7 ストーキング
翌週の月曜日、ちとせとサチに「相談があるんだけど」と桃が声をかけてきた。
そうとなれば、すぐに場をセッティングするのは慣れたもので、その日の帰りに三人で居酒屋に集合した。
そして聞いたのは全く思いもかけない内容だった。
「え? 何? その面白展開!」
サチがニヤニヤしながらそう言ったが、ちとせには全然笑いどころが分からなかった。
桃の悩みは2つ。
1つは、大島が同期の女の人と二人で飲みに行くこと。しかもその相手は既婚者らしいが、どうやら大島が過去に惚れていた女性らしい。
「大島さんを見る目、なんか変わりそぉ~」
思わずそうぼやいてしまうのは許してほしい。
(こんなに可愛い桃さんがいるのに、どういうことだ?!)
いくら会社の先輩と言えども、事と場合によっては腕の一本くらい折ってやりたいと心底思う。
そして桃を悩ませているのは、これだけではなく、実はもう一つ、とんでもない目にあっていたということだった。
というのも、ちとせたちが様子がおかしいと感じていた先週の前の先々週の金曜日、桃は会社からの帰り道、女の暴漢に頭を鞄で殴られたという。
しかも、「自分は7年前から付き合っている。だから彼と別れろ」とまで言われて。
桃は大島に二股をかけられたと思い、先週は大島と別れる気概で構えていたらしい。
ところが、金曜日に話し合った結果、大島にその覚えはなく、その暴漢は大島の預かり知らぬ人間だと言われてしまった。
(私だったら、その場で大島さんの脛蹴って帰るなぁ)
桃も半信半疑だったらしいが、大島が必死の形相でその犯人を捕まえると言うので、どうやら少しは信じてみようということになったところまでが今らしい。
「何? これは私、ノロケを聞かされたってこと?!」
サチが目を白黒させて、困惑している。ちとせだってそうだ。
喧嘩事の相談だと思ったら、全く違う話。しかも少し物騒だ。
「大島さんが全く知らない相手だった場合が一番恐いね」
サチの言葉にちとせも納得する。
「何で?」
桃が困惑した顔でこちらを見ている。実際、体験したにも関わらず、まだどこかおっとりしているのは、桃の性格か、それとも事態が飲み込めていないか。
サチが苦笑しながら説明する。
「だって、かなり長い間、自分は恋人だと思ってるんでしょ? だけど本人は全く知らないって、かなり怖いよね」
桃の顔が青ざめた。
その顔がとても心細い様で、ちとせは自分のことの様に胸が痛くなる。
(何とかしてあげられないかなあ!)
一人では何も分からないし、出来ないだろう。
だけど、ここにはサチもいるし、自分もいる。
桃が一人で悩む必要は全くない。
「どちらにせよ、このまま放置するのはマズいだろうし、私達でも出来ることは協力するから」
サチが青ざめている桃に対してそう言ったので、ちとせも便乗した。
「私も出来る限りします!
私、空手習ってますから結構武力になりますよ!」
「そうなの?!」「空手?!」
桃とサチが初耳に、目を丸くしてちとせを見た。ちとせは自分の胸をバシンと叩くと、
「任せてください!」
と豪語した。
その辺の並みの女には負けないと自負する程度には腕っ節だってある。
こんなことで桃に役立てるなら、いくらだって役に立とう。
(でも、それには私たちだけじゃ、駄目だよなぁ!)
ちとせやサチがいくら頑張ったって、無理なことはある。
第一、犯人を見つけると桃と約束したのはちとせではない。
桃を一番に大事にしたいと思っているのは、大島の筈。
「ということで、今日から出来ることはじめましょう!」
「はい?」
ちとせは携帯を取り出す。
きっと、大島の性格なら直ぐに白土に協力を仰いでいるだろう。
こういう被害は、決して独りで悩んではいけないからだ。
二人に確認してから携帯で、隼生に電話をかける。隼生は直ぐに電話に出てくれた。
「あ、隼生さん。今、大丈夫ですか?」
『あぁ』
電話口の向こうでは、隼生は不機嫌そうだ。
どうやら白土経由で、大島がらみの面倒事を被ったらしい。
「じゃあ、駅前の円まで来てください」
どうせなら皆で考えましょう!
そう思いながら、隼生たちにこちらに来て貰うように頼んで電話を切ると、桃が「え? え?」と戸惑っている。
サチは頬杖をつきながら、
「本当、アンタ、一番若いくせに、一番曲者よね」
と言った。
「えへ。それサチさんなりのほめ言葉ですよね?」
「......ほんと、あんたのそのポジティブシンキング、見習いたいわぁ~」
「サチさん、そんな棒読みで言っちゃうくらい、私のこと好きなんですかぁ?」
ニコニコと笑いあいながら会話しているちとせたちを見ながら、桃が上擦った声でちとせを呼ぶ。
「ちとせちゃん?」
「この前、襲われたってことは、どこかで見ていたってことですよね? だったらもっと見て貰いましょうよ。煽って煽って、火の中に飛び込んできてもらいましょう」
(害虫はさっさと駆除すべし!)
元々肉弾戦派なちとせにとって、まどろっこしいことは得意ではない。
ストーカーだか、自称恋人だか知らないが、現実にはちゃんと向き合って貰わなくてはならない。
(例えそれがどんなに自分にとってえげつなくても、目を瞑って済むことなんて一つもない)
「みんながみんな、ちとせみたいに強けりゃ、ストーカーもいないだろうにね」
とサチが苦笑いしながら呟いたのは、隼生たちを待っている間のこと。
その言葉だけは、ほめ言葉ではなく、忠言だったのだと、ちとせは気づくことなく、その強さ故に、思い知る。
自分のいたらなさを。
そして、
浅間隼生という、人間の弱さを。