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はじまりの町(8)

 Lv99の加速。

 かすっただけで大変なことになるであろう、とんでもない威力の込められた槍を回避し、カイはトネガワの背後をとった。

 敏捷ステータスだけはスワップされていないのだ。スピードならカイに軍配が上がる。


「ちぃっ、後ろをとられたか!」


 いまいましげに叫ぶトネガワだが、カイは攻撃に転じるよりもまず、なにより重大な任を果たさなければならなかった。

 落下するフェノールを受け止めなくてはいけないのだ。

 見上げればフェノールは気を失っているのか、四肢の弛緩したような姿勢で地上へと向かってくる。受け止め方を間違えれば、大けがを負わせてしまう場面だ。


 カイはアイテムボックスを漁った。


「俺が考えなしに女性をぶん投げると思うなよ――」


 誰に言うでもなくつぶやきながら、手にエメラルドによく似た宝石を掴んだ。

 暴れるプレイヤーから没収した、高価な魔法アイテムのひとつだ。

 カイは宝石をぎゅっと握り、叫ぶ。


「『即席魔法石:風』!」


 緑色の輝きを放ちだした宝石は、カイの叫びに共鳴するかのように震えると、たちまち粉ごなに分解してしまった。

 同時に、封じ込められていた風の魔法が、カイの意図に従い上昇気流を生み出す。

 地表から天へと吹きつける、鋭い突風。

 すなわちフェノールの落下の衝撃を、最大限減じる風圧ともなる。


 トネガワは意表をつかれたのか、腕をクロスして暴風に耐える姿勢だ。

 もし前もって風魔法を察知していたならば、カイに対して不意打ちのひとつくらいは与えることができたかもしれないが、手遅れだ。身動きのできない状況である。


 つまり、カイの判断が勝った。フェノールは優しくカイの腕に抱かれて着陸した。案の定、気を失ってしまっている。以前であれば《ケルゲテューナ大陸》においては『死亡』判定がなされるところであるが、今は気絶してもログアウトはできない。


 カイはスキル――ダッシュを発動し、3秒でギルド本部のカウンターのイスにフェノールを安置して、次の3秒で再びトネガワの前へと帰還した。


「さて、続きをやるか」


 トネガワは不満そうに唸る。


「フン。スワップ・ダガーの効果は、どちらかのプレイヤーが死ぬか、もう一度ダガーの刺突がなされるまで継続する。ワシとしてはお前から奪ったトップクラスの攻撃力と防御力を持ち去りたいのだがな」

「それは残念だったな。俊敏のパラメータを盗めなかったのが運の尽きだ。俺はあんたがどこへ逃げようとついて行くことができるし、あんたのノロい攻撃を全部回避することもできる」

「だが、お前のみみっちい攻撃は、ワシの鉄壁の防御力によって、蚊の刺すほどの威力も発揮しないだろうな」


 双方にらみ合う。

 たしかにお互いの挑発は、どちらも正論であった。

 スピードを極めたカイと、攻防に無敵のトネガワが戦ったところで、とても埒があかない。


 顔には出さないが、カイは正直なところ困り果てた。

 これでは《ケルゲテューナ大陸》からトネガワを退場させることができない。エルミィや他の弱者たちの命を徒に奪おうとする、トネガワを。


「停戦協定でも結ぶか? ワシが殺戮を続けるのを、黙って見ておるがいい」

「それはできない相談だ」

「じゃあなにか、無益な殴り合いを永遠に続けるつもりか?」


 カイはうなだれる。


「――仕方ない。後々まで大事にとっておく予定だったが……使うしかないか」


 カイは肩をすくめ、自嘲ぎみに笑った。


 アイテムボックスから2つのフラスコを取り出す――。言うまでもなく有力者プレイヤーから没収した品だ。フラスコのいっぽうは溶岩を封じ込めたような赤、もういっぽうは南国の海をそそぎ込んだような青の液体に満ちている。

 まずカイは青の液体をラッパ飲みした。


「ブルーハワイのシロップを思い出す味だぜ。ところでブルーハワイっていったいなんだ? 果物の名前じゃないよなあ?」


*******

魔力全回復

魔力:500

*******


 続いて赤の液体を胃に流し込む。


「ザクロ味だこれ。この薬、レアリティSのアイテムらしいぜ。こんなところで使うはめになったか……もったいないな」


*******

スキル一時強化 スキルレベル上昇

強制ギアス Lv31

*******


 カイはいぶかしむトネガワにつま先を向け、姿勢を落とし、ロケットスタートの準備を整えた。それを目にしてやっと、トネガワはカイの企みに、この状況をひっくり返す奇策に、気がついたようだった。


