1話
僕の前に、宇宙人だが、見た目は人間の女の子がいる。女の子かは定かではないが。
「答えて。君は、この星の生き物なの?」
大雑把なことを聞いてくる。本当に宇宙人なのだろうか。
「そ、そうだよ。地球の、人間の、逢瀬、冷泉……」
「地球、か。参ったな。今は素直に喜べないな」
たくさん聞きたいことがあるが、今は前の女の子のような生き物に驚きを隠せない。
「あ、あの、えっと、君、名前は?」
「ん? ああ、これは失礼。私の名前はレニーニャ。レニーニャ・ネッコトス。君はこの地球と言う星のニンゲンと言う生き物のオウセレイゼイと言うの?」
レニーニャと名乗る宇宙人は、僕の名前を呼ぶ。
「そうだよ。えっと、その、レニーニャさんは、もしかして、宇宙人なの?」
「宇宙人、か。私はあまりしっくりこないけど、レイゼイから見るとそうだね。私から見るとレイゼイが宇宙人になるし」
「ええっと……」
何故、ここまで流暢な日本語で話しているのか分からない。
「とにかく、ここにいると危ないよ。またいつ岩が落ちてくるのかも分からない。一度ここから離れよう」
「それは出来ない」
宇宙人は即答する。即答に対して僕も疑問をぶつける。
「何で?」
「この船がないと私はイニジードに戻れない。だからここで修理させてもらう」
「イニジード? 何だか分からないけど、でも、やっぱり危険だよ。こっちに」
彼女の手を引っ張ろうと手を伸ばすと、すぐ近くにあった大きな岩が崩れて、マシンに直撃する。破片が僕たちの周りに飛び散るが、レニーニャの出した半透明、半球体の物質のおかげでかすり傷一つ出来なかった。
「全く、この地球と言う星の、この岩と言う物質は随分と脆いな」
手のひらに収まるくらいの岩を持ち上げながらレニーニャが呆れる。
僕の前にいる、どう見ても人間の女の子の生き物は、正真正銘の宇宙人だ。
「わ、わあああ!!」
あまりにも突然に、いろいろと起きすぎて僕はその場から走って逃げ出す。
「待って!」
しかし、どういうわけか、レニーニャの声を聞くといきなり体が硬直してしまった。恐る恐る彼女の方を振り向くと、彼女はヘルメットを抱えて僕を見ていた。
「何で逃げるの? まあ、理由は言わなくても良いけど。とにかく、私はあなたに助けを求めたい。ダメかな?」
ジッと僕の目を見つめながらレニーニャはそう告げる。
こうやって見ると、どこからどう見ても人間にしか見えない。
「安心して。レイゼイはもう敵じゃないって分かったから、攻撃はしない。でも、助けてくれないかな? その、船のエネルギーも不足しちゃっているみたいだから」
「助けると言っても……」
「ああ、安心して。エネルギーは全部この地球で調達、調合、調整する。単刀直入に言っちゃうとね、私を保護してほしいんだ。船内はもう住めたものじゃないからさ。君の家を仮の基地にしたいんだ」
レニーニャがお願いを言い終えた直後、携帯が鳴った。
「何? 何の音?」
「電話だよ。ちょっと静かにしていてよ、もしもし?」
電話の相手は母親だった。要件は言わなくても分かる。どこにいるんだ、早く帰ってこい、だろう。
「今どこにいるんだ。もう帰るぞ」
「うん。すぐ戻るよ。じゃあ、切るよ」
タッチパネルの赤いボタンを押して通話を終了する。
「へえ、地球にも通信機器はあるんだな。でも声だけなら文明は発展途上段階かな」
「何ブツブツ言ってるの。僕、この辺の人じゃないから、もう帰らないといけないんだ。その、悪いけど、エネルギー補給とか食糧とかは全部一人でやってもらえるかな。今日あったことは誰にも言わないからさ」
レニーニャは黙って下を向いていた。
「ごめん。でも、僕たちが会ったことは本当にただの偶然だから」
「レイゼイ、どうしてもダメ? やっぱり宇宙から突然やって来たから偏見を持っているのかもしれないけど、絶対に変なことはしない。なるべくこの地球の環境に馴染んでいく」
レニーニャは必死に懇願している。どうすれば良いのだろうか。
