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涙のハグ  作者: 櫟 千一
雷のエネルギー
18/19

17話

 港から旧灯台の海沿いを通り、僕とレニーニャは祖父母の家へと向かった。その際に海に浮かべておいた吸収装置も見ていたが、あまり見えなかった。

 空は先ほどよりも暗くなっていた。

 坂を上がれば祖父母の家だが、レニーニャは坂を上らずに海を見ていた。視線の先は、球体を置いてきたあたりだ。

「不安?」

「少しだけね。雷の威力は強大なのは分かるけど、規模が分からないから。もしも、計算以上、あるいは計算以下の力だったらどうしようって思って」

「大丈夫だよ。イニジードの科学力は、地球の科学力と比べ物にならないんだ。民間人が宇宙へ進出できる時点で、地球の科学力を超越している。だから心配ない。あの機械を信じようよ。きっと大丈夫。ほら、急がないと雨が降ってくるよ」

 すぐに小雨が降り始めたので、彼女の手を引っ張って祖父母の家へと戻った。

 玄関に入ると外は土砂降りになる。この調子なら雷が鳴ってもおかしくはないだろう。

「ただいま」

「おかえり。雨、大丈夫だった?」

「うん、ちょうど家に着いた瞬間に降ってきたから大丈夫だったよ」

 祖母はタオルを持っていたが、それほどまで濡れていなかったので不要だった。

 テレビを見ていた祖父は、僕の方を向かずに話を始めた。

「冷泉、どこに行っていたんだ?」

「ああ、ちょっと灯台見てたんだ。ついでに、ちょっと海の様子も見たかったからね」

「本当か?」

 僕の方に顔を向けて、威圧をかけて話す祖父に僕は嘘を吐く。良心が痛み、罪悪感も覚えたが、今はレニーニャのためだ。

「本当だよ」

 目だけを動かしレニーニャの方を見ると、下を向いていた。ホログラフィーでも表示させているのかと思ったが、彼女のふとももには何も表示されていなかった。

「……ごめんなさい。本当は、私のワガママで海に出ていました」

「レ、レニーニャ! どうして言うんだよ!」

「だって、レイゼイが辛そうだったんだもん。私のワガママでレイゼイを苦しめたくないよ」

 言いつけを守らずに勝手に海へ出たから、祖父は僕たちのことをきっと怒鳴るだろう。

 須原さんも言っていた。海に落ちて死にかけた経験があると。僕たちを思って頑なに海へ出ないと言っていたのに、約束を破ってまで海に出た。怒鳴られても文句は言えない。悪いのは僕だ。下を向いてギュッと目を閉じるが、祖父は怒鳴らなかった。

「無事に戻ってくることが出来て良かったな。でも、次からはこんなことをするなよ。ちゃんと約束を守ってくれ。お前たちに沖合に出るなとは言わない。でも、天気が悪い日は海に出ないでくれ」

「はい。本当にごめんなさい。反省してます」

 レニーニャは深々と頭を下げて謝っていたので、僕も一緒に謝る。祖父は一息吐いて、再度テレビに目を向けていた。

「雨も酷くなってきたし、今日はもうどこも行けないだろうからね。家でゆっくりしていなよ。最近あんたたちはどこにでも行っていたからね。いくら若くても、たまには休まなきゃ体が持たないよ」

 熱いお茶を持ってきてくれた祖母にお礼を言いながらお茶をすする。

 外は雷雨に変わり、時折地響きがするほどの大きな音も鳴っていた。その度レニーニャは小さく驚きの声を上げていた。

 そして雷が鳴るたびに決まって海に落ちたかな? と聞いてくる。

 その度に僕は落ちたんじゃないかなと冷たくあしらっていた。でも、そんな彼女を見ていると、愛おしい気持ちになる。もっとレニーニャと一緒にいたい。ずっと一緒にいたい。そう言う感情が渦巻いてしまう。

 だけど、レニーニャはイニジードへ帰らなければならない。そのために雷のエネルギーを欲しているのだ。

 ピカッと光るたびに僕の心の奥が痛くなる。海に落ちたら、確実にエネルギーになる。

 レニーニャはつまらなさそうにテレビを見ていたので、僕は寝室へと彼女を連れて行く。

「どうしたの?」

「退屈そうだったからさ。何か話そうよ。こんな雨なんだから、外にも出られないし、雨が止むまでまだ時間もかかりそうだし」

 レニーニャは僕の背後にある雨で濡れている窓を見て笑った後、話し始める。

「そうだね。それじゃ、何か話そうか。レイゼイは何か聞きたいこと、ある?」

 彼女からの質問に、戸惑う。聞きたいことはある。

 レニーニャは僕のことが好きなのか。その真実を知りたかった。

 でも、レニーニャは僕のことが好きではなかったら?