「――もう遅い。スキル――ダッシュ!」


 いくら岩をも穿つ攻撃力を誇ろうが。

 いくら槍をも弾く防御力を誇ろうが。

 4桁の俊敏とMAXレベルの加速ダッシュを阻止することは、絶対不可能。

 すなわちトネガワは常に「先手をとられることが宿命づけられている」。

 カイは常に「敵の先手をとることが可能」。


 その明確な準則に従って、カイはトネガワの懐に潜り込んだ。

 今度はしくじらない。誓いを新たに手のひらを、相手の額にたたきつける。

 そして――


「スキル――強制ギアス!!」

 

 放つ。


 今度の強制ギアスはレベルが違う。

 Lv1の時のギアスではトネガワにアイテムボックスを開かせるのが精一杯だった。

 しかし30ともなれば――どんなに最悪の事態を想像しようと、さすがにアイテムの1つをカイに譲渡させるくらいはできそうなものだ。


 強制ギアスをまともに食らったトネガワは例によって、呆けた顔でアイテムボックスを漁る。カイは祈る。強制ギアスよ途切れるな、継続しろ、頼む――


 トネガワの手は彼のアイテムボックスのなかでも特に高価でレアな品、今のカイにとっては絶対に必要なもの、「スワップ・ダガー(ステータス・タイプ)」に触れた。それを掴み柄のほうをカイに向けるが、手はぶるぶるとふるえている。わずかに残っているトネガワの自由意志が、ダガーを手渡すことに全力で反抗しようとしているのだろう。


 カイは一も二もなくダガーを受け取った。寸分のためらいもなく、そのままダガーをトネガワの喉元にえぐり込むべく突き出す。が、トネワガの方も強制ギアス状態から抜けだしたと見え、瞳に憤激の光をたたえながら、開きっぱなしのアイテムボックスより白銀の短剣を装備。カウンター狙いでカイのわき腹へと刃をむけた。


 交差する攻撃。ゼロ距離からの刺突。

 

 互いに回避することができない。

 ダガーのきっ先がトネガワの喉に触れた。白銀の短剣もカイのわき腹に到達した。

 

「「!?」」


 両者は驚愕に顔を見合わせ、即座に飛び退いた。

 

 不思議なことに、なにも起こらなかったのだ。

 ダガーはトネガワの喉笛を貫かなかったし、短剣のカウンターもカイの内臓を突き刺したわけではない。手応え、なし。


 立ち尽くすふたりだが、カイはなにか面白いことでも見つけたかのように、突如笑い出した。トネガワを顔をしかめ、じっとカイをにらむ。


「なにが……おかしいんだ?」

「ははは。いや、納得したのさ」

「納得?」

「ああ。今起こった現象について、大いに納得したところだ」


 未だにこの笑いの意味を理解しないトネガワに対して、カイは出来の悪い選手に対する野球監督のように、哀れみと侮蔑のまなざしを投げかけた。


「ステータスを見ろ」


 カイはそう言いながら、みずからのステータス・ウィンドウを表示した。


*******

魔力:0

攻撃:6120

防御:5160

俊敏:5500

*******


「どうやら俺の勝ちらしいな。ステータスは元に戻った。スワップ・ダガーがあんたに命中するほうが、あんたの短剣カウンターよりも早かったわけだ。逆だったら、俺は今頃、内臓をえぐられて死んでたところだ」


 トネガワは絶望した。

 もしステータス・スワップ状態で白銀の短剣をカイにぶちこんでいれば、間違いなく勝利していただろう。ほんの一瞬の差が勝負を決めてしまった。


「あんたはVR快楽殺人者であり、メイドのエルミィをも手にかけようというゴミクズオヤジだ。いちどは不覚をとったが、今度は容赦しない」

「ひぃ!? ……アアアアアアアアア!」


 2秒後。トネガワは攻撃力6000オーバーの威力を有する太刀の一撃を胴体に受け、苦しみのたうち回りながらログアウト――『死亡』した。


「もし異変に気づいた現実世界の医者がすぐに麻酔を打てば、あんたは助かるかもしれん……現実世界での幸運を祈るぜ」


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