「と、とにかく一旦ここから離れよう。ここは人も全然来ないし、船も海からは岩陰に隠れて見えないはずだから」
そう言って、レニーニャの手を引っ張りながら海から離れて、祖父母の家の前へとやってきた。
「ここで待っていて。ちょっと説得してくるから」
僕はレニーニャを家の前に立たせて、玄関へと入る。靴を脱ぎ捨て、居間に入ると母親は帰る準備万端だった。
「じゃあ、冷泉も帰ってきたから帰るわ」
「待って。その、さっきそこで海外から来た女の子と会ったんだけど、帰る場所を忘れたらしいんだ。だから、しばらくここにいさせてあげてくれないかな?」
咄嗟に思いついた嘘でごまかすが、一応嘘はついていない。
「どこの子だい?」
祖母の突然の質問にすぐに答えられなかった。
「ええっと、ロシアだったかな。髪も金髪だったから」
「ロシアか。冷泉、お前いつからロシア語が分かるようになったんだ?」
次は祖父の質問に答える。
「彼女が日本語をしゃべっているから大丈夫だよ。今、連れてくるね」
そう言って玄関に戻るとレニーニャがいなくなっていた。
「あれ? おーい! レニーニャさーん!」
もちろん返事はない。
そこまで時間も経っていないから、遠くには行っていないはずだ。すぐに近場を探す。
最初に思いついたのは、やはりレニーニャが乗ってきたと言う宇宙船がある場所だ。戻ってきた道を辿って行けばいるかもしれない。
僕は海までの道を全速力で駆け抜ける。
レニーニャは海へと降りる階段の前に立っていた。
「あ、いたいた。もう、勝手にどこでも行かないでよ」
「レイゼイ……」
レニーニャは僕の方を見て、何か言いたげな顔をしていた。
「大丈夫だよ。僕の親戚だから怖がらなくても大丈夫」
「でも」
「いつまでもそんなこと言っていたら、誰も助けてくれないよ。さあ」
再度、レニーニャの手を引っ張って祖父母の家に戻ると、母親が玄関で待っていた。
「その子がさっきのロシア人か」
「うん」
「ふーん。ロシア人は変な格好しているんだな」
このアーマースーツを見れば誰だって同じこと思うだろう。
「早く説得してこい。お母さん、早く帰りたいんだ」
「……分かってるよ。行こう、レニーニャさん」
「レイゼイ、これも同じニンゲンってやつなの?」
「ああ、後でそれは説明するよ。とにかく入って」
レニーニャと僕を睨みつける母親を無視して、玄関へと招く。
居間の戸を開けると、祖父母は二人とも驚いていた。
「まあまあ……これはまた変わった格好を……」
「レイゼイ、これもニンゲン?」
「ああ。彼女がさっき会ったロシアから来たレニーニャ・ネッコトスさん。ある程度の日本語は話せるから大丈夫だよ。じゃあ、お母さんが待っているから行くね」
「冷泉、待ちなさい」
祖母は僕を止めるが無視して玄関へ向かう。
靴を履いたとき、横にいたのは祖母ではなくレニーニャだった。
「レイゼイ、どこ行くの? 一緒にいるんじゃないの?」
「僕、やらなきゃいけないことがあるんだ。悪いけど、レニーニャさん、ここでお別れになる。電話があるから声だけは聞けるから。じゃあ、元気で」
本当は、帰りたくなかった。
帰ると、また学校へ行って決まらない進路相談で一日が終わる。
何より辛いのは、家に僕の居場所がないからだ。
居間には母親と愛人が始終いて、マトモに会話もしないので、ただただ気まずいだけなのだ。それならいっそのこと、ここに留まった方が良いのではないだろうか。
「レイゼイ、辛いならここにいたら良い。レイゼイのしたいことをすれば良いんだから。周りのことなんか気にしないで」
レニーニャは、僕の心情を読み取ったかのように優しい言葉をかけてくる。
「私は、レイゼイに船のエネルギー補給を手伝ってほしい。ダメかな?」
横から僕のことをじっと見ている。
考えていたが、僕はもう答えが出ていた。
「……分かった。じゃあ、ちょっと話してくるから、またさっきの人たちと一緒にいて。少し遅くなるかもしれないけど、絶対にここから出ないでよ」
