6話
当たり前だが、自転車は何もされていなかった。
跨る前に時間を確認するために携帯電話を取り出すと、ポケットから紙が落ちた。拾い上げて確認してみると電話番号が書かれていた。誰の番号なのかは分からないが、祖父はどうしてもダメだと思ったら電話しろと言っていた。
一瞬だけ電話しようかと思ったが、どうしてもと言う状況でもない。本来の目的である時間を見てみると、午後13時を過ぎていた。太陽は傾き始めて、一番暑くなる時間帯だ。
熱中症なども考えて、やはり電話をした方が良いのではないだろうかと考えている。
「なあ、レニーニャ。今から帰るんだけど、もしかすると早めに家に帰ることが出来るかもしれないんだけど、どうした方が良いと思う?」
彼女は僕を睨むように話を始めた。
「レイゼイ、何を考えているの? 辛い思いをしてやっと着いたんだよ? 帰りだけ楽して帰るだなんて、いくらなんでも虫が良すぎるよ。それに、答えはもう出ているのに私に賛同を求めるのはやめてほしい」
「答えが出ているってどういうこと?」
「早めに家に帰ることが出来るかもしれないって言ったってことは、自分はそうしたいってことでしょ? 違っているのならごめん。でも、わざわざそんなことは言わなくても良いと思うの。だから私はレイゼイ自身が深層心理で思っていることを口に出したんだって思ったんだけど、どう?」
そのようなつもりで言ったわけではないが、彼女の言う通り建前は熱中症になるかもしれないと言うことで、本音は深層心理で楽をしたいと言う気持ちが無意識に口ずさませたのかもしれない。
「ごめん、やっぱり自転車で帰ろう。熱中症になるか不安だったから一応聞いてみただけだったんだけど、きっと深層心理で」
「ちょっと待って、熱中症って何?」
僕の話を遮って、彼女は初めて聞いたのか、熱中症と言う単語の意味を尋ねてくる。
「長時間暑い場所にいるとそう言う病気になるんだ。症状は軽いものだったら眩暈や吐き気だけど、重い症状だったら失神とか痙攣したりするらしいし、最悪の場合は死に至るって。この時期になるとほぼ毎日熱中症で倒れたってニュースを聞くよ」
レニーニャの方を見てみると、青い顔をしていた。
「やっぱり早く帰ろう」
「極端すぎだろ……」
その後もレニーニャは死ぬ前に家族の顔を見たかった、家族と話をしたかったなど家族関係のことを出してきたので断ろうにも断れない状況になってしまい、結局電話をかけることになった。
「とは言っても、これ、誰の番号なんだろうな」
不安に思いつつも数字が表示された画面をタップしていると、レニーニャが覗きこんでくる。
「地球はやっぱり著しい進化環境はありそうだね。イニジードでもこの機械に似たものは過去に作られていたよ。過去と言っても何百年も前だけど」
「とにかく電話するから少し黙ってて」
携帯からは呼び出し音がなっている。5回ほど鳴ったあたりで電話を取る音が聞こえる。
「あの、もしもし?」
無言。何も聞こえてこない。
「もしもし? 聞こえますか?」
それでも無言が続いている。レニーニャも不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
これ以上聞こえているかどうか聞くのも無意味だと思ったので用件を話してみることにした。
「あの、僕たち、今、気多大社にいるのですが、良かったら来てくれませんか?」
要件を言うと同時に電話の通信が途絶えた。こんなことで来てくれるのだろうか。
しばらく僕たちは鳥居の近くで待っていたが、誰も来る気配がなかった。
「レイゼイ、本当に番号あっていたの? て言うか、地球では番号を使って遠距離会話をするんだ。その辺はまだまだ発展レベルか」
「じゃあ、イニジードではどんな会話をするの?」
「頭の中で思えばもう会話できるよ。レイゼイたちの言葉を使えば超能力、もっと言えばテレパシーってやつになるのかな。テレパシーを使える人は地球外から来た人なのかもね」
冗談なのか本気なのか分からないことを笑いながら話している。
だが、レニーニャの母星は地球よりも格段に科学は進歩しているのだろう。
「ところで、いつになったら電話の人は来るの?」
「さあ、無言だったし、来るかどうかも分からないよ」
驚嘆しているレニーニャを横目で見ていると、神社の向こうから軽トラックが走ってくるのが見えた。
この辺りで軽トラックなどさほど珍しくもない。むしろこの辺は軽トラックの方が多い。
しかし、近付いてくるトラックは僕たちの前で停車する。
「あんた、冷泉か?」
「え? そ、そうですけど。どちら様ですか?」
「とにかく乗れ! 自転車乗せたらそこの金髪の姉ちゃんと一緒に荷台に乗っていろよ!」
がははと笑いながら僕たちの乗っていた自転車を荷台に乗せ、そのまま僕たちも荷台に乗るように言ってきた。
先に僕が乗り、レニーニャの手を引っ張りながら荷台に乗る。
「よし! 出発するからな!」
窓を開けた名前も知らないおじさんは僕たちの返事も聞かずに車を発進させた。
ガタガタと揺れながら誰もいない道を通っている。炎天下だが、風が気持ちいい。
「レイゼイ、これがクルマって言うの?」
「そうだよ。本来、ここには荷物を載せるんだけどね」
