てすと前篇
「それでさあ、そこで俺が…」
言いながら、チラッと携帯を見る。時刻は十九時五〇分を示していた。
「あっ、やべえ、もうこんな時間か。そろそろ出るか」
ちょうど同時に部屋の電話が鳴る。
「イズミ、ちょっと代わりに出て」
小泉が席から立ち上がって、受話器を取る。
「延長するかだってさ。しないだろ?」
「あぁ、もちろん」
俺は桐生知之。この日は大学の同級生であるイズミこと小泉健太とカラオケに来ていた。当然の如く、二人では長時間歌うわけにもいかず、途中からは雑談タイムになっていた。
カウンターで金を払って外に出る。もわっとした熱気が体を包みこむ。
「やっぱ、暑いなあ。もう夜とはいえ、夏だよなあ」
「暑い暑い言っても涼しくはなんねえぞ?」
小泉が素早く切り返す。
「いちいちうるさいなあ。社交辞令だろが」
「事実だろ。あと、社交辞令の使い方おかしいぞ」
「へいへい。で、今日はすぐ帰るか?」
二人でカラオケに行く時には、この後、ファーストフードやファミレスで晩飯を食べていくコトもよくあった。
「そうだな。今日は帰って観たい番組があるし」
「そうか…じゃあ、また今度な」
帰り道は逆方向だ。お互い、自転車に乗ると「じゃ」と手を挙げ、ペダルを踏み込むと、夏の夜風が頬に当たる。全然、涼しくはなれなかった。
たった五分、自転車をこいだだけで、汗が滲み出してくる。
(はぁ、早く帰ってシャワー浴びるかな……うーん、でもなぁ…)
家に帰ることを考えると憂鬱になる。今はちょうど、夏休みなので実家へと帰っていて、親と今朝方、喧嘩してしまったばかりである。
(だいたい、親も親だよな。あんなに怒ることねえのに…。)
そんなコトを考えながら、スピードを上げる。十五分もこぐと、帰り道の途中にある林に入る。当然の如く街灯も少なく、車通りも少ないせいで、薄暗い。ましてや、ついさっきまで、明るい市街地にいた為に、余計に暗さが際立っていた。そして、夏ということもあり、蝉の鳴き声が五月蝿い。ウォークマンの音量を上げ、蝉の鳴き声を耳からシャットアウトする。ついでに頭からさっきの思考もシャットアウト。とりあえず、明るい曲で気分を上げていく。そうでもしなきゃ、この暑さはやってられない。
気分を上げて自転車をこいでいると、ふと、辺りにもやがかかり始めているコトに気付いた。特に前方に行くほど、濃いようだ。後ろを振り返ると、街の灯りが、ぼんやりと見えた。前方はただひたすら白い。
(これぞ一寸先は闇ならぬ一寸先は霧だな。明日、イズミに話してやろう)
なんて考えて、ニヤニヤしながら、自転車を進める。進んで行くうちに、徐々に白が濃くなり、とうとう前も後ろも分からなくなってきた。
(あれ?流石にこれは引き返した方がイイのか?)
不安になって後ろを振り向くと、後方ももう街の灯りも見えない程、白さを増していた。こうなったら自棄だと思い、前に進むコトに決めて、ペダルを踏み込む。と同時に、道が左に曲がっているコトに気付かず、道から前輪が落ちた。ちょうど、木の根が露出した部分の段差にぶつかる。更に不運なコトに、そこは道の外に向けて急な下り坂になっていた。
「うわっ!!」
一言叫び声を上げると派手にコケて坂道を滑り落ちていった。そして、見事に近くの木に頭をぶつけ、そのまま意識がフェードアウト。
しばらく経って目を開くと、夜空に満天の星空が広がっていた。どうやら霧は晴れたようだ。
「んっ……いってえなあ……」
頭を抑えて思わずぼやきながらふらふらと立ち上がる。
「えっと……大丈夫……?」
「おわっ!」
突然の声にびっくりして、足を滑らせ、仰向けに転倒。また木に頭を打った。あぁ……今日はツいてない……と思いながら、また目を開く。
満天の星空……の前にキラキラ光る大きなお星様が2つ……いや、これは目か。今度は女の子が覗き込んでいた。
「いきなり声かけてゴメン、大丈夫だった?」
改めて声をかけてくるTシャツとスカートという出で立ちの女の子。あぁ、何と恥ずかしい。やっぱり、今日はツいてない。
「あぁ、何とか…」
それだけ答えて、頭をなでながら溜め息をついて、目を開く。
「あっ……」
見てはいけない物を見てしまった。そう、このアングルだと、スカートの中が…。慌てて目をつぶって、うつ伏せになって立ち上がる。
「……見た?」
ハッとした表情でスカートを押さえながら聞いてくる。
「えっ、いや、えっと、あっと、その……何を?」
こんなんじゃ典型的な見てしまったやつの答えじゃないか、と思った時にはビンタが飛んできて、俺の体は飛ばされていた。
俺ってこんな軽かったのか……という疑問を抱きながら、木に向かって一直線。本日三度目の木との激突により、俺は敢えなくノックアウト。どうも俺はこの木と相性が良くないようだ。今日はとことんツいてない。もしかしたら、ツいてるんじゃと思ってしまった自分が情けない。
「……ねえ、起きてよ、ねえってば」
瞼を閉じた暗闇の中に女の子の声が響く。目をこすりながら起き上がり、今度は起き上がってから目を開ける。あんな二の舞はごめんだ。そして何度か目をパチクリ。
「さっきはごめんなさい。つい動揺しちゃって……」
しっかり目を開けると、正面に先ほどの女の子が立っていて開口一番謝ってきた。
「いや、ダイジョブだよ。結構痛かったけど、まあ、こっちにも非はあったし……」
非と言っても、あれは不可抗力じゃなかろうか。口には出さないが。そう思いながら本日三つ目の瘤にさわる。どうやら、血は出ていないようだし、瘤だけで済んだようだ。運が良いんだか悪いんだか、といった感じである。
「はぁ」
とため息をついて正面に目を向けると、そこにいたはずの女の子がいなくなっている
「あー、結構、瘤になってますねー。ホントにすみません。ん?あれ?これ私がやったやつ?」
いつの間にか俺の背後に回って俺の頭を見ているようだ。ふと女の子の手が瘤に触れた。ちょっとドキッとした俺には関係なく、女の子は呟き続ける。
「ま、とりあえず、全部の傷に対してやっとけばいっか……」
とか何とか呟くと、何かボソボソと喋り始めた。
「えっ?あの、何を?」
と俺が聞くのと同時に、女の子が何事か叫んで、俺の瘤から手を離した。
「うわっ!」
頭にビリッときて、驚いて叫び声をあげてしまった。
「えっ?あれ?失敗した?」
女の子が俺の顔を不安そうに覗き込んでいる。
「……まだ、痛い?」
言われてみると確かに、瘤の痛みが無くなってるような。
「いや、痛くない、けど……えっと、何したの?」
痛くない、という単語を聞いて女の子はホッとしたような表情を浮かべたが、何したかを聞くとまた怪訝な表情に変わった。
「簡単な癒し魔法だけど……頭打った時、記憶でも飛んだの?それとも、こういう怪我とかしなかったの?」
……魔法?癒し?何の話だ?
「えっと……やっぱり、状況が飲み込めないんだけど……って、うわあああ!!」
喋りながら、彼女の顔を正面から見た途端、びっくりして尻餅をついてしまった。
なんと、彼女の右目は緑、左目は青だったのだ。
「全く女の子の顔見て悲鳴あげて飛び上がるなんてサイテーね」
今度、目を開けると、まず非難の言葉が飛んできた。
「い、いや、だって」
「サイテー」
「いや、だから、その、目の色が」
慌ててしどろもどろに言い訳をする。女の子はしばらくきょとんとした表情をしていたが、すぐに納得した顔になった。
「あぁ、そういえば、そうね。私、エルフとドワーフのハーフだからね。普段は自分では見えないし、友達ももう知ってるから忘れてるのよねー」
うんうんと頷きながら自分は納得したように話している。しかし、俺には全くついていけていない。
「えーっと……何と何のハーフだって?よく聞き取れなかったんだけど……」
念のため聞き直す。
「だからー、エルフとドワーフのハーフだって。エ・ル・フとド・ワ・ー・フね」
「えるふとどわあふ……?」
どうやら、聞き間違いではなかったようだ。エルフとドワーフなら小説や漫画に出てくるコトがよくある。何か指輪を求めるお話にはどっちも出てきたような気がするし……。
「えっ?エルフもドワーフも知らないの?キョトンとしちゃって」
「あ、いや、その、知っへふよ」
「あの……何で頬をつねってるの?」
「いや、その……何でもない」
結構、痛かった。どうやら、夢ではない。というか、あれだけ頭をぶつけて痛い思いをしているのに夢なはずは無いのだが。夢だとでも思わないと説明のつかないこの状況。
ハッと気がつき、後ろを振り返る。そこには木立が続くだけで、道路など一欠片も存在していなかった。
「そんな、バカな……」
思わず、口からそんな言葉が漏れた。
「どうしたの?さっきから頬つねったり、急に後ろ振り返ったりして。変なの」
ウフフッと女の子が楽しそうに笑う。俺は今のところ、全く笑う余裕など無かった。
「ねえ、ここってどこなの?」
やむを得ず、女の子に聞いてみた。
「えっ?ここはブンバ山の竹林の外れ辺りかな……どこだか分かんないの?ひょっとして迷子?そんなに大きいのに」
また、女の子が自分で言ってクスクスと笑う。俺はやはり笑う余裕は無い。ブンバ山って何だ?ここは日本じゃないのか?というか、ここはほんとに地球か?時空でも歪んでどこか知らない星にでも着いたか?頭の中でこのような様々な質問がぐるぐると回り続けている。
「あ、もしかして、いぎりすってトコから来た迷い人さん?」
最初は“いぎりす”のアクセントがめちゃくちゃで国名だとは分からなかった。どうやら、それは俺が知っているイギリスでいいようだ。
「えっ?イギリスの人がいるの?」
女の子はコクリと頷いた。
「あっ、でも、いるっていうよりは、いたって方が正しいかな。来たのも突然だったけど、いなくなっちゃったのも突然だったから」
今度はアハハと笑う女の子。そして、じゃあ、魔法を知らないのもしょうがないかとか何とか呟いている。俺は、帰ることが出来るのかと内心で幾分ホッとすると、そういえば、彼女の名前を聞いていないコトに気付いた。
「あの~、そういえば、名前は?」
「えーっとね……」
悩むようなコトを聞いたつもりは無いのだが、女の子は顎に手を当てて真剣に考え始める。
「うーんと……あ、そうそう、えどわーどって言ってたよ」
「へ?」
言ってた?何の話だ?