立ち上がり、車へと歩き、すでに出発準備万端な母親に話す。
「さっきの子の親が見つかるまで、僕もここにいることにするよ。だから、帰って良いよ」
「そうか、分かった。何かあったら連絡してくれ」
母親はそう言うとすぐに車を発進させて帰っていった。ここまであっさりと行くとは思わなかったので、肩の荷が一気に下りたような気がした。だが、僕の問題はまだまだある。
祖父母の家に入り、靴を脱ぐ。居間の中へ入ると、レニーニャがアーマースーツを脱ぎ捨てて真っ白な肌を露わにして、薄いシャツに着がえていた。
「レニーニャさんよく似合っていますよ。お古だけど許してね」
「ば、ばあちゃん! 何してんの! レニーニャさん、こっち来て!」
レニーニャの手を引っ張って廊下へと出る。
「レニーニャさん平気? 呼吸は出来ているとしても、太陽の光とか浴びて大丈夫?」
「レイゼイ、地球はすごいよ。文明レベルはまだ発展途上段階だけど、生活環境は私のいたイニジードとほぼ同じ。ううん。全く同じと言っても良い。ここ、本当はイニジードなんじゃないのかってくらい同じなの」
目を輝かせながら僕の手を握り、目をジッと見ながら話してくる。イニジードとは、レニーニャの母星のことなのか、僕は疑問を抱いている。
「あ、あのさ。さっき聞き逃したから今聞くけど、イニジードって言うのは何?」
「私が生まれた星。環境はほとんどこの地球と同じ。レイゼイたちが太陽って呼んでる恒星もイニジードにもある。本当にすごいよ。建物とか物質は全く違うけど、大気の成分もイニジードと全く同じなんだもの」
「そ、そうなんだ……とにかく、平気なら良かったよ」
「じゃあ、もしかするとレイゼイたちが食べているものも、食べられるかな?」
「今までは何を食べていたの?」
「宇宙では光とちりを合成して、何でも作っていたけどこの星のものは何も」
「ううん、よく分からないけどでも、地球の食べ物、食べても平気? レニーニャさんのいた星と大気成分は同じでも、食べるものは違うだろうし病気になったりしないかな?」
「大丈夫だよ。私、いろいろな星のいろいろな料理を食べてきているからさ。例え未確認の星でも知能がある生命体もいるってことは食べても平気だよ」
考え方は面白いと思ったが、やはり心配だ。
だが、このまま何も食べなければレニーニャは餓死してしまう。
「分かった。とにかく、ダメだと思ったらすぐに食べるのをやめて、僕に教えてよ」
「平気だって! さっきも言ったけど、地球以外の星の食べ物も食べているんだよ? いくらなんでも心配しすぎだよ」
そうは言っても、心配なことに変わりはない。
「冷泉、レニーニャさん、ちょっと来て」
祖母が僕たちを呼んでいたので、居間に戻るとテーブルが海鮮料理尽くしだった。
「ロシアの料理は分からないけど、日本の料理も食べてもらおうと思ってね」
「わあ! すごい! 赤いものと白いものばかり!」
レニーニャは本当に驚いていた。反応から察するにどうやら、レニーニャが今まで漂流した星の中には魚のような生き物はいないらしい。
「冷泉もたくさん食べるんだよ。さっきみたいに急いで食べちゃダメだよ」
「いただきます」
レニーニャは不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「レイゼイ、『いただきます』って、何?」
「命を戴きますって意味だよ。僕たちのために死んでくれた生き物に感謝をして食べるんだ」
「へえ、そう言う意味があるんだ。じゃあ、この2本の棒は?」
「これは箸と言って、こうやって使うんだ」
箸をカチカチと動かしたあと、盛り合わせてある刺身を掴んだ。
「この赤いものや白いものは、さっきまで生きていたの?」
僕の方を見て、急に真面目なことを質問してくる。
「さっき、と言っても数時間前までは海にいたんじゃないかな。急にどうしたの?」
「さっきまで生きていたんだ。でも、その生き物の一部をまるで汚いものに触れるかのようにこの箸を使って食べるんだね。ニンゲンって、不思議」
