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この力は誰の為に  作者: 榎木ユウ
この力は誰の為に
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5 全ての鍵はいつも

「誰だー、9月になったら涼しくなるって言ったのー!」

 バシャンと露天風呂で湯を跳ねさせながら叫んだのは、ちとせの二個上の先輩、花川祥子だ。

「でも今日逃すと割引券、きれちゃったんでしょ?」

 苦笑しながらちとせに話しかけてきたのは桃だ。

 今日は会社の仲良し三人組で、地元から車で二時間ほどの温泉施設に日帰り入浴にきていた。

「お二人ともすいません。でも、私は満足です!」


(いいお湯だー!)


 ニコニコ満面の笑みで誘いにのってくれた二人に謝意を示せば、

「まあ、温泉嫌いじゃないしね」

と祥子だからサチさんと呼んでいるサチが、さり気なくフォローを入れてくれる。

(ふふふ、ツンデレだ)


 この先輩二人は、一緒にいて楽しい。

 桃は基本、ほんわりしているがしっかり者だ。

 逆にサチは、しっかり姉御肌にみせておきながら、実は繊細だったりする。

 今年の4月から派遣社員としてこの職場に派遣されてきたが、先輩が二人とも感じが良い人で本当に良かったと思う。

 それこそ日帰り入浴位できてしまう裸の付き合いになれたことが嬉しい。


「しっかし、二人とも付き合いはじめだってのに、肌真っ白ね」

 呆れたようにボヤいたのはサチだ。

 桃はキョトンとして言われたことを理解していない。

 ちとせはそんなサチのセクハラ発言には慣れっこだったので、

「うちは隼生さんに一杯つけてますから」

とニッコリ笑顔で返す。


 本当は、指で数えるほども触れあっていない。

 恋人同士になったと言えども、超淡泊草食系男子の隼生との関係は、極めて清い。

 だけど、それをわざわざ周囲に悟らせる必要もないので、自分のガッツリキャラを活かして、周囲には誤解して貰っている。

 人の目の中でぐらいはラブラブカップルでありたい。

 例え、相手の気持ちがまだ此方になくても。


「え、そういう意味?!」

 今更気づいたらしい桃が、湯あたりだけではなく、肌に朱を走らせた。


(うーん、可愛いなあ)


 スタイルではサチ、色の白さでは桃が素晴らしい。

 ちとせの唯一自慢できることと言えば、Fカップのグレープフルーツの様な胸ぐらいだが、それも使用しなければ宝の持ち腐れだ。


「ほんと、あんな鶏ガラみたいな男のどこがいいのよ、ちとせ。あんたならもう少しましなの、見つけられたろうに」

 サチが毒舌を交えながら言ってきた。ここ最近でよく二人に言われることだ。

 そして、それに対する私の答えも決まっている。

「隼生さんしか駄目なんです。あの人しか選びたくないんです」

 他にどんな男がいたって、目に入らない。

 それこそ閉じこめていいのなら、一生部屋の中に隔離して甲斐甲斐しく世話をしたいくらいだ。

 きっと隼生はそれで暮らしていけるのなら、重いため息をつきながらも流されてくれるだろう。そしてその罪悪感に苛むちとせに対して、心が弱った時だけ、絶妙のタイミングで心を解してくれる言葉をくれるのだ。

 そんな倒錯めいた妄想に思わず頬を弛ませると、

「そこまでいくとマジで犯罪だよ! 帰ってきて!ちとせちゃん」

桃が必死にちとせを呼び戻そうとしていた。どうやら妄想がポロポロ、口から漏れていたらしい。

 サチは「監禁!!」と言いながら、大笑いしている。

「流石に私もそんな犯罪紛いなことは...」

「ちとせ、付き合ってなかったら絶対ストーカーなってたんじゃないのぉ?」

 ヒーヒー笑いながらサチが突っ込んできた。

 

(そういや、高校のとき、隼生さん、ストーカー紛いの執着受けたって言ってたなぁ)


 隼生の実家に行った際、隼生の弟が言っていた。相手は同級生ではなくて、同じ電車を使う会社員の女性で、隼生は覚えてないが、一度傘を貸したことが縁で話しかけられることが増えたらしい。そして、それ以上何も進展はなかったはずなのに、ある日突然、隼生の家に婚約証明書を携えて表れたらしい。

 隼生が卒業したら、結婚したい、と。

 何とか隼生の両親の説得で事なきを得たらしいが、元来、そういう質の人に好かれやすいのかもしれない。


 だが、流石に其処まではサチ達に言うのも憚られ、

「愛情表現なんですけどねぇ」

と言葉を濁した。


(浅間家の男は、何か引き寄せるフェロモンでも出ているのかなあ?)

 それもちとせの様な、ちょっと異常ともいえる執着を引きつける。

 しかし、そこまで考えて、その考えを切り捨てる。


(浅間家だからとか、フェロモンとかで、好きになったわけじゃないし!)