「いぎりすから来たえどわーどですってね、そのおじさんが自己紹介してたよ?」
「違ーーう!!」
何が悲しくて見ず知らずの、しかも、これからも会うコトもないであろうイギリスのおじさんの名前を知らなきゃならんのだ。
「そうじゃなくて!キミの名前を聞いたんだよ!」
女の子はキョトンとした表情でこちらを見て小首を傾げた。そして、納得したような表情になる。
「あれ?そっか、名前言ってなかったんだっけ…?じゃあ、改めて言いまーす」
何だか楽しそうだ
「私はサラって言います。よろしくね」
と言って、右手を差し出してくる。
「俺、あ、僕は桐生です。キリって呼ばれます」
握手をしながら、自分も名前を言う。
「じゃあ、キリ、とりあえず、うちまで来る?迷い人なら、行く場所無いんでしょ?私も帰るのは一週間ぶりだけど」
「あ、うん」
「それじゃ、ついてきて。歩きだとちょっと遠いけど」
「あぁ、ちょっと待って」
とりあえず、近くに倒れている自転車を立てて押す。どうやら、壊れてはいないようだ。
「それ、なあに?」
サラが興味津々といった表情で目を輝かせながら聞いてくる。
「えっと、自転車っていう乗り物なんだけど……」
「へえ、じゃあ、歩きより早い?」
「うん、まぁ……」
「じゃあ、それに乗ってついてきてよ」
「サラはどうするの?」
「私は飛んでくから」
飛んでく…どうやら、ここはホントに異世界のようだ。飛んでくを日常会話で使うとは……。
「飛んでくってどうするんだ?」
羽でも生やすのかと疑問に思って聞いてみた。
「ううん、ちょっと風の精霊の力を借りるだけ」
「風の精霊って何さ?」
「あー、魔法のコトとかは後で説明するからさ。とりあえず、行くよ」
そういうと、何ごとかぶつぶつ呟き始めた。最後に一言叫ぶと、サラの体は風に包み込まれて浮き上がった。
「さーて、行くよ。ちゃんとついてきてね」
サラの飛び方はキレイだった。右に左に自由自在に体をコントロールしながら木の間を縫うように飛んでいく。追いかけるのも大変である。自転車であっちにフラフラ、こっちにフラフラ、木の枝を吹っ飛ばし、小石を蹴散らししながら、なんとか見失わずに必死に追いかける。
周囲の木々が竹へと変貌を遂げてきた頃、ようやく一軒の家屋が現れた。木造のロッジのような建物だ。
そこまで来ると、サラが高度を落とし始め、ゆっくりふわっと着地した。
「おっ、ちゃんとついてきてるね。感心感心。じゃあ、私の家にごしょうたーい」
と言うと、ロッジのドアをノックした。
「ただいまー、お父さーん、お客さんだよー。迷い人さーん」
しかし、家の中はシーンとしていて、返事がない。誰もいないのだろうか。
「あっれぇ?まだ帰ってないのかな…。それとも中で寝ちゃってるのかなあ?」
言いながらサラはロッジの裏のほうに向かう。勝手口でもあるのだろうか。後ろからついていくと、サラは窓を開けて、そこから入ろうとしていた。随分と大胆なお嬢さんである。
「あっ、見ちゃダメだかんね!」
と先に警告して窓に頭から潜り込んだ。何をなんて聞くまでも無い。またもついてきてしまったが故に見てしまった。慌てて顔を逸らしたが見てしまったものはしょうがない。だが、もしサラにばれたら大変である。そんなことを思っていると、玄関の方から声がした。
「開けたよー」
玄関まで戻るとサラが引きつった笑みを浮かべて待っていた。
「見たよね?」
「えっ…何をさ?」
「まぁ、もういいよ」
呆れられたのだろうか。そうだとすると、今後、この世界にいるのに困る。
「あ、あの、ごめんね。見るつもりはなかったんだけど…」
「いいよ、別に怒ってないもん…って、やっぱり見てたんじゃない!」
バチーンと、また、ビンタがクリーンヒットした。しかし、今度は吹っ飛ぶことはなかった。
「まったくもう…」
言いながら、サラは奥へと入っていく。
「お邪魔しまーす」
俺も、殴られた頬をさすりながら小さい声で言って、恐る恐るあとをついていく。両側にドアが二つずつ。思った以上にこの家は広いようだ。サラは一番奥の突き当たりの扉を開けた。
「あれ?サラって兄弟とかいるの?」
これだけ広い家だ。兄弟がいても不思議じゃない。いや、異世界だから元の世界の当たり前は通用しないかもしれない。しかし、シーンとしていて、答えが返ってこない。
「あれ?サラ…?もしもーし?」
もしかして、さっきので真剣に怒らせてしまったのだろうか。言いながら、俺も慌てて一番奥の扉に入る。
そこは、どうやらリビングのようだった。木の机の周りに6つの木の椅子が並んでいた。壁には、この場にはそぐわない、刀にしか見えない物が飾ってあった。そして、本棚には、家族の写真が飾ってあった。
「なんだ、やっぱり、兄弟いるんだね」
写真には背の高い女性と背の低い男性、中ぐらいの男性二人とサラと同じぐらいの女性の六人が写っていた。
「……うん、お兄ちゃんと弟と妹が……」
上の空な様子で答えが返ってきた。どうやら、サラは机の上にあった手紙を読んでいるようだ。何の手紙だろうか、と気になったところで、サラの手から手紙がハラリと落ちた。
「……あれ?サラ?どうしたの?」
サラは茫然とした様子で立ち尽くしていた。そして、その色の違う両目にじわりと涙が浮かんでいた。
「えっ?どうしたの?」
手紙を拾い上げる。すると、文字が見えた……が、読めない。言葉は分かるのに文字は読めないようだ。
「あの……これ、何て書いてあるの?」
サラは聞こえていないようだった。そして、とうとう涙が溢れ出すと、そのまま、手で顔を押さえ、嗚咽をもらしはじめた。
「あの、その、えっと……」
いきなり泣き出されても、俺にはオロオロするしか術がない。そもそも手紙の内容が分からないから、何を泣いているか分からない。
「な、何て書いてあったの?」
恐る恐る訊ねてみる。
「おっ、お父さん、がっ、炎神殿にっ、行くっ、って、うっ、ひっく」
……どうやら、意味がわかってもさっぱりなことだった。炎神殿が何かがさっぱりだし、そこに行くからといって、何を泣いているのかが全く分からない。どうやら、そっとしておくほかないようだ。立ったまま、泣かせているのもなんなので、肩を抱いて、椅子に座らせてやる。まぁ、自分の家では無いのだけど。
椅子に座ってもさめざめと泣き続けているので、お茶でも淹れようかとキッチンを探そうとするが、見当たらない。
「あのさ、キッチンってどこ?」
結局、見当たらないので、聞くことにする。
「えっ……?なっ、何でっ……?」
唐突すぎる質問にサラが驚いて顔を上げる。そりゃそうだ、急にキッチンどこって聞くやつなんていないだろう。
「いや、その、お茶でも淹れようかと思って」
キョトンとした表情になるサラ。次の瞬間、頬を赤らめた。
「ご、ごめんなさい。わ、私ん家なのに、ただただ泣いてるだけで。わ、私が淹れてくるから待ってて」
「あ、いや、えっと…」
別に俺が喉が渇いたわけではない旨を伝える間も無く、すたすたと部屋から出ていってしまった。うーむ、逆効果だっただろうか。
しばらくすると、サラが飲み物を持って戻ってきた。目は赤いが、泣き止んだようだ。
「ごめんね、取り乱しちゃって。飲み物コレでイイかな?」
コレと言われて差し出されたのは、オレンジ色の液体。こっちの世界の飲み物は分からない。見た目だけならオレンジジュースである。
「あ、うん、何でも大丈夫だよ。それより大丈夫?」
何でもといって変なもんが出てきても困るのに、こういう時にこの台詞を使うのは何故だろうかとどうでもいいことを思った。
「うん、もう大丈夫。別にお父さんが死んだわけでは無いんだし……」
どうやら、炎神殿はそんなシリアスなところだったらしい。
「で、炎神殿って何?」
とりあえず、第一の疑問を解消にかかる。
「あっ、そっか……何だかも分からないよね。ごめんね。とりあえず、炎神殿っていうのは、炎神を祀ってるところ」
…結局、何を言っているかさっぱりである。
「炎神って?」
「それを説明するのは、この世界の魔法全体を説明しなきゃならないかな。ちょっと持ってくるね」
そう言って、サラは、また部屋を出ていった。何を持ってくるのかは、相変わらず、さっぱりである。
しばらくすると、今度はブレスレットのようなものを持って戻ってきた。
「これが魔力の源なのね」
「は?」
「あぁ、いや、源っていうよりは、受信機っていう方が正しいのかなあ」
「うん……えっ?」
どうも話についていけない。サラが持っているのは、ブレスレットに七つのガラス玉のようなものがハマっている、それだけのものにしか見えない。
「これで、魔法を?うーむ…」
手にとって見てみる。やっぱり、何の変哲もないブレスレットである。
「あぁ、一回、はめるとはずせなくなるからね?」
「おわっ、何だよ、先に言ってよ」
危うくはめるところだった。そう見ると何だか不気味に見えてくるから不思議である。
「えーっと、魔力の受信機っていうのは、魔法っていうのが、実際は精霊の力を借りて行うからだね。この空気中には、たくさんの魔力の源があるのは分かるよね?」
いいえ、全然分かりません。と思ったが、話の腰を折るのも面倒なので、とりあえず、曖昧に微笑みながら頷いて流す。日本人の得意技である。
「で、その魔力の源を取りまとめてるのが精霊で、それを更に取りまとめてるのが、それぞれの属性神なの」
俺の脳内でヒエラルキーが出来上がった。
「うん、何となく分かったよ。それで、属性神はいくついるの?」
「七つだよ。ちょうど、そのブレスレットにハマってる魔石の数だけあるの。色で言うと、白色が光神、黄色が雷神、赤色が炎神、青色が水神、緑色が自然神、紫色が闇神、銀色が時空神だね」
確かに、よく見るとそれぞれのガラス玉にうっすらと色が付いている。
「で、それぞれの神に名前がついてるのよ。光神アポロータス、雷神ユーピウス、炎神ヴォルケートス、水神ネプトス、自然神アルテミス、闇神ハーデス、時空神クロノスって感じね」
名前を覚えるのは大変そうである。まあ、俺は帰れればそれでいいから、名前まで覚える必要は無いだろう。
「ところで、それぞれの属性神に強さってあるの?」
「うーん、特別、強いっていうのは無いかな。強いて言うなら、時空神はその魔法を使える人が少ないっていうのはあるかな。あとは自然界の法則に則った強さだよ。炎は水で消えるけど、氷は炎で溶けるみたいな感じかな」
それでいくと、水だって炎で蒸発するだろう。どうやら、魔力の強さが強けりゃ何でもイイようだ。しかし、時空神とは何だろう。
