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この力は誰の為に  作者: 榎木ユウ
この力は何の為に
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19 その奇跡に

 救急車で運ばれた病院で、簡単な検査を受けた後、現場検証を済ました警察官がやってきて、夏生は厳しいお叱りを受けた。


「君が死んだら本末転倒だよ」


 そう言われて返す言葉もない。

 それでも最後に、

「その勇気の使い方をこれから学んでいけば、きっと君は素晴らしい大人になれるよ」

と言われたときは、不覚にもちょっと泣きそうになった。


 病院の帰りは、事情聴取してくれた警察官がパトカーで送ってくれた。

「感謝状あげられないから、これくらいは、ね」

 警察は融通がきかないと思っていたから、その言葉には正直ビックリした。

 ちとせは従姉妹と称したらしく、始終、青い顔色で夏生の側にいてくれた。


「それじゃ、お世話をおかけしました」

 そう頭を下げると、警察官たちは

「今後は無茶しないように」

と釘を刺すことを忘れずに帰っていった。


 二人でマンションの前でそのパトカーを見送る。

 火事現場に投げ出した鞄は警察が返してくれた。その鞄から携帯を取り出して時間を確認すると、もう10時近くになっていた。


「ちとせ、今日はありがとう」

 夏生がそう言うと、ちとせは小さく頷く。


 あの爆発を警察では屋内配線の発火に伴う爆発だと結論づけたらしい。それにしては火の気が全く無かったり、中にいた夏生が全くの無傷だったりと、不明点はあったらしいが、誰も死ななかったことや、火元が二階だったことなどから、それ以上深く追求されることはなかった。


(まあ、誰もちとせがやったなんて思わないだろうけど)

 説明のつかない力は、何かしら不可解な要素を残しつつも、説明できる何かに置き換えられるのだろうな、と思った。


「力、戻ったの?」

 そう確認すると、ちとせは夏生を見て、

「どうなんだろう?」

と曖昧に笑った。


「あの時は凄く必死だったから」

「今は、力使える?」


 取りあえず携帯を手の平にのせ、ちとせに突き出してみると、ちとせはそれを見つめる。

 フワリ、とそれは1センチ程浮いたが、直ぐに落ちてしまう。


「それが、精一杯」

「そっか」


 ならばあの大きな穴は、本当に奇跡みたいなものだったのかもしれない。


(奇跡があって、良かった)

 そうでなければ、今頃、夏生は生きてなかった。


「中、入ろ」

 ちとせを促してマンションの中に入る。

 エレベーターに乗り込んで、迷わずちとせの階のボタンだけを推す。


 ちとせはあがっていくエレベーターの階番号を見上げていた。

 瞬きもせずに見つめるその姿に、何だか切羽詰まったものを感じて、思わず、

「ちとせ?」

と呼びかけた。

 

 ピクリ、とちとせの頬がひきつり、ちとせは夏生を真っ青な顔で見る。


「ちとせ?」

 もう一度、ちとせの名前を呼ぶと、その声に反応して、ちとせが顔を歪める。


「あの時、ね、隼生さんの声が聞こえた気がしたの」


 告げられた言葉よりも、表情の痛々しさに、夏生は戸惑う。

 ちとせの顔は、泣きたいような、どうすればいいのか分からないような、何とも言えない複雑な表情だった。


「夏生くんが火事に巻き込まれた時、隼生さんが私を呼ぶ声が聞こえた気がしたの。

 ちとせ、って......」


 夏生は自分もちとせを呼んだだろうか、と思い返すが、朦朧と靄がかかって、思い出せなかった。


「気のせいだって、分かってるんだけどね......」


 ちとせが下を俯く。握りしめた拳が白い。

 肩が小さく震えていた。


「ちとせ......」


「私、ずっとこの力は隼生さんの為に使わなくちゃならないと思ってた。その為の力だって。

 でも、そんなこと全然なかった。

 私、どこか奢ってたんだと思う。この力があるから、隼生さんとずっと一緒にいられるって......」


 ちとせの声が震える。

 エレベーターが止まって、ちとせの部屋の階になる。震えるちとせの肩を支えてエレベーターから出ると、ちとせは俯いたまま、言葉を続ける。


「だから、バチが当たったのかな?

 隼生さん、死んじゃったの、私のせいかな?」

「そんなわけあるか」


(何を思い詰めてるんだよ)

 せっかく助かったのに、夏生の心と逆にちとせの心は急降下していたらしい。

 慌てて否定しても、ちとせは弱々しく首を振る。


「夏生くんが生きてて良かった。

 死んでほしくなくて、それだけを思ったら使えた。

 あの時も......、あの時も......。

 どうして、そう思ってこの力が使えなかったんだろう」


 ちとせの部屋の前で、ちとせの頭を見る。

 ちとせは顔をあげない。


 夏生はその頭をそっと撫でた。労るように、優しく。


「それでも俺はちとせの力で助かったよ。

 ちとせにその力があって良かったと思う」


(違う、これじゃ駄目だ)


 こんな言葉だけじゃ、ちとせは救えない。

 夏生を助けてくれたのに、そのせいでちとせが悲しむなんて、それこそ本末転倒だ。


 きっと、どれだけ夏生が感謝を述べても、ちとせの心は癒されない。


 実際、隼生は死んで、夏生は生き残った。

 そのどちらの時も、力を持ったちとせがその場にいたにも関わらず生死は別れた。


 その違いなんて、本当に紙一重だろう。


 隼生だから死んだ訳じゃない。

 夏生だから生き残った訳じゃない。


(それをどうやって伝えたらいいんだろう?)


