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ゴールドショーグン(1)

「くれぐれもお気をつけて」


 フェノールが涙目で別れを惜しむ。


「がんばってください、カイさん……」


 エルミィはカイにリンゴをひとつ差し出した。


「ありがとう」


 カイは貰った果実をアイテムボックスにしまい込み、


「じゃ、行くか」


 シアとルクルスクリヤを引き連れて、はじまりの町の市門を踏みだそうとする。すでにルクのはたらきにより、町には「来る者拒み、出る者追わず」の結界が張り巡らされていた。維持のためには結界の中心である広場のある一点に、聖霊への供物として現金を捧げる必要がある。現金納入儀式の役割は、ほかでもないフェノールとエルミィに任せられた。


「あの!」


 フェノールがカイの背中に叫ぶ。

 カイは振り向くが、歩みは止めない。


「カイ様、あなたははじめ『記憶喪失』だとおっしゃっていました。でもほんとうは違うのでしょう。なにか今回のログアウト不可の異変に、深く関わってらっしゃる方なのですね。詳しくは分かりません。でもカイ様は悪い人じゃないと思います。私はあなたを信じます――どうか生きて帰ってきてください!」


 カイは親指を立てた。生還を約束した。


「俺の幸運を祈っててくれ」


 *


 町を囲むようにして広がる平原に、ルクは巨大な魔法陣を形成する。


「主人、1人目の敵『ゴールドショーグン』は、『赤の町』を支配していることで有名な、悪質プレイヤーだ。本来『赤の町』は『はじまりの町』と同様、プレイヤー同士の活気ある交流の場だったのだが、『ゴールドショーグン』によってゴーレムの立ち並ぶ殺風景で排他的なスポットになってしまった。不気味がって誰も近寄ろうとしない」


 ルクはさすが古参プレイヤーだけあって、7人の敵についてよく熟知しているようだった。彼女のアドバイスによれば、『ゴールドショーグン』の居場所だけはたしかに判明しているので、まず彼を討つべし、とのことだ。


「主人が討とうとしている7人は、いずれも課金額において他の追随を許さず、常に《ケルゲテューナ大陸》内で最強を目指しており、それぞれ互いを監視、牽制しあっている。隙あらばライバルを殺害してやろうというわけだ。だから『ゴールドショーグン』を尋問すれば、少なくとも残りの6人のうち、1人の居場所くらいは聞き出せるだろう」


「なるほど。ありがたい助言だ、ルク」

「ルクすごい」


 カイとシアはただ賛嘆するのみだ。正直なところ、ルクが仲間にならなければ、7人の討伐は10倍以上困難なものになっていただろう。


「さ、できた」


 ルクは『転移魔法陣』を完成させた。『赤の町』へと赴くにはもっとも効率のよい近道だ。コストはかかるものの、もしゴールドショーグンのアイテムを強奪すれば、元は十分とれるはずである。


「行くか。2人とも、準備はいいな」

「むろん」

「いい」


 3人は魔法陣の中心に並び立ち、やがて魔法宇宙亜空間へと吸い込まれていった。


 *


「ここが『赤の町』か……聞きしに勝る退廃的な場所だな」


 3人はゴールドショーグン住まうという、赤の町に潜入した。

 潜入、と言ったのはつまり、門は開かれておらず、明らかに部外者を歓迎していない町だからだ。


「こわい」


 シアが素直な感想を漏らす。

 およそまともな感性をもった人間であれば、この町に恐怖を抱くのはごく自然なことと思われる。なぜなら大通りから建物と建物の間まで、どこにでもまがまがしいフォルムのゴーレムが並んでおり、プレイヤーどころからNPCの気配すらないのだ。


 建物の密集していた区域を抜けると、大きな広場に出た。

 ここではゴーレムたちがファランクスのような隊形で整列しており、それがほとんど水平線まで続いているのだ。赤の町の敷地が広大であることはもちろんだが、それ以上に町を埋め尽くさんばかりのゴーレムの数にはおびただしいものがある。