「時空魔法って、時間戻したりするの?」
「うーん、それ出来る人はいないって話だよ。何とか時空の流れを止められる人はどこかにいるらしいけど……だいたいは時空を歪めるとかいう使い方かなあ……進めるなら出来るんじゃないかなあ…」
どうやら過去には戻れないが、未来には行けるらしい。
「でも、相当の魔力を使うと思うよ。魔力っていうのは精神力と連動してるから、精神力のある人ほど、魔力の量も多いよ」
道理で、元の世界の方でも、仙人のような精神力の強そうな人は超能力を持つわけだ。
「あと、魔法を使う時は、属性神の名前を言ってから自分でどういう力か想像するんだよ。呪文が決まってるのなんかもあるんだけど。まあ、そういうのは特殊なわけで」
「へえ、自分で魔法を想像して創造するわけか。なかなか便利そうだな」
楽しそうにも感じる。
「巧いこと言うね。そんな感じだね。でも、便利なだけでもないんだよ?属性神間違えると使えないからね」
「間違えることなんてあんのか?」
炎魔法使うのにネプトスという水神を呼び出しているのは、とてもシュールな絵に感じるのだが。
「あ、今、真逆の魔法考えたでしょ?光と闇とか、炎と水とか」
はい、ドンピシャリです。まさに炎と水を考えてました。
「そういうのじゃなくて、もっと、見極めが難しいのがたくさんあるんだよ。例えば、氷。自然界にあるものだから、自然魔法とも迷うんだけど、これは水魔法。自然魔法と水魔法で組み合わせて吹雪なんてことも出来るんだけどね」
どうやら、組み合わせ次第では、より多くの技が使えるようだ。
「因みに、姿を見えなくする魔法とか変身する魔法なんかもあるんだよ?見えなくするのは光魔法か時空魔法、変身は闇魔法って言われてるよ。私は使ったこと無いんだけどね」
「使えないの?」
「うーん、使えるだけの魔力はあるかもしれないんだけど、失敗例なんかが、ちょっと痛々しくて……」
「ふーん、なるほどねぇ……」
どうやら、怖いようだ。もちろん、面と向かっては言わないが。というか、かくいう俺だって、外せなくなるのが怖くてブレスレットをはめられないんだから、人のことを言えたもんじゃない。
「あと、魔力はこのブレスレットの魔石の色の輝き具合で残りが分かるよ」
随分と便利だな。ただ、輝きとはなんとも曖昧な。
「因みに、魔力は時間で回復してくよ。回復スピードは精神力の回復に比例するけど」
まるでゲームだ。つまりはきちんと休息を取れば、魔力も回復すると言うわけか。
「うーん、これでだいたい、話したかな。だいたい分かった?」
「うん、まあ、だいたいは……。サラは風の魔法使ってたけど、あれは自然魔法?」
「そうだよ。一般的に、エルフは自然魔法に長けてて、ドワーフは炎魔法に長けてるんだよ。他にも色んな種族がいるけど、それについては今はイイかな。一気にたくさん覚えると大変でしょ?」
覚えていく必要もそれほど無いだろう。
「うん、そうだね。じゃあ、お父さんが炎神殿に行ったっていうのは……?」
それを言うと、またサラの目にじわっと涙が滲み出した。
「あっ、いや、言いたくないならイイんだけど……」
どうもトラウマか何かがあるようだ。
「……ううん、大丈夫。あのね、うちのお母さんはエルフなんだけど、去年、自然神殿に行ったっきり帰って……うっ、ひっぐ、……帰って来ないの」
なるほど。道理で、父親が神殿に行ったというだけで、あれだけ動揺したわけだ。
「そもそも神殿に何をしに?」
「うん、本来はそんなに行くことも無いんだけど……三年前ぐらいから、魔力バランスが崩れてきたって話があるんだよ。それで、それぞれの種族の代表が二年前から、半年に一回、自分の種族の長けてる属性魔法の神殿に確認に行ってるんだけど……」
毎回、誰も帰って来ないというわけか。
「お母さんはエルフ族の三番目、お父さんは今日、ドワーフ族の五番目、に……うっ、ひっぐ……」
それにしても、毎回、誰も帰ってこないというのは、なかなか謎なことである。
「何なら、見に行けばイイんじゃないか?」
「私だって考えた……考えたけど、でも、神殿内部は色んな試練があるらしくて、そんな簡単には入れないみたいなの……お父さんにも止められたし…」
「でも、今度は、その父親も行ったわけだよな?」
「あっ……」
また、涙が溢れてくる。改めて、父親もいなくなるかもしれないということを実感したのかもしれない。まずいこと言ったかな。
「そんなに気になるなら行けばイイんじゃないのかな。まぁ、あんまし無責任なことも言えないけど、オレは行くぜ。嫌だからな、謎のままっていうのは。それなら、たとえ命が危険にさらされたって、両親がどうなったのかぐらい知りてえし」
まぁ、実際、俺の場合はどうするかは分からんが。だいたい親なんかどうだっていいというのが俺の今の見解ではある。
「でも……」
「まぁ、確かに、兄弟もいるわけだし、他のやつらのことも考えなきゃダメだろうな」
「うん」
「なんつってな。別に今のは俺の意見じゃないよ。ほら、これ、兄貴からだろ」
とひらひらと手紙を振って見せる。さっきの父親の紙にぴったりと張り付いていたのだ。何故、父親のは読めなかったのか。よく見てみると単に字が雑だったからのようだ。サラが俺の手から手紙を取って続きを読む。
「“でも、どうしても、オレは気になるから、炎神殿に向かうぜbyエド”……お兄ちゃんも…」
「まぁ、実際のところどうするかはサラ次第だろ。弟たちは学校か何かか?」
「うん、寮だから帰って来ない……」
「じゃあ、やっぱり、最後は自分の意思だな。言っとくけど、オレは手伝う気持ちは毛頭無いからね。帰る方法探さなくちゃならないし」
事実、元の世界に帰れなきゃ困る。可哀想だとは思うがこんな面倒ごとに巻き込まれている暇など無い。それに別に親なんかいなくてもそれはそれで楽なんじゃなかろうか。俺なんかはずっと独り暮らしをしたいと思っているぐらいだし。
「そんな……でも、帰る方法ならお父さんが知ってるかも……」
「ホントか?」
それなら親どうこうではなく話は別だ。
「いぎりすから来たえどわーどさんが帰るのを見てるかも。お父さんが帰ったよって言ってたから」
「なるほどね……でも、魔法は使えないぜ」
「ブレスレットをはめれば……」
「はずせなくなるのは困るね」
なんといっても、元の世界でどうなるのかがとても不気味である。
「むぅ……それでも、ついてきてくれれば……」
「イイけど、俺はピンチになったら、真っ先に逃げるからな?」
サラは俺の方を見て、ゆっくりと頷いた。
「うん、ありがとう」
「別に礼を言われるようなことはしないからな?」
ついていくのは、あくまで、元の世界に帰るため。自分が死んでは元も子もない。
「うん、それで大丈夫。誰かと一緒ってだけで安心できるから」
言いながら、ニッコリと笑いかけてきた。他意は無いのだろうが、一瞬、ドキッとしてしまった。しかし、すぐに真顔に戻った。
「そうと決まったらすぐに準備しなきゃね。炎神殿はここから、そんなに遠くないから、神殿まではすぐに着くと思う。神殿の中ではどれぐらい時間かかるか分かんないけど……」
と言うと、また部屋を出ていき、今度はリュックを持ってきた。
「持っていくのは、ある程度の食料と、明かりぐらいかな」
「えっ?明かりは魔法で何とかならないの?」
思ったことがそのまま口をつく。
「まぁ、何とかならないことも無いんだけど……できる限り、魔力は消耗しないようにしたいからね、何があるか分からないし」
そう言うと、寂しそうに微笑んだ。何だか悪いことをしている気分になったが、こっちだって、ちゃんと生きて元の世界に帰りたい。妥協する訳にはいかない。まだやりたいことだってたくさんあるんだ。生きて帰れないなら行く必要も無い。
「今日はうちでゆっくり休んで、明日の朝に出発しましょ。……ごめんね。いきなり、こんなことに巻き込んで」
「いや、別にサラのせいではないだろ。俺だって元の世界に帰れなきゃ困るんだし」
「さ、夕食にしましょ」
と言うと、すたすたとキッチンの方へと向かってしまった。
きっと怖いのを我慢しているに違いない。そんな危ないところに行くんだ。俺だって安全である保障はどこにも無い。
ふと、さっき見せてもらったブレスレットが目に入った。
(自分の身は自分で…)
俺は、それをこっそりとポケットへとしまった。
しばらくして、サラが戻ってきて、二人だけのささやかな夕食が始まった。お互い、これが最後のまともな食事になるかもしれないと思ったが、口には出さずに、表面上は明るく取り繕い、この世界の話や俺の世界の話をして食事を終えた。
ブレスレットは気付かれなかった。あるいは、気付いていたのだけれど、言わなかったのかもしれない。そして、水シャワーを浴び(これも魔法だった)着替え(どうやら兄貴のもののようだ)を貸してもらって、あとは寝るだけとなった。
「じゃあ、寝室はこの部屋を使ってね。お兄ちゃんの部屋だけど……今日は、帰ってこないだろうから」
必死の現実逃避か、"今日は"の部分を強調して言った。もう二度と、などと思いたくないのだろう。
「じゃあ……おやすみ」
「……おやすみ」
お互い、言いたいことは山ほどあったが、それだけの言葉を交わすと、俺は布団へと入り、サラは部屋から出ていって、パタンとドアを閉めた。
サラが部屋から出ていって、一人きりになると、ふと思った。
(俺、この世界で死んだら、元の世界では誰にも分からないよなあ……行方不明扱い、か……友達が心配するだろうな……)
そういえば、と思う。
父親も二年ほど前に行方不明になったことを思い出す。
(結局、帰ってきてないなあ……まあ、あんな呑んだくれの親父どうなったか知ったこっちゃねえけど)
そんなことを考えていると、ドアをノックする遠慮がちなコンコンという音がした。まぁ、この家にはもう一人しかいないはずだ。
「サラ?」
「……うん、入っても大丈夫?」
「ん、大丈夫」
ガチャリと音がして、サラが入ってきた。さっきとは服装が替わったサラが歩み寄ってきた。
「あのね……やっぱり、一人じゃ寝れなかった」
「何だよ、子供だな」
「そういうキリだって寝てないじゃん」
そう言ってむくれるサラは意外と可愛かった。
「まあな……俺もガキなんだろうな……」
「……一緒に寝てイイ?」
この子は随分と大胆なことを言う子だ。だいたい、年いくつだ?教育上イイのか?いやいや、そもそも、この世界、教育とかあるのか?
