16話
旧灯台へ向かう道中では、僕たちは一言もしゃべらなかった。
セミの鳴き声と、波と風の音が聞こえるだけで、それ以外は何も聞こえなかった。
レニーニャの手はとても柔らかくて、同じ人間にしか見えなかった。むしろ、人間でいてほしかった。
このまま手を離したくなかったが、灯台が近付くにつれてレニーニャの柔い手を離さなきゃいけないと、脳裏をよぎる。
少しでも長く彼女に触れていたかったが、旧灯台が段々と大きくなってくる。
「さて、どんなものか検索してみるよ」
レニーニャは僕から手を離すと、すぐに球体を空中に放り投げる。
球体は、空中に浮きながらホログラフィーを表示していた。
「ふふ、すごいでしょ?」
「すごすぎるよ……」
「まあ、とにかく調査結果はある程度あるし、環境も限りなくイニジードに近いから何とかなるかな……」
彼女は空中に浮かんでいるウィンドウに手をかざし、水平に動かしたり、押し出したりしていた。
「うん、何とかなるかも。今は正午前だし、雨が降るかどうかまでは分からないけど、電力エネルギーが少しだけ発生している。だけど、予想される位置が海の上なんだ……」
ホログラフィーを見せてくるが、僕たちのいるこの旧灯台の先にある海の部分に雷が落ちることが予想されているのであろう赤い印が出ている。
「ここの赤い印のところにいれば良いの?」
「うん……だけど、どうやって行けば良いのかな? さすがに泳いで行くわけにもいかないでしょ?」
泳いで行くと言っているが、僕は泳げないのだ。ここまで行くには漁船しかないだろう。
「そうだ。じいちゃんが船に乗っている。船に乗れば何とかなるかも。正確な位置は分かる?」
「粗方の予想だけど、宇宙でも使っているものだし、微量のエネルギーでも反応するようになっているの。だからここであっていると思う……」
自信がないのか、話し終える頃は言葉が拙くなっていた。
「大丈夫だよ。自分を信じて。きっとここに雷は落ちる。そしてエネルギーは溜まる」
心配そうな表情をしていたレニーニャは、僕の言葉を聞き、自信を取り戻したのか笑顔になっていた。
すぐに祖父母の待っている家に戻ると、祖父はすでに海に出ていなくなっていた。
「じいちゃん、いつ戻る?」
「もう昼だから、そろそろ戻ってくるんじゃない。どうしたの? 血相変えて」
「ちょっと、実験したいことがあるんだ。それで、じいちゃんの船に乗りたいんだ。この前、一緒に船に乗らないかって言ってきたから、きっと乗せてくれるよ」
実験と言う単語も濁してあるが、決して嘘をついているわけでもない。
「だけど今日は曇っているし、雨も降りそうだからもう海には出ないかもしれないよ。でも、聞くだけ聞いてみな」
レニーニャに顔を向けると、彼女も嬉しさを堪え切れずに笑っていた。
祖父が帰ってくるまで、昼の情報バラエティ番組を見ているとレニーニャは僕のことを寝室である居間の横にある和室に誘ってくる。
「明日は晴れる?」
「ちょっと確認してみるよ」
スマートフォンで確認してみると、天気が悪いのは今日だけで、明日以降は晴天が続いている。
「明日からはずっと晴れるよ」
「それじゃ、チャンスは今日だけってことなんだね」
近頃あまり見せていなかった真面目な表情で彼女は僕の目を見てくる。
恥ずかしさもあり、すぐに目を逸らしてしまうが、もう一度目を合わせる。
「まだ夕立があるかもしれないよ。だけど、強力な雷が発生するのは今日だけかもしれない。だから、無理強いしてでも頼んでみよう」
直後、玄関が開く音がする。祖父が帰ってきたのだろう。
僕たちが居間に戻ると、ちょうど祖父も居間に入ってくる。
「おかえり、午後も海に出るの?」
「いや、午後は出ない。雲行きが怪しいからな。一雨どころか、雷も鳴りそうだからな」
「どうして分かるんですか?」
レニーニャが興味津々に聞いてくる。
「長年やっていりゃ分かる。ところで、どうして急に海なんか行きたがる?」
「あー、えっと。その。実験! 実験をしたいんだ。海の深さを調べたくてさ。それで、船には水深が分かるメーターとかあるんでしょ? それを見せてほしいんだ。じいちゃんもこの前、僕に一緒に海へ出ないかって言ってきたじゃない」
「なるほど。そう言うのは明日にしてくれ。今日はもう天気が悪いから、海には出ない」
「そこを何とかならないの!?」
祖父は僕に目も暮れず、テレビを見ながら淡々と話していたが、こちらを向いてくる。