 好きの理由なんていらない。ましてやそれが隼生の人間性と全く関与しないところのものなら、自分にとって根拠にもなりやしなかった。


「ちとせちゃんはブレないねぇ...」

 しみじみ、感じ入るように桃が呟いた。湯船から出ている肩が、名前の通りほんのり桃色に色づいて愛らしい。

 ちとせには隼生がいるが、自分が男だったら間違いなく桃の様な女の子を好きになっているはずだ。


「桃さんだって大島さんのこと、好きでしょう?」

「うっ...」

 面と向かって言うのは恥ずかしいらしい。

 桃が恥ずかしそうに肩を湯船に沈める。それで隠れているつもりなんだから、堪らない。

 視線や表情で、大好きだとバレバレだ。

 大島はこんな桃を前に、間違いなくデレデレだろうな、と思ってしまう。


「うわ、桃さん可愛いすぎなんですけど!」

「ちとせも見習えば?」

 サチに痛いところをつかれた。

(私だって見習えるなら見習いたい!)


 表情や態度で、隼生がちとせの気持ちを汲んでくれるなら、いくらだってしたい。

 だけど、ちとせの選んだのは隼生で、大島ではないから、そんなことは無理だって分かっていた。


「せめて同じ湯に浸かっているので、桃さんエキスを吸入できますように!!」

「え、エキス?!」

 ギョッと目を見開いた桃の横で、サチがまたゲラゲラと笑った。

「桃、よぉく浸かって、いいダシ、だしなさいよぉ」

なんて言って、桃の肩をサチは更に押そうとしたが、桃は慌てて浴槽から出ていく。

「わ、私、先にあがってる!」

 ワタワタと脱衣所に向かう桃を見ながら、

「まあ、ちとせはちとせらしくいけばいいんじゃない?」

とサチが最後にしめてくれた。なんだかんだと言って、この先輩は自分にも優しいのだ。

 桃の様にはなれないちとせのことを、気遣ってくれる。桃の様になる必要はないことをきちんと言ってくれる。

「私、彼女にしたいのは桃さんですが、嫁にするならサチさんがいいです」


(本当、この二人と友達になれてよかった)


 しみじみそう思っていると、サチがやや呆れたように苦笑しながら、

「あんたの愛情表現、無駄に暑苦しいよね」

と褒めてくれた。



☆☆☆



 カン、カン、カン、カン、と金属の階段を登っていく。

 もう夜の9時過ぎだ。夕飯も食べて彼女たちと別れたら、こんな時間になってしまった。


(それでも会いたい私はどうにかしている)


 いっそのこと、もう一緒に住んでもいいんじゃないかとも思ったが、そんなこと、ちとせの口からは言えない。


 全ての鍵はいつも隼生が握っているからだ。


 階段を登り終えると、隣の部屋の住人がちょうど鍵を開けていた。

 ちとせよりは年上の、長い髪の女の人だ。


「こんばんは」

 挨拶をすると、隣人は驚いたように目を見開き、それから目を反らすように軽く会釈すると、そのまま、部屋に急いで入った。


(人見知りなのかな)

 隼生の隣人が女性だと、今日、初めて知った。愛想は良くなかったが、一人暮らしならあれくらいで丁度だろう。


 ピンポン、とチャイムを鳴らすと、隼生が確認もせずに開けてくる。


「おかえり」

 自然にそう言われて、思わず顔が綻んでしまう。

 たまらず抱きつけば、「ちょっ」と声を上擦らせながら、隼生が中にちとせを引き込んだ。


「ただいまです」

 挨拶を返せることが、どれだけ嬉しいかなんて、きっと隼生には分からないだろう。


「温泉、楽しかったか?」

 そう問われ、

「はい。スベスベです」

と隼生に頬刷りした。

 隼生は僅かに身体を強ばらせてから、ちとせを引き離すと、

「これ」

とちとせに何かを突き出してくる。

 ちりん、と可愛らしい鈴の音。

 鈴のついた物は、1本の鍵。 


「隼生さん?」

 小首を傾げると、隼生は相変わらず表情の読めない顔で言う。

「この部屋の鍵。俺がいないときでも入っていいから」


 ちとせは鍵を受け取ると、靴を乱暴に脱いで、グイグイと隼生をリビングまで押していく。

「ちとせ?」


「隼生さん、大好き!」

 全身で勢いよく抱きつけば、その勢いに押された隼生はぺたりと尻餅をつく。

 その上にのしかかって、頬刷りしながら、掠れるようにキスをすると、隼生が少し困った顔をする。


「本当、お前、直球すぎ」

 ほんのり目尻が赤いのは照れているからだろうか。

 そんな顔を見ると、ゾクゾクしてしまうちとせは、間違いなく肉食獣だろう。


(がっつきすぎでしょ、私!)

 そう思えども、この愛しさをどう伝えていいのか分からない。

 そのまま手を隼生のシャツの中に這わすと、

「せっかく温泉入ってきたんだろ?」

と隼生の咎める声。

 ちとせはニッコリと微笑むと、

「だから隼生さん、温泉でどれくらいスベスベになったか確かめて?」

と、その手をとって自分の頬を触らせた。


「っ.......!」

 乙女のように赤面する隼生を見つめながら、ちとせは隼生の手にキスをして囁く。


「鍵、ありがとう、隼生さん。

 大好き」


 


 本当は、その言葉を言う度に、泣きたくなるほど、胸が痛くなるなんて、きっと隼生は知らないだろう。

 こんなに恋苦しいのが自分だけなことが、苦しくて、だけど、愛しい。


 パチンと電気が消える。

 ちとせが力を使って消したのだ。

 隼生もそれは分かっていたらしく何も言わない。

 視界を奪われた闇の中で、自分のこの肌だけに隼生が溺れてくれればいいのに、と願いながら、ちとせはもう一度、今度は隼生の唇にキスをした。



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