キミのオト。
高校の入学式。
「新入生、起立」
もう何度目か分からない起立。
(いいかげん疲れたなー)
先生の話すのをぼんやりと聞いている。
(あとどれくらいで終わるのか・・・)
そんなことを思っていると、隣の人の気配がすっと消える。
「・・・・・?」
そちらを見ると、座り込む男子。
顔は俯いていてよく分からない。
「横峰、大丈夫か」
慌てた様子で先生が駆け寄ってきた。
横峰というらしい男子は、先生に連れられて体育館を出た。
(貧血かな)
そう、ぼんやりと思った。
***
入学式も終わり教室に戻ると、も横峰くんも教室にいた。
私は、自分の席ー横峰くんの後ろに座って話しかける。
「さっき大丈夫だった?」
「あぁ、うん」
まだ何となく顔色が悪いながらも平気そうだ。
「私村岡明日佳!あなたは?」
「横峰千歳」
「さっきはびっくりしたよー。急に座り込んじゃって」
私はおどけた調子で言う。
「ごめん、よくあるから気にしないで」
千歳君は苦笑する。
「よくあるの?」
「・・・体弱いんだ」
少し間を空けたのがなぜか気になった。
***
(やばい、遅れる)
3時間目開始30秒前。
次の教室は3階。現在位置、一階。
どう考えても間に合わない。
全力疾走していると、ふいに誰かにぶつかる。
「わ、とっ」
私は軽くよろけるだけで済んだものの、相手は転んでしまったようだ。
「大丈夫・・・て、千歳くん」
手を差し伸べつつ驚く。
「平気・・・」
そう言いながら私の手を掴みー
「っ?」
妙な違和感を覚える。
握った手が、熱い。
立ち上がった千歳くんはふらふらと揺れている。
息も荒い。
(熱がある・・・!)
「どこが平気なの、ばか!」
私は千歳くんを支え、ゆっくり歩いた。
***
「ん・・・・」
何か冷たいものの感触がして、薄く目を開ける。
「起きた」
「・・・村岡?」
岡村が心配そうに僕を覗き込んでいた。
「千歳くん、大丈夫?」
「・・・今、いつ?」
高熱のせいで働かない頭でぼんやりと尋ねる。
「昼休み」
「嘘・・・」
相当の間寝ていたらしかった。
「ここ、保健室?」
「そうだよ?」
「そっか・・・良かった」
安堵の息を吐き、目を閉じる。
「何が?」
「病院じゃなくて、さ」
僕はよく倒れる。
次に目を覚ますのは、大抵病院だ。
「体弱いんだっけ」
「ちょっとそれは嘘かな」
僕は言う。
「心臓が悪いの。もうすぐ死んじゃうくらい」
目は開けず、なるべく単調に言った。
村岡が息を呑むのが、気配で分かった。
***
千歳くんの言葉に、私は何も言えなかった。
(笑ってた)
自販機にお金を投入する。
(自虐的な、全てを諦めた笑みー)
コーヒーのボタンに手を伸ばして、
「村岡」
「ひゃっ!?」
驚きで手が動き、隣のいちごオレを押してしまった。
「ちょっと、私これ飲めないのに・・・」
「何をそんなに驚いてるのさ」
可笑しそうに言う千歳くん。
「・・・あまりにも久しぶりだったから」
「たった1週間じゃん」
何てことなさげに言う千歳くん。
「もう平気なの?」
「うん、平気」
千歳くんはそう言ってポケットから財布を出す。
「・・・・そっか」
私は飲めないいちごオレを手で弄ぶ。
そんな私の目の前に突き出される千歳くんの白く細い手。
そこにはコーヒーの缶が握られていた。
「はいこれ」
「え・・・?」
「ごめんねさっき。これが欲しかったんでしょ」
「い、いいよそんなの!千歳くんのせいじゃないし」
私は慌てて首を振る。
「受け取ってくれないと困るな。俺これ飲めないし」
千歳くんは、ふっと笑う。
「・・・わかった」
私は仕方なしに受け取った。
「じゃあ俺、教室行くから」
「うん、じゃあね」
千歳くんは私に背を向け歩き出した。
***
「村岡、いいところに!」
満面の笑みを浮かべた先生に捕まる。
「これ、3組に持ってって」
半ば強引に押し付けられたダンボール。
「はーい・・」
先生は足早に去っていく。
それと同時にチャイムが鳴る。
「急がなきゃ・・・!」
私は廊下を小走りで通り過ぎようとして、
「うわっ!?」
横の空き教室から伸びた手に引っ張られる。