「お前たちが心配で言っているんだぞ。海はお前の想像している何倍も危険なんだ。特に今日のような悪天候の日はな。生半可な気持ちで海に行くと死ぬぞ」
少しだけ怖気づいてしまうが、すぐに反論の言葉を述べようとしたが、祖父が先に話し始める。
「どうしても行きたいと言うのなら、さっきも言ったが明日にしてくれ。今日はもう海には行かん」
「し、仕方ないよ。死んじゃったら元も子もないんだし。ね? レイゼイ、まだ明日以降もチャンスはあるんだから、明日にしようよ?」
レニーニャは狼狽えながら僕に言ってくる。辛いのは僕ではなく、レニーニャなのに、また彼女に辛い思いをさせてしまったことを深く悔やんだ。
昼食を食べた後、雨はまだ降りそうになかった。ひょっとすると、雨は降らないのかもしれない。
「レイゼイ、大凡で良いから雷の落ちる場所を見たいんだ。ちょっと、外出ない?」
手を引かれて、外に出る。
港の方へと歩いていたが、レニーニャに僕は謝る。
「ごめん。まさかこんなことになるとは思わなくて……」
「仕方ないよ。あのとき、私も言ったけど、死んじゃったら元も子もないじゃない。ゴールはエネルギーを吸収することじゃなくて、イニジードに戻ることなんだ。だから、気にしないで良いよ。レイゼイもさっき言っていたじゃない! 明日は晴れるかもしれないけど、夕立があるかもしれないんでしょ? その時にきっと雷が鳴るよ」
必死に笑顔を見せているが、辛いのは僕ではなくレニーニャだ。僕がもっと笑顔を絶やさなければ。
「そうだな。よし! それじゃあ、どんなところに落ちるのか見てこよう」
僕とレニーニャは夕涼みに行くときによく使う海が見える岬へと歩いて行く。
岬には見覚えのある車が一台停まっていた。あの車は須原さんの車だ。
理解した瞬間に車内から須原さんが出てくる。
「あれ? 冷泉くんとレニーニャさんじゃん! どうしたのこんなところで」
「こんにちは。海に行きたかったんですけど、じいちゃんに怒られちゃって。それで、海が見える場所に来ました」
「何で怒られたの? たしかに、天気は良いとは言えねえけどこれくらいならまだ海には出られるよ。あ、何なら今から俺の船で行く?」
須原さんの言葉を聞いてレニーニャの顔は明るくなったが、すぐに表情を曇らせる。
「だ、だけど、死んじゃうんじゃないんですか?」
「ああ、なるほど。逢瀬さんが君たちを行かせない理由、分かったよ。昔、あの人は海に落ちて死にかけたことがあるんだ。それが今日みたいな曇った天気の日だったんだ。海に出た途端に大雨になってさ。それがトラウマになってんじゃないかな? まあ、俺は大丈夫だよ。だから、港へ行こう!」
背中を押される形で僕たちはすぐそばにある港へと向かうと、何隻か船が停泊していた。
「ちょっと待ってて、今、船の様子見てくるから!」
そう言い残して須原さんは船の中へと入っていったので、僕とレニーニャは今のうちにどの辺りに雷が落ちるのかを確認し、その辺りに捨てられていた木箱の中にエネルギー吸収装置の球体を入れておいた。
「よし! 船の準備は整ったから乗って良いよ! あ、念のためそこにある救命胴衣着ておいて」
オレンジの胴衣に身を包むと、見よう見まねでレニーニャも着ていた。
「出発するよ! しっかり捕まってて!」
すぐに船は音を立てて出発する。潮風がとても気持ち良かった。
「どう、レニーニャ。そろそろ近付いて来たんじゃないの?」
「もう少しだね。そこにこの木箱を浮かせておけば、約50メートル以内に落ちた雷はエネルギーとして吸収してくれるはずだよ。何があるか分からないから、念のために何か目印みたいものがあれば良いんだけど」
さすがに勝手にその辺にある旗などを使うわけにもいかないので、運転している須原さんに聞いてみる。
「須原さん、この辺りで実験したいことがあるので、何か目印になるものとかありますか?」
「そこにある旗使って良いよ。あ、この辺で止める?」
肯定の返事をし、僕とレニーニャは木箱に旗を刺し、須原さんの死角になっている場所でホログラフィーを開き、雷が落ちる位置を確認する。
「ここで良いんだね?」
「うん。大丈夫」
木箱を海に放り投げると、プカプカと浮いていた。旗もあるので陸からも見えるだろう。
「これで大丈夫です!」
「じゃあ、雲行きも怪しいから戻るよ」
船は木箱から離れていく。
あの周辺に雷が落ちて、エネルギーが溜まる。
