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涙のハグ  作者: 櫟 千一
自然の力で出来たエネルギー
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13/19

12話

 磯部に到着して、すぐにレニーニャは船の方へと駆けて行く。海の上には、入道雲が見えていたが、すぐに夕立が起きてもおかしくないくらい、空は雲に覆われつつあった。

 階段前に座りながら海の上に浮かぶ入道雲を見ていると、時々ピカピカ光っているのが見えていた。潮の匂いに混じって雨の匂いもするので、雨は近いだろう。

 青空に入道雲と言う青と白の組み合わせだけで夏を演出してくれると考えてみると、地球と言う星は素晴らしい星なのかもしれない。だが、他の惑星を行ったことがないので、そう思えてしまうだけなのだろう。結局のところ、井の中の蛙と言うことだ。

 そのようなことを考えていると、暗雲はすっかり僕の頭上を覆いつくし、小雨が降ってきた。

 次第に雨足は強まり、滝のような豪雨になる。辺りを見渡しても屋根になる場所がないので、僕もレニーニャの船がある場所へと向かう。雨や波で円滑になっている磯部を慣れた足つきで跳んでいき、レニーニャのことを呼ぶ。

「レニーニャ、雨が酷くなってきたから、そろそろ行こう」

 船の周りだけ不自然なほど雨が降っていない。まるで、見えない膜が張られているように。

「レイゼイもこっちおいでよ。風邪引いちゃうよ」

 船の裏側から彼女は、僕のことを呼びよせてきたので、そっと船に近付く。

 この機械は地球上には存在しない未知の物質で作られている。そうでもないと、ここだけ雨に濡れていない原因は分からない。

 そっと、荒波により削り取られた岩場の中で、僕とレニーニャは船の外見を見る。

「すごいね、この船」

「そんなことないよ。そりゃレイゼイ達からするとすごいかもしれないけど、私にとってはレイゼイたちの使っていた自動車や自転車の方が興味深いよ。あんな乗り物はイニジードには存在しないからね」

 目の前には透明な膜が張られて雨粒一つ当たっていない未知の乗り物がある。

 彼女の方を向くと、レニーニャの長い髪からポタポタと一滴、また一滴と雫が落ちている。この前まで近くにいるだけで体の付着物を吸い込んでくれると言っていたのに、今は吸い込まれていない。

 レニーニャの濡れた髪は非常に色っぽい。

 僕の視線に気付いたのか、それとも僕の考えが彼女の頭に流れ込んだのか、レニーニャは僕の方を向く。

「どうしたの?」

「い、いや。別に。レニーニャ、濡れて綺麗だなって思って」

「雨で濡れただけだよ。そんなに綺麗じゃない」

 どうやら意味をはき違えている。僕は濡れているレニーニャが美しいと言っているのに、彼女は雨で汚れが落ちて綺麗になっていると思っているらしい。勘違いにいち早く気付いた僕は思わず笑ってしまった。

「笑うところなんかあった? そりゃ、少し泥が着いて汚れていたのは気にしてたけど……」

「いや、レニーニャ、勘違いしているよ。僕は雨に濡れているレニーニャを美しいって言っているのに、君は汚れが落ちて綺麗になったって思っているんだなって」

 話しながらも笑っていると、彼女は顔を真っ赤にして僕のことを見ていたが、次第に目線は僕ではなく、僕の向こう側にある海に向けられていた。

「雨、止まないね」

「止まない雨はないよ。それに、ただの夕立だからすぐに雨は上がるよ」

 雨足は弱まってきている。レニーニャはジッと雨粒で乱れている海の様子を見ていたが、僕は海を見ているレニーニャを見ていた。地球人じゃないと言えど、彼女は同じ人間にしか見えない。

 もしも、レニーニャが地球に留まると決まったときは、僕はどれほど歓喜するだろうか。

 それほどまでに、僕はレニーニャに感謝していると同時に、彼女に好意を寄せているのだ。この考えが彼女の脳内に伝わってほしい気もするが、やはり、好意は直接伝えなければいけないと思う。

「小雨になってきたね。今の間に家に戻ろうか」

 突然、海から僕の方へと振り向いたレニーニャに僕は動揺を隠しきれず、顔を真っ赤にしてしまう。

「どうしたの? 顔が赤いよ?」

 すぐに彼女の白く細い手が僕の額に触れる。余計に動揺してしまい、頭の中が混乱する。

「レ、レニーニャ、だ、だ、大丈夫だよ。戻ろう」

「帰る前に、エネルギーを補給していくよ。雨が降って来ちゃったから結局出来ていないんだ」

 レニーニャはエネルギーが吸収された球体を船に向かって放り投げると、すぐにそれは船の内側へと吸収され、そのまま何も起きなくなった。

「これで大丈夫なの?」

「うん、3分の1くらいは溜まったかな? だけど、まだまだエネルギーがいるよ」

「まだまだって、どれくらい?」

「そうだなあ。1000年以上の力と同等、あるいはそれ以上のエネルギー」

 1000年以上のエネルギーでもまだ足りていないと言うことは、地球全体のエネルギーでもない限り不可能だろう。

「ど、どういうこと? ひょっとして、レニーニャはもうイニジードに戻れないの?」

「半分以上諦めかけているかな……。だけど、まだ希望はあるってレイゼイが教えてくれたんだもん。まだ諦めないよ。きっと何か膨大なエネルギーがあるって私は信じているよ」

 彼女は残念そうに言っていたが、僕は心のどこかで、このまま地球にいてほしいと思っている。このまま『膨大なエネルギーなど見つからない、諦めて地球で暮らそう』と言うべきなのだろうか。

