彼女と大食いチャレンジ
彼女が捕まえた野兎の代金をもらうべく、所属する冒険者ギルドの扉を開ければ——
ギロッ
と音がつきそうなほど鋭い視線が、僕と彼女に突き刺さった。
いや、突き刺さっているのは僕の方だけかもしれない。
彼女を見る冒険者どもの視線は、どこか「眼福……!」とでも言いたげな生温いものである。
僕の彼女をそうジロジロと見てくるところに苛立たないと言えば嘘になるが、今こんな風に見ている彼らも、彼女の正体を見ればビビるに違いないことを考えると、愉快さの方が勝るのだった。
「Dランク依頼、野兎10羽です」
カウンターに採取袋ごとドスンと置く。
「はぁい、確かめますね」
と受け取ったのは、可愛らしい見かけに反し、今年150歳というエルフの受付の女性、ラクーシャさんだ。
何のためらいもなく袋に手を突っ込んで遺体を取り出し、確認作業をする姿は、一部の方には大人気で、見た目がロリの彼女が死体を両手に抱えるという猟奇的な光景がたまらないそうだ。
異世界にも、というか異世界だからだろうか、特殊な性癖の持ち主というのはいるものらしい。
……僕も人外萌えという特殊な性癖であることには言及しない方向で。
「確かに受け取りました〜。凄いですねぇ、駆け出しですのに、もうDランク依頼を完了されるとは〜」
「いえ、まぁ、今回のは運が良かっただけかもしれませんけどね」
「またまたご謙遜を〜」
いや、謙遜どころか、運だなんて言っている時点でむしろ誇張だ。
実際は全て、彼女の功績であるのだし。
「はい、成功報酬の20ライントですね〜ご確認を〜」
「あ、大丈夫です、きっかり20ライントあります」
「それはそれは〜。次はどんな依頼を〜?」
ええと、と言いながら、後ろの彼女に視線を向けた。
依頼を受ける前に、まずしなければならないことがあった。
「あの、この辺りで、安くて量の多い店ってどこですかね?」
そう、腹ごしらえである。
ちなみに、腹ごしらえと言っても彼女の、であって僕のではない。
僕はそんなに大食いな方ではないが、彼女はともすれば森の生態系を崩さんばかりに食べるので、少し食べてからいかなれば本気でヤバいのだ。
「雪人様、あの受付嬢に紹介された店というのはまだですか?」
「もうすぐだ。これがこの道で、この角がこれだから……」
もらった地図に照らし合わせながら歩いて行けば、
「あ、ここだ」
ラクーシャさんに紹介してもらった店にたどり着く。
年季の入った様子ではあるが、それなりに繁盛しているらしい。
彼女と二人、なんとか二人席へと潜り込んだ。
「あの、ご注文を」
「えっと。あれをお願いします」
と、僕が指差したのは壁のポスターだった。
「あれ、ですか」
「ええ」
僕には読めないが、ラクーシャさん曰く、
「三十ミヌ(30分)で食べ切れば無料になるのです〜」だそうで、つまり、
大食いチャレンジ、in 異世界
というわけだ。
「あとあれって、二人のとか、お願いできないですよね?」
僕が聞けば、バイトのような少女は困ったように眉尻を下げた。
「ええと、その、一つを二人で分けたりするのは、お断りして……」
「ああ、いえ、そうじゃなくて」
僕の聞き方が悪かったのだろう、誤解させてしまったようだ。
「あれを二人分、お願いしたいんです……彼女に」
と、僕は彼女を示せば、バイトの少女は笑みを引きつらせて僕と彼女の間で視線を行き来させた。
「……冗談ですよね?」
残念ながら、違います。
「ふぅ、食べましたー!」
と、彼女は大して膨らんでもいないお腹を満足げに撫でた。
すごい勢いで彼女が食べるので、最後には見世物のようになってしまっていた。
大食いフードファイター、アリサ。
なんていうのが頭に浮かんでしまったのは秘密である。
「これで、どの位もちそうだ?」
彼女は本来人でないので、食いだめのようなことができるのである。が。
「うーん、どうでしょうね。人間の体なら、一週間もつかもしれませんけど、あっちの姿になったら半日位でしょうか」
「……そうか」
彼女のあちらの姿はどうにも、エネルギー消費が多いようなのだ。
おおよそ、人間の14、5倍。数にするとずいぶん恐ろしいものだ。
食費が凄そうだと思うが、情けないながら、現在稼いでいるのも彼女なのである。
「まぁ、半日もつならいいか。明日は依頼を受けに行くぞ」
「わぁ、本当ですか!?」
「ああ」
「だったら——」
彼女は少し恥ずかしげに頬を赤らめて言った。
「じゃあ、五匹でいいんであの野兎食べてもいいですか?」
……彼女の胃は、きっと底なしに違いなかった。