「お前……何歳?教育上とか……大丈夫?」
「私こう見えても二十だよ。大丈夫大丈夫」
何が大丈夫なんだろうか。いや、まあ、確かに二十歳なら教育上大丈夫か。って俺は何を考えているんだ。
「私が一緒に寝たいからイイの!私ん家なんだから、私のしたい通りにしてイイでしょ!」
これは、いろいろと大胆発言だ。
「わ、分かったよ」
「うん、ありがと」
と言うと、布団の中に普通に入ってきた。俺があらかじめ、奥にいたからぶつかることは無かったが。
「あのさ……手繋いで?」
「は?」
「お兄ちゃんによくそうしてもらったの。そうすると安心する」
いやいや、俺だって、一介の男だし、いろいろと考えてしまうこともあるわけで……とか考えていたら、サラの右手が俺の左手をとらえた。
「ふふっ、ありがと」
別に俺は何も許可していないのだが。
「上手くいきますように……お父さん、お兄ちゃん、お母さん……」
「あれ?寝たのか?」
スースーと穏やかな寝息を立てながら寝ていた。
「ホントに落ち着くんだな……俺も寝よ」
明日からは何があるか分からない。生きて帰れますように……。
そして、運命の朝が来た。
まず、起きて驚いた。目の前に、可愛い女の子の寝顔がある。一瞬、何が起こったか分からなくなって
(とうとうやっちまったか)
と思ったところで、記憶が戻ってきた。
(そっか……俺、異世界に来てたのか……)
とりあえず、サラを起こすことにする。
「おーい、サラ、起きろー」
と言いながら、左手を見て、手が繋がっているのを見て、思わず赤面した。
「……ん?ああ、おはよう、キリ……あれ?どうしたの?顔赤いよ?」
お前のせいだ!お前の!
と思ったが、口には出せない。
「い、いや、何でもないよ。とりあえず、早く支度しちゃおうぜ」
「あ、そうだ。キリの服も用意してあるからね。自分の荷物は自分で持ってね」
どうやら、支度はもう既に済んでいるようだ。
「朝飯はどうするんだ?」
「うーん、ありあわせ!昨日の残りかな」
因みに、前日の夕飯は謎の魚であった。意外に美味ではあったが、一口目は非常に怖かった。
「また、あの魚か?」
「うん、美味しかったでしょ?」
「まあ、ね」
結局、あれを食べるようだ。朝食を軽く済ませると、とうとう出発の時が来た。
「なぁ、どうやって行くんだ?」
「うーん、やっぱり、飛んでかな」
「俺はどうすれば?」
「またジテンシャじゃない?」
ニッコリ笑ってサラが言う。昨日は自転車で何とか上手くついていけたが、今日もついていけるという保障はない。
「昨日より遅く飛んでくれよ?」
「うーん、分かった、イイよ」
そう言うと、また何かぶつぶつと唱え、最後に何かを叫んだ。サラの体がフワリと宙に浮く。
今日のサラは、Tシャツにショートパンツという出で立ちなので、下から見上げる時、余計な心配をしなくて済む。
「今日もイイ天気だね、遠出にはもってこいだよ」
正確には曇り空で、最高の天気とは言い難いが、せっかく気分を盛り上げているのに、水を差すことになるから黙っておく。
「よーし、今日もちゃんとついてきてね」
と、笑顔を見せると、またスタートを切った。こっちもペダルを踏み込む。
今日のサラは比較的、良心的な速度で飛んでくれた。
おかげで、昨日ほど、焦って追う必要も無く、落ち着いた速度で追いかけられた。
三十分も進むとサラが地上に下りてきた。
「ふう、疲れた。ちょっと休憩しよう」
そう言うと、原っぱに仰向けになった。
俺もつられて、隣に仰向けになる。
「はぁ、風が気持ちイイね」
「そうだねえ」
風がそよそよと吹いていた。
十五分もそうして休み、また、三十分進むということを四回も繰り返すと、火山の麓に着いた。
麓の洞窟の前にサラが下りてきた。
「この洞窟の先に炎神殿があるの。キリは……神殿まで来てくれる?」
辺りを見回す。神殿と言うから近くには町でもあるのだろうと思っていたが当てが外れた。辺りは一面の荒野アンド森。何にも無い。正直、神殿の中まで行くつもりは無かった。しかし、こんなところに置き去りにされるのも困る。
「まあ、中まで行くよ。でも、危なくなったら、すぐ退くからね?」
サラの顔が明るくなった。
「うん!ありがとう!」
しかし、まあ、表情がころころと変わるもんだ。見ていて飽きない。そう思いながら、俺は自転車のカゴに入っていた鞄を二つ取り出す。鞄は元の世界から持ってきたものと、サラが用意してくれたものだ。前者はいらなかったかもしれないが、置いておく場所も無かったので持ってきていた。
ついでに、自転車の前輪近くにしゃがみこむ。
「何やってるの?」
サラが無邪気な声で聞いてくる。
「いや、ちょっとね。とりあえず、準備をね」
と言いながら、カゴの下に取り付けてあった懐中電灯を外す。
いつライトが消えても良いように、と用意していたものだったが、まさかこんな風に使うだなんて予想だにしていなかった。未来というのは分からないものである。
「なあに、それ?」
サラが興味津々といった形で聞いてくる。
「まぁ、俺用の明かりだと思っといてよ。明かりにもいろんな種類あるでしょ」
「へえ、分かった。……よしっ、じゃあ、中に入ろうか?」
「そんなに簡単に入れるもんなのか?」
見たところ、洞窟の前には何かで塞いであるようには見えない。
「うーん、見た感じでは、普通に入れるんじゃない?」
「えっ?知らないのか?」
驚きの新事実発覚である。
「だって、行ったこと無いもん。それに友達で行ったことあるって人もいないし」
笑顔で自慢気に話すサラ。そんなことを自慢されても困る。
「ま、開いてるんだし、入ってみればいいんじゃない?」
「そんなこと言ったって、なぁ……」
どんな仕掛けがあるのか分からないのに、正面突破というのも危険な気がする。かといって、他に何か案があるわけでもない。
「まぁ、サラがそう言うなら、イイや。前に立ってくれよ。いざとなったら、俺はサラを盾にして逃げるから」
「ひっどーい。それが男の言う言葉なの?むしろ、逆に私を守ってくれるんじゃないの?」
「まぁ、確かに、普通なら、そうだと思う。でも、俺はこんな得体の知れないところでは死にたくない。だから、盾役よろしくね?」
我ながら情けないひどい台詞である。しかし、それも事実。背に腹はかえられない。命にプライドはかえられない。
「もー、分かってるよぉ。少しはかっこいいところ見せてくれるかと思ったのに」
意外とグサッと来るところを突いてくる。
「よしっ、じゃあ、まぁ、とりあえず、行こっか」
と、ずんずんと一人で先に進んでいってしまう。
「お、おい、ちょっと待てって。こんな何があるか分からないところで、どんどん先に行くなって」
「大丈夫大丈夫。入り口には何も無いでしょ」
そして、とうとう洞窟の入り口の目の前までやってきて、ピタリと足が止まった。
「……あれ?これ、扉あったみたいだね?壊されてるみたい」
洞窟の縁に扉の残骸が残っていた。見た感じ扉自体は木製だったようだ。
「それに、スゴい魔力に満ちてるみたい。やっぱり、神殿だけあって、魔力はスゴいみたいね」
「そうなの?俺には全く感じられないけど」
「だって、ブレスレット付けてないでしょ?それで魔力も感じられるようになるんだよ」
なるほど。確かにそれでは、俺には分かるわけが無いのも当然だ。
「とりあえず、入ってみようか」
「あっ、ちょっと待って」
そう言うと、俺は扉の残骸の金属棒を数本拾い上げた。どうやら、閂か何かだったようで、一本は短い枝分かれがあった。枝分かれの先っぽは尖っていて、軽いツルハシのような状態だった。
「それどうするの?」
「一応、武器としてね、護身用」
「そっか、じゃあ、今度こそ」
唾を飲み込む。ゆっくりと深呼吸すると、一歩を踏み出した。
洞窟に一歩目を踏み入れると同時にサラが身震いした。
「ここ、邪心の魔力に満ちてるみたい……」
「そんなことまで分かるのか?」
「うん、何となくだけど。じゃあ、キリも付けてみる?あ、そっか、持ってきてないんだった」
ニッコリと笑顔で質問をなげかけたが、持ってきていないことに気付いて、しょんぼりとした顔になった。実はポケットに入っているのだが、それはもちろん、黙っていることにする。
「まあ、どんな罠があるか分かんないから、後方には気を付けてね。私は前にばかり注意がいっちゃうと思うから」
「自分の命は自分でってことか……。まあ、分かってるよ」
しかし、後方に注意など、後ろに目でも無い限り、無理なことだろう。時折、後ろを振り返りつつ、前を行くサラについていく。
洞窟の中はそこそこに広く、三人や四人は横に並べそうであり、高さは三メートルほどで、屈む必要は全く無さそうなのがありがたかった。
今のところ、全体はオレンジ色に輝いていて、明かりを使う必要も無かった。
しかし、そうはいってもやはり火山、それとなく蒸し暑かった。
「うーん、おかしいなあ……」
しばしの沈黙を破って、サラが呟いた。
「何が?」
「いや、こんなにまで何もないってことは無いと思うんだけど……」
確かにその通りである。何だかありがたいことだらけで、こちらとしてはとても嬉しいのだが、今まで、その道のプロが来ていて、誰も帰ってこないということはそれなりの罠も無いはずが無いのだ。
「直前に誰か来たとか?」
「こんなところに好き好んで誰が……あ、そういえば、エド……」
前日に読んでいた手紙によれば、確かにサラの兄であるエドも、この炎神殿に向かっていたはずである。
「確かに、エドなら……父親譲りで炎魔法に優れてたし……」
「まぁ、少なくとも、心優しい誰かのおかげで、突破しなくちゃならない罠の数は減りそうだな」
俺は両手を頭の後ろで組みながらのんびりと言う。
「うん……そうだね」
だが、サラはまだ思案顔で、何かを考えている。
次の瞬間、後方でガタンという音がした。二人で一斉に身構える。洞窟の中は暑いのに冷や汗が垂れ落ちてくる。汗が一滴、顎から落ちた。
「…何でもないみたいだね」
「うん、そうだね」
何もないことにホッとして先を急ぐことにする。
しばらく、そのまま進んでいく。少しすると、道は緩やかに左に向かってカーブを描いていた。
お互い、ほとんど喋らずに道を進んでいく。道はずっと緩やかに左に向かってカーブを描いていた。
その状態が三十分ほど続いた。
「なぁ、いくらなんでも罠が無さすぎないか?もうかなり来てると思うんだが」
とうとう俺の方から疑問を口にする。
「うん、私も流石におかしいと思ってたんだけど……もしかしたら、もう一つ目の罠にかかってるのかも」
「そうなのか?特に何もない気がするんだが」
と言って辺りを見回す。最初の頃と同じような、広さの洞窟が広がっている。
ふと気がついた。道の先はまだ左に向けてややカーブしている。と言うことは…。
「円…か…」
「うん、多分…」
どうして、今まで気づかなかったのだろう。ずっと道は緩やかに左に向かってカーブを描いていた。今、思えば円弧を描いていたに違いない。ぐるぐる同じところを回っていては先に進むはずもない。後ろの方で聞こえたガタンという音は入り口方向の道に扉がかかった音に違いない。
「進む方向はどっちだろうな」
溜め息をついて呟く。
「魔力を辿れば分かるかも知れない。ちょっと待ってて」