 ちとせはちっとも悪くない。

 それを伝える為の言葉が思いつかない。


「ちとせ」

 ドアの前でちとせを抱き寄せる。

 そしてその頭を優しく撫でながら、夏生は一生懸命言葉を探す。


 どうしたら、ちとせを癒せるのか。


 どうしたら、ちとせを泣かさなくて済むのか。


 でも、どんなに考えても気の利いた言葉一つ出てこなくて、気がついたら、夏生は呟いていた。


「ちとせ、好きだ」


 ピクリとちとせの肩が震える。


「隼生さんもきっと、ずっと、そうちとせに言いたかったと思う。

 これから先もずっと......

 だけど、死んだ人はもう言えないから、代わりに俺が言うから」


(やば、泣きそう)

 死にそうになって涙腺が弛んだのかもしれない。

 ギュッとちとせを抱き締めて、夏生は弛んでくる涙腺を必死に堪えながら、言葉を続ける。


「ちとせ、好きだよ。

 その力を、ちとせが持っていて良かった

 今日、俺が助からなくても、俺はそう思った」


 もう、それしか伝えられないと思った。


 自分が死にそうになったから、余計にそう思う。


 その力で、不幸になんてなって欲しくない。

 その力で、助けられなくても、それが当たり前なんだ。


 助けられないことが当たり前で、助けられたことが奇跡。


 その奇跡に、どうか気づいてほしい。


「誰の為の力でもないし、何かの為の力でもないよ。その時出来ることを精一杯、できたら、それでいいじゃん」


 ちとせがギュッと夏生の背中のシャッツを掴んでくる。


「その力を使ってくれてありがとう。

 ちとせ、大好きだよ」


 頭を撫でていた手を頬に滑らせて、ちとせの顔を上げさせた。

 涙でぐしゃぐしゃのちとせが、唇を噛み締めながら夏生を見ていた。


「どうして......」

「ん?」

「どうして、私の欲しい言葉をそんなにくれるかなぁ? もう、隼生さん以外、欲しくないのに」


(どうしてそれで気づかないかなあ?)

 夏生のことを好きだって言っているようなものなのに、ちとせは自分の言葉の意味に気づいていない。

 いや、気づきたくないのだろう。


 夏生は泣いているちとせの目元に唇を寄せる。


「今、俺がこうして生きているのはちとせのお陰だよ。でも、それは俺だからとかそんなんじゃない。きっと、隼生さんが火事に巻き込まれても、ちとせは助けられた。

 

 間違えないで、ちとせ。


 出来ることが当たり前じゃないんだ。


 出来ないことが当たり前で、それを何とかしようと足掻くから奇跡は起こるんだ」


 その結果が奇跡になるか、受け入れがたい事実になるかの匙加減は、悲しいことに自分の力の範疇外なのだけれども。


「ねぇ、夏生くん......」

「ん?」


 玄関の前だというのに、互いに額を合わせながら、お互いに目を合わせる。

 ボロボロと涙を流しているちとせが、泣きながら夏生に言う。


「今から私、凄く狡いことを言う。

 だけど、許してね」


 夏生には何となくちとせが何を言うのか分かっていた。

 だから、何も返さずに待つ。


 ちとせは震える唇で、己が狡いと思うことを紡ぐ。



「この......この力は何の為にあるの?」



(それのどこが狡いんだよ)

 どこも狡くないのに。

 もっと楽に生きている人なんて、いっぱいいるのに。


 ちとせの真っ直ぐさは、若い夏生にさえ眩しくて、だからこそ、その眩しさに、自分は惹かれたのだろうと再度認識する。


 鼻と鼻をすり合わせてから、夏生は返す。


 ちとせが欲しかった言葉を。



「ちとせが幸せになる為にあるんだよ。

 隼生さんもそう思ってる。


 その力は、


 ちとせの幸せの為にあるって」



 キュッと、夏生の背中に回されたちとせの手が、シャッツを強く掴む。

 ちとせは夏生にコツン、と額を宛ながら、呟く。



「ありがとう、夏生くん。

 ありがとう、生きててくれて」


 そして、ごめんなさい。隼生さん。

 助けられなくて。




 謝罪の言葉を言わせなかった自分の方が、狡い。

 

 何度かキスをしたけれど、この時触れ合った唇の感触を、きっと自分は忘れない、と強く夏生は思った。




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