 まず僕とレニーニャは異星人同士だ。異星人に恋心を抱いている時点で僕は異常なのかもしれない。

 それでも、今まで出会ってきた異性よりも彼女は魅力的で、僕にあらゆることを気付かせてくれた存在でもある。異常でも彼女と一緒に暮らしていきたい。そう思っている自分がいるのも事実だ。

「レニーニャは、僕と一緒にいて、楽しかった?」

 結局、聞くことは出来なかった。

「うん、とっても楽しかったよ。レイゼイと会えて本当に良かった。でも、レイゼイはどうなの? 私と会えて、何か変わった?」

「もちろん。レニーニャに会わなかったら、今頃一人だった。毎日一人で、中身のないつまらない日常を過ごしていたに違いないよ。レニーニャに会えたことは、僕の人生で一番大きな影響を与えたと言っても良いよ。本当に、本当に君には感謝してる」

「そっか。それなら良かったよ。他に何かある? エネルギーが溜まったらすぐに宇宙へ飛び立とうと思ってるし、この会話が最後になるかもしれない。だから何でも聞いてよ。全て何もかも私の知っている限りのことは教えてあげる」

 レニーニャは僕にじっと目を合わせて、どこか物悲しげにそう話していた。

 僕は勇気を振り絞り、話そうと思いつつも結局話すことが出来ずにただレニーニャの目を見ていることしか出来なかった。

「聞きたいことがないなら、私からレイゼイに質問しても良い?」

「う、うん、構わないよ」

「レイゼイは、私と暮らしたいって言っていたよね? もしも、エネルギーが溜まらなかったら、そのときはレイゼイのその言葉を信じても良い?」

 頬を赤らめて彼女は僕に時折目を合わせながら、だけど目が合うとすぐに視線を逸らしながら、僕に話す。

「もちろんだよ。そのときは、よろしく」

「こちらこそ。だけど、あくまで今の話はエネルギーが足りなかったときの話だよ?」

 これが現実になってほしいだなんて、口が裂けても言えないと思ったと同時に、瞬時に脳内では彼女は稀にとは言え、僕の心が読めることを思い出す。すぐにレニーニャの顔を見るが、彼女は表情一つ変えずに雨が小降りになっている外の景色を見ていた。

「本当に帰るのは今日なの?」

「……さっきはすぐに宇宙へ行くと言ったけど、さすがに、いきなりいなくなるのは気が引けるよ。レイゼイのおじいさんや、おばあさんにもお世話になったんだし、さすがにお礼は言って行く。だから、明日にしようかな?」

 つまり、レニーニャといられる時間はもう半日もないと言ったところだろうか。

 時刻は17時前だった。霹靂へきれきはなく、小雨になりつつある外の景色を僕も見る。この雨がずっと続けば良いのに。そんな事すら思えてしまっている自分の心はやはりエゴに満ちているのだろうか。