すると、サラは何かを呟いた。呟き終えると、両目が青白い炎に包まれた。
「わっ、ちょっと、それ大丈夫なの?」
「うん、ただの魔力を見えるようにする炎だから。炎魔法じゃなくて自然魔法だし」
そう言うと、サラは目を凝らし始めた。しばらくすると、サラが歩き出した。
「こっちみたいだね」
しばらく歩いていくと、サラはある一ヶ所の壁の前で立ち止まった。
「うん、ここみたい。ここに魔法で出来た壁があるみたい」
言われてみれば、確かにわずかではあるが風を感じる。
「確かに風なら感じるな」
「えっ?感じるの?」
サラは驚いた様子で反応した。
「えっ、うん、でも、風を感じるだけだぞ?」
サラは、「ふうん」とだけ言うと、急に思案顔になった。一体、何を考えるというのだろうか。しかし、しばらくすると、何事もなかったかのように顔を上げた。
「まぁ、とりあえず、ここから入れるみたいだし、入ってみようか」
そう言うと、サラは魔法を唱え始めた。精霊の名前からすると、どうやら光魔法のようだった。最後に、一言叫ぶと壁がゆっくりと薄れて消えていった。その先にはきちんと道が続いていた。
「へえ、やっぱり、魔法ってすげえなあ」
感心して呟いたが、サラは「まあね」と受け流し、「それじゃ行こっか」と開いた壁の中へと歩いていった。新しい洞窟の中は火山の中であるにも関わらず、ひんやりとしていた。
「なぁ、この冷気も魔法の影響なのか?」
「うーん、魔法の冷気みたいだけど、どこかから流れ込んできてるみたいね。多分、奥の方だと思うけど」
「じゃあ、この奥は北極にでもつながってんのかね」
「ホッキョク?なあに、それ?」
「あ、いや、こっちの話だから気にしないで」
そういえば、ここは異世界だった。“北極”なんて地名が通じるはずもなかった。まあ、他の言葉が通じていると言うのも変な話だが。
「ふーん、そんなことより、ここからは気を付けなきゃね。多分、また魔法のトラップがあるんだと思うから」
「ああ、そうだな」
とは言っても、実際、俺に出来るコトなんて皆無なんだけど。
しばらく歩くと扉が見えてきた。近づいて見てみると、ごく普通の観音開きの扉のようだった。
「入るのか?」
「うん、ここまで来て引き返せないし……。キリはここで待っててもイイよ?ここから先はホントに危なそうだし……。」
ゴクリと唾を飲み込み、扉を見上げる。ここに残ったところで、俺に出来ることは無い。勿論ついていっても足手まといになりかねないが。それにここに残されたところで、俺が元の世界に帰る術は降ってこない。
「いや、行くよ。サラが迷惑じゃないんなら」
「あ、うん、……ありがとう」
最後のありがとうは小声になった。よく見ると、サラの足は震えていた。ここで、寒いのかなと思う程、俺はアホではない。
「怖いのか?」
一瞬、キョトンとした表情を見せると「ううん、ちょっと寒いだけ」と言ってサラは笑顔を見せた。
……どうやら、俺はアホだったらしい。
そして、サラはゆっくりと扉の取っ手に手をかけて、押し開いた。扉は音もなく開いた。何かもっとこう"ギィ"とか錆び付いた音を期待した俺にとっては期待外れだったが、まぁ、何はともあれ、扉は開いた。
扉の先には正方形の部屋が広がっていた。勿論、正確に測ったわけではないので、長方形かもしれないが、この際そんなことはどうでもいい。広さは凡そ十メートル四方、そして、向かい側にまた扉があり、その扉の両側には一体ずつ甲冑が立っているだけの殺風景な部屋。
「な、何だか拍子抜けだな」
「変ね。ここも仕掛けは何もないのかしら。落とし穴とか…」
言い始めたと同時に俺は部屋に足を踏み入れてしまっていた。
一瞬の静寂。
……しかし、何も起こらなかった。
「ふ、ふう、あんまりびっくりさせないでくれよ」
冷や汗を拭う。疲れがドッと出た気がした。
「あんまり慌てて先に行くからでしょ?まぁ、とりあえず、この部屋は何も無さそうね。早く次の部屋に行きましょうか」
そう言ってサラは堂々と部屋を突っ切り、次の部屋につながる扉へと向かった。俺はその後ろについていく形になった。サラがまた扉の取っ手に手をかける。
次の瞬間、向かって左側の甲冑が不意に剣を抜き、サラに斬りかかった。サラにとっては死角で気付いていない。
「危ない!」
「えっ?」
まるで、スローモーションを見ているようだった。
サラはゆっくりと振り返り、俺は咄嗟に入口で拾ってリュックに突き刺すように入れてあった金属棒を抜き、間一髪のところで、剣を弾いた。
カーンと甲高い音がして、俺は棒を取り落とした。
「いってえ!何つう馬鹿力だよ!」
しかし、その間にサラは一歩後ろに飛び退いた。
サラは申し訳なさそうに俺に向かって振り返って言う。
「あ、ありがとう……」
「いや、お礼なんか後でいいから前、前!」
甲冑は完全に臨戦体制に入っていた。剣を大きく上に振りかぶり、また鋭く振り下ろす。ブンという風切り音が耳をつく。慌てて、それを避けると不意に右側からも風切り音が響く。気付くと向かって右側の甲冑も臨戦体制に入っていた。
「うわっ、マジかよ!」
俺は慌てて、もう一本の金属棒を取り出し、今度は両手でしっかり握る。
サラはサラで、何かよく分からない呪文で、炎に包まれた剣を取り出していた。
左側の甲冑が俺に向かって斬りかかってくる。キィンと音が響き、今度はしっかり、相手の刃を受け止めることに成功した。また振りかぶって斬りかかる。今度は後ろに飛び退いてかわす。随分と攻撃の準備時間が長い為に攻撃もしやすそうだ。
今度は振りかぶっている間に思いっきり胴を殴ってみた。キィンと音がして、弾き返される。
そして、甲冑は無情にも完全に俺が無防備になったところに剣を振り下ろす。
「あっ、やべっ、死ぬ」
真っ直ぐ俺に向かって振り下ろされる刃。俺に当たる直前、その刃の前に炎の剣が差し出され、剣は弾き返された。
「おぉ、ありがと」
「兜のてっぺんにある魔石!!そこを狙って!!」
どうやらサラも苦戦しているようだった。
足を引きずっているところを見ると、足を痛めたようだ。最初に飛び退いた時だろうか。と、ボーッとサラの戦いぶりに見入っていると、また斬りかかってきた。今度は咄嗟に飛び退いてかわす。
よく見ると、確かに甲冑の兜のてっぺんに宝石みたいな石がついている。
けど、あそこを狙うにはよっぽど素早い攻撃が必要になる。奴は剣を上に振りかぶるのだから。
(うーん、狙いは攻撃を空振らせた直後か)
飛び退きながら作戦を立てる。
(でも、このスピードだと追いつかないだろうな)
ビュンとまた目の前を剣が過ぎる。
(だいたい、何でコイツ)
今度は横っ飛び。剣が左肩をかすめた。
(こんなワンパターンの攻撃しか…)
続いてまたも横っ飛び。剣は右手をかする。
(…してこないんだ?まるで、ゼンマイ式の人形か何かだろ)
その間も、甲冑は同じ動きで襲いかかってくる。剣を頭上に振り上げ、斜め左下へと振り下ろす。
(ていうか、オレ、逃げるんじゃなかったのか?このまま逃げたって…)
チラリと、足を引きずりながらも必死に応戦するサラのほうを見る。
(このまま、逃げたって…)
“逃げたって”という言葉がエコーがかかって頭の中でぐるぐる回る。
「あぁ、もう畜生!こうなったら自棄じゃあ!貴様の動き見切ったり!」
叫ぶと同時にパッと右斜め前に向かって飛び上がる。そう、そのゾーンは剣が通らないゾーン。そのまま、金属棒を振り下ろす。ガキィンと変な音がして、魔石が割れ…ない。
「うそぉん!?割れないの!?」
着地すると同時に前転して、次の攻撃をかわす。ピンポイントで魔石に圧力をかけられないと割れないようだ。
(今度こそ、もう逃げるしか…)
逃げ道を確保しようと後ろの扉に向かって振り返ろうとすると、ふと最初に使って落とした金属棒が目に入った。それは、まるでツルハシのような形の金属棒だった。
「あれだぁ!!」
パッと飛び付いてそれを拾う。勢いでまた前転。ちょうど落ちていたところに剣が振り下ろされ、ガチッと音がして火花が散る。
「おぉう、あぶねえ。今度こそ!見切ったり!」
もう一度、飛び上がり、今度はツルハシの先端が当たるように振り下ろす。
(これでも割れなかったら、サラを引っ張ってでも引き返そう)
そう思って振り下ろされた、ツルハシ型金属棒は見事に魔石にクリーンヒット。パキンと音がしたが、割れる気配は無い。
「わあ!撤退だ!」
と退こうとした時に気がついた。
「あれ?止まって、る…?」
ちょうど振りかぶった状態で固まっていた。どうやら、ちゃんと割れていたようだ。
サラを助太刀に行こうとして振り返ると、ちょうど炎の弾で魔石を撃ち抜いたところだった。
「な、なんだよ…そんな技使えるんなら、最初っから……」
フラッとサラが崩れ落ちた。
「あっ、おい!!」
慌てて駆け寄る。
「だ、ダイジョブかよ…?」
「ご、ごめん…魔力使いすぎちゃったみたい」
言われてみれば、円迷宮を抜けた後からずっと張りつめていたに違いない。俺は魔力が使えないから魔法で助太刀することも出来なかったわけだし。ましてや、父親も兄貴もいなくなって表面上には見せなくても精神的ストレスがだいぶ溜まっていたのだろう。
「とりあえず、この部屋の主は倒したみたいだし、一旦、この部屋で休んで行こう。な?」
「うん、何かごめんね、キリはただ元の世界に帰りたいだけなのに」
「あ、うん、いや……」
確かにここに来るまでは、危険を察知したら逃げる気満々だった。まぁ、目の前でサラが斬られそうになった時は確かに反射的に食い止めた。
でも、その後も逃げるという考えは微塵も起きなかった。
「……あの、さ、その、ここまで来たら最後まで付き合うよ」
ここまでは確かに巻き込まれたという印象が強かった。神殿に行く時も、神殿に入る時も。しかし、今の戦闘を俺は楽しんでいたのも確かなようだし、最初に言った言葉とは違うが、サラをこんなところに一人で置いていくわけにも行かない。
今更、そんなことは言えなかったが、〝最後まで一緒に行く〟これだけは誓おうと思った。
「えっ……?うん、ありがとう、でも、やっぱり、危なくなったら逃げてね?巻き込むのも嫌だし」
「実際、もう十分に巻き込まれてる気がするけどな」
この部屋に二人の乾いた笑い声が響いた。久しぶりの笑いだった。
しばらく休むとサラの体調も復調したようだった。
「ホントに大丈夫なのか?」
「うん、まぁ、ここで休んでるわけにもいかないし。ほら、魔石にも光が戻ってきてるでしょ?」
見ると、さっきまでくすんでいた魔石が輝きを取り戻していた。魔力量は魔石の輝きに依存しているという話を聞いたことを思い出す。そうか、あんな風に見た目がくすむのか。
「その光が尽きるとどうなるの?」
「全部の光が尽きると死ぬみたい。尽きたこと無いから分かんないけど」
あっけらかんとサラが答える。そりゃ、死ぬことだったら、したことあるわけがない。というか、あったら不死身以外の何者でもない。
「そ、そうなんだ」
「何でも消えていくらしいね」
「そ、そんなあっさり言えることなのか?」
「別に消えたわけでは無いんだからイイんじゃない?」
さっきまでの弱々しさはどこへやら。ケロッと元気を取り戻していた。
「うん、まぁ、そっちの方がサラらしくてイイか」
「ん?どうかしたの?」