尻餅をついた痛みが治まり、顔を上げると見知った顔。
「千歳くん!なに・・・」
してるの、という言葉は飲み込むしかなかった。
床に座り込む千歳くんの息が、荒い。
捕まれている手は頼りなくて、汗ばんでる。
「っ、誰か呼んでこないとー」
私が立ち上がりかけると、かすれた声が聞こえた。
「・・・り」
その声は、か細くて聞き取れない。
「え・・・?」
「くすり、と、って」
搾り出すような声に、涙目になる。
「ど、どこ!?」
「右の・・・・っ、」
それ以上言葉を紡ぐのは無理っぽかった。
私は必死にポケットを探る。
「あったよっ!」
やっと探り当てた小さな粒を、口の中に放る。
「・・・ありがと」
しばらくして治まったのか、千歳くんは呟いた。
「良かった・・・」
安心したとたん、涙が溢れてきた。
「え、村岡・・・?」
千歳くんが困惑している。
「何泣いて・・・」
「怖いじゃない!」
私は、廊下に聞こえるんじゃないかというくらい大きな声を出した。
「死んじゃうなんて言わないでよ」
嗚咽が止まらない。
「死んで欲しくないよ・・・」
顔を両手で覆って泣いていると、ふと頭に暖かな感触。
「ごめん」
千歳くんの手だった。
暖かくて、優しい手のひらだ。
***
心臓が、痛い。
ずきずきと悲鳴を上げる体に嫌気が差す。
「・・・死にたくないな」
ぽつりと呟く声は、夜の闇に消える。
俺の想いとは関係なく、心臓は弱ってく。
少しずつ、容赦なく。
「村岡、ごめん」
***
昼休み。
皆が思い思いに過ごしていると、外から救急車の音が響いてきた。
「近いね」
誰かが言う。
「うちの学校らしいよー」
教室に入ってきた人が言う。
「知ってる!さっき廊下で横峰が倒れたんだよ」
私は目を見開く。
「救急車ってヤバイんじゃない?」
「横峰くん病気持ちらしいしね」
(嘘でしょ・・・?)
***
学校が終わると、急いで病院に向かった。
『西野総合病院』と書かれた門をくぐり、中に入る。
「あのっ、横峰千歳って人います!?」
受付の看護師に尋ねる。
「さ、301号室です・・・」
私の迫力に圧倒されたのか、引き気味に答える看護師に礼を言って歩き出した。
病室のネームプレートには『横峰千歳』と丁寧な文字で書かれていた。
それを確認して、そっとドアを開ける。
「・・・・・・っ」
目に飛び込んで来たのは、たくさんの機械に埋もれるようにして目を閉じた、千歳くん。
私は立ちすくんでしまう。
「ちとせくん・・・」
それでも足を動かして、側にいく。
顔は白く、目は開かない。
心電図の『ピッ』という音だけが、生きていることを告げてくれていた。
***
声がする。
優しい声。
それでいて、懐かしい声。
「ちーくん」
あぁ、分かった。
「かあ、さん?」
女性は、母親は微笑んだ。
僕が5歳の時に死んでしまったかあさんが、そこにいた。
「頑張ったね、ちーくん」
「・・・うん」
足が、自然にかあさんの方へ向かおうとする。
終わりの世界に。
「いいの?」
「・・・え?」
かあさんの声に、足を止める。
「悲しませたくない人が、いるのでしょう?」
そういって、いたずらっぽい笑みを浮かべるかあさん。
「いってらっしゃい、ちーくん」
かあさんは、そっと頭を撫でてくれた。
「いってきます」
***
千歳くんの目から、雫が零れ落ちた。
「千歳くん・・・?」
小さな声に反応するかのように、その目がゆっくりと、細く開かれる。
「千歳くんっ!!聞こえる!?」
彼は微かに、だけどしっかりと、点滴の針が吸い込まれた左手を上に上げた。
「よか、った・・・」
涙が止まらない。
どこからともなく溢れてくる。
「・・・たすかったの・・・?」
小さな、吐息のような声で千歳くんが言った。
「そうだよ」
涙を拭って、笑ってみせた。
「おかえり、千歳くん」
「・・・ただいま」
そっと、唇を重ねた。
千歳くんの心臓が跳ねるのが分かる。
体温、言葉、心音。
全部抱きしめるよー。
ぐだぐだフィニッシュで申し訳なかったです((汗
初めて完結した物語を書けましたw
読んでくださりありがとうございました!!