アイアンレディー(1)
ゴールドショーグン、カンパニーブラックを撃破したところで、初日のアタックはひとまず終わり。カイたちは故ゴールドショーグンが暮らしていたバルコニー付き宮殿に入場し、勝手にここで一夜を明かすことに決定した。
東洋某国の独裁者が暮していた住居である。
そりゃもう至れり尽くせりの豪奢な設備。
「最高の住環境だな」
「うん」
どんな素材から造られているのか分からないが、とにかくふかふかでふわふわで、雲に座れたらこんな感じかなあなどと発想が幼児退行してしまうほどの魅惑的座り心地を誇るソファに沈みこんだカイとシアは、両者ともに引きこもり堕落生活のベテランの本領を発揮して抜群のくつろぎ具合を見せていた。
「主人、シア殿、もう少し待つのだ」
いっぽうカイの奴隷を自称するルクルスクリヤは、すっかり牛と化した2人がくつろぎ中のだだっ広いリビングルームに直結している、各所に黄金と銀で装飾の施されたシステムキッチンで腕を振るっている。冷蔵庫にあった食材を用いて料理をつくっているのだ。
おそらく現実世界では現在、《ケルゲテューナ大陸》がログアウト不可能となったことがニュースとなっており、世界中のプレイヤーはなんらかの生命維持措置を受けていると思われる(特に上流階級の人間であるシアとルクにはそのような措置がなされている可能性が高い。逆にエルミィやフェノールは下手したら放っておかれている可能性がある。カイはそれを恐れているが、どうしようもない)。だから栄養摂取の必要は、ない。そもそもVRで食事をしたところで、味覚を若干刺激することはできるだろうが、本当に栄養を得たり空腹を満たしたりすることができるわけではないのだ。
それでもルクはカイに料理を提供することにこだわった。奴隷、使用人としてのマゾスティックなプライドらしい。断る理由もないのでカイは適当にルクの気の済むようにやったらいいと指示した。シアは無邪気にルクの手料理を食べたがった。
「よし」
しばらくするとリビングにルクの満足げな歓声が聞こえてきた。
「できたぞ。ヒトクイバチのソテーに、ドクガエルの刺身、それから……」
「えっ」
不吉なメニュー名に、カイは顔色を変えた。
*
「いやあ、食ってみるとなかなかイケるもんだな、魔物料理も」
3人は食事を終え、食後のティータイムを楽しんでいた。
「ハチは白身魚みたいで旨かったし、カエルは馬刺に似た味と食感だったな。高級料理食った気分だ」
「そうだろう主人。《ケルゲテューナ大陸》の魔物はグロテスクなデザインをしているが、どいつも味は旨い。せめてVRのなかだけでは食中毒やメシマズ嫁にわずらわされない、無邪気なディナーを楽しむことができるようにという開発者のこだわりだそうだ」
「へー」
カイは感心して相づちをうった。シアは睡魔の襲撃に敗北を喫したのか、いつのまにかカイの太ももを枕にしてすうすう寝息をたてている。ルクは慈しみのこもった目で眠れる幼女を見つめながら、
「主人、明日は朝一で『タワー・オブ・アイデース』を目指そう」
「ああ。もたもたしてられないからな」
「うむ。タワーの位置は把握している。近くまで転移魔法で飛び、残りの距離を歩くことになるだろう」
「ん? どうして歩くんだ? タワーに直接転移すればいいんじゃないの?」
「いや、難関ダンジョンの仕様のせいでな、そういうわけにはいかん」
「仕様?」
ルクは薬草から抽出した茶をすすって、カイに解説をはじめる。
「たいていの高レベルプレイヤー向けダンジョンは、魔力制限区域に囲まれた土地にそびえ立っている。制限区域ってのは魔力の放出を一定量以下に抑える力場がはたらいているゾーンだ。転移魔法は数ある魔法のなかでも特に魔力をがつがつ喰らう類のものであるから、制限区域に飛ぶことはできないのだ。閉め出されてしまう」