「いいや、何でもないよ。とにもかくにも、体調が戻ったのならさっさと次の部屋に向かおうか。こんなところに長居は無用だ。」
「あれ?いつの間にか随分とやる気だね?うん、じゃあ、行こう」
サラがニヤニヤしながら立ち上がる。俺たちは、甲冑の残骸の残る部屋を後にして、今度こそ扉の取っ手に手をかけた。
「次はどんなトラップが…」
「何でもイイけど、バトルじゃないとイイなあ……まだ本調子じゃないし」
チラッとサラが自分のブレスレットに目を向けながら言う。
「さっきの炎の弾は魔力相当使うの?」
「そうだねえ、まだ炎の魔力はほとんど回復してないから弾は撃てないねえ」
「じゃあ、さっきのは…」
「うん、先に慌てて炎の剣に魔力使っちゃったから、回復するまで待たなくちゃならなかったの」
「なるほど……あ、そういえば、足は大丈夫なの?」
戦闘中、サラが足を引きずっていたことを思い出した。
「えっ?足…?あぁ、大丈夫だよ。ちょっと捻っただけ」
実際、もう足を痛めている様子はない。それほど注意する必要は無いようだ。
「じゃあ、いくよ?」
大きく息を呑むと、思いっきり扉を押し開けた。
扉は、やはり音もなく開いた。
次の部屋も、やはり前の部屋と同じ構造だった。凡そ十メートル四方の部屋に、向かいの壁に、扉。そして、扉の両側には、やはり二対の甲冑。
「これって、やっぱり……前の部屋と同じ……?」
「うん、まあ、そう、みたいだね…」
「まさか、またぐるぐる回るってことになるんじゃ……」
「そうならないって保証は無いけど…」
サラは、そのまま、歩いて扉へと向かい、何の躊躇いもなく、また扉の取っ手に手をかけようとする。俺は慌ててサラのその手を掴んで止めにかかる。
「ちょっと待ったあ!」
「えっ、何?」
「そのまま取っ手に触れるより先に、甲冑の魔石を破壊した方がイイんじゃない?」
「なるほど!確かに!キリは天才だね!」
というより、それに気付かないサラが天然なのでは無かろうか。そして、ツルハシ型金属棒を使用して、二つの魔石を叩き割った。そうして、再びサラが取っ手に手をかけた。また扉をゆっくり押し開ける。
扉が音もなく開き、次の部屋が目の前に広がる。今度はとても広い部屋だった。ちょっとした体育館ぐらい、およそバスケットボールコート二面ほどの広さだった。
「何か随分広い部屋になったな…」
「そうだね。でも、何もないみたい」
そう、今度は二対の甲冑もいなかった。
ただ、だだっ広い岩の壁が広がっているだけ。そして、扉があるであろうところには、土砂崩れでも起きたのか、三メートル程の高さの岩山になっていた。
「これ、どうしようか?」
「どうしようもこうしようも、魔法で吹き飛ばすしか無いんじゃないかな……やってみようか?」
ふと、さっき倒れたコトを思い出す。
「まだ本調子じゃないんじゃないのか?」
「うーん、でも、吹き飛ばすだけなら、風魔法でイケると思うから、多分、ダイジョブかな…」
「そ、そうなのか?」
いずれにしても、俺に魔法は使えない。サラに任せるほか無いのだが。
サラがゆっくりと魔法を詠唱し始める。やはり風魔法のようだ。
ふと岩山に目を向ける。随分とでかい岩だななんて考えて見上げると、上から30センチといった辺りに魔石が埋まっているのが目に飛び込んできた。途端に、さっきの二対の甲冑に付いていた魔石を思い出す。
俺の中に電流が駆け抜けた気がした。
「やべっ、ちょっ、サラ待て!」
俺が叫ぶのとサラが魔法の詠唱を終えて叫ぶのは同時だった。サラの風魔法が炸裂し、岩山の余分な部分が剥がれ飛び、砂ぼこりが巻き起こった。
砂ぼこりがおさまった後、そこに現れ出たのは岩石の巨人、というよりゴーレムだった。身長凡そ三・五メートル、腕の太さだけで人間の太さの倍以上はある。赤い目が妖しく輝いている。
「えっ、嘘……」
サラが呟き、ゆっくり後退りする。ゴーレムはゆっくりと右腕を振りかぶり、そして振り下ろした。サラが後ろに飛び退く。
ガツンと音がして、地面が揺れる。まるでちょっとした地震だ。さっきまでサラがいたところにゴーレムの右腕が振り下ろされ、岩で出来た床に小さなクレーターのような窪みが生じた。
「じょ、冗談じゃねえ、あんなん食らったら、ひとたまりも無いぞ」
退路を確保しようと後ろを振り返る。しかし、入ってきた扉は今の揺れによって生じた土砂崩れで塞がっていた。
「嘘だろ……」
そして、その一瞬の余所見が命取りとなった。もう一度、正面に振り返ると、ゴーレムの左腕が俺に向かって振り下ろされるところだった。
(あっ、やべえ…)
足がすくむというのは本当にあるのだと実感した。慌てて飛び退けば良い、そんなことは分かっている。でも、頭では分かっていても、体は全く動こうとしなかった。蛇に睨まれた蛙ってこんな気分なのかな、というどうでもいいことがふと頭に浮かんだ。
そうしているうちに、まるでスローモーションのように左腕が俺に向かって振り下ろされた。
ゆっくりと振り下ろされる左腕を見ながら、俺は何も出来ずにいた。ただ、下りてくる左腕を凝視し続けるだけで。
そして、まさに岩の塊にぶつかる直前に、横方向に風の固まりで吹っ飛ばされた。まるで、最初にサラにビンタされた時のように。ちょうど、俺がいたところに新しいクレーターが出来る。俺はそのまま数メートル吹っ飛んで転がった。
「大丈夫だった?」
サラが駆け寄ってきて聞く。
「いたたた……あ、うん、大丈夫、ありがと」
サラに手を貸してもらって立ち上がる。どうやら、サラが風魔法で吹き飛ばしたようだった。
ゴーレムがまた右腕を振り上げる。俺たちは慌てて、その場から後ずさった。また、ズシンと振り下ろされ、クレーターが出来る。動きはそれほど速くはないが、一発一発の攻撃が重すぎる。おそらく一発食らっただけでお陀仏だろう。
「キリ、ゴーレムの魔石どこにあるか分かる?」
その間に奴はまた左腕を振り上げる。
俺たちは走り回ってそれを交わす。さっき吹き飛んだ時に、手や足を打って痛めたが、そんなことを言っている場合ではない。
「確か、奴の後頭部だったと思うんだけど……」
最初に土に埋もれていた時は、首が下に折り畳まれていた形をしていたので、後頭部が見えたのだ。
「後ろか……」
奴は確かに動きは速くないがリーチが長い。振り返る時に、腕を振り回されでもしたら、一発でアウトである。そして、当然のように、体がでかい分、回り込むのは厄介である。
「片方が囮になって逃げ回る間にもう片方が後ろに回り込むしか……よしっ、俺が囮やるよ。そっちが攻撃を…」
言いかけたオレの言葉をサラが遮った。
「ううん、私が囮になるよ。まだ本調子じゃなくて、風魔法じゃ魔石を破壊するほどの威力出せないだろうし…」
どうやら、やっぱり、サラはまだ本調子じゃないようだ。かといって、俺に奴の魔石を破壊できると言う保証も無いが。
「でも、俺が攻撃側にまわっても、魔石まで届かないぜ?」
「多分、アレが攻撃するときに振りかぶると体が反るから結構下までくるんじゃないかと思うけど……うん、私がサポートするね」
結局、サラが囮役兼サポート役をやるというコトで話はまとまった。
ゴーレムがまた振りかぶって振り下ろす。それをかわした後、今度は二人で別々の方向に散った。俺は右回り、サラは左回り。
そして、サラが風魔法をぶつける。ゴーレムがゆっくりとサラの方を向き、右腕を振りかぶる。
その間に、俺はゴーレムの後ろに回り込んだ。俺が飛び上がると同時にサラが魔法で、更に浮き上がらせる。そのまま、ツルハシ型金属棒を魔石に向かって振り下ろす。
しかし、ゴーレムもその動きを読んでいたのか、空いていた左腕が魔石に覆い被さる。ガキンと鈍い音がして、金属棒は岩石の腕に弾かれた。
俺は金属棒を弾かれた反動で、空中で一瞬、無防備になった。ゴーレムの左腕が振り回されてくるのが視界に入る。
(あっ、これ今度こそヤバいかも…)
左腕が俺に迫ってくる。咄嗟に金属棒を当てて直撃は防いだものの、俺はものの見事に吹っ飛んで、壁に激突した。
サラが「キリー!」と叫んでいるのが聞こえたが、今度は腰を強く打ったらしく、すぐには立ち上がれない。
ゴーレムは標的をサラから俺に変えたようだ。ドシンドシンとゆっくりと、しかし確実に俺に向かって迫ってきた。
「く、くそ…」
壁を支えにしつつ、気合いで何とか立ち上がる。そのままフラフラと壁づたいに逃げてゆく。ゴーレムは一歩また一歩と壁に迫ってくる。
そして、ゴーレムの目が妖しく光り、また大きく右腕を振りかぶり、振り下ろす。今度こそ最期だと思い、身構え、目を瞑る。
ドシンと腹に響くような音がして、パラパラと土くれが降りかかった。
「えっ…?当たって…ない…?」
壁際にいた為に、直撃する前にゴーレムの腕が壁に当たったのだ。
その直後、「ウガアアア」とゴーレムがよく分からない叫び声を上げる。
「えっ、サラ…?」
見ると、またサラがさっきの炎の弾でゴーレムを攻撃しているところだった。
(あれって、確か、魔力相当消耗するんじゃ……)
そう思っているそばから、サラがガクッと膝をついた。
ゴーレムは壁際で潰しにくい俺なんかより、今のサラなら、すぐに殺れると思ったのか、また標的をサラに変え、ゆっくりと迫っていく。
「あ、おい、サラ!!」
徐々に腰の痛みも引き、金属棒を杖替わりに、ゴーレムの後を追いかけていく。
サラも必死に立ち上がって、少しずつ後ずさりしていく。
サラ、ゴーレム、俺の順番での追いかけっこが始まった。俺はゴーレムの後ろ側にいるので、魔石を狙える位置である。しかし、やはり、サラの助けが無いと魔石まで届かないというのも現実である。
だが、今の状況でサラに支援を求めるのは酷であろう。
その時、俺の頭に良いアイディアが浮かんだ。
狙いは、やはり奴が攻撃する時。そのタイミングを狙うしかない。魔石までジャンプで届かないというのだから、奴の体を登ってやれば良い。幸いにも、でこぼこしていて、登ろうと思えば行けるはずだ。それに、奴が攻撃した直後の前屈み気味の姿勢の時なら、急ではあるが崖登りほどではない。これなら、きっと成功するはず。
(さっきはサラに助けてもらったし、今度は俺が助けないとな…)
俺は奴がまた攻撃体勢に入るのを待ち構えながら、ゴーレムの後ろを追いかける。
その頃、サラはサラで自分のコトで精一杯であった。魔力のために、精神力を酷使し、そろそろ精神的限界がきていた。チラリと左腕に付けられたブレスレットの宝石たちを見る。
もう赤色の炎の魔石は完全にくすんでいる。緑の自然の魔石もくすみかけていた。
他の魔石は元が小さいため、それほど強力な魔法は使えない。サラの魔力波長に合っている魔石は本来、親から譲り受けているその二つだけなのである。
(もって、あと自然魔法が一回か二回かな…)
チラッと後ろを振り返る。ゴーレムがノッシノッシと追いかけてくる。その後ろを追ってくるキリも視界に入った。キリの表情を見ると、どうやら、まだ諦めてないようだ。
(キリに任せるしかないか…キリには悪いことしちゃったな、全く別の世界の人間で関係ないのに……後でちゃんと謝っとこう…お互い、生きてれば)
もう一度、ブレスレットを見る。
(この状況で私に出来るのは……やっぱり、キリの支援しかない…何やるかは分からないけど、全力でサポートしなきゃ!)
