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この力は誰の為に  作者: 榎木ユウ
この力は誰の為に
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8 水車

「お前、鬼」


 休日前の曜日に隼生の部屋に泊まることが最近の日常となっていたが、今日のちとせはいつもと違った。


 隣にいる隼生という存在は変わりないが、場所が違う。


 1000ccの国産車。


 その助手席に隼生を座らせ、ちとせは運転席で携帯片手にニコリと笑った。


 今、二人がいる場所は大島のアパートから30メートル程離れた道路向かいのコインパーキングだ。ちとせたちの視線の先には大島のアパートの玄関がみえる。

 中には大島、そして大島の彼女の桃がいた。


 ちとせが大島たちに提案した、ストーカーあぶり出し作戦は、極めて単純明快。相手を刺激して、出てきてもらう。それだけだった。


 その為に、休日前の今日、大島宅へと桃に外泊してもらった。そして不審者がいないか、隼生とちとせでこうして張り込みしているのだ。

 しかし、どうやらあの二人はいい年した大人にもかかわらず、まだ男女の関係には至ってないらしく、今日のお泊まりは非常に緊張するものになってしまったらしい。


(だからといって、簡単に桃さんに手出だしさせる気ありませんけどね!)


 今し方、大島に電話で連絡し、きちんと釘はさしておいた。いかに風呂上がりの桃がすばらしいか力説した後で、だ。

 それを聞いていた隼生が、冒頭の「おまえ、鬼」発言に至る。


「大切な先輩であり、友達ですから!」

 ちとせが断言すると、隼生は眉を少しだけ上げて「そ」と短く返事した。


「なぁ」

 少ししてから、隼生から珍しくちとせに話しかけてくる。

「何ですか?」

「これ、いつまでやるんだ?」

「とりあえず今日は朝まで。来週末は電気が消えるまでですかね?」

 ちとせの言葉に、隼生が顔をしかめた。

「朝まで?」

「そうです。朝まで隼生さんと、この密室で二人きり」

 キュッと隼生の手を握りしめると、隼生がギョッとして身体を強ばらせる。

「こんなところで襲いませんよ」

「あぁ、頼む」


(う、お願いされてしまった)

 どうやらちとせならやりかねないと思われたらしい。

「私だってこんな車の中で致して、隼生さんの尻を人に見せたくありません」

「俺、ズボン脱ぐのかよ...」

 どんなだよ...と珍しく隼生が怯えたので、説明しようとしたら、断固拒否されてしまった。

 ちとせはクスクス笑いながら、それでも隼生の手に指を絡める。


 細くて長い、節のある隼生の指が、ちとせは大好きだ。その手で優しく髪を梳かれると、猫のように目を細めてしまう。


「ちとせ」

「何ですか?」

 車の中は互いの声がよく響く。だから、隼生の声がいつもよりやけに大きく響いた。

「こういう風にしようと思ったのは、ちとせが力を持ってたから?」

 少しだけ強張った声でそう問われ、ちとせはキョトンとしてしまう。


「こういう風?」

「ストーカーあぶり出し」

「へ? あぁ。違いますよ」

 思わず苦笑いを浮かべてしまう。


(だってあの力、何も役に立たないし)

 いざという時、相手を倒せれば素晴らしいだろうが、人に危害を加えられる程の威力はないし、今、隼生に言われるまでそんなことも忘れていた。


「確かに少し危険かもしれませんが、何もしないのが嫌なだけなんです」

 怯えて待つのは性に合わない。

 まして、それが大切な友達のことなら尚更だ。


「隼生さんから頂いた力を当てにはしてないです」

「なら良いけど。あの力は、いざって時に役立つ程、優れたものでもないから。はっきり言って、この力は浅間家に纏わりつく呪いみたいなもんだ」

「呪い...?」

 物騒な言葉に思わずギョッとする。

 隼生から力のことを今まで何度か聞いてはいたが、こんな風に表現する隼生は初めてだった。


(隼生さん、何か力に嫌な思い出でもあるんだろうか)


「隼生さん、この力で何かあったんですか?」

 躊躇わずに直球で尋ねると、隼生の眉間に皺がよる。触れてほしくなかったのだろう。


「別に」

 あからさまに隠されて、ふい、と窓の方を向かれてしまった。

 ちとせはそんな隼生の後頭部を見つめながら、苦笑してしまう。


(言いたくない、か)


 恋人に対して、100パーセントのオープンを目指してしまうのは、ちとせの悪い癖だ。そしてそれを相手にも要求してしまう。

 引くことは引くが、それでも一度は踏み込んでしまう。

 それが原因で別れたこともある。

 それでも譲れない。

 

(頑固でゴメンね、隼生さん)


 長く付き合いたいから、少しでも素の自分を見てほしい。感じてほしい。

 それが隼生に重いと感じられないギリギリのラインを、いつもちとせは見極めようとする。


「この力は、隼生さんの為に使います」

 そっぽを向いた隼生の手をもう一度、強く握りしめる。

「だから、安心していいですよ?」

 そう言うと、隼生がチロリとこちらを振り返ったので、ちとせは満面の笑みを浮かべて、

「隼生さん、大好き」

と言った。



 子供の頃、学習教材で水車を作った。しかしそれは軽い素材で作られたせいか、水が流れなくても、カラカラと風や息で動いてしまった。

 水車らしくない水車に、子ども心にガッカリとした。

 

 この恋は、出来ればきちんと水で回ってほしい。

 そう願っているのに、カラカラと空回りする音がする。

 ふうふう、と息で回る水車のように。



 大好き、と紡ぐ言葉は、きちんと水の流れとして隼生の水車を回してくれるだろうか。 



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