カンパニーブラック(2)
「なんだと。聞こえなかった。もう一度言ってみろ」
「俺の勝ち。お前の負けだと言ったんだ」
言うまでもなくカイは自由を奪われている。そのうえブラックカンパニーの操り人形と化している。筋肉ひとつとして独立を保つ部分はない。普通に考えれば敗北は確定したようなものだ。いくら仲間が背後に控えていると言っても、彼女たちのレベルは99に及ばず各種パラメータも3桁であり、廃人プレイヤーのブラックカンパニーなら片手で殺せるほどの弱者。いったいどこに状況をひっくり返す要素があるというのか?
「褒めてやるぞ新入社員」
ブラックカンパニーはあざ笑う。
「ビジネスにおいて大言壮語は有効な話術だ。お前のようなハッタリ社畜には未来がある。金儲けの世界において、嘘こそが正攻法であり、正直は弱者の徳なのだ。どんなビジネス書にもそう書いてある」
「3秒だ」
「なに?」
「今から3秒後、俺たちは逆転する。お前は敗北する」
「ぬっ…………?」
沈黙。カンパニーブラックはカイの言葉に、単なるハッタリではない威圧的な響きを聞き取ったらしい。脂汗をにじませながらじっと四方を窺う。2秒が経過。
「なにも起こらんではないか」
自分を安心させるようにつぶやいて、ついに3秒が経過。念のため彼は、懐から1000枚の名刺を取り出してカイに投げつけようとする。この金属製の名刺は端が刃になっており、切れ味のよい投げナイフの役割を有しているのだ。
「気味の悪い奴! 『クビ』にしてやる! ……………………な」
――名刺はカイに到達しなかった。それどころか、カンパニーブラックは大きな衝撃を受けたかのようにがっくりと膝をついてしまった。手に取った名刺がバラバラとまき散らされる。ゴーレムの残骸がゴトリと音を立てる。どういうわけか同時にカイも倒れた。突然の痛み分け。いったいなにが起こったのか?
「作戦成功」
シアがしてやったり顔でカイを助け起こした。
「シア殿の魔術は強力だな」
ルクはアイテムボックスから『状態異常回復ポーション』を取り出し、エメラルド色の液体をカイの口にそそぎ込む。『スタン』から回復したカイは、未だ膝をついた格好のまま動くことのできないでいるカンパニーブラックに対して、
「あんたのスキル『過労死』は俺の『強制』にそっくりだ。だが決定的に異なる部分がある。それはどこか分かるか?」
「……?」
カイの問いかけに、カンパニーブラックは目だけで答えた。そのほかの身体の部位は動かすことができないのだ。
「教えてやるよ。俺の『強制』は相手に『触れる』ことで発動する。だがあんたは俺に触れずに発動したよな?」
「……!」
なにか決定的な事実に気がついたのか、瞳をカッと開いたカンパニーブラック。カイはそれにかまわず淡々と続ける。
「あんたの『過労死』が相手に触れずに発動する『強制』なのだとしたら、まんま『強制』の上位互換スキルということになる。だが《ケルゲテューナ大陸》がそんなチープなゲームバランスであるはずがない。なにか裏があるはずだ。俺はそう睨んだ。そして発見した」
カイはカンパニーブラックの眼前に立つ。そして漆黒の太刀を抜き払う。
「あんたは俺の口を自由にした時、指をちょっとだけ動かした。それでピンと来た。あんたは俺に触れずに強制力を発揮しているのではない。指から伸びる『糸』によって、俺を操ってるのだとな」
シアがカイのあとを引き取って言った。
「シアも気づいた。シア、前に知り合いがお前の操り人形にされるところ、見たことあった。今回で2回目。お前のスキルの仕組みは理解した」
「シアは聡明な賢者だ。俺ごときの気づいたことくらい、ちゃんと分かっているはずだ。俺はそう確信した。そしてその通りになったな。シアは最善の行動をした。つまり、俺に『スタン』の雷撃を放ったのだ」