決心を固めると、クルリと完全に後ろを振り向いた。
キリには目で合図を送る。通じたかは全く分からないが、今は彼を信じるしかない。
そして、正面からゴーレムと相対峙した。
私が止まったのを見て、ゴーレムも私の目の前で止まる。
俺はこっそりゴーレムの後ろ側へと追いついた。
ゴーレムがまたゆっくりと右腕を振りかぶる。俺は奴の背を駆け登る準備をする。
ゴーレムはこれまでと同様に、ゆっくりとその右腕を振り下ろす。
サラが後ろに飛び退き、かわす。ゴーレムの右腕が地面にめり込む。その一瞬をつき、俺はゴーレムの背を駆け登る。ちょうど、ゴーレムの背中の真ん中辺りで俺は金属棒を振り下ろす、いや、振り下ろそうとした。
まさにその瞬間、突然、ゴーレムが体を起こした。俺はバランスを崩し、空中に放り出される。振り下ろされた金属棒はバランスを崩したせいで魔石から数十センチのところをガツンと叩いた。
そして、ゴーレムは起き上がった反動を使って、振り返るように左腕を横に振り回した。
俺に向かって、左腕が迫ってくる。これを見るのは今日でもう三度目だ。
今度はサラが何かを叫ぶのが聞こえた。
「自然神アルテミスよ、彼の周りに空気の壁を作りて防御せよ、エアシールド!!」
突然、俺は気泡のようなものの中に入った。水滴の中といった感じだった。
ゴーレムの左腕はその気泡によって衝撃が吸収された。まるで、ただグッと押されただけのようにしか感じなかった。そして、俺はそのまま斜め下へと落下する。気泡のおかげで、着地の衝撃も無かった。
着地と同時に泡は弾けて消えた。急に気圧が変わったのか、バランスを崩してフラッとする。
「サンキュー!サラ……えっ?」
お礼を言おうとサラに目を向けた瞬間だった。サラは右足の膝からガクッと崩れ落ちると、糸が切れた操り人形のごとく、ゆっくりゆっくりと右側へと倒れていった。
目を閉じ、安らかな寝顔のような表情で。
ドサッとサラが完全に倒れた音で現実に引き戻された。
脳内に、ついさっき前の部屋で話していた「魔力が尽きたら消える」というサラの話がそのあっけらかんとした表情とともに甦った。
「おいっ、サラ!サラーーー!!」
俺の中で前日からのサラとの記憶がフラッシュバックした。
いきなり見ず知らずの人間であるオレを助けてくれたこと。急に空を飛んだこと。父親が神殿に行ったと知って泣いたこと。夜眠れなくて、二人で寝たこと。神殿で幾度となく俺を助けてくれたこと。
倒れたサラの瞼がピクリと動いた。
「おい、サラ!!」
どうやらサラはまだ死んではいなかった。だが、どうやら魔力を使い果たして動ける様子でもない。絶体絶命の状況に変わりは無い。
そんな状況の中、サラが力を振り絞ってゆっくりと顔だけでこちらを振り向く。それと同時にゴーレムが、オレの方へと右腕を振り下ろす。咄嗟に横っ飛びでかわす。
もう一度、サラの方を振り返る。どうやら、サラは俺に向かって何かを伝えようとしているらしいが、この遠さとおそらく声がほとんど出ていないこととで、全く俺まで聞こえない。
ゴーレムの攻撃をかわしながら、サラが何を言おうとしてるかを汲み取ろうとする。何とかサラの唇の動きから言いたいことを読み取る。
「に……げ……て……キ……リ……は……に……げ……て?」
(……サラは…俺に逃げろって言ってるのか?アイツもう自分が動けないのに…一人になったら殺られるのも時間の問題なのに…)
サラは必死でキリに逃げろと伝えようとしていた。
(ここまで連れてきちゃった私の責任…あと少し、あと少しって、私が寂しいからって…せめて関係の無いキリには逃げのびて生きてもらわないと……)
ただひたすら、口を動かしてなんとかキリに伝えようとする。
「くっそお!」
ゴーレムの一撃をかわし、金属棒で殴りかかる。
ガキンと弾かれ、次のゴーレムの一撃が近くの床に振り下ろされ衝撃で吹っ飛んで転がった。
転がったところで、ちょうどまたサラと目があった。
サラは唇を噛み締め、ゆっくりと首を振り、必死で笑顔を作って、また何かを言っている。
(ありがとう…もういいから逃げて…?何で、何でだよ…!)
しかし、オレには、もうどうすることも出来ない。一人では後ろに回り込むことすら出来ない。
ゴーレムがまた腕を振り下ろす。転がってよける。
(だったら…サラだって、親を助けに行かなけりゃ…)
心のうちに昨日、サラが父親を心配して泣いていたことを思い出す。
(あれは…真剣な表情だったな…本気で父親を心配して…)
自分の無力さに思わず拳を握り締めた。しかし、どうすることも出来ない。
サラはまだ無理して笑顔を作っている。顔が強張っていて無理をしているのは明らかな故に見ていて痛々しい笑顔だ。自分で分かっているのだろうか。
(俺だって…サラを真剣に心配して…)
本当に真剣になりきれているのだろうか。自分自身に自問自答を繰り返す。唇を噛み締めながら、何とか起き上がろうと膝に手を着いた。その時、何か固いものに手が触れた。ポケットに何か入っているようだ。ポケットから取り出す。
(こ、これは…!あの時のブレスレット!これをつければ…)
夕べ、サラがいなくなった時にこっそりポケットに忍ばせていたのを思い出す。しかし、同時にサラのブレスレットについての説明が頭に甦る。
(つけたら外せない…そしたら帰れるかも分からない…でも、今、つけないと…)
ここで気が付いた。ゴーレムの襲撃がおさまっている。ゴーレムの方を振り返る。
違った。気付くと、ゴーレムは後ろを向いていたのだ。そう、いつの間にかゴーレムはサラを標的に変えていた。
サラはやはり起き上がれないようだ。ゴーレムはゆっくりとサラに近づいていく。サラは俺に向かって、微笑んで(今の内に逃げて)と言っているようだった。やはり口の動きだけで。
(そんなこと…そんなこと出来るわけ…)
俺の中にもう一度、サラとの記憶が蘇る。最後に浮かんだのはサラが笑顔で言っていた「ありがとう」のシーン。
「そんなこと出来るかあ!」
一声叫んで、ポケットからブレスレットを取り出し、そのままの勢いで左腕にはめた。
付けた瞬間、目の前で火花が飛び散った気がした。ブレスレットは一瞬、左手首を締め付けて、俺の手にぴったりのサイズになった。
一瞬、目の前がクラッとしたが、そんなことを気にしている暇はない。
あのゴーレムを止めるのは、最早、力では叶わないだろう。飛び道具で背後から魔石を直接狙うほかない。左手首をチラッと見ると、宝石たちが早く使ってくれと言わんばかりに輝いていた。
ふと、サラが前の部屋で使った炎魔法を思い出した。
(あの弾を集中させて、奴の背中の魔石に当てれば……)
最悪、あのゴーレムの気さえ引ければ良い。落ち着いて、前日、サラが言っていた魔法の使い方を思い出す。
(確か、まず使う神の名前を行ってから魔法を想像だったな……)
サラはもう力尽きたのか、先ほどから目を瞑り、顔を伏せてしまっているので表情はもう読み取ることはかなわない。
(確か、炎神は英語で火山みたいな名前だったはず……魔法の名前は…何でもイイや、考えてる暇なんてねえ!)