 ここはレニーニャのエネルギーが溜まっていることを願い、無事にレニーニャがイニジードに到着することを願った方が良いのだろうか。

 例えエゴでも良い。

 僕は彼女、レニーニャ・ネッコトスと一緒にいたい。

 1秒でも長く一緒にいたい。

 やはり、ハッキリと言うべきだ。

「レニーニャ」

 名前を呼ぶと、レニーニャは立ち上がり、窓を眺める。

「見て、雨が止んだ。今のうちに回収してこよう!」

 喜びに満ちた表情を僕に見せてくるレニーニャは、僕の手を引っ張り外へと向かった。祖父母にはちょっと出てくると言い残し、返事も聞かずに外へと向かった。



 坂道からは夕日が見えていて、僕たちを同じ色に染めていた。

 無言で坂道を下り、海へと続く階段を下りて行く。その際一言も話すことなく、ただ黙々と僕たちは下りて行った。海は若干水かさが増えていた。

 レニーニャは球体を見つけて、海の中へと入っていく。

 穏やかな波はレニーニャのことを陸へと押し戻そうとするかのように、躊躇なく彼女に打ち付ける。

 それでも、岩の間に浮かんでいる球体を取りに、彼女は波に逆らいながら進んでいる。

 球体を取り上げ、彼女はほくそ笑んでいる。きっと、エネルギーが溜まっていたのだろう。僕の視線に気付いた彼女は笑顔で手を振っている。その笑顔が、たまらなく愛おしかった。

 電子機器など一切持っていないので、僕も海の中へと入っていく。靴の中に海水が浸み込んでくるが、レニーニャに近付きたい一心で僕は足を進める。

「見て。完全に溜まってる! これで宇宙へ帰ることが出来るよ!」

「本当に?」

「うん!」

 やはり、彼女はイニジードへ戻りたいのだろう。戻らないと、今までの苦労が全て水の泡になる。

 考えてみれば、皮肉なものだ。

 僕はレニーニャと共にイニジードへ戻るためのエネルギー補給をしている内に、彼女に心惹かれていた。

 運命と言うものは実に残虐だ。一時の楽しい時間を過ごしてもらえただけでも、運命には感謝すべきなのかもしれない。

 レニーニャは岩陰に隠れている船の元へと向かっていたので、僕も彼女の背中を追いかける。その長い金色の髪を見ていると、後ろから抱きしめて地球で暮らしてくれと言いたかった。

 そんなこと言えるわけもなく、レニーニャは宇宙船の元へと到着していた。

 ある程度球体を触った後、宇宙船に向かって放り投げる。

 すぐに球体から光が出てきて、宇宙船全体を包み込む。

 これが雷のエネルギーなのだろうか。

「やっぱり自然の力って言うのはすごいな。短時間でここまで……」

 波の音にかき消されながらも彼女はそう呟いていた。

「レイゼイ。ごめん、私やっぱりすぐに行くよ」

「ど、どうしてっ? お礼は言わなくて良いの?」

 レニーニャの突然の告白に僕は動揺してしまう。

「……ごめんなさい。私、やっぱり1秒でも早く家族に会いたいんだ。だからお礼は言えない。ごめんね、行くよ」

「待って! レニーニャ! 待って!」

 僕の必死な問いかけに彼女は見向きもせずに宇宙船へと歩いて行く。

 僕は考えることを放棄し、彼女の手を掴む。すぐにレニーニャは僕の方を向く。

「ごめんなさい。嘘を吐いたことは謝る。だけど、私はすぐにでも行きたい。だから、その手を離してくれないかな?」

「ふ、船の中には、何か食べるものはあるのか? 飲みものは?」

 頭が混乱し、僕はそんなことを口走っていたが、レニーニャは青い顔をしてこちらを見ていた。

「そうだ、食べ物、底を尽きているんだった。光とちりを合成していたけど、イニジード着くまでに持たないかも」

「早く帰る気持ちも分かるけど、今はまだ太陽が出ている。こんな明るい時間に飛び立つのは危険だよ。もう少し薄暗くなってからの方が良い。食べ物を分けるから、一度祖父母の家に戻ろうよ。そしたら、お礼も言えるじゃないか。だから、頼む、もうしばらく一緒にいてくれないか?」