「ははあ。じゃあ制限区域とやらの手前まで転移して、あとはてくてく歩いて行く必要があるわけだ」
「そういうことだ。まあダンジョン本体とダンジョンにごく近い土地は、制限区域からはずれるんだがな。つまり図にするなら、魔力制限ゾーンはダンジョンとその麓を囲むドーナッツみたいなかたちで展開されてるのだ」
「OK。理解した。明日のピクニックに備えて早めに寝ることにしよう。俺は疲れた」
「主人……夜だな」
「? 夜だけど」
ルクは茶を一気に飲んでカップをテーブルにそっと置き、頬を赤く染め、なにやらもじもじと逡巡の様子だ。
「私は奴隷だ。なにか必要なことがあったら遠慮なく依頼するのだ。こう、安眠に必要な行為などがあったら。私にできることならなんでもする。なんでもな。今、私はなんでもと言った。あとで訂正するつもりはない。文字通りなんでもしよう」
「そうか――」
カイは手をあごに当てて思考のそぶりをしてから、
「――じゃあお言葉に甘えて……」
「――甘えて?」
「シアを連れて別の部屋で寝てくれ。この宮殿広いし、どこでも寝心地よさそうな場所は見つかるだろ。俺はこのソファが気に入ったから、気兼ねなくここでひとりで寝る」
「そうか……承知した」
ルクは煮え切らない態度でカイのことをちらちら気にするようだったが、言いつけ通りシアを抱きかかえて部屋を出ていった。名残惜しそうな流し目を送りながら、おやすみを言った。
――望み通りひとりになったカイは、ソファに全身を預けた。
*
翌日。
朝食後転移魔法陣の用意を終えたルクの合図により、3人はゴーレム山の上に集合していた。魔法陣はゴーレムの残骸が積み重なっているでこぼこの、まったく平坦でない場所に描かれている。別にこのくらい適当でも効力は変わらないらしかった。
「じゃ、行くぞ」
魔法陣の中心に立ったルクが2人を手招きする。
「うん」
「おう。やってくれ」
*
闇夜の神域と呼ばれるその湿地は、《ケルゲテューナ大陸》のあらゆるエリアと比較しても特に頭ひとつ抜きんでた凶悪さをもつ魔物が出現するのだという。そのうえ魔力制限区域であるから、ここを突破する際には回復魔法も攻撃魔法も用いることができない。まったく使えないというわけではないのだが、少なくとも普段通りの実力を発揮することはとうていできないのだ。
カイたち3人の目の前には、まさにその悪名高い闇夜の神域が広がっていた。
3人が転移して着地したのは、神域の手前にある紫の平原と呼ばれる土地で、その名の通り生い茂る植物がみな紫色をしているというエリアだ。ここならまだ魔力は十全に用いることができるし、厚い黒雲に空が覆われてるとはいえ、若干の日光が地上に差し込んでいる。
しかしひとたび闇夜の神域へと足を踏み入れた場合、とたんに周囲には夜が訪れる。太陽の恵みはいっさい遮断されてしまうのだ。魔法も使えないし、侵入者を捕食せんと待ちかまえている魑魅魍魎どもがうじゃうじゃとうごめいている。紫の平原も高レベル推奨エリアではあるのだが、闇夜の神域はワンランクツーランク、いやそれ以上の格の差がある。
そして闇夜の神域を抜けたところに、今回の目的地である『タワー・オブ・アイデース』、『冥王の塔』はそびえたっている。終わりのない「夜」を抜けてきた猛者のみを迎え入れる、《ケルゲテューナ大陸》内最最強のダンジョンにして、トッププレイヤーを虜にするスリルの泉。攻略にとりかかれば、魔物の強さ、高価なドロップアイテム、そしてなにより自身が「選ばれたプレイヤー」であるという自負心がむらむらと沸き起こり、たちまち塔の中毒になってしまうのだ。
「――ためらってても仕方ない。行くか。とりあえず女神加護ポーションとかは惜しげなく全部飲んどいてくれ。道は俺が切り開くから」
「うん」
「了解した。主人、頼りにしてるぞ」
準備を終えた3人は、さっそく死の領域への一歩を踏み出す――