「炎神ヴォルケートスよ!業炎をこの一点へと集中させよ!フレイムショット!」
そのまま、人差し指を立てゴーレムの背中の魔石を指差す。
目の前に炎が湧いたかと思うと、一瞬、何か人型のものが見え、次の瞬間、人差し指から炎の弾丸が飛び出した。一瞬見えたのが炎神だったのだろうか。
そのまま、一直線に炎の弾が魔石に直撃した。
ドーンとすごい音がしたかと思うと、炎が飛び散った。弾が着弾と同時に爆発を起こしたのだ。
「あちっ、あっつ!」
当然のごとく、炎は俺付近にも飛んできていた。と言うことは…
「あ、そういえば、サラは……?」
慌ててゴーレムがいた所へと向かう。(今や、それはただの岩の塊と化していた)
爆発の煙で視界は最悪だった。一寸先は…などとボケを考えている場合ではない。
「サラ?どこだ?まさか……」
サラの「魔力を使い果たすと消える」という言葉が蘇る。まさか、本当に消えてしまったのでは無いか、と思った瞬間、何かに躓いて転んだ。
「どわっ、な、何だ?」
どうやら、ちょうど倒れていたサラの足に躓いたようだった。
「サ、サラ!」
咄嗟に抱き寄せて脈を計る。脈は……ある。
ついでに、口元に耳を近付けてみる。呼吸も……している。
「よ、良かった……」
力が抜けてその場でヘナヘナとへたりこんでしまった。
サラは気絶しているだけのようだった。
とりあえず、サラが目を覚ますまで、隣に座って待っていることにする。
因みに、その隣にはゴーレムの成れの果てがいる。上半身が完全に吹っ飛んでいて、元の形は見る影も無い。
「しっかし、すっごいパワーだったよな」
チラリと左手首を見る。紅い魔石が僅かにくすんでいるように見えたが、完全にくすむまではまだ時間がかかりそうだった。
「何だかくすみきるまでには意外に時間がかかりそうだな…」
その時、フッとどこからか視線を感じた気がした。
「あれ?サラ…?」
サラの顔を覗き込む。しかし、サラは相変わらず目を閉じたままの状態で横たわっている。
「気のせい、かな?」
辺りを見回すが、オレとサラ以外は誰かいるようには見えない。
人の気配は感じるが、そもそもオレやサラがいるのだから当たり前で、参考にはならない。
このブレスレットのせいで、感覚が過敏になっているのかもしれないな、と思い直し、もう一度サラを見ると、瞼がピクッと動いた。
「サラ?」
ゆっくりと目が開かれた。そして、瞬きをする。
と同時に目が大きく見開かれ、口も開いた。
「キリ…!良かった!無事だったんだ…!」
自分の方が、よっぽど危険だったくせに、まだ相手の心配をするとは……。
「はあぁぁぁ…」
と思いっきり溜め息を吐くと、そのまま、後ろへとドサッと倒れ込んだ。
「良かったぁ、サラも助かって」
倒れ込んで、そのまま伸びをする。
「あれ…?私、どうして……?」
左手を頭に当てながら、瞬きを繰り返すサラ。その目が、自分の左手首のブレスレットのところまでいってとまる。
そして、目がまたも大きく見開かれる。
「あっ、そうか、私、魔力が尽きて………あ、あれ?ゴーレムは……?あ、痛っ!」
キョロキョロと起き上がろうとしたが、どこか体が痛むのか、すぐにまた横になった。俺はサラの横で寝転がったまま言う。
「まだ、横になってなよ。しばらくはこの部屋も安全だと思うし」
「で、でも、ゴーレムは?」
「えーっと……それ」
と言って、今やもう岩の塊と化している怪物の成れの果てを指差す。
「えっ……?こ、これ、キリがやったの?」
無言で頷くオレ。
「ひ、一人で?」
またも、無言で頷くオレ。
「わー、すごーい!あ、いたた……」
飛び付いてこようとしたのか、起き上がろうとして、すぐに顔をしかめて、また横になる。
「だから、じっとしてろって」
と言いながらも、オレも決して悪い気はしなかった。
「でも、どうやって?」
サラが不思議そうな顔で聞いてくる。
「い、いやぁ、それが……」
まさか、昨日のブレスレットを実はくすねていて、それを使って奥の手使いました……なんてコトは口が裂けても言えない。言うわけにはいかない。さっきは咄嗟だったから、別に何とも思わなかったが、よく考えると、これって高価な物なんじゃなかろうかと思えてくる。誤魔化そうと起き上がり、左手で頭を掻く。
サラの視線がゆっくりと、オレの左手へと向き、止まる。
「あ、それ……」
「ん?あっ……」
とことん、昨日からツいていない日が続いている気がするのは気のせいだろうか…?
「いや、これは、その、えっと、違うんだ、その、ね……」
こういうのを、まさにしどろもどろと言うんだろうな、というどうでもいいことが頭をよぎる。
「それ、持ってきてたんだ…」
しかし、思ったより、サラは怒っている様子などもない。どちらかと言うと呆れの口調に近い気もする。
しかし、心なしか、言葉が冷たく感じるのは、やましいところがあるからだろうか。
「いや、その、ごめん!自分の身は自分で守るように持ってようかな、とか思って!」
しかし、その言葉を聞くとサラはきょとんとしたような表情になった。
「何で謝るの?」
「えっ、いや、だって、その、勝手に人ん家の物、持ってきちゃったし…その、だって高価だったりしたらさ、えっと…」
無言のサラ。
しばらく、お互いに気まずい沈黙が続く。
「プッ、クスクス」
沈黙を破ったのは、サラの笑い声だった。
「アハハハッ、別にそんなのいいのに、フフフッ」
「えっ……?えっ?」
未だに事態の飲み込めないオレとは対照的に、サラは横になったまま、とうとうゲラゲラと笑い出し始めた。
「アハハッ、あ痛っ、ハアハア、ああもう、お腹痛い」
「な、何でそんなに笑ったの?」
戸惑いながらサラに聞く。
「それ、簡単に作れるから」
「は?」
「フフッ、これ、別にすぐに作れるんだよ?」
「えっ?そ、そうなのか?」
「うん、だって、普通にその辺にある石を魔力できれいにカットして、魔力を封じ込めるだけだから」
俺は一気に脱力した。
「な、何だあ…そうだったのかあ…びっくりしたあ…」
「まあ、今はその魔力を封じ込めるのに使う神殿がこんな感じだから、最近は作られてないみたいだけど」
作るのにはそれなりの魔力も要するのだろう。しかし、それほどの価値の高いものでもないと知って安心した。みんなが持っているものなのに、それほど価値があってはおかしいだろう。よく考えてみれば分かることだった。
「でも、キリ、どうやって魔法使ったの?特に使い方とか教えた気がしなかったんだけど…」
「いや、サラが言ってた感じで、イメージしてあとは神の名前を…」
「具体的になんて言ったの?」
サラが興味津々といった顔で聞いてくる。
「えっと…いや、何て言ったかは覚えてないな。最初に炎神ヴォルケートスよって叫んだこと以外は必死だったから…」
サラの口があんぐりと開いた。
「えっ?俺、何か変なこと言ったか?」
サラが呆然と言った形で首を横に振る。
「そうじゃなくて、ホントに炎神ヴォルケートス呼び出したの?」
「え?うん、まあ…だって炎使いたかったし…」
「えっと、そうじゃなくって…って、そういえば、キリには話してなかったか。えっとね…」
と前置きすると、サラは起き上がって座った状態になってこちらに向き直った。さっきの笑いで体の痛みも飛んだのだろうか。だとすれば、怪我の功名だ。
「こないだ話した七神っていうのは、平たく言えば、その属性の長なわけで、えっと、まあ、普通に魔法を使おうって時には呼び出さないんだよね…」
「えっ?そうなのか?でも、すごいあっさりいったような…あ、いや、だから火の勢いがあんなに強力だったのか…。」
「ていうか、普通のヒトならそれだけの魔力使っただけで倒れちゃうはずなんだけど…そんなこともないみたいね」
とサラが苦笑いしながら言った。
「まあ、それだけ魔法の才能があるのかな…よし、ちょっと待って」
と言うと、サラは座りなおして、地面に図を書き始める。
「どうせ今動けないし、七神の下に付いてる神々の説明始めるね。私も詳しく完全に知ってるわけではないんだけど…とりあえず、じゃあ、私がよく使うし、よく知ってる自然神の話から始めるね」
「あ、おう、話してくれ」
サラの体調のリハビリにはちょうどいいだろうと思い、俺は先を促した。
「まず、私がよく使う風魔法は、もちろん自然神アルテミスから派生したものなんだけど、その中に風を司る部類があるの。アネモウスって神が司ってるけど、私がよく使うのはゼピュリスだね。空飛ぶやつ。でも、さっき、風のバリアを作ったのはノトアスだよ。ノトアスが一番、力が強いから、バリアや攻撃に使うには一番ちょうどいいのよね。ゼピュリスが一番温厚な風ってことになるかな」
「他にはどんな風の神がいるんだ?」
「あとはボレウスとエウラスっていう精霊がいるかな。エウラスは湿った風を扱えるから雨雲なんかを呼び出すときに使われるね。ボレウスに関しては気性が激しいから、なかなか使いこなすのは難しいってされてるみたいだね」
と、こういった小難しい話を小一時間続け、俺もある程度のこの世界の神様・精霊様には詳しくなった…気がした。最後にサラも詳しくないという闇神、時空神の話になった。
「闇神は別に謎が多いわけではないんだけど、闇って忌避される対象だし、意外とあんまり研究書とか少ないんだよね。でも、分かってることも多少はあって、いわゆる冥府とかとつながってるらしくて、そういったところの魔物とかの召喚もできるみたい。ケルベロスとかみたいなね。まあ、普段使われるのは、それを逆に利用した魔除けとかだけどね。他には稀だけど、災厄の神パンドレウスなんかも使われるかな」
冥府からくる魔獣との闘いなど、考えただけでも身震いがする。できれば避けていきたいところである。
「で、最後に時空神なんだけど、これは闇とは全く逆のタイプ」
「逆って何が?」
「闇神と逆で、謎が多いタイプってことね。研究はされてるけど、ほとんどデータがないみたいね。なんでも時空神クロノスが全てを司ってるんじゃないかっていうのが専らの噂だね。さてと…」
と言うなり、サラは立ち上がった。
「そろそろ次の部屋に行きましょうか、キリ。」
「サラ…お前、ダイジョブなのかよ?」
「うん、へーきへーき。こうしてる間にもお父さんが…。」
それを聞いて、ここに来た真の目的を思い出す。別に魔法の練習をしにきたわけではなかったのだ。
「そ、そうだな。でも、無理はするなよ?サラに倒れられたら、俺だって困るんだからな。」
「うん、分かってるよ。」
と言って、サラは微笑む。しかし、やはり、最初に俺に会った時の底抜けな明るさからは程遠く、無理をしているように感じられた。
「無理すんなよ?とりあえず、ここからは、基本、俺が前線でやるから。」
どうにかして、サラを守り通そうと思った。幸い俺には魔法の才能なるものがあるようで、まだまだバテてはいないから、ここからは俺が前線に立って戦おうと思った。
「うん、ありがと」
とサラは断りもせず、弱弱しく微笑んだ。その笑みを見て、俺はずっと疑問だったことを聞いてみる。
「あのさ、サラ」
「うん、何?」
唇を舐めてから遠慮がちに切り出す。
「サラって、父親好きなのか?」
ここまでして親を助けに来る気持ちが俺には分からなかった。サラは質問の意図を理解しかねるような表情をした。
「もちろん、大好きだけど?」
「あ、うん、いや、それならいいんだ」
「どうしたの?変なキリ」
と言うとサラはクスクスと笑った。少しずつ本調子が戻ってきたと言うことだろう。それにしても、親が大好きとは、俺には考えられないような答えが返ってきてしまった。やっぱり、いい親なのだろうか。うちの親は…考えないことにする。
「よし、それじゃ、今度こそ行くか」
話題をそれで打ち切って、次の部屋へと続く扉を見る。何の変哲もない、今までと変わり映えのしない扉である。
今回は、俺が扉の取っ手をつかんでゆっくりと押し開ける。ギギイと音がして、ドアが開く。先ほど、砂埃も舞ったせいか、ドアの開き方もざらざらした感触である。
次の部屋は、今と同じくらいの部屋だった。違うところはと言えば、ゴーレムらしきものの土塊は右の隅に寄せられ、中央にはフードを被った男(?)が仁王立ちしていることだった。フードで顔が見えないので、男か女かの区別はしようがない。土塊が脇にあるということは、この部屋も、ゴーレムの部屋で、もう既に、このフードの人物が倒したというところだろうか。と言うことは、このフードの人物は味方…なのであろうか。そうこう逡巡を巡らせていると、フードの人物が口を開いた。