 レニーニャが1秒でも早く家族と会いたいと思うと同時に、僕もレニーニャと1秒でも長くいたい。

 そして、このような提案を出してしまった。

 彼女は僕の考えに納得したのか、僕の手を引っ張って祖父母の家へと戻った。



 居間に入り、開口一番にレニーニャの家族が見つかり、帰ることになったので何か食べ物はないかと祖母に話すと、今日の夕飯であろう焼き魚をタッパに詰めて持ってくる。

「レニーニャさん、短い間だったけど、元気でね」

 袋に詰め込んだ食物と、ずっと別室に置かれていたアーマースーツをレニーニャに渡すと、笑顔でお礼を言っていた。

 彼女の心情は帰ることが出来ると言う気持ちでいっぱいだろう。それを踏みにじるわけにはいかない。

 祖父にもお礼を言っていたが、祖父は目を合わせずにただ、頷いているだけであった。

「レニーニャ、行こう。そこまで送るよ」

 祖母も見送りに行くと言っていたが来なくて良いと言い残し、僕はレニーニャと共に海へと向かった。

 坂道から見える夕日は綺麗だった。だけど、今はレニーニャとの別れが迫っていることに危機感を覚え、そのようなことを考える余裕もなくなっていた。

「……レイゼイ」

「どうしたの?」

「レイゼイがここまで私のことを心配してくれたのはすごく嬉しいんだ。正直、もうイニジードには戻れないかと思ってたくらいだもん。本当にありがとう」

 階段を下りながら彼女は淡々と呟いていた。僕もその言葉を聞きながら、数分後にはレニーニャがこの地球上から完全にいなくなることを考えていた。

 満潮により海水は、かなり近くまで来ていた。先ほどよりも穏やかになっている波の中に僕たちは入っていく。

 僕は結局言い出せずに終わってしまうのか。

 もう目の前にいるレニーニャには会えなくなる。きっと、一生。

 言わないで後悔するより、言って後悔した方が良い。

「レニーニャ!」

 宇宙船の前でアーマースーツに着替え終わり、あとはヘルメットを被るだけと言う状態で立っているレニーニャに向かって、僕は名前を呼ぶ。彼女と初めて会ったときも、この格好だったなと、ふと思い出す。

 彼女はこちらを振り向く。少し驚いている表情も、とても絵になっていた。

「僕は、レニーニャのことが好きだ。君は僕のことが好きなのかは分からない。だけど、僕はレニーニャが好きなんだ。それだけは、忘れないでくれ」

 口内が乾燥していた。心臓の鼓動も今までにないくらい早く、音を立てて動いていた。

 レニーニャはクスッと笑った後、僕の方に近付いてくる。

「ありがとう。私もレイゼイのこと好きだよ。本当は言いたくなかったんだ」

「どうして?」

「……地球はまだ発展途上段階だから、レイゼイが見たり聞いたりしてきた記憶は全て消えてしまうんだ。今の私の告白も、レイゼイの告白も全て代替の記憶にすり替えられちゃう。だから、どうせ消えちゃう記憶なら言わない方が良いかなって思っていたんだ。でも、レイゼイから告白して来たから言っておくよ。私も、レイゼイのことが好き」

 彼女の頬は赤く染まっていた。夕日で赤くなっているのか、彼女の気持ちが高揚して赤く染めているのかは分からない。

 レニーニャはこちらに近付いてきて、僕に抱き着いてくる。

「本当に、本当にありがとう。短い間だったけど、レイゼイと過ごした記憶、私はちゃんと残るから、絶対に忘れない。レイゼイは、私のことは忘れても、私は絶対に忘れないよ」

 泣きながら僕に話してくるレニーニャを抱きしめる。ずっと彼女と過ごしていたいと思ったが、それは叶わぬ夢だった。

 レニーニャは僕から離れると、涙を拭い、僕に手を差し出してくる。

 しっかりと彼女の手を握る。気付けば僕も涙が溢れて来ていた。

「レイゼイ、最後に言わせて。レイゼイは1人じゃない。レイゼイには問題を切り開ける力がある。躓いても立ち上がれるから、心配しないで。こんなことしか言えないけど、レイゼイも、頑張ってね。きっとまた、必ず会いに来るから」

 笑顔で僕に話し終えたレニーニャは何度も僕の方を向きながら、宇宙船の元へと戻って行く。その光景を僕はジッと見ていた。

「じゃあね、レイゼイ。絶対にまた来るよ」

 僕に笑顔で手を振りながら、彼女は宇宙船の中へと入っていき、音も立てずに宇宙船は宙を舞い、太陽が沈み切って薄暗くなっている夜の世界へと消えて行った。

 僕は、レニーニャの宇宙船が見えなくなるまで、紫色に染まりつつある空をずっと見つめていた。



つづく

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