言い方があまりしっくりと来ないが、言っていることは間違えてはいない。
「確かにレニーニャさんの言う通りだけどさ、口に入れて食べるから、そんなの気にしなくても良いんだよ。きっとこの生き物も食べられて幸せだと思うよ」
「じゃあ、レイゼイはいきなり自分より大きな生き物に捕まって、食べられると嬉しい?」
「えっ……」
彼女は僕に目を合わせてくる。反射的に目を逸らしてしまう。
僕が魚だったら、食べられてうれしいのかと聞いているのだろう。
「……その生き物が、僕を食べて生きていけるなら、良いと、思う」
「そっか。ニンゲンって、やっぱりヘンな生き物だね」
そう言いながら、レニーニャはとても綺麗な箸使いで刺身を掴み、醤油に浸して口に運ぶ。
「……! レ、レイゼイ! 何これ、すっごい美味しい! いろいろな星でいろいろなものを食べてきたけど、こんなに美味しいものは初めて食べた!」
皿に盛られている刺身を素早く口へと放り込んでいる。
「レニーニャさん、気に入ってもらえたようだね。さばいて良かったよ」
祖母がニコニコしながらレニーニャに話しかける。
「はい! とても美味しいです! 私のいたところにはこんなに美味しくて、変わった食感の食べ物は一切なかったので、すごく新鮮です!」
「本当良かったよ。夜もレニーニャさんが気にいるような魚介系にするね」
「ありがとうございます!」
本当に嬉しそうな顔をして食べている。先ほどまで真面目な顔をして深い言葉を話していたのに、今はそのようなことも気にせずパクパクと食べている。真剣に考えていたことが杞憂だった。
大きな皿に大量に盛られた刺身はあっという間になくなってしまった。
「地球も良い星だね。こんな美味しいものがあるなんて思わなかった」
「そう? でも、他にも美味しいものはたくさんあると思うからもっと食べてみなよ」
「うん。そうする」
大きくため息を吐いた後、レニーニャは僕の顔を見てくる。
「レイゼイ、これからのことなんだけどさ」
僕もレニーニャのこれからのことを考えたいと思っていた。やはり、帰るために必要な船のエネルギーのことだろう。
「エネルギーを集めたいんだ。この地球はイニジードとよく似ているから、エネルギーも地球のもので代用が効くと思う」
レニーニャがそう言った直後、僕の頭の中では、船がある場所での出来事がフラッシュバックする。
「でも、レニーニャさんの乗ってきた船、岩が当たっても傷一つついていなかったけど、本当に代用が効くかな?」
「その点は大丈夫。ちゃんとこっちで上手く変換するから。さすがに地球のエネルギーをそのまま使わないよ。私だってそれくらい分かる」
レニーニャは真面目な顔をして告げるが、簡単に変換とやらは出来るのだろうか。レニーニャのいたイニジードのエネルギーと地球のエネルギーでは格差だってあるはずだ。
「変換って言うのは、どうやってやるの?」
「船に道具箱があるよ。エネルギーを補給すると勝手に船に見合ったエネルギーに変換してくれる。補給は、あの岩場でやれば良い。何が起きるか分からないし、近くに液体があった方が何かと都合も良いからね」
「じゃあ、場所は決まりだね。あとはどう言ったエネルギーが、どれくらい必要かな?」
顎に手を当ててレニーニャは考えている。
「それを調べるために、もう一度船がある岩場に行きたいんだけど、良い?」
「別に構わないけど、少し休んでから行こうよ。食べてすぐ動くと体に悪いよ」
「そうなんだ。じゃあ、少し休もう」
僕とレニーニャは軽く休憩をした後、僕らが出会った磯部へ向かうことにした。
「ばあちゃん、レニーニャさんとこの辺を散策してくるよ」
「散策するって、この辺何もないよ」
祖母の言う通り、この辺りは海しかない。
「あの、灯台とか海辺を見てくるだけだよ。心配しなくても大丈夫」
「気をつけなさいよ」
決まり文句のように言われるその一言を聞いて、僕はレニーニャの手を引っ張って玄関へと向かった。
つづく