレイヤーであるということ。たいていメイドや家政婦や、執事や運転手など。世界中の有力者に顎で使われている人間たちだ。

 ゲームのなかでも主人に奉仕を求められていた人々だ。

 ちなみに残りの2割の内訳だが、1割はNPCで、1割はゲームをはじめて間もない有力者。

 例外的に、少数だけ古参有力者プレイヤーもいる。オオガワラもそのひとりだった。


 もう1つの事実は、ログアウト不可、攻撃不可地帯の全廃によって、スリル狂いのプレイヤーたちが方々で殺戮やそのほかもっと卑劣な行為に及んでいるということ――。

 これは他のエリアから逃げ出してきたプレイヤーたちによって報告された。


 経過した24時間のうち、はじめの2時間で、カイはじまりの町を制圧した。

 少数の暴れる有力者プレイヤーを懲らしめ、武器を奪い、降伏した者はフェノールの手を借りてギルドのVIPルームへ監禁。なお抵抗する者は、仕方なく「現実世界での幸運を祈り」ながら殺害したのだ。

 その後カイはもっとも見晴らしのいい時計塔によじ登り、町のプレイヤー全員に次のようなことを伝えた。


「俺はカイというプレイヤーだ。Lvは99。全プレイヤー中187人しかいない、エリート中のエリート。さてさて、はじまりの町は今から俺の統治下に入る。勝手なことしてすまんな。だが緊急事態だ。許してくれ」


「この町を治めるにあたって、ひとつはっきりさせたいことがある。《ケルゲテューナ大陸》には2種類のプレイヤーがいる。すなわち、高級な娯楽として《ケルゲテューナ大陸》を楽しむプレイヤーと、そうした人々の世話をするために仕方なくログインしているプレイヤーだ」


「俺は後者の味方をすることに決めた。理由はさまざまあるが、まず第一に、こうした混乱のなかでは一番とばっちりを食らうのがそうした弱者プレイヤーだからだ。弱者は保護されなくてはならない。有力者どもの餌食にはさせない。そもそも自らの意志でログインしたのではないのだから、こんな災難からはまっさきに救出される権利がある」


「はじまりの町には、俺がいま言ったような弱者プレイヤーが多数集まっていると聞く。今日この時から、はじまりの町は弱者プレイヤーが自衛のために集う砦とする。弱者プレイヤーは一カ所に集合し、団結しなければならない。さもなくば、スリルに狂ったモラルのない有力者プレイヤーによる、卑劣な暴行の餌食となるだろう」


「詳しくは話せないが、俺はこのログアウト不可状態を打開することのできる男だ。俺がとある任務を終えれば、このデス・ゲームは終了となるのだ。信じるも信じないも個人の自由であるが、しかし、俺の言葉に一筋の光明を見いだそうという者は、1時間後、ギルド本部に集合してくれ」


「以上だ。かならずみんなで生き延びよう」


 演説を終えて時計台を降りる途中、カイは梯子のふもとに見知った顔を発見した。

 白と黒のコントラストがまぶしいメイド服に、栗毛のふわふわしたショートヘアー。

 瞳はぱっちりと大きく、胸の前で手を組む姿は、女神像を思わせる。

 エルミィだ。


 エルミィは不安そうな表情でカイが地上に戻るのを待っていた。

 カイは急いで梯子を降り終えると、エルミィに向かって、


「驚いたろう? エルミィのお嬢さん」

「は……はい。まさか、カイさん……カイ様が、こんなすごい人だったなんて」

さまはいらないぜ。ところで今日の寝床は確保できてるかい?」

「寝床、ですか?」

「ああ。昨日までは、寝るときはとうぜんログアウトして現実世界のベッドに入ったんだろうが、これからはそうはいかない。疲れがとれるような、ちゃんとした布団を用意しないとな」


 エルミィは小さくうなずいた。


「その通りです。でもたぶん、町の人全員分のお布団はありません。お布団どころか、食料だってないと思います。ログアウトできない状態がずっと続くのであれば、なんとかしないといけませんよね……」

「食料か。……いや。食料は必要ないんじゃない? VRで味覚を刺激したところで、現実世界でほんとうに栄養が摂取されるわけじゃないし」

「じゃ、じゃあ、このままログアウトしなかったら、飢え死にしちゃいます!」

「大丈夫だろう。たぶん現実世界じゃ、この事件は騒ぎになってる。《ケルゲテューナ大陸》の存在はこれまで有力者たちによって隠されてたけど、俺の知り合いのマッドサイエンティストが世間に国際VR技術学会の欺瞞を告発しているはずだから。ええと、つまり、ログインしている全員は、感覚をリンクさせたまま病院に運ばれて(強制的に外すと危ないからな)、生命維持の措置を受けてるはずなんだ」


 エルミィはほっと胸をなで下ろした。


「それなら……きっと、すぐに死んじゃうことはないですね?」

「ああ。殺されなければな」

「ころ……」

「エルミィの主人はどうか分からないけど、有力者プレイヤーの中にはプレイヤーキルを生き甲斐にしているクレイジーもいるらしいからな。こんな状況ならなおさら水を得た魚、暴れまくるだろうよ」

「あの、そ、それなんですけどね、カイさん」


 震えながら、エルミィは自身のメッセージボックスを開いた。


「これを見てくださいっ」

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