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はじまりの町(1)

「ようこそ『支配者』のみなさん」

「《ケルゲテューナ大陸》は世界のエリートをおもてなしいたします」


 中世ヨーロッパ風の町。

 周囲をぐるりと囲む高い壁には、


「最高の娯楽は、最高の人々のもの」

「VRMMOをグローバルエリートが独占しよう」


 などといった横断幕が掲げられている。

 

 空は青く、日差しは強く、

 風にそよぐ草木はにおわしく、

 穏やかで心地よい気候が、カイの気分を爽快にした。

 そうした自然のどれもが、本物としか思えないほどのリアリティを発揮している。


 彼は今、「はじまりの町」の門を見上げていた。

 巨大な鉄門の隙間から見える町並みは、活気に溢れ、祭日のように楽しげだ。

 広場、市場、大道芸、歓談……。

 平和で理想的な暮らしが、そこはあった。


「で、俺はどうすればいいんだ? 博士は? ナルミちゃんは?」


 カイは立ち尽くす。

 数秒じっと空を眺めたのち、突如、彼は閃いた。


「チャット・ウインドウ!」


 叫ぶと、思惑通り、眼前に青白いメッセージ窓のようなものがポップアップした。

 赤いアラートが点滅している。新着メッセージ、アリだ。


 おそるおそる指を伸ばし、チャット枠を操作。


「……やった!」


 期待通り、博士からのテキスト・メッセージが届いていた。


『カイ、キミはナルミくんから口移しで水を飲ませてもらった男だ。

 だからナルミくんの命令、すなわちワシの命令に完全服従すること。

 長くなると面倒なので、なるべく手短にキミの疑問に回答する。


 ■VRMMOは実現不可能なのではなかったか?

 

 国際VR技術学会は公式に「不可能」であると発表した。人間の五感を数値化し、強すぎる刺激にはコンプレッサー、快楽にはマキシマイザーのような操作を行うことで、快適な疑似現実をつくりだすというのがVRの理想である。しかし感覚の数値化などというのは少なくともむこう2000年実現しないだろう、というのが彼らの結論だ。


 半分嘘で、半分ほんとうの話なのだ、これは。


 キミの現実を見ろ。キミは今、ほかでもない、VRMMOの世界にいる。

 学会が言う「VRMMOは実現不可能」というのは、とうぜんながら嘘だ。


 ただし、五感を快適にコントロールすることができない、というのはほんとうだ。

 VRMMO内で怪我をするとしよう。

 理想を言えば、痛みなど感じないことが好ましい。

 しかしこの不完全なVRMMO《ケルゲテューナ大陸》では、現実世界同様痛い。

 死ぬときは、死ぬほど痛い。


 ■なぜ学会は嘘をついたのか?


 まず驚愕の事実を伝えよう。

 この《ケルゲテューナ大陸》は、国際VR技術学会によって創られた。

 VRMMOを実現不可能、と言っておきながら、裏ではちゃっかり創っていた。


 プレイヤーは世界中の選ばれた名士たち。

 政治家、王家、旧貴族といった政治的支配階級。

 資本家、大企業役員、芸能人といった経済的支配階級。

 独裁者、軍幹部、非合法組織有力者といった武力の支配階級。


 現実世界の娯楽に飽きた連中が、VRMMOで第2の人生を満喫している。

 学会は有力者の圧力によって、「VRMMOは不可能」と言わざるを得なかった。


 世界のエリートたちは、この最高の娯楽を独占したかったのだ。

 アバターによって自分自身を若返らせ、文字通り命を懸けてモンスターと戦う、恋をする、刺激的な生活をする――最高の娯楽。

 こんなものを手に入れてしまっては、とうぜん、独り占めしたくなるのが人間の心理。

 権力者に負けて、学会は嘘をついたのだった。


 ワシは研究者として、学会の弱腰を強く非難するとともに、

 ハッキングして、テロリストを送り込むことに決めた。

 嫌がらせのためにだ。


 そのテロリスト第1号が、キミ、カイくんだ。  』


「テロリストォ!? 俺が!?」


 カイは素っ頓狂な声で叫んだ。

 気を取り直して続きを読む。


『テロリストといっても、なに、キミはその世界で爆弾抱えて自殺する必要はない。

 計画はこうだ。


 今日中にワシが全サーバーをハッキングし、《ケルゲテューナ大陸》をプレイヤーのログアウト不可能状態に陥れる。

 おそらくワシの見込みでは、数年はログアウト不可能だ。

 ログインはできるんだけどな。


 そんでもって、現実社会を混乱させ、学会の罪は暴かれる。

 有力者どもは、ヘッドギアをつけたまま入院することになるだろうな。

 エリートたちの独占は非難され、やがてはVRMMOが人類みなのものになるはずだ。

 

 無論、すらすらと事が運ぶとは思っていない。

 が、ワシは最終的には勝つ。絶対に。

 VRMMOを人類すべてに。


 んで、まあ、表世界で決着がつくまでの間、カイ、お前には人探しをしてほしい。

 VRMMO学会の研究者たちの家族を人質に取り、

 卑劣な脅迫によってVRMMOを独占しようとした7人の有力者たちを探すのだ。


 1人目は東アジア某国の独裁者、「ゴールドショーグン」

 2人目は巨大企業のCEO、「カンパニーブラック」

 3人目は西欧の宰相、「アイアンレディー」

 4人目は国際インサイダー取引の常習犯、「ルーパン」

 5人目は東欧某国の王位継承者、「Xキング」

 6人目はフランスの軍幹部、「シュヴァリエ・ド・ルージュ」

 7人目は中東の石油王、「アブラブラドラゴン」


 もちろん全員ハンドルネームだ。

 こいつらを見つけて、痛い目に遭わせて、反省させてやれ。

 殺せ、とは言わん。

 だが連中は財産の多くを課金アイテムにつぎ込んでる。

 だからアイテムを強奪してやれ。そうすれば連中へのいい仕置きになる。


 こんなことをして、犯罪じゃないのかって?

 ハハハァ! ノーキディン!

 ワシは狂気の違法地下研究者! マッドなサイエンティスト!

 そんなこと気にせんわい!

 そしてキミも、

 VRMMOという希望を奪われて絶望し、死のうとさえしていたんだ。

 

 思う存分暴れて、うっぷんを晴らせばいい。


 以上    


 追伸

 

 ワシのハッキング技術を最大限に活かして、カイよ、キミのステータスはできる限り上昇させておいた。最前は尽くした。グッドラック』


「なるほど」


 カイは理解した。

 そして、喜んだ。

 失いかけていた生き甲斐が、こんな形で取り戻されたのだ!

 VRMMO!

 しかも致命的な痛覚までそのまま再現した、本格的VR!

 

「これだよ、これ。俺が望んでいたステージはこれだ……!」


 カイはステータス、と叫ぶ。

 間髪入れずにブルーのステータスウィンドウが浮かび上がった。


「おおっ!」


*******

名前:カイ

Lv:99(MAX――187/about500,000)

職業:傭兵


魔力:500

攻撃:6000

防御:5005

俊敏:5500


武器

・ナイフE


防具

頭:

胴:布の服

腕:

足:革靴


財産:100,000ジェム


*******


「スキル!」


*******

スキル(スロット4)

A:ダッシュ Lv99

B:

C:

D:

*******


「なるほど、なるほど。だいたい見当はついたぜ」


 ゲーマーとしての観察力により、《ケルゲテューナ大陸》のルールを的確に推論する。


「おそらく――」


 このゲームにおけるレベルは、99がMAX。

 隣の(187/about500,000)は、全プレイヤー約50万人のうち、レベルMAXに達した者が自分含め187人いるということだ。

 レベル99は、つまり相当なエリートだ。


 ほかの186人と差をつけるためには、アイテム、武器が重要なファクターとなってくるのだろう。レベルを極めたのちは、装備が命。そういうタイプのゲームだ。


 ステータスをざっと眺める限り、博士の努力むなしく、課金アイテムや強力なレアドロップウェポンを不正入手するほどのデータ改竄はできなかったらしい。

 もし例の7人と戦うのだったら、強力な武器を手に入れなくてはならない。

 これは直感だが、7人はきっとレベル99の猛者に違いない。


 スキルはスロットが4つ。

 たぶんこれは職業によって増減する。

 傭兵は4、らしい。

 「ダッシュLv99」は、きっと移動補助系の技だ。


 これから具体的にどう行動すべきか。

 カイはチャットメッセージ下書きウインドウに、リストを記した。


*******

 行動指針(優先順)

・武器の獲得

・スキルの収得

・場合によっては転職

・7人の敵についての情報収集

*******


「よし、じゃ、行くか」


 カイは市門に手をかけた。

 門は新たなプレイヤー――「VRMMOの解放者、カイ」を歓迎するがごとく、

 すぅっとひとりでに開いた。


 ポップなフォントのグリーティング・メッセージが点滅する。


「ようこそカイさん、『はじまりの町』へ!」


 カイは期待を無理にかみ殺しながらも、顔がにやけるのを我慢できていない。


「おう、よろしく頼むぜ――」


 ――まもなく彼は、自分がとんでもない勘違いをしていることに気づく。


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