無事に補給されれば、レニーニャはイニジードへ戻ってしまう
レニーニャとの別れも近いのかと思うと、心がやるせない気持ちになる。
船は旋回し向こう岸に見える港へと進んでいたが、僕は反対方向である海を見つめる。
この海がなければ、僕とレニーニャは会うこともなかった。極端すぎるが、つまりはそう言うことだ。
僕とレニーニャが会う運命は何億年も前から決まっていたのかもしれない。
この場に海が出来て、この地に僕が生まれて、この海にレニーニャが降ってきて。
全て偶然と言えど、実際に起こったことなのだ。
「どうしたの?」
「いや、別に何でもないよ。それで、どうやって回収するの?」
「回収は船に乗らなくても良いよ。回収信号を発信すれば私の元に戻ってくるようになっているからさ。船の近くに戻ってくるように設定してあるから、エネルギーを吸収した後に自力で戻ってくるよ」
海の向こうからは暗雲がこちらに向かって来ているのが見えた。
あの雲が電気を帯びていて、ちょうど海の上に落ちるのだろう。それが、あの球体周辺に落ちて全てエネルギーと化す。
にわかに信じがたいが、レニーニャは幾度となく信じがたい行動をしていた。
あの雷でエネルギーが溜まる。そして、レニーニャと僕は二度と会うことはないのだろう。
心の奥では、雷が落ちなければ良いのにと思っているが、そのさらに奥では、彼女が無事にイニジードへ帰れるようにと願っているのも事実である。
一生会えないかもしれない。でも、レニーニャたちのいるイニジードの技術では、民間人でも宇宙旅行が可能なところを考えてみると、ひょっとするとまた会えるのかもしれない。
そのようなことを考えていると、船はもうすぐ港に到着しようとしていた。
「もうすぐ港に着くけど、どうする? もう少しこの周り見てくる?」
「いえ、雨も降りそうなので、大丈夫ですよ。このまま港に戻ってください」
「リョーカイ!」
元気のいい返事をして、須原さんは港へと船を操作し始めた。
レニーニャは、ジッと水平線を見ていた。
「どうかしたの?」
「綺麗だなって思って。水平線の向こう側からやってくる黒い雲も、私たちの頭上にある白く厚い雲も、みんなみんな、綺麗。地球は本当に素晴らしい星だよ。この星の未来は私にも分からない。だけど、この現在の地球は今まで色々な惑星に行ってきたけど、一番綺麗かもしれない」
「そこまで言っても良いの?」
「良いよ。他の惑星は、別の惑星の支配下に置かれていることが多いから似たような光景ばかりなんだ。地球みたいに自然の姿が完璧に残っている星なんて、私は見たことないかもしれない」
だから、田園だけの景色を見ただけでも楽しい光景に見えていたのか。
僕は見慣れすぎているので、あの光景は酷くつまらない光景にしか見えない。
「都会の方はあまり自然はないけど、人は多い。だけど、ここは自然が多くて人は少ない場所だからね。反対側の太平洋に落ちていたら、今頃大ニュースになっていたと思うよ」
「私、本当に地球のこの地域に不時着出来て良かったよ」
目に涙を溜めて、嗚咽交じりにレニーニャは話している。僕もレニーニャが泣いている姿を見て泣きそうになったが、グッと堪えた。
「もうすぐ港に着くよ。船酔いとかしてない?」
須原さんの声を聞いてハッとする。
「大丈夫です」
僕が言い終えると、船は停止する。須原さんが船から降りた後、ビットに縄をかけていた。
僕が先に降りて、レニーニャに手を差し出す。彼女は僕の手を繋ぐと、そっと船から降りた。
「おお! 二人ともアツアツじゃねえか!!」
ビットに縄をかけたあと、僕たちを見て笑みを浮かべていた。
「取りに行くときはまた俺に言ってくれよ。大体この辺にいるからさ」
「あ、取りに行くのは大丈夫です。それはこちらで何とかしますので。ところで、須原さんはどうしてここにいるんですか? あのスーパーの近くで一人暮らししているってじいちゃんや、ばあちゃんが言っていましたけど」
「俺も、たまには実家に戻るよ。それがたまたま今日だっただけ」
須原さんはニッと笑った後、向こうにいた漁師仲間の人たちに呼ばれて、手を上げて向こうへと走っていった。その走り去る後ろ姿は、海の男と言う言葉がピッタリだった。
「レイゼイ、雨降りそうだから家に戻ろうよ」
空を見上げると、白く厚い雲は、黒く厚い雲に変わっていたので、急いで僕たちは祖父母の家へと戻った。
つづく