カイが宣告した「3秒後に逆転する」という言葉に従い、シアはきっかり3秒カウントした時点で、カイに雷撃をぶつけていたのだ。それはちょうどカンパニーブラックの死角になった。カンパニーブラックには雷撃が目に入らなかった。スタンの電撃は『過労死』の「操り糸」を「伝って」、術者にも到達。はたしてカンパニーブラックも共にスタンすることとなったのである。
もしカイを介することなく、直接カンパニーブラックに雷撃を放っていた場合、命中したか回避されていたかはおよそ半々の確率といったところだろう。しかしこの方法であれば、ほぼ100%成功を見込むことができたのだ。
「さあて、闇のCEOさんよ」
カイは黒々と輝く太刀の刃を、カンパニーブラックの首筋に当てた。
「ネタばらしも済んだところで、悪いがあんたを拘束させてもらう」
ルクがカンパニーブラックの足下に、複数の小さな魔法陣を出現させた。
「これはスロウ効果のある魔法陣だ。スタンから醒めても、動作は緩慢だから反撃には転じられない。もし魔法陣から逃れようとしたら、ふたたびシア殿が雷撃を浴びせることになる」
「ありがとう、ルク。そしてシア。最高だ」
カイは握った太刀に力を込める。ブラックカンパニーは死の恐怖に顔色を白く変じた。
「俺の質問に正直に答えてくれれば、殺さずに釈放する。アイテムは全部没収するけどな。嘘をついたら容赦なく斬る。そん時あんたは死の激痛に苦しむことになるだろう」
「わ、分かった」
口の動くようになったカンパニーブラックは、かろうじてそう返事をした。
「よし。まずひとつ目の質問だ。《ケルゲテューナ大陸》のなかでも特に有力プレイヤーとして有名な7人のうち、すでにゴールドショーグンとあんたのふたりは、こうして俺の手に落ちた。だがあと5人残ってる。その5人の居場所を教えてくれ。ログアウト不可状態を脱するために、俺はその5人を屈服させなきゃならない」
「簡単な問いだ。私とゴールドショーグンは7人のなかでも異端の存在であるから、こうして下界に暮らしていた。だがほかの5人は、いつも《ケルゲテューナ大陸》最難関ダンジョン『タワー・オブ・アイデース』を攻略している。ずっとずっと、飽きずにな」
「『タワー・オブ・アイデース』?」
「ああ。『冥王の塔』とも言う。Lv99のプレイヤーでも1Fで殺されることなんてザラで、パラメーターが4桁であることが攻略の前提であるほどの鬼門ダンジョン。そのぶん魔物のドロップするアイテムはレアリティが高く、リアルマネートレードにおいてもまあ一品数億という値がつく」
「へえ」
「5人の連中にしても、まだ4Fまでしか登れていないらしいがな。ドロップ率も低い。リスクも高い。だがそのギャンブル性に惹かれて、奴らは何度でも塔に挑む。中毒だな」
「なるほどな」
捕虜が素直に受け答えはじめたのを見て、カイは太刀を鞘に納めた。もう脅す必要を感じなくなったのだ。
「ところでどうしてあんたはその『タワー・オブ・アイデース』に挑まないんだ?」
「私は他のプレイヤーやNPCや魔物たちを、私の造った会社で奴隷労働させることに快感を見いだしていたからな。現実でも似たようなことをやっていたのだが、物足りなかったのだ。仮想でも同じ快楽を求めたまでのことよ」
「とんでもない悪党だな。俺みたいな現実じゃ労働忌避者の人間には、まさに諸悪の根元のように映るぜ」
「フン。私は自分がブラック企業のCEOであることに誇りを持っている。いかに奴隷を使役し、いかに奴隷どもに偽りの『やりがい』『感動』を与え、逃げられる前に『過労死』させられるか。とても競技性の高い娯楽なのだよ、経営というのはな。なおかつ現金もたんまり入ってくる。やめられん。もし生まれ変わっても、私はブラック企業を経営する。絶対な」
カイはカンパニーブラックを殺すべきではないかと真剣に思案しかけたけれども、とりあえず約束は約束なので、アイテムを全部奪った上、ルクの転移陣によってどこか遠くへと飛ばした。危害は加えなかった。
「いやあ、働いたら負けだねやっぱ現実だと」
「うん」
シアは大きくうなずいて同意した。




