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はじまりの町(3)

 女性もカイもソファにどっかり沈み込み、相対する。


「ご用件は、はじまりの町ギルドへの団員登録、ということでよろしかったですか?」

「うん、まあ、ええと、いろいろと相談したいことがあるんだ」

「相談? しかし、はじまりの町本部のようなビギナー向けギルドが、Lv99プレイヤー様のお役に立てるとは思えませんが……」


 カイは不正チートを怪しまれないよう、ハッタリをかますことにした。


「実はVR疾患で、記憶が曖昧になってしまって」

「まあ。記憶喪失……ですか?」

「そうなんだ。最近《ケルゲテューナ大陸》に復帰したんだけど、あんまりゲームのことを覚えてない。だから初心者向けのクエストとか、そういうのがあるなら、リハビリがてらやらせてほしいんだが……あ、ところであなたの名前は?」


 女性はびっしょりと冷や汗をかいて、しどろもどろになりながら、


「あっぁあああっ、私としたことが、名乗り遅れましたぁああ失礼を、お、お許しくださいいいいい」

「いやいやいや、別に、責めてるわけじゃないの。ぜんぜん!」


 カイは相手を安心させるべく、さわやかなスマイルを心がける。

 

「俺はカイです。……って、ステータス見たから知ってますわな」

「あっは、はい。私は、あの、フェノールといいます。とるにたらない地味な女です」


 地味というほどでもないが、たしかにフェノールはおとなしい顔つきの、しっとりした黒髪ロングをたたえた女性で、現実世界におけるスーツによく似たギルド制服を装備している。


「よろしくフェノールさん。そんで、まあ、とりあえずギルドに登録させてほしい」

「それはもちろんです。でも……珍しいですね?」

「珍しい? なにが?」

「たいていのプレイヤーは、《ケルゲテューナ大陸》プレイ開始後すぐ、チュートリアルの過程ではじまりの町ギルドに登録するはずなのです。カイ様は……過去、わざわざギルドを脱退されたのでしょうか?」

「……ああ、そうかもしれない。ちょっと覚えてないや」

「そうですよね。失礼しました……ただいま手続きいたしますので」


 フェノールはぎゅっと目をつむって2秒ほど硬直してから、顔を上げた。


「終わりました。これでカイ様ははじまりの町ギルドのメンバーになりました」

「お、そうか。ありがとう。さっそくだけど、リハビリに最適な仕事とかある?」

「えーとですね。少々お待ちください。リストを表示します」


 フェノールは少々お待ちくださいと断ったものの、1秒とたたずに現在募集中のクエスト一覧がテーブル上に表示された。


*******

■はじまりの町ギルド本部

■クエスト一覧

・『町に住み着いた犬の捕獲』

・『町に入り込んだネズミの駆除』

・『町中での人探し』

・『町中でのチラシ配り』

……etc

*******

 

「町中ばっかりだな。外に行って派手に戦闘する感じの仕事はないの?」

「外! 町の外は危険ですよ。……いえ。失礼しました。カイ様はLv99でしたね」

「うん」

「それでしたら、この付近の草原エリアの敵を討伐するような案件をご紹介します」


*******

・『ヒトクイバチ討伐』※危険

・『ドクガ討伐』※危険

・『吸血ネズミ討伐』※危険

*******


「いいね。そうそう、こういうのを待ってた」

「しかしカイ様、いきなり魔物を相手にするのは…………危険ですよ、やはり」

「そうなの? 高レベルの俺でも危険?」

「お忘れになっておられるのかもしれませんが、《ケルゲテューナ大陸》は痛覚をリアルに再現しているゲームです。防御値を大幅に超えた攻撃を受けた場合、ほんとうに死ぬほどの苦痛を受けることもあるのです」

「でも雑魚モンスターの攻撃力って、そんなに高くないでしょ?」

「悪意ある高レベルプレイヤーが攻撃してくる場合もあります。そうしたプレイにスリルを求める方々も、ゼロではありませんので。その点町の中なら安全です。武器、スキルの使用がロックされているので、誰も攻撃を実行できません」


「へえ……。ところで《ケルゲテューナ大陸》にはHPの概念がないみたいだけど?」


「はい。それがこのゲームの特徴でもあり、またVRの技術的限界でもあるのですが……つまり、苦痛のあまり意識を失ったら死亡の判定がなされます。シンプルなルールです。なんらかの理由で失神しやすい方は、《ケルゲテューナ大陸》には向いていません」