 ゴーレム列は京都の碁盤の目のように、人が十分通行可能な通路を残している。3人は微動だにしないゴーレムたちに囲まれながら、ひたすら広場を北上する。というのも、広場の北端にはゴールドショーグンの住まう宮殿があるからだ。


「このまま歩いてたら、日が暮れるな」


 地平線を眺めやりながら、カイがつぶやく。


「疲れた」


 シアも座り込んで、文句を言う。

 ルクだけは奴隷らしくグチひとつこぼさず、黙々と歩みを進めようとするが、疲労によって表情が固くなっている。


「提案があるんだが」


 カイは秘策を披露した。


「俺がルクをおんぶして、シアを抱く。その状態でスキル『ダッシュ』を使う。そうすれば一気に目的地に到達できる」


「名案。なぜそれを早く言わんのだ、主人」

「だって美少女ふたりをおんぶと抱っこだぜ。セクハラかな、と思ってさ」

「抱っこする。抱っこする」


 シアはカイの提案に喜び勇んだ。ルクはふっ、と息を吐いて肩をすくめる。


「私は主人の奴隷だぞ。セクシャルな要求だって遠慮なく申しつければいい。それもそれでスリリングで興奮するしな」

「あ……そう。じゃあ次から遠慮なくそうする」

「くぅ! 貴族の私が奴隷の境遇! 遠慮なく下されるイケない命令! スリル!」

「…………」


 無邪気にはしゃぐシアと、よく分からない盛り上がりかたをするルクを前後に抱えて、カイはスキルを発動する。


「――ダッシュ!」


 *


 1分で到着した。

 広場を睥睨する高所、丘の上に立てられた宮殿のバルコニー。

 そこに設えられた王座に、彼は座っていた。


 濃紺の軍服に、金のボタン。

 威厳ただよう威圧的なたたずまい。

 手にはきらめく宝石のはめられた、巨大な杖を握っている。

 峻厳な顔つきの30代の男。現実リアルでの年齢はもっと上だろう。

 

 ゴールドショーグン。カイが倒さねばならないプレイヤー7人のうちのひとり。


 ゴーレムの列を突っ切ってやってきたカイたちに気づくと、彼はすうっと静かに立ち上がり、ポンポンポンとゆったり拍手をはじめた。


「……よく来た、資本主義的搾取構造の信奉者ども」


 その目つき、様子からして、まるでカイの来るのをあらかじめ予期していたとでもいったような態度だ。カイはいぶかしみ、大声で上空のゴールドショーグンに話しかける。


「俺のことを知ってるのか!?」

「全人民的指導者に知らぬことなどない。無論熟知しておるわ」


 ゴールドショーグンはふふんと3人を見下して、せせら笑った。


「至高の娯楽VRMMOを選ばれし社会主義的闘士の手から奪い、独占的大企業の所有に帰さんと意図するプチ・ブル的サイエンティスト、東野博士の放った犬だな。そろそろ来る頃合いと思っていた」

「ほう。俺たちのことをよく知ってるらしい」

「我が国の戦闘的サイバー治安当局によって、《ケルゲテューナ大陸》ログアウト不可状態を改善しようと試みているものの、進捗具合は芳しくない。そこで偉大なる人民の指導者である私は考える。お前たち敗北主義者を捕らえて革命的尋問をおこない、ログアウト不可状態解決策を聞き出すべし、と。お前なら社会主義の敵、あの忌まわしき東野博士とチャットができるのだろう」

「やれるものならやってみろ、ゴールドショーグン」


「言葉に気をつけろ野良犬めが。私のことは『全人民のすべからくして敬愛すべき東洋の明星、革命の導き手、偉大なる将軍様』と呼べ」


「……よく分からんけど、あんたはもう俺の攻撃圏内に入ってるぜ! 問答無用!」


 カイは脚に跳躍のための力を込め、手を太刀の柄に添えた。


「スキル――『ダッシュ』!」


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