運転席のある部分に背中を預けながらだんだん遠くなっていく神社を見ていた。
僕は漕ぎ疲れていたので、半分眠っていた。
「……ン、レイ……よ」
目を覚ますとレニーニャが僕の方を見ていた。
「やっと起きた。おじさん、用事があるからここから先は自分たちで帰ってくれだって」
「悪いね。家まで送ってやりたいんだが、急用が入っちまってよ」
「ああ、いえ。構いませんよ。すいません、ここまで送ってくれて」
何度もお礼を言いながら頭を下げ、送ってくれたおじさんは再度エンジンをかけてギアを動かしながら道路へと向かい、そのまますぐに来た道を戻って行った。
「大丈夫? 疲れていない?」
「ああ、平気だよ。少しだけ寝たら楽になった。行こう」
後ろにレニーニャを乗せ、僕は再度自転車のペダルを回し続けた。
来た道を戻るだけだったので、比較的にすぐに戻ってきた。
郵便局が見えてきたあたりで、レニーニャは声を出す。
「レイゼイ、家に戻る前に船に行っても良い?」
「ああ。分かった」
自転車を坂道の途中にある祖父母の家の横に停めて、僕たちはレニーニャの乗ってきた船が隠してある岩場へと歩き出す。
この辺りの近隣住民は高齢者が多いので、この岩場へ来ることは、まずあり得ない。
岩場から岩場へと飛び移りながら船の元へと向かう。
「大丈夫? 何もなっていない?」
「うん、平気。今日得たエネルギーをチャージするから少し離れてて」
彼女の言葉を聞き、僕は岩場へと移動し、様子を見ていた。球体を放り投げると、光が出てきて、その光は宇宙船を包み込んでいた。
「よし、完了」
「これだけで良いのか。それで、あと2つは何? 出来ることなら手伝うよ」
「次の課題は」
言いかけた直後、レニーニャのお腹の虫が鳴き出す。
「……お腹空いちゃった」
「あははは。それじゃ、戻ろう。きっと美味しいご飯が作られて待っているよ」
自転車を置いた祖父母の家へと向かった。
「ただいま」
玄関を開けての第一声だった。すぐに居間の方から祖母の足音が聞こえてくる。
「おかえり、お風呂湧いているよ。入って来なさいな」
「ああ、レニーニャ先に入って良いよ」
「え? 一緒に入らないの?」
僕は思わず吹き出してしまう。
入りたくないと言えば嘘になる。しかし、入ってしまうと僕の中の何かが弾けてしまいそうだ。彼女は宇宙人とは言え、どう見ても人間の女の子だ。そんな子と一緒にお風呂に入るだなんて。
「先に入って良いよ、一番風呂ってやつを堪能しなよ」
「……うーん、分かったよ。じゃあ、先に入らせてもらうね」
レニーニャは少し不満そうに脱衣所へと向かった。
居間へ向かうと、祖父がテレビを見ていたが、僕の顔を見るなり話をしてくる。
「冷泉、無事に着けたのか?」
「うん。着けたよ。あと、電話かけさせてもらったけど、どうして無言だったの?」
「用件だけ言えって言っただろう」
そんなこと言っていないでしょ、と言いかけたが祖父は電話が嫌いなのかもしれない。
昔から少し頑固なところがあったので、文明の機器に頼るのではなく直接、こうやって話したがっているのかもしれない。
「迎えに来たあいつは、わしの昔からの友達だ。神社の近くに家があるから迎えに行ってもらったんだが、大丈夫だったか?」
「うん、軽トラの荷台に乗って帰ってきたよ。途中までだけどね」
祖父はしかめっ面をしていたが、すぐに僕の方を向いた。
「何にしても、お前たちが怪我もなく戻ってきて本当に良かった」
「レイゼイ、お風呂あがったよ」
祖父が話し終えると同時に祖父の後ろにあった襖が開き、濡れた髪で色気付いたレニーニャが出てくる。早すぎる気もしたが、今はどこからどう見ても人間にしか見えない彼女に僕は見惚れていた。
「冷泉があがったらご飯にしましょうね。お腹空いたでしょう?」
「はい! ここのご飯はとても美味しいので夕食も楽しみです!」
楽しそうに祖母と話しているレニーニャを横目に僕も着替えとタオルを持って風呂場へと向かった。
風呂に浸かると、今日一日の疲れが吹っ飛びそうになるくらい気持ちが良かった。生きていると言う感じは、こう言うことなのだろうか。
今日はレニーニャにたくさん質問をされた。それも、ほとんど僕の核心を突くような質問ばかりだった。彼女はひょっとすると本当に人の心を読めるのかもしれない。
もし仮に読めるのなら、全て僕の心情を読み取って、わざとあのような質問をしていたのだろうか。
初めて出会った異星人なのに、どうしてあそこまで質問をしてくるのか。初めて会うからこそ、もっと知りたいと言う好奇心や欲求で聞いてきたのだろうか。
考えていても仕方がない。僕もお腹が空いた。夕食を食べに行こう。
風呂から上がり、体や頭を洗い、居間へ向かうとテーブルの上には既に赤や白で彩られた魚介料理がこれでもかと並べられていた。
「冷泉、早く座りなよ!」
僕が座ると同時に、レニーニャは大きな声でいただきますと言い、箸を伸ばしていた。
何か食べるたびに目をギュッとつぶり、美味しいと言っている。相当地球の食べ物が気に入ったらしい。
その後、レニーニャの2つ目の課題を聞く余裕もなく、僕は布団に入ると10秒もしないうちに眠りに就いた。
つづく
第一章はこれで終わりです。
書いていて一番楽しくて、僕の書きたいことを思うままに書けた部分でもあります。