「……大丈夫だよ。必ず、エネルギーは見つかる。だから、レニーニャは心配なんてすることはないよ。ちゃんとイニジードへ帰って、お母さんやお父さんに会わなきゃ」

 心にも思っていないことを彼女に淡々と告げる。

 心の中の本音はレニーニャに話すことはないだろう。

 磯部は先ほどの雨で濡れていたが、僕たちは、気にせずに階段へと向かって歩いて行く。彼女の手は放したくなかったので、階段を上り終えてもなお、僕は握りしめていた。

 自転車を押しながら僕たちは他愛もない会話をしながら海に背を向けて歩く。そう言えば、レニーニャと会う前に、この坂を上っていた。

 あの時、僕が輝いているレニーニャの船を見つけなかったら、今頃はどうなっていたのかは、想像もしたくない。

 海へと振り向くと、雨は完全に止み、夕日が海に沈もうとしていた。

「綺麗だね。私、この光景を見ることが出来ただけでも地球に来て良かったって、思うよ」

 夕日に照らされている彼女にそっと目を向けると、とても愛らしくて、どうしても母星であるイニジードへ戻ってほしくないと思えてしまう。

 今の状態だと、彼女はエネルギーが足りないので地球に留まることになる。僕の本心では、このまま彼女は地球に残って、一緒に生活して行きたい。

 あらゆる困難があると思うが、レニーニャと一緒なら、どんな困難でも耐え抜ける。

「レイゼイ、私ね。今は、地球に残っても良いかなって思っているよ。毎日じゃなくても、こんな美しい海や夕日が見られるし、美味しい料理だって食べられる。それに、レイゼイと一緒にいられるんだもん」

 今すぐ彼女を抱きしめたかった。

 だけど、抱きしめてしまえば、僕はもう元の自分に戻る自信がない。彼女を悲しませてしまうかもしれない。理性で欲望を押さえつけ、返事をする。

「……僕もレニーニャには地球にいてほしいって思う。だけど、君にだって家族がいる。みんな、君のことを心配していると思うよ。僕は、お父さんがいないし、お母さんも僕といるよりも愛人と一緒にいる方が楽しそうだから、僕はここに逃げた。だけどレニーニャは違う。お父さんもお母さんもいる。一人娘なら、尚更心配するよ。僕は何としてでもエネルギーを見つけ出す。君のためにも、君の家族のためにも」

 家庭事情を話したところで何の解決にもならない。

 それでも、僕は言いたくて仕方がなかった。言ってしまえば、少しは楽になれると思ったのかもしれない。

「レイゼイは本当に優しいね。どうして自分を犠牲にしてまで、私を助けてくれるの?」

「そ、それは……」

 彼女の質問に答えようとした直後、僕は改めて彼女のことが好きなのだと分かる。こんなことは口に出して言えるはずがない。

「レニーニャが困っていたからだよ。それに、あんな変わった格好していたんだ。日本語も流暢に話していたからさ」

 彼女の方を向かずに出まかせを言う。自分でも何を言っているのかは分からない。

「やっぱり、優しいんだね。レイゼイの良いところだよ。絶対にその優しさ、失っちゃダメだよ」

 その直後、レニーニャの腹の虫が鳴り響く。

「朝からずっと外にいたもんね。そろそろ戻ろう」

 夕日に背を向け、坂道を上っていく。母親と来たときと同じ状況なのに、今はとても気分が良い。肉親といるより、県外、いや、地球外の人といるからだろうか。

 坂道の途中にある、祖父母の待つ家へと僕たちは向かった。



 玄関の戸を開けると、焼き魚の匂いが鼻腔を刺激する。

 レニーニャも匂いを嗅いで、嬉しそうな顔をしていた。

 居間の戸を開けると、祖母がご飯の用意をして待っていた。

「おかえり。雨、大丈夫だった?」

「見ての通りだよ。少しは濡れたけど、ある程度は乾いたよ」

「だけど、昼から外にいたんだから、汗も掻いたでしょ? お風呂沸かしてあるから入って来なさい」

 生返事をして風呂場へと向かうと、レニーニャも着いてきた。

「先に入りたかったら入って良いよ」

「ううん。良いよ。レイゼイの方が汗を掻いているから、先にどうぞ」

 僕と目も合わせずに彼女は言うので、お言葉に甘えて、先に入ることにした。

 風呂に浸かると、今日一日のことが思い出される。思えば、本当に自転車でどこにでも行っていたんだな、と。

 利便性はある。

 ガソリンも使わなければ、排気ガスや有毒な物質も出ない、地球にやさしい乗り物だ。

 体力がある限りはどこにでも行けるものなのだ。大人になるとその利便性は車へと完全移行し、自転車のありがたみは次第に忘れていく。あくまで僕の住む地方の話だが。

 だけど、免許を取って車を運転するようになっても、僕は自転車には乗り続けたい。人から何と言われようと、これだけは譲れない。

 レニーニャも言っていた。優しさを失ってはいけないと。

 それは、人間に対しても言えるし、この地球に対しても言えることだ。僕は、彼女が言うように、優しさを失わないように生きて行きたい。

「レイゼイ」

 突然僕を呼ぶ声がして、すぐに脱衣所に目を向けると、レニーニャがいると言うことが分かった。

 彼女の声がしたと言うのもあるが、長い金色の髪が見えていたからだ。

「あの、私も入って良い? その、別に変な意味はないよ。ええっと、私、地球の入浴方法とかよく分からないし、それで、あっているのかどうか分からなくて。良い、かな?」



つづく

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