「逆にタフガイは、気絶するまでの苦しみをモロ味わうことになるんだな、じゃあ?」

「ええ。時には気絶だけで済まずに、ほんとうに絶命される方もあるようです。プレイヤーの大半はしかし、そこにスリルを感じるらしいのですが」


「フェノールさんはスリル感じてるの? だから《ケルゲテューナ大陸》に参加してるの?」


 フェノールは困ったようにほほえんだ。


「私はある国のある権力者の方の命令により、《ケルゲテューナ大陸》のなかで生活しているに過ぎませんので……」

「そうか……」


 カイは押し黙り、考え込んだ。


 博士は言った。

 このゲームをプレイしているのは、各国の有力者であり、VR技術を独占して、人類の娯楽と科学の発展を阻害しようという連中である、と。

 だからこそ今日中にプレイヤーをログアウト不可能な状況に陥れ、懲らしめてやるのだ、と。

 

 でも町を歩けば、有力者よりもむしろ有力者によって強制的に参加させられ、仮想世界上でも働かされている人たちが多く見受けられる。エルミィもフェノールさんもそうだ。ついでに言えばさっきのパツキン美女二人もそうなのだろう。

 そんな人たちをもログアウト不可能にしてしまうのは、ちょっとひどいんじゃないか。

 ましてやログアウト不可能の極限状態になった時、混乱に乗じてひどい扱いを受けたり、虐げられたりするのは、低レベルのままプレイしている、そうした弱者である可能性が高い。


 カイはVIPルームを出て、いまだ騒ぎの収まらないギルドを抜けると、人目につかない場所を求めて市門を後にした。

 町を囲う壁のふもとにしゃがみ、博士へテキスト・メッセージを送信する。


 カイが抱いている疑問について納得の行く回答がなければ、今後協力しかねるといった内容だ。


 返信はすぐに来た。


『ワシを誰だと思っている!!!!!!!!!

 違法地下研究者、闇の学徒、東野博士だ。

 お前はナルミくんの服従すると約束した。

 つまりワシに服従しなくてはならない。

 その上お前の身体はワシが自由に扱うことが出来る。

 そう、生命活動を停止させようと思えば、それも可能ということ。


 あえてこう言おう。

 殺されたくなければ、命令に従って件の7人のプレイヤーに罰を与えよ。

 殺されたくなければ、な。

 なお、科学の発展に弱者の犠牲はつきものだ。

 権力者の召使いどもがログアウト不可能に陥ろうが、ワシは知らん。

 連中を保護したいなら、お前、ゲーム内で勝手にやれ。

 そのかわり7人に仕置きを与えるのが遅くなるだろう。

 すなわちログアウトして現実世界に帰還するのが遅くなるということだ。

 まあ、お前にとってはVR世界のほうが居心地がいいのだろうが。


 ちなみに五分前、すでに《ケルゲテューナ大陸》はログアウト不可能になった。

 ワシのマーベラスな腕前が発揮されたというわけだ。

 そろそろそのことに気づく奴らも現れるだろう。

 混乱はチャンスだ。うまくやれ。

 町は武器・スキルの使用が本来禁止だが、その制限も破壊した。

 そうしなければ、敵が町に逃げ込むやもしれんからな。


 もう一度念を押すが、お前の命はワシの手のなかにある。』

 

「博士…………現実世界に戻ったら俺は」


 カイは勢いよく立ち上がった。


「あんたを一発殴る」


 急いで市門を開け放ち、ガヤガヤと異常な騒がしさを見せ始めた町を走り抜ける。

 ログアウト不可に気づきはじめた者が、騒ぎだしたのだろう。


「俺は守るぞ、エルミィちゃんやフェノールさんのような、意志に反してこの世界に連れてこられた人たちを。それからVR技術の発展を阻害し、支配者だけの楽園を創り出そうとした7人のアホどもを蹴散らす。ログアウトしたらあのクソ博士をぶん殴る。最後に、責任をとってナルミちゃんと結婚する」


 ギルド本部の敷居をまたぐ。

 待合室では緊張した面もちのプレイヤーたちが、なにやらただならぬ剣幕で話し合っている。


「はあ? ログアウトできない? マジで?」

「そんなバカな。バカな。会社の経営はどうなる!?」


 カイは横目で彼らを観察しつつ、つぶやいた。


「はじまっちまったな。ログアウト不可のデス・ゲーム。法律も警察もない残虐な無秩序カオスがよ――これから、忙しくなるぜ」

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