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タワー・オブ・アイデース(1)


 カイたち3人は闇夜の神域をついに抜けた。

 アイアンレディーを突破してからは魔物モンスターにわずらわされることもなく、スムーズに進むことができた。


「これが『タワー・オブ・アイデース』……壮観だな、主人」

「シア、こんなに大きな建物はじめて見た」

「ああ、そうだな」


 ルクとシアの感想の通り『冥王の塔』は天を支える柱といったような存在感でそこに屹立しており、目を凝らしてもてっぺんが見えることはない。空を突き抜けてどこまでも伸びている。根元には各所に門がありどの方角からでも進入できる構造のようだ。


「準備は……準備っていっても、とくにやることはないか。ここまできたら覚悟を決めて突撃するしかないな」

「うん」

「覚悟のほうはとっくに決めている。万事問題なしだ」

「よし。じゃあ行くぜ、ふたりとも」


 髑髏や死神などまがまがしいレリーフが彫られた門に近づき、カイは恐る恐る手を触れた。門はほのかに赤く発光すると、館に主人を迎え入れるかのような丁重さでひとりでに開いた。

 

 ついに最凶のダンジョン『タワー・オブ・アイデース』の内部が明らかになる。すぐには門をくぐらず、興味津々に奥を見つめるカイ。見えたのは黒いレンガで固められた壁と、尽きることなく燃え続ける蝋燭の明かり。目には見えないが凄まじい闘気のようなものが発散されているのも感じる。


 カイは確信した。これはたしかに《ケルゲテューナ大陸》でも有数のダンジョンに違いない。塔内部の空気を体に浴びるだけでも、びりびりとこの塔の恐ろしさが伝わってくる。


「怖い……」


 シアは脅えきってカイの背中に貼りついた。

 ルクもカイの左手を握ったまま、決して離そうとしない。

 カイはふたりを安心させるようにうなずいて、敷居をまたいだ。

 門は勢いよく閉じられた。まるで一度ここへ入った者は、もはや永遠に外には出さないという悪意を示すかのように。


「なあ、ふたりとも」


 カイは門を背後に立ち止まったまま、じっと耳をすます。


「聞こえないか? 戦いの音が」


 剣と剣が交じり合い、怒号と爆発、魔法の発動する振動、そういったものが頭上から響いてくる。「聞こえないか?」と問うたもののあまりに大きな音であるからふたりに聞こえていることは明白だ。ふたりともがカイにぎゅっとしがみつくことで肯定の意を表した。


「もしかしたら残りの4人のうちのだれかが、上の階で魔物と戦闘中なのかもしれないな。だとしたらラッキーだ。不意打ちは気が引けるけれどもそんな悠長なことを言ってられる場所じゃない。チャンスは逃さず掴み取ろう。さ、行こうか」


 3人は歩き出す。見通しの悪い薄暗い内部をずんずん前進し、壁や床や天井に仕込まれているかもしれないトラップや、いつどこから奇襲をしかけてくるとも限らない魔物どもに警戒しながら階段を探す。


 緊張を解かぬままうろうろ探索を続けて10分ほど、シアが前方に雷撃を放った。パチリとはじける音とともに照らされた進路上に、ハシゴがあるのが分かった。上階への道だ。


「あれ」

「うん。よくやったシア。あれだな」


 放たれたフリスビーをうまく捕らえて主のもとに帰還した忠犬を褒めるみたいに、カイはシアの金髪をわさわさとなで回し、ハシゴに手をかける。


「俺が先に行く。シアが2番目。ルクはしんがりを頼む。後ろからの強襲に気をつけて」

「承知した。防御魔法陣を展開しておこう」


 まずカイがハシゴを上がり終え、塔の第2階層へと到達した。あとのふたりも難なくカイに続いた。2階も1階と変わりなく、黒いレンガと誰が管理しているのかまったく不明な蝋燭によって構成されている。


 1階ではいちども魔物とエンカウントしなかった。奇妙なことだ。戦闘音も鳴り止まずずっと続いている。なにか妙なことが起こっているに違いない。アイアンレディーは罠をはってカイたちを待ち受けていた。それと同じようなことをもくろんでいる敵がいるのかもしれない。


「気を引き締めていこう」


 緊張しっぱなしのふたりには別段意味のないであろう忠告をつぶやき、カイは第2階層の攻略にかかる。はじめの突き当たりを右折し、しばらく直進すると、これまで狭かった道幅が急に広くなった――というよりも、広場のようなエリアが眼前に現れた。


「っ! ふたりとも、止まれ!」


 そして壁によりかかるようにして、塔に入って以来はじめて何者かの姿がそこに横たわっているのを発見した。


「だれ?」


 シアが雷光のボールを手に出現させ、魔物かあるいは人か、正体を見極めるための明かりを注ぐ。


「――プレイヤー、だな」


 ルクは防御魔法陣を二重に足下に展開して、荒い息をしているらしい倒れたプレイヤーへと駆け寄った。


「何者だ? 話はできるか?」

「ああ……」


 男の声だ。シアの明かりに照らしてよく見れば、アバターは30代男性のものだ。赤い髪の小柄な男。比較的身軽な装備。剣士か盗賊か、職業はそんなところだろうと思われる。カイもルクに並んで男の様子を観察する。


「傷ついているな」

「俺はルーパン。《ケルゲテューナ大陸》では……トップ7のうちに入る有力プレイヤーだ……」

「ルーパン! あんたが!」

「俺のことを知っているらしいな。だが俺はもう死ぬ。……ああ、アイテムボックスを漁ってもいいぞ。だが大したものは残ってないだろう」

「魔物にやられたのか?」

「いいや。魔物にやられたってんなら、俺の……アイテムボックスには巨万の富が残されて……いただろうよ」

「じゃあだれに……」

「アブラブラドラゴンだ……」


 アブラブラドラゴン。言うまでもなくカイがしとめなければならない、7人のうちのひとりで、中東の石油王だとかいうプレイヤーだ。石油王というくらいだから7人のなかでも特に金持ちな人間なのだろう。


「仲間割れか」

「仲間? 俺に仲間なぞいるものか……。7人のプレイヤーはみなソロプレイを信条としている。隙あらば……互いの命をかすめとってやろうという連中なんだよ、俺含め、な」

「ははあ。じゃあ油断が仇となってアブラに殺されたんだな?」

「はめられたんだ」

「はめられた? 罠を扱うタイプのプレイヤーなのか、石油王は」

「そういう意味じゃない……! 《ケルゲテューナ大陸》の……」

「《ケルゲテューナ大陸》の?」

「あいつはチート……だ、あれは現実世界を支配……しようと……」

「おい、大丈夫か、おい」

 

 ルーパンはもはや息も絶えだえで、その命はあと数秒ももたないと思われた。しゃべっていられるのが不思議なくらいの重傷を負っている。話しながらカイは気づいたが、彼の胸には大きな穴が穿たれているのだ。


「俺は…………死ぬ…………アブラブラドラゴンを殺せ……」

「まだログアウトするな、おい、おい!」


「カイ。もうダメだよ」


 シアがカイをそっとルーパンから引き離した。ルーパンは最後に身をよじるようなけいれんをして、『死亡』した。まき散らされた血液とともに跡形もなく消え去ったのだ。


「どういうことなんだ?」

「これは推論だが、主人」


 ルクは広場に接続している3つの通路をにらまえながら、


「この先にはルーパンのように、アブラブラドラゴンに敗れたふたりのプレイヤーがいるのではなかろうか。Xキングとシュヴァリエ・ド・ルージュが」

「ありそうな話だ。戦闘音は――いつの間にか止んでる」

「ルーパンはチート、と言っていた。圧倒的な強さに対して比喩的に『チート』と言ったのではあるまい。ほんとうになんらかのチートを用いていたのかもしれない。そんな口調だった」

「ああ。まあ俺だってチートなんだけどな。マッドサイエンティストの支援を受けた俺以外に、不正を行ってるプレイヤーがいたとは驚きだ。なにが起こっているのかまったく分からないが……進